「陽彩がめちゃくちゃしんどいのはわかってたけど、だからって陽彩にかぎって、そんな妄想に走るとは思わなかった」


 夕べのことを話すと、希織はあきれた顔で言った。わたしは小さく肩をすくめる。


「やっぱ、信じてくれないか……」
「信じられるわけないでしょう! 百年後から来ただの、デロリヤンだの、ロボットだの!」


 はあああ、と大きなため息をつく希織。この反応を予想してなかったわけじゃないとはいえ、夕べから沸き立っていた気持ちが急激にしゅるしゅるしぼんでいく。


「つらいのはわかるけどさあ、だからって妄想に逃げていてもしかた仕方なくない?」
「だから妄想じゃないんだってば」
「はいはい、わかった。夢でも見たんだよね、現実逃避したい気持ちから、そんな明るくて楽しい夢を見たんでしょ?」


 昨日のことは夢じゃない。はじめて飲んだお酒の味も、パオの毒舌も、楓馬のやわらかな笑顔も、はっきりと鮮明に覚えている。夢ならもっと、荒(こう)唐(とう)無(む)稽(けい)なはずだ。


 でももう、希織は何を言っても信じてくれないだろう。希織は占いとかおまじないとか幽霊とか未来人とか、そういうことはまず信じない現実主義者。わたしもその傾向は強いし、楓馬のことだって最初はたちの悪い冗談だと思ってた。でも、目の前であんな不思議なことがいくつも起こったんだ、信じざるをえない。


「希織も楓馬に会えばわかるって。未来から取り寄せた不思議な道具を、いっぱい持ってるの」
「なんだか、某猫型ロボットの劣化版みたいな夢だね」
「だから夢じゃないんだってば」
「はいはい、わかりました」


 ぱんぱん、と希織は手を打ってこの話を終わらせてしまった。


「夢を見るのはそれくらいにして、現実よ、現実! 今この瞬間、陽彩の今 やりたいことは?」


 昨日のノートを取り出して言う希織。わたしは小さく首をかしげる。


「うーん、そうだね。あと三ヵ月、いや、余命宣告されて一ヵ月経っちゃったから、もう二かヵ月しかないのか……今やりたいこと、ねえ」
「なんかあるわけ でしょ? 食べたいものとか、行きたいところとか」
「行きたいところ、か。ハワイはまた行ってみたい な」
「お、いいじゃん」


 希織がノートに「ハワイに行く」と書き込む。ヤシの木の絵まで添えていた。けっこう上手い。


「幼稚園の頃一度だけ、お父さんに連れてってもらったの。でも全然ぜんぜん遊べなかったからさ、ちょっと未練があるっていうか」
「ハワイに行ったのに観光しなかったの?」
「仕事だったから。お父さんがハワイアンロボットっていう、ハワイのダンスをするロボットを開発して、そのお披露目で呼ばれたんだよね。仕事のついでで、時間がなかった」


 お父さんのことは大好きだ。でも父ひとり子ひとりの家庭、子どもの頃、寂しさを感じなかったかというと いえば嘘になる。

 留守がちのお父さん、面倒を見てくれるのはシッターさん。シッターさんはあくまでシッターさんで、親ではない。小さい頃にじゅうぶん甘えられなかったせいか、わたしは希織以外の人には素直に甘えられない、というか、心の内側を見せるのが苦手だったりする。小さい頃からお金持ちの子だの、お嬢さまだのと言われて、子どもたちの輪に溶けこ込めなかったのも関係があるだろう。


「どうしたの、陽彩」


 希織がうつむいたわたしの横顔を覗のぞき込む。目がちょっと不安そうだ。
 わたしはにっと口角に力を入れる。


「なんでもないよ。他にやりたいこと、考えてみよう」


 そう言うと、希織はそうこ来なくっちゃ、とにこっとした。