その次の日、楓馬に会った時、上からの許可が取れたというので、希織にラインした。希織はまだそんな妄想に浸っているのと相手にしなかったけれど、半ば強制的に、消灯時間の後こっそり病院の屋上に来てもらうことにした 。

 六月の夜、病院の屋上は静かだった。雨は止んだけど空は雲がかかっていて、月は見えない。夜の裾には町の明かりがぽつぽつと灯っている。夏のはじめの湿気をふくんだ風が髪を撫でた。


「楓馬に会うの、いつも夜だよね」
「僕は夜にしか行動できないから」


 楓馬が私わたしから目を逸らして言った。


「楓馬ってもしかして、夜勤だったりする? お父さんの知り合いにいたよ、夜勤の人。昼夜逆転しちゃって、休みの日に昼間用事をこなそうとしても、身体がまったく動かないんだって」
「まあ、そんなところ」


 何かをごまかすような笑顔だった。

 楓馬はもしかして何かの病気なのかな。太陽の光に当たると具合が悪くなる、そんな人もいることは知っている。それに楓馬は髪も老人のように真っ白だ。瞳や眉毛は真っ黒だから、この髪は生まれつきではないのだろう。生まれつきのものじゃないことはあきらか。生まれつきだったら、瞳や眉毛はこんなに黒くないだろう。

 でもこれ以上聞いちゃいけないことの気がして、話題を変えた。


「十二歳まてで勉強するっていうけど、楓馬はなん何の科目が得意だった?」
「うーん、特にどれがずば抜けて得意ってわけじゃないけど。しいていえば、数学は好きだったな」
「数学かあ。わたし数学苦手」
「天才科学者の娘なのに?」

「もう、それ言うのやめてよー。小学二年生の時、テストで九十点とって取って、百点とった取った男の子にお前なんで百点じゃないんだよ、お父さんは天才なのにって言われた」
「それ、ひどいね」


 楓馬がぎゅっと眉根を寄せ、しかめっ面になる。


「ひどいでしょ。でもその時、わたしをかばってくれたのが希織だったの。これから会ってもらう友だち」
「いい子なんだね、その、希織ちゃんって子」
「うん、すごくいい子」


 修学旅行の班決めであぶれそうになってたわたしに、声をかけてくれた希織。
 中学校の時女子同士の抗争でハブられかけてた時に、助けてくれた希織。
 休日もたくさん、一緒に遊んだ。二人で原宿に行った時には十円パンを食べた。

 おそろいの服で双子コーデしたり、わたしの好きな映画の話を熱心に聞いてくれたり、希織と過ごした日々はいつもきらきらしていた。
 すごく大切な友だちだから、楓馬のことを信じてほしい。


「お、誰か来たぞ」


 パオが言って、階段を上る足音が近づいてきた。
 ドアが開いて希織は目を丸くした。楓馬がこんばんは、と挨拶する。


「はじめまして。楓馬です」
「えっと……あんた、何? なんでそんな髪の毛でそんな格好してるの? それに、その車、もしかしてあんたの? どうやって屋上に運んだわけ?」


 マシンガンのように疑問をぶつける希織の手を引く。


「あの車ね、時空を自由に行き来できるの。空も飛べるし、他の人からは見えないんだ。ねえ、希織はどこに行きたい?」
「どこって……ええと、もう、何がなんだか」


 希織はあきらかに戸惑ってる。とどめに楓馬の肩からパオが顔を出して、希織は驚いてひっくりかえりそうになっていた。


「な、ななな、何よ! この変なの!」
「変なのとは失礼な。未来の秘書ロボットだぞ」
「やばい。どうしよう。あたしまでわけのわからない夢見ちゃってる……」


 頭を抱える希織。そうとう参ってるみたいだ。


「陽彩ちゃん、どこ行く?」
 なんとか希織を後部座席に押し込んだ後、ハンドルを握る楓馬が言った。


「うーん。ねえ、ハワイって行ける?」
「もちろん。ワープできるから、あっという間につくよ」
「ワープだって! 希織、すごくない?」
「もう、いい加減ネタバラシしてよ陽彩! ドッキリでしたってプラカード、どこにあるの?」
「そんなものはない」


 パオがむっつりと答え、楓馬がくすっと笑う。


「オッケー、ハワイね。時空を通り抜けるから、一瞬Gがかかるよ。耳抜きしておいたほうがいい」

 デロリヤンを銀色の光が包み込み、あたりが真っ白になる。希織がきゃあ、と悲鳴をあげた。