憔悴(しょうすい) しきったお父さんが帰った後、ひとりきりの個室でベッドに横になり、ずっと天井の一点を見つめていた。
楓馬の言うように、わたしの運命は変わったと思ったけれど、違ったんだろうか。お医者さんの話で言うと、手術はできないことになる。だったらわたしはあと三ヵ月……いや、あと一ヵ月と少しで死んでしまうのだ。楓馬の言うように は、運命は変わらない。
そもそもわたしは楓馬から何も聞いていない。どうやって運命を変えるのかも、運命が変わるってどういうことなのかも。ただ、恋人同士として話を聞いてもらったり、夜ごとデロリヤンで一緒にドライブしたり、そんな穏やかな時間を過ごしてた。
いったい、今まで何を呑気にしていたんだろう。
そんなことを考えた時、ノックの音がした。
「どうしたの? 今日の陽彩ちゃん、顔色が悪いよ」
軽い口調にいらいらする。顔色が悪いなんて、病人なんだから当たり前じゃないか。抵抗のように押し黙るわたしの前に、楓馬が花を差し出してくる。クリスタルで作ったみたいな、光を受けていろんな色に光る、きれいな花だった。
「これ、未来で開発された花なんだ。きれいでしょ? これを恋人に贈るのが流行っててね。僕も陽彩ちゃんにあげたいと思って」
「いらない」
冷たい口調に楓馬がはっと目を見開き、押し黙る。その反応に胸が痛くないわけじゃなかったけど、わたしの言葉は止まらない。
「いらない、そんな花。ていうか、毎日のように病室に来て、病人連れ回して、なんのつもり? 楓馬はわたしを助けてくれるんじゃなかったの? わたしの運命を変えるって、嘘だったの?」
「嘘ついたわけじゃ――」
「じゃあ教えてよ! どうやったら運命が変わるのか! どうやったらわたしは死なないのか! わたしの命は、わたしだけのものじゃないんだよ!!」
わたしが死んだら、お父さんが悲しむ。わたしを愛し、育てて、いつもそばにいてくれた大好きなお父さんが。
わたしが死に抗うのは、天国でお父さんの泣き顔を、どうにもしてあげられないって思いながら見つめていたくはないから、なのに。
楓馬は長い睫毛に彩られた目を伏せると、ぽつりと言葉を吐いた。
「ごめん、教えられないんだ」
「教えられないってどういうことよ!? まさかまた守秘義務!? 恋人同士なのに!? 彼女がこんなに頼んでるのに!? そもそも楓馬、わたしのために未来から来てくれたんだよね!? それなのになんにも教えられないとか、意味わからない」
「ごめん」
それしか言えることはないのだというように発せらされる 言葉が、さらに神経を逆なで撫でする。楓馬は叱られた子どもみたいな顔でもう一度言った。
「本当に、ごめん」
「何よ。何よそれ、意味わかんない!!」
わたしはベッドにもぐり、布団を頭からかぶった。
「今日はもう帰って! 楓馬とこれ以上話していたくないから!!」
楓馬は何も言ってくれない。悲しいのは、怒りがピークに達したからか。それとも、「恋人」のはずの楓馬がわたしに寄り添ってくれないからか。
死を目前にした女の子の最期の恋の話って、こんなに残酷だったっけ。
はあ、はあと苦しそうな息遣いがする。だんだん呼吸と呼吸の感覚が短くなっていって、わたしはさっと布団をはねのけた。
「楓馬?」
楓馬は床に膝をついて、胸を抑えていた。白い肌に脂汗が浮かんでいる。目には力がなく、どこも見ていない。
「どうしたの? どうしたの楓馬、どこか痛いの!?」
「陽彩、ちゃん……」
「ちょっと待って楓馬、今ナースコール押すから」
「余計なことをするなニンゲンめ」
どこにいたのか、パオがぴょこんと飛び出してきた。そして楓馬の半開きの口をこじ開け、中に入っていく。
まもなく、楓馬の銀色のスーツが真ん中からべろりと裂けた。その下の皮膚がぱかっと捲り上がり、機械の部品みたいなものが出てくる。銀色の鈍く光る管や大小のネジが、ぎしん、ばしん、ぶしゃー、と音を立てながら配置を変えていく。機械の修理工場を見ているような光景だった。
わたしは何を見ているの?
ぽかんとしているとやがて作業が終わったのか、楓馬の身体と服は元通りになった。パオが口の中から出てきて、誇らしそうに胸を張る。
「よし、これで大丈夫だ」
「えと? 何? どういうこと……なの?」
「それは本人の口から聞くんだ」
パオの口調はいつも通どおり冷たかった。
楓馬の言うように、わたしの運命は変わったと思ったけれど、違ったんだろうか。お医者さんの話で言うと、手術はできないことになる。だったらわたしはあと三ヵ月……いや、あと一ヵ月と少しで死んでしまうのだ。楓馬の言うように は、運命は変わらない。
そもそもわたしは楓馬から何も聞いていない。どうやって運命を変えるのかも、運命が変わるってどういうことなのかも。ただ、恋人同士として話を聞いてもらったり、夜ごとデロリヤンで一緒にドライブしたり、そんな穏やかな時間を過ごしてた。
いったい、今まで何を呑気にしていたんだろう。
そんなことを考えた時、ノックの音がした。
「どうしたの? 今日の陽彩ちゃん、顔色が悪いよ」
軽い口調にいらいらする。顔色が悪いなんて、病人なんだから当たり前じゃないか。抵抗のように押し黙るわたしの前に、楓馬が花を差し出してくる。クリスタルで作ったみたいな、光を受けていろんな色に光る、きれいな花だった。
「これ、未来で開発された花なんだ。きれいでしょ? これを恋人に贈るのが流行っててね。僕も陽彩ちゃんにあげたいと思って」
「いらない」
冷たい口調に楓馬がはっと目を見開き、押し黙る。その反応に胸が痛くないわけじゃなかったけど、わたしの言葉は止まらない。
「いらない、そんな花。ていうか、毎日のように病室に来て、病人連れ回して、なんのつもり? 楓馬はわたしを助けてくれるんじゃなかったの? わたしの運命を変えるって、嘘だったの?」
「嘘ついたわけじゃ――」
「じゃあ教えてよ! どうやったら運命が変わるのか! どうやったらわたしは死なないのか! わたしの命は、わたしだけのものじゃないんだよ!!」
わたしが死んだら、お父さんが悲しむ。わたしを愛し、育てて、いつもそばにいてくれた大好きなお父さんが。
わたしが死に抗うのは、天国でお父さんの泣き顔を、どうにもしてあげられないって思いながら見つめていたくはないから、なのに。
楓馬は長い睫毛に彩られた目を伏せると、ぽつりと言葉を吐いた。
「ごめん、教えられないんだ」
「教えられないってどういうことよ!? まさかまた守秘義務!? 恋人同士なのに!? 彼女がこんなに頼んでるのに!? そもそも楓馬、わたしのために未来から来てくれたんだよね!? それなのになんにも教えられないとか、意味わからない」
「ごめん」
それしか言えることはないのだというように発せらされる 言葉が、さらに神経を逆なで撫でする。楓馬は叱られた子どもみたいな顔でもう一度言った。
「本当に、ごめん」
「何よ。何よそれ、意味わかんない!!」
わたしはベッドにもぐり、布団を頭からかぶった。
「今日はもう帰って! 楓馬とこれ以上話していたくないから!!」
楓馬は何も言ってくれない。悲しいのは、怒りがピークに達したからか。それとも、「恋人」のはずの楓馬がわたしに寄り添ってくれないからか。
死を目前にした女の子の最期の恋の話って、こんなに残酷だったっけ。
はあ、はあと苦しそうな息遣いがする。だんだん呼吸と呼吸の感覚が短くなっていって、わたしはさっと布団をはねのけた。
「楓馬?」
楓馬は床に膝をついて、胸を抑えていた。白い肌に脂汗が浮かんでいる。目には力がなく、どこも見ていない。
「どうしたの? どうしたの楓馬、どこか痛いの!?」
「陽彩、ちゃん……」
「ちょっと待って楓馬、今ナースコール押すから」
「余計なことをするなニンゲンめ」
どこにいたのか、パオがぴょこんと飛び出してきた。そして楓馬の半開きの口をこじ開け、中に入っていく。
まもなく、楓馬の銀色のスーツが真ん中からべろりと裂けた。その下の皮膚がぱかっと捲り上がり、機械の部品みたいなものが出てくる。銀色の鈍く光る管や大小のネジが、ぎしん、ばしん、ぶしゃー、と音を立てながら配置を変えていく。機械の修理工場を見ているような光景だった。
わたしは何を見ているの?
ぽかんとしているとやがて作業が終わったのか、楓馬の身体と服は元通りになった。パオが口の中から出てきて、誇らしそうに胸を張る。
「よし、これで大丈夫だ」
「えと? 何? どういうこと……なの?」
「それは本人の口から聞くんだ」
パオの口調はいつも通どおり冷たかった。



