わたしの心臓には先天性の異常がある。
心臓の中の弁と呼ばれる器官が生まれつき普通の人より狭くて未発達だから、心臓病のリスクが高い。手術をするにも、 わたしの場合は弁をコントロールする筋肉の力が弱い上、心臓に穴が空いていて、右心室っていうところの大きさが普通の人よりかなり狭いから、手術をするのは危険だという。
だから手術はしないで、今までは薬と、一ヵ月に一度の定期検査のおかげで、日常生活を送るのに支障はないレベルの健康を保ってきた。で健康を保ってきた 。体育の授業のように激しい運動は禁止だけど、それ以外は特に不便なこともなく、わたしもお父さんも、 このまま問題なく生きていけるんじゃないかと思っていた。
ゴールデンウィークの四連休の、二日目までは。
いつも仕事で忙しいお父さんと、久しぶりに家でゆっくり夕食を摂れる 時間があった。お父さんの好物のビーフシチューを作り、お鍋をおたまでかき混ぜながら煮込んでいたら、急に息ができなくなった。心臓がばくばくどくどく、身体の中で暴れ回っていて、胸が破裂したかのような痛みにその場にうずくまる。お父さんを呼ぼうにも、声が出ない。ようやくわたしの異変にお父さんが気付づいた時には、意識が失われていた 。
そのまま検査入院になった。何を調べているのかよくわからない検査が連日続き、不安が募っていく。心臓に爆弾を抱えているとはいえ、今これまで普通に過ごせてきて、健康に過ごせてきて なん何の問題もないと思っていたけれど、これからもきっと大丈夫だと思ってきたのに。実はわたしはとんでもない病気なんじゃないのか。わたしの心臓にはいったい何が起こっているんだろうか。
ゴールデンウィークが終わったばかりの気持ち良い五月(さつき)晴(ば)晴れ の日、お父さんと一緒に検査の結果を聞き、わたしの心臓がかなり危険な状態にある ことを知った。そして、あと三ヵ月の命だということも。
「そんな……なんとかならないんですか!?!? どうして陽彩がこんな目に遭わなきゃいけないんですか! この子はまだ、十六になったばかりなんです! なんとか陽彩を助けてください!!」
真っ青になって取り乱すお父さんの隣で、わたしはぎゅっとスカートの裾を握りしめていた。こんなお父さん、はじめて見る。わたしのせいだ。わたしが病気になんかなったからだ。 絶望と申し訳なさで、泣くこともできなかった。
「残念ですが、今の医学ではどうすることもできません。発作を抑える薬を飲んで、延命治療をすることぐらいしか……」
「嘘でしょう!?!? 陽彩がそんなことになるなんて、ありえませんよ! 陽彩はまだこんなに若くて、無限の可能性があるんです! お願いします。先生、なんとかしてください! このとおりです!!」
「お父さん、やめて」
激しく頭を下げるお父さんの腕を引くと、お父さんの悲しそうな瞳に見つめられる。わたしのせいで、お父さんにこんな顔をさせてしまっている。
「どうにもできない病気なんでしょう? だったら、仕方ないよ。お医者さんを責めても、なんにもならない」
「でも陽彩……」
「わたしは、大丈夫」
お父さんに向かって、無理やり笑った。死にたくない、あきらめたくない、もっと生きたい。すべての気持ちを呑み込んだ、嘘つきの笑み。
「大丈夫だから」
ちっとも大丈夫じゃないのに、そう言った。
お父さんはわたしのたったひとりの家族だ。お母さんはわたしを産んですぐに亡くなってしまったので、お父さんは仕事で忙しく働きながらも、男手ひとつでわたしをここまで育ててくれた。
お父さんは都下にあるIT会社の研究所に在籍 していて、AIやロボットの専門家。その分野の第一人者といって言ってもよく、お父さんが開発した工業用ロボットは世界中じゅうの工場で使われている。たまにテレビにも出ることがあるお父さんは、ちょっとした有名人だ。
だからわたしも、勉強をがんばっていつか科学者になって、お父さんの研究を受け継ぎたいと思っていた。それがお父さんにできる、いちばんの恩返しだから。小学四年生の頃、『将来の夢』と題した作文にそのことを書くと、お父さんは目を細めて喜んでくれた。
ところが恩返しどころか、とんでもない親不孝になってしまった。十六歳にして余命三ヵ月だなんて、お父さんの絶望はわたしより深いだろう。
死にたくないのに、まだ生きたいのに、お父さんのそば傍にずっといたいのに。
病院の消灯時間は九時だけど、いつも夜中の一時過ぎまで眠れなかった。暗い個室の中、目を閉じると見える真っ暗な世界は死につながっていて、今にもわたしをすっぽり飲み込みそうで、たとえようもない恐怖に襲われる。耐え切れなくて目を開けると、涙がぼろっとこぼれ落ちる。
どうしてわたしがこんな目に遭わなきゃいけないんだろう。
余命宣告されてから、何度も同じことを頭の中でつぶやいていた。
心臓の中の弁と呼ばれる器官が生まれつき普通の人より狭くて未発達だから、心臓病のリスクが高い。手術をするにも、 わたしの場合は弁をコントロールする筋肉の力が弱い上、心臓に穴が空いていて、右心室っていうところの大きさが普通の人よりかなり狭いから、手術をするのは危険だという。
だから手術はしないで、今までは薬と、一ヵ月に一度の定期検査のおかげで、日常生活を送るのに支障はないレベルの健康を保ってきた。で健康を保ってきた 。体育の授業のように激しい運動は禁止だけど、それ以外は特に不便なこともなく、わたしもお父さんも、 このまま問題なく生きていけるんじゃないかと思っていた。
ゴールデンウィークの四連休の、二日目までは。
いつも仕事で忙しいお父さんと、久しぶりに家でゆっくり夕食を摂れる 時間があった。お父さんの好物のビーフシチューを作り、お鍋をおたまでかき混ぜながら煮込んでいたら、急に息ができなくなった。心臓がばくばくどくどく、身体の中で暴れ回っていて、胸が破裂したかのような痛みにその場にうずくまる。お父さんを呼ぼうにも、声が出ない。ようやくわたしの異変にお父さんが気付づいた時には、意識が失われていた 。
そのまま検査入院になった。何を調べているのかよくわからない検査が連日続き、不安が募っていく。心臓に爆弾を抱えているとはいえ、今これまで普通に過ごせてきて、健康に過ごせてきて なん何の問題もないと思っていたけれど、これからもきっと大丈夫だと思ってきたのに。実はわたしはとんでもない病気なんじゃないのか。わたしの心臓にはいったい何が起こっているんだろうか。
ゴールデンウィークが終わったばかりの気持ち良い五月(さつき)晴(ば)晴れ の日、お父さんと一緒に検査の結果を聞き、わたしの心臓がかなり危険な状態にある ことを知った。そして、あと三ヵ月の命だということも。
「そんな……なんとかならないんですか!?!? どうして陽彩がこんな目に遭わなきゃいけないんですか! この子はまだ、十六になったばかりなんです! なんとか陽彩を助けてください!!」
真っ青になって取り乱すお父さんの隣で、わたしはぎゅっとスカートの裾を握りしめていた。こんなお父さん、はじめて見る。わたしのせいだ。わたしが病気になんかなったからだ。 絶望と申し訳なさで、泣くこともできなかった。
「残念ですが、今の医学ではどうすることもできません。発作を抑える薬を飲んで、延命治療をすることぐらいしか……」
「嘘でしょう!?!? 陽彩がそんなことになるなんて、ありえませんよ! 陽彩はまだこんなに若くて、無限の可能性があるんです! お願いします。先生、なんとかしてください! このとおりです!!」
「お父さん、やめて」
激しく頭を下げるお父さんの腕を引くと、お父さんの悲しそうな瞳に見つめられる。わたしのせいで、お父さんにこんな顔をさせてしまっている。
「どうにもできない病気なんでしょう? だったら、仕方ないよ。お医者さんを責めても、なんにもならない」
「でも陽彩……」
「わたしは、大丈夫」
お父さんに向かって、無理やり笑った。死にたくない、あきらめたくない、もっと生きたい。すべての気持ちを呑み込んだ、嘘つきの笑み。
「大丈夫だから」
ちっとも大丈夫じゃないのに、そう言った。
お父さんはわたしのたったひとりの家族だ。お母さんはわたしを産んですぐに亡くなってしまったので、お父さんは仕事で忙しく働きながらも、男手ひとつでわたしをここまで育ててくれた。
お父さんは都下にあるIT会社の研究所に在籍 していて、AIやロボットの専門家。その分野の第一人者といって言ってもよく、お父さんが開発した工業用ロボットは世界中じゅうの工場で使われている。たまにテレビにも出ることがあるお父さんは、ちょっとした有名人だ。
だからわたしも、勉強をがんばっていつか科学者になって、お父さんの研究を受け継ぎたいと思っていた。それがお父さんにできる、いちばんの恩返しだから。小学四年生の頃、『将来の夢』と題した作文にそのことを書くと、お父さんは目を細めて喜んでくれた。
ところが恩返しどころか、とんでもない親不孝になってしまった。十六歳にして余命三ヵ月だなんて、お父さんの絶望はわたしより深いだろう。
死にたくないのに、まだ生きたいのに、お父さんのそば傍にずっといたいのに。
病院の消灯時間は九時だけど、いつも夜中の一時過ぎまで眠れなかった。暗い個室の中、目を閉じると見える真っ暗な世界は死につながっていて、今にもわたしをすっぽり飲み込みそうで、たとえようもない恐怖に襲われる。耐え切れなくて目を開けると、涙がぼろっとこぼれ落ちる。
どうしてわたしがこんな目に遭わなきゃいけないんだろう。
余命宣告されてから、何度も同じことを頭の中でつぶやいていた。



