二時間ほどバーにいた後、支払いを済ませてホテルを出る。楓馬はこの時代のお金をちゃんと持っていて、「今日はおごるよ」とスマートに払ってくれた。そんな姿が、同い年の男の子のはずなのにすごく大人に見える。


「ねえ、わたしの運命を変えにきた来た、って言ったよね?」


 再び眼下に夜景を眺めながら夜の街をドライブし、病院に戻りながら楓馬に聞く。窓を開けていると初夏の夜風が入ってきて、意識がすっかり落ち着いていた。パオは未来のやたらぴかぴかしたUSB のようなものにつながれ、充電されていてお休み中。 気持ち良さそうに眠っている。


「あれって、どういう意味? わたし、もしかして死ななくて済むの?」
「僕の言うとおりにすればね」


 ハンドルを握りながら楓馬が言った。

 生まれつき心臓に奇形があって、手術もできなくて、いよいよあと三ヵ月なんて言われてしまって。文字通り人生終わった、って思った。どうしてわたしなの、とも思った。希織も、樹里ちゃんも、まだ若くて未来はきらきらした可能性をいっぱい秘めて目の前に広がっている、なんでわたしだけそうじゃないの、って。

 でも、楓馬が現れた。

 まだ現実感がないけれど、この子はどうやら本当に未来から来たらしい。その男の子が、わたしの運命を変えようとしてくれている 。

 地獄に落ちた罪人に、お釈迦様が蜘蛛の糸を垂らしてくれた時って、まさにこんな気持ちだったんじゃないかな。


「言うとおりにするよ、なんでも。命が助かるなら」


 力強く言うと、楓馬はこくっとうなずいた。それにしても、ハンドルさばきが上手うまい。
 というか……これってデート、だよね?

 男の子とふたり二人きり、密室。 って 、うわあ。
 なんだか急に恥ずかしくなってしまって、楓馬から目を逸らし、外に視線を移した。まるまると太った月が東京の夜空を白く照らしていた。


「未来ではね、免許は十二歳からとれるんだ」
「へえ、すごい」
「車の運転が簡単になったし、田舎は車がないと暮らせないからね」

「それは今も変わらないよ。 未来にも田舎とかいう概念があるのがびっくりだけど。ねぇ、二十二世紀の世界はどうなってるの?」
「それは、企業秘密」

「ケチ」
「教えちゃいけないこともあるんだよ」


 楓馬はくいっ、くいっと器用にハンドルを切りながら続ける。その横顔は道具を使って大人に見せているとはいえ、それ以上の、いろいろなことを経験してきた人間にしか出せない深みのある表情をしていた。


「僕がここに来たのは、仕事なんだ」
「わたしと同い年なんだよね? もう働いてるの?」

「未来では三歳から十二歳までが義務教育で、その後働くんだ。僕は政府の役人だよ。未来の人間は基本的に、歴史に干渉することは禁じられている。でも、例外があるんだ」
「例外」


 繰り返すと楓馬はうなずいた。


「必要と判断されれば、歴史に干渉することもできる。きちんと上層部で審議された上での、許可がいるけれど」
「それって…… 未来では、わたしが死なないほうがいいって判断されたってこと?」
「まあ、そうだね」
「あ、わかった」


 点と線がつながったような気がした。後部座席で からくおおおお、といびきが聴 聞こえてくる。ロボットなのにいびきかくんだ。変なの。


「わたし、お父さんの後を継いですごい研究者になって、このデロリヤンとか、すごい発明品いっぱい作るんでしょ。だからまだ死なれたら困る、って ことか」

「わかっちゃったか」


 楓馬はいたずらがばれた子どもみたいな顔で笑った。そういう顔をすると、やっぱりわたしと同じ、この時代の高校生の年齢の男の子だ。

 ちょっと距離が縮まった気がして、ずっと気になっていたことを聞いてみた。


「ねえ、未来ではそういう髪色が流行ってるの?」
「まあね」


 なんとなく、歯切れの悪い物言いだった。やっぱりこの髪、病気かなんかなのかな。

 それにしても、楓馬ってほんとに大人っぽい。わたしと歳が変わらなくてもちゃんと働いてるからだろうか。同い年の男の子たちよりも、いや女の子よりも、ずっと落ち着いて見える…… 。


「そろそろ、病院つくよ」


 楓馬が言った。デロリヤンが高度を下げ、病院の屋上が近付づいてきた。

 パオはまだいびきをかいている。