「ワタシと楓馬の時代から百年前、ちょうどこの時代だな。ソウゾウするAIが生まれた」
 楓馬に代わって淡々と話し始めるパオ。楓馬は椅子に腰掛け、目を伏せている。まだ少し顔色が悪く、肌が病人の色をしている。


「想像?」
「違う、物を作り出すほうの創造だ。それまでのAIは、たとえばあらかじめプログラムされた情報に基づいて会話をするとか、与えられた知識や情報を元に動いていた」
「ていうか、AIってそういうものじゃないの?」
「黙って聞け」

 パオに突っぱねられ、わたしは押し黙る。楓馬はパオの独白を重々しい目で聞いている。


「ワタシと楓馬の時代から百年前、とある科学者が創造するAIを生み出した。ゼロからものを作り出す能力を持ったAIだ。画期的な発明だ。この技術によりAIの手でAIが作り出せるようになったし、科学技術は飛躍的な発展を遂げた」
「何それ、すごい」
「いいことばかりではないぞ」

 パオが目を吊り上げてわたしを見る。パオの目の形は丸っこいから、そんな表情をされてもあまり怖くはない。


「AIたちによって、ニンゲンの仕事が奪われた。真っ先になくなったのは映画や音楽、小説など、人間が創造して生み出したものだ。AIの発展により、AIが作ったものはニンゲンが生み出したものよりいいという評価のせいで、芸術家たちは苦しみ、次々と活躍していたステージから去ってい行った。さらに、それまでニンゲンたちがやっていた宅配便の配達員だの、スーパーマーケットやレストランの店員だの、そんなものもすべてAIにとって取って代わられた。最初は人手不足を解消できるとニンゲンたちは喜んでいたが、やがてもっとひどいことが起こった」

 そこでパオはしばらく言葉を切った。おそるおそる、何?と促すと、ようやく口を開く。


「AIたちが生み出した、食品などによく使われる新しい化学物質が、よくなかったんだ。それは、ニンゲンたちの生殖機能をなくす副作用があった」
「え、それって……子どもが生まれなくなるってこと?」
「そうだ。だから未来に、人間は世界でたった二万人しかない」


 思わず、口がぽっかりと開いてしまった。
 たしか今の世界の人口は、八十億人とかだったはず。
 それがたった百年で、二万人まで減少してしまうなんて。
 SF映画でしか描かれないようなディストピアが現実になってしまった衝撃に、肩が小さく震えた。


「え、でも、ちょっと待って? それじゃあ楓馬はどうやって生まれたの? 生殖能力がないんじゃ、普通に結婚しても子どもは生まれないんじゃ……」
「僕はクローンなんだ」

 サイボーグ以上に、衝撃的な言葉だった。

 クローンを使った研究はこの時代にもあるし、人間じゃないけど、動物のクローンは既に世界じゅうで誕生している。亡くなったペットのクローンを作る技術もあるくらいだ。

 でも、今目の前にいる楓馬が、まさかそうだったなんて。


「僕には両親がいない。研究所で生まれ、ロボットたちの手で育てられた。未来ではそうやって、AIが人間を作ってる。人間を絶滅させない、ただそれだけのために。でもそれすらも、もう限界なんだ。まもなく人類は絶滅する」

「そんな……」

「それに未来の人間の寿命は、十六なんだ」


 思わず楓馬の瞳を覗のぞき込むと、楓馬は苦い笑みを顔に貼りつけていた。
 どうしてそんな顔で笑うの。そんな、何もかも悟ってしまったみたいな顔しないで。
 楓馬、自分がどんなに残酷なことを言ってるかわかってるの……?


「機械で生かされているけれど、僕ももうすぐ、寿命が来る。陽彩ちゃんのところに来たのは、僕の最後の使命を果たすためなんだ」
「最後の、使命……」
「ここまで話して、ひょっとしたら勘づいたかもしれないけれど」


 次の言葉を言うべきかどうか、迷うような間があった。楓馬の目が苦しそうに歪んでいた。


「創造するAI――未来の人間たちの絶滅の原因になる――それを作ったのは、陽彩ちゃんのお父さんの、南部陽一さんなんだ」


 どんな顔をすればいいんだろう。
 何を言えばいいんだろう。

 わからなくて、ただ口元を覆った。

 お父さんはとても優しくて、研究熱心で、だからいつかわたしもお父さんの後を継ぎたい、立派な科学者になってお父さんを安心させたい、そう思っていた。

 でもお父さんの研究は人類の未来を作るどころか、人類の未来を破滅させてしまうものだった。


「僕は陽彩ちゃんと一緒に、南部陽一さんの研究を壊さなくちゃいけない」
「壊す……?」
「壊すんだ、跡形もなく。未来に、何も残らないように」

 完全に言葉に詰まってしまったわたしに、楓馬が床につきそうなほど深く頭を下げた。


「お願いだ、陽彩ちゃん。僕の望みを聞いてほしい。世界を救えるのは、陽彩ちゃんだけなんだよーー―― 」


 楓馬の声は痛々しく震えていて、そんな姿は見ていられなかったけど、わたしの喉も震えていた。

 顔を上げて、と言えるまでに、だいぶ時間がかかってしまった。