数日後の夕方、わたしはラウンジで新聞を読んでいた。
病院のラウンジには、いろいろな読み物がある。患者さんが退屈しないように、新聞も漫画もファッション誌も小説もたくさんあって、みんなが自由に読めるのだ。ふだん読書をしない人でも、入院となると時間が無限にあるし、スマホばかりいじっていても退屈してしまうので、自然と本を読む時間が長くなるらしい。今も、近くのソファでおじいちゃんが時代小説を読んでいる。
新聞の小見出しに、「最先端の細胞培養技術 開発へ向かう」と書いてある。国内の研究所で、人間の細胞を培養して新たに生命を作り出す技術を研究しているらしい。お父さんはIT分野だけど、こちらは医療分野だ。
こういうものも一見喜ばしいことのようだけど、ちょっと間違った使い方をされると、すごく大変なことになってしまうんだろう。
楓馬だって研究所で生まれたクローンだっていうし、こういう技術が応用されているのかもしれない。
なんだか複雑な気分になってしまって、途中まで記事を読んだところで新聞を折りたたみ、マガジンラックの中に入れた。近くで談笑しているおばさんとおばあちゃんの間ぐらいの年齢の入院患者さんたちが、明日退院なのだと話している声が、遠い。
夕食の後、消灯待ちの時間。スマホをいじってだらだらと時間をつぶしていると、個室の扉が開いた。あの日から姿を見せなかった楓馬は、今日は表情も明るく、体調が良さそうだ。余命宣告されて絶望していたのに、今では自分のことよりも楓馬の体調のほうが気になってしまう。
「この前はごめんね、陽彩ちゃん、びっくりしたでしょう。一度にいろいろ言い過ぎた」
「ううん……話してくれて、うれしかった。ありがとう」
これ以上、何を言えばいいだろう。
楓馬の寿命は十六歳。この時代では若さの絶頂だけど、楓馬の時代ではよぼよぼの老人なんだ。この前だってあんなことになってしまったんだし、楓馬は自分の仕事を果たしたら死んでしまうのかもしれない。
せっかく恋人同士になれたのに、一緒に過ごせる時間がこんなに少ないなんて、悲し過ぎる。
「ねえ、楓馬」
楓馬の瞳が、やさしくわたし私の目をのぞ覗き込む。
「何?」
「楓馬と、デートに行きたいな」
今さら、こんなことを言うのも変だなって思う。
特に樹里ちゃんがいなくなってからは、二人でいろんなところに出かけていたし、今さらっていう気もしてしまう。
だからなのか、それだけじゃないのか、恋人同士なら当たり前の提案をするのに、少しだけ声が震えてしまった。
「楓馬はもうすぐ、命が尽きちゃうんでしょ? そんなの、悲し過ぎる」
「……陽彩ちゃん」
「だからわたし私、今のうちに楓馬とたくさん思い出を作りたいの。楓馬との残りの時間を、きらきらさせたいの。百年後からわたし私を助けにきてくれたっていう男の子がいたことを、この先の人生でずっと覚えていたいの」
こんなにロマンティックな恋、きっと一生できないから。
そもそも楓馬がいなくなったら、他の人と付き合おうとか、なかなか思えないだろうから。
だから、わたしのなかで中で楓馬を永遠にしたかった。
わたしが生きている以上、わたしのなかで中で楓馬は死なないから。
楓馬が少しだけ目を潤ませて、そしてふにゃっと笑った。
「わかった。デートプラン考えとく」
「ありがとう」
「陽彩ちゃんはどこに行きたい?」
「そうだなあ……今まで行ってなかったところ、ならどこでもいいんだけど。楓馬にお任せっていうのもね」
今までどこへ行くにも、楓馬が完全にエスコートしてくれていた。どこに行くか、何を見るか、そういうことを全ぜんぶ部決めてくれるので、それに甘えていた。
でもなんだか、それじゃいけない気がした。
「どこか行きたいところがあるなら、考えておいて。僕も陽彩ちゃんの行きたいところに行きたいからさ」
楓馬の笑った顔は年齢不相応に大人びていて、その理由がわかってしまった今は、どうしようもない切なさに胸がきゅっと締め付けられた。
病院のラウンジには、いろいろな読み物がある。患者さんが退屈しないように、新聞も漫画もファッション誌も小説もたくさんあって、みんなが自由に読めるのだ。ふだん読書をしない人でも、入院となると時間が無限にあるし、スマホばかりいじっていても退屈してしまうので、自然と本を読む時間が長くなるらしい。今も、近くのソファでおじいちゃんが時代小説を読んでいる。
新聞の小見出しに、「最先端の細胞培養技術 開発へ向かう」と書いてある。国内の研究所で、人間の細胞を培養して新たに生命を作り出す技術を研究しているらしい。お父さんはIT分野だけど、こちらは医療分野だ。
こういうものも一見喜ばしいことのようだけど、ちょっと間違った使い方をされると、すごく大変なことになってしまうんだろう。
楓馬だって研究所で生まれたクローンだっていうし、こういう技術が応用されているのかもしれない。
なんだか複雑な気分になってしまって、途中まで記事を読んだところで新聞を折りたたみ、マガジンラックの中に入れた。近くで談笑しているおばさんとおばあちゃんの間ぐらいの年齢の入院患者さんたちが、明日退院なのだと話している声が、遠い。
夕食の後、消灯待ちの時間。スマホをいじってだらだらと時間をつぶしていると、個室の扉が開いた。あの日から姿を見せなかった楓馬は、今日は表情も明るく、体調が良さそうだ。余命宣告されて絶望していたのに、今では自分のことよりも楓馬の体調のほうが気になってしまう。
「この前はごめんね、陽彩ちゃん、びっくりしたでしょう。一度にいろいろ言い過ぎた」
「ううん……話してくれて、うれしかった。ありがとう」
これ以上、何を言えばいいだろう。
楓馬の寿命は十六歳。この時代では若さの絶頂だけど、楓馬の時代ではよぼよぼの老人なんだ。この前だってあんなことになってしまったんだし、楓馬は自分の仕事を果たしたら死んでしまうのかもしれない。
せっかく恋人同士になれたのに、一緒に過ごせる時間がこんなに少ないなんて、悲し過ぎる。
「ねえ、楓馬」
楓馬の瞳が、やさしくわたし私の目をのぞ覗き込む。
「何?」
「楓馬と、デートに行きたいな」
今さら、こんなことを言うのも変だなって思う。
特に樹里ちゃんがいなくなってからは、二人でいろんなところに出かけていたし、今さらっていう気もしてしまう。
だからなのか、それだけじゃないのか、恋人同士なら当たり前の提案をするのに、少しだけ声が震えてしまった。
「楓馬はもうすぐ、命が尽きちゃうんでしょ? そんなの、悲し過ぎる」
「……陽彩ちゃん」
「だからわたし私、今のうちに楓馬とたくさん思い出を作りたいの。楓馬との残りの時間を、きらきらさせたいの。百年後からわたし私を助けにきてくれたっていう男の子がいたことを、この先の人生でずっと覚えていたいの」
こんなにロマンティックな恋、きっと一生できないから。
そもそも楓馬がいなくなったら、他の人と付き合おうとか、なかなか思えないだろうから。
だから、わたしのなかで中で楓馬を永遠にしたかった。
わたしが生きている以上、わたしのなかで中で楓馬は死なないから。
楓馬が少しだけ目を潤ませて、そしてふにゃっと笑った。
「わかった。デートプラン考えとく」
「ありがとう」
「陽彩ちゃんはどこに行きたい?」
「そうだなあ……今まで行ってなかったところ、ならどこでもいいんだけど。楓馬にお任せっていうのもね」
今までどこへ行くにも、楓馬が完全にエスコートしてくれていた。どこに行くか、何を見るか、そういうことを全ぜんぶ部決めてくれるので、それに甘えていた。
でもなんだか、それじゃいけない気がした。
「どこか行きたいところがあるなら、考えておいて。僕も陽彩ちゃんの行きたいところに行きたいからさ」
楓馬の笑った顔は年齢不相応に大人びていて、その理由がわかってしまった今は、どうしようもない切なさに胸がきゅっと締め付けられた。



