お父さんとお母さんは大通りに出た。二十年前の横浜は、今とそこまで変わりない。おなじみのチェーン店や、コンビニの看板がそこかしこにある。お父さんが歩道の隅に歩いていって、手を上げた。まもなくタクシーが停まり、二人は後部座席に乗る。
タクシーが走り去った後、わたしはぽかんと歩道に佇んでいた。
「行っちゃった……」
お父さんがはじめておじいちゃんとおばあちゃんに会うところ、わたしも見てみたかったのに。わたしもタクシーで追いかけようと思ったけれど、お財布を持ってこなかったのに気づいた。お金がなければ、どうしようもない。
途方に暮れていると、ぎゅうううん、とものすごいスピードで空からデロリヤンが下りてきて、車道の端に停まった。
「二人が乗ったタクシー、追えばいい?」
「楓馬あ!」
楓馬がにっこりとわたしにウインクした。
助手席に乗ると、デロリヤンが走り出す。遮るものがない空を走るから、すぐにお父さんとお母さんが乗ったタクシーに追いついた。後部座席からパオが飛び出し、あきれたため息を吐いた。
「まったく、ニンゲンは先のことをろくに考えないで行動するからよくない。ただでさえ、違う時代でひとりで行動するなんて、危なすぎる過ぎる」
「面目ないです……」
「あれ? 陽彩ちゃん、今回はパオに言い返さないんだね」
「だって、本当にわたし、先走ってたから……」
若い頃のお父さんとお母さんに会いたい。その気持ちが強過ぎて、パオの言うとおり、ろくに考えないで行動していた。楓馬と別行動で、お財布もスマホも持たないで、たしかに危険だ。はぐれてしまったら、もと元の時代に戻れない。
「陽彩ちゃんって、案外大胆なところあるよね」
楓馬の言葉にちょっとびっくりした。いつも嫌われないように、いじめられないように、そればっかり考えて、言いたいことも言わないで、いろんな気持ちを呑み込んでひとと関わってばかりだったから、ひとから 「大胆」なんて言われたのははじめてだった。
「陽一さんと彩奈さんを追いかける陽彩ちゃんの大胆さには、びっくりしたよ」
「大胆っていうか……なんにも考えてなかったんだけど」
「そうだ、陽彩は大胆じゃなくて、浅はかだ」
「パオ!」
今度こそにらみつけると、パオはおお怖! と部座席の奥へ飛んでい行って、楓馬はくすっと笑った。
お父さんたちの乗ったタクシーとわたしたちのデロリヤンは、横浜の中心部へと近づいていた。
お父さんとお母さんを乗せた タクシーは、ホテルの前で停まった。どっしりした淡いグレーの建物は、地上何階建てだろう。かなりのっぽな、いかにも高級そうなホテルだ。
「顔合わせっていったら、普通はレストランで食事とかだよね」
「未来には結婚の概念がないから僕にはよくわからないけれど。たぶんそうなんじゃないかな」
さらりとすごいことを言われた気がするけれど、今はそれどころじゃない。デロリヤンを適当な場所に停め、透明シールドを張って他の人には見えないようにして、楓馬と一緒にホテルの中に入る。パオはお留守番だ。
「いらっしゃいませ」
上品な笑みを貼りつ付けたスタッフに声をかけられ、ちょっとびくっとする。高校生の子どもがこんなところに何なんの用だ、そう思われたかもしれない。
「レストランの場所を知りたいのですが」
楓馬が臆せず訊く。必要な言葉がすぐ出てくる楓馬は、本当に頼もしい。
「和食でしょうか洋食でしょうか、中華もございますが」
「レストランはひとつじゃないんですか?」
「当ホテルではレストランは七か所ご用意しております」
「七か所……」
思わず繰り返してしまった。レストランに向かったのは間違いないだろうけど、さすがにどのレストランかまではわからない。これでお手上げか、とあきらめそうになったその時。
「わかりました、どこにするか、ロビーで決めますね」
楓馬がスマートに言ってわたしの腕を引く。わたしはあわててホテルスタッフの人 にお辞儀をして、楓馬の後に続く。
楓馬はロビーの隅の目立たない場所まで行くと、服の形を変える時に使ったタブレットを取り出した。何度か画面をタップすると縦横にいくつも長方形が連なった、このホテルの見取り図らしき画面が映し出される。最上階だろう、いちばん上のところで赤い丸がちかちかしていた。
「うん、陽彩ちゃんのお母さん、最上階にいるね」
「えっと……これ、このホテルの見取り図だよね?」
「そうだよ。赤い丸は発信機から発せられている信号」
「発信機!?」
つい声が大きくなってしまって、あわてて口元を押さえた。楓馬がちょっと得意そうに微笑んだ。
「そんなもの、いつつけたの!?」
「陽彩ちゃんのお母さんの荷物を拾ってあげた時に、さりげなくつけたんだ。もしかしたら必要になるかもと思ってね。こんな形で役に立って、よかったよ」
「……ねえ、もしかして楓馬って、未来で警察か探偵か、スパイでもやってた?」
「まさか」
楓馬が本当におかしそうに笑った。
エレベーターに乗って、最上階まで行く。レストランの入り口で店員さんに声をかけられ、ここでもわたしはまごついた。やっぱり楓馬が大人の対応で「二名で食事です」と告げると、窓際の席に案内された。間 の運のいいことに、隣のテーブルにはお父さんとお母さんが座っていた。さっき接触したわたしが同じ空間にいることには気づいていないみたいだ。
タクシーが走り去った後、わたしはぽかんと歩道に佇んでいた。
「行っちゃった……」
お父さんがはじめておじいちゃんとおばあちゃんに会うところ、わたしも見てみたかったのに。わたしもタクシーで追いかけようと思ったけれど、お財布を持ってこなかったのに気づいた。お金がなければ、どうしようもない。
途方に暮れていると、ぎゅうううん、とものすごいスピードで空からデロリヤンが下りてきて、車道の端に停まった。
「二人が乗ったタクシー、追えばいい?」
「楓馬あ!」
楓馬がにっこりとわたしにウインクした。
助手席に乗ると、デロリヤンが走り出す。遮るものがない空を走るから、すぐにお父さんとお母さんが乗ったタクシーに追いついた。後部座席からパオが飛び出し、あきれたため息を吐いた。
「まったく、ニンゲンは先のことをろくに考えないで行動するからよくない。ただでさえ、違う時代でひとりで行動するなんて、危なすぎる過ぎる」
「面目ないです……」
「あれ? 陽彩ちゃん、今回はパオに言い返さないんだね」
「だって、本当にわたし、先走ってたから……」
若い頃のお父さんとお母さんに会いたい。その気持ちが強過ぎて、パオの言うとおり、ろくに考えないで行動していた。楓馬と別行動で、お財布もスマホも持たないで、たしかに危険だ。はぐれてしまったら、もと元の時代に戻れない。
「陽彩ちゃんって、案外大胆なところあるよね」
楓馬の言葉にちょっとびっくりした。いつも嫌われないように、いじめられないように、そればっかり考えて、言いたいことも言わないで、いろんな気持ちを呑み込んでひとと関わってばかりだったから、ひとから 「大胆」なんて言われたのははじめてだった。
「陽一さんと彩奈さんを追いかける陽彩ちゃんの大胆さには、びっくりしたよ」
「大胆っていうか……なんにも考えてなかったんだけど」
「そうだ、陽彩は大胆じゃなくて、浅はかだ」
「パオ!」
今度こそにらみつけると、パオはおお怖! と部座席の奥へ飛んでい行って、楓馬はくすっと笑った。
お父さんたちの乗ったタクシーとわたしたちのデロリヤンは、横浜の中心部へと近づいていた。
お父さんとお母さんを乗せた タクシーは、ホテルの前で停まった。どっしりした淡いグレーの建物は、地上何階建てだろう。かなりのっぽな、いかにも高級そうなホテルだ。
「顔合わせっていったら、普通はレストランで食事とかだよね」
「未来には結婚の概念がないから僕にはよくわからないけれど。たぶんそうなんじゃないかな」
さらりとすごいことを言われた気がするけれど、今はそれどころじゃない。デロリヤンを適当な場所に停め、透明シールドを張って他の人には見えないようにして、楓馬と一緒にホテルの中に入る。パオはお留守番だ。
「いらっしゃいませ」
上品な笑みを貼りつ付けたスタッフに声をかけられ、ちょっとびくっとする。高校生の子どもがこんなところに何なんの用だ、そう思われたかもしれない。
「レストランの場所を知りたいのですが」
楓馬が臆せず訊く。必要な言葉がすぐ出てくる楓馬は、本当に頼もしい。
「和食でしょうか洋食でしょうか、中華もございますが」
「レストランはひとつじゃないんですか?」
「当ホテルではレストランは七か所ご用意しております」
「七か所……」
思わず繰り返してしまった。レストランに向かったのは間違いないだろうけど、さすがにどのレストランかまではわからない。これでお手上げか、とあきらめそうになったその時。
「わかりました、どこにするか、ロビーで決めますね」
楓馬がスマートに言ってわたしの腕を引く。わたしはあわててホテルスタッフの人 にお辞儀をして、楓馬の後に続く。
楓馬はロビーの隅の目立たない場所まで行くと、服の形を変える時に使ったタブレットを取り出した。何度か画面をタップすると縦横にいくつも長方形が連なった、このホテルの見取り図らしき画面が映し出される。最上階だろう、いちばん上のところで赤い丸がちかちかしていた。
「うん、陽彩ちゃんのお母さん、最上階にいるね」
「えっと……これ、このホテルの見取り図だよね?」
「そうだよ。赤い丸は発信機から発せられている信号」
「発信機!?」
つい声が大きくなってしまって、あわてて口元を押さえた。楓馬がちょっと得意そうに微笑んだ。
「そんなもの、いつつけたの!?」
「陽彩ちゃんのお母さんの荷物を拾ってあげた時に、さりげなくつけたんだ。もしかしたら必要になるかもと思ってね。こんな形で役に立って、よかったよ」
「……ねえ、もしかして楓馬って、未来で警察か探偵か、スパイでもやってた?」
「まさか」
楓馬が本当におかしそうに笑った。
エレベーターに乗って、最上階まで行く。レストランの入り口で店員さんに声をかけられ、ここでもわたしはまごついた。やっぱり楓馬が大人の対応で「二名で食事です」と告げると、窓際の席に案内された。間 の運のいいことに、隣のテーブルにはお父さんとお母さんが座っていた。さっき接触したわたしが同じ空間にいることには気づいていないみたいだ。



