楓馬が意識を取り戻した後、パオは軽い身体検査みたいなことをやっていた。具合は悪くないかとか、ナントカの調子はどうかとか聞いている。目の前の楓馬が急に知らない人になってしまったみたいで、わたしは声をかけられない。


「ごめん、カッコ悪いところ見せちゃったね」
 苦笑いする楓馬の顔がいつもどおりで、少しだけ心がほぐれた。


「ねえ楓馬、いったいどういうことなの? 今のって、夢? 幻? それとも、楓馬ってロボットだったの? パオみたいな」
「僕はロボットじゃないよ」
 きっぱりと言った後、楓馬は苦しそうな声になった。


「僕は、機械の身体でできている」
「機械の、身体……?」
「あんたらの言葉で言うと、サイボーグがぴったりじゃないか」

 パオがロボットらしく 、ドライに言った。

                  *

 眠っている間は、身体が死に近づいていく。

 僕は夢を見たことがない。夢を見るという脳の機能は、この時代の人間からはおおかた失われてしまっている。効率性と合理性を極限まで突き詰めた時代は、人から夢の中で遊ぶ自由を奪ったのだ。


「楓馬、いつまで寝てるんだ。もう九時だぞ」


 朝はパオに起こされる。僕の部屋には無駄なものがない。机と椅子とベッドとパソコン、それぐらい。カーテンは窓と一体型の透明シールドだし、本を読んで知識を吸収する文化はとうに失われているから本棚もない。タブレットひとつですべてが事足りる未来世界は、百年前の人間たちの生活から彩りをこそげ落としたようなものだ。

 窓の外にはたくさんの人が見える。デロリヤンに乗って仕事に行く人、道すがらおしゃべりしている人。でもほとんど、ロボットだ。人間とほとんど見た目も性能も変わらないロボットが生み出されたせいで、この世界はロボットの世界になってしまった。僕のような人間たちは機械の身体で生かされ、ロボットたちに世界から追いやられてしまった。


「楓馬、明日から二〇××年に出張だぞ。忘れてないか?」
「忘れてないよ、あんな大事なこと。僕の最後の任務だしね」
「最後だからなんだ。いつもどおりやるだけだろ」

 ロボットは感情がないからこそ、たまにいいことを言ったりもする。

 透明シールドの濃度を調節すると、部屋にちょうどいい具合で陽光が注ぎ込んでくる。夏のはじめの白い光は眩しいのに、空は雲ではない別の何か、暗い膜みたいなものに覆われているように見えた。