どこのバーに行きたいかと問われ、とにかく格好よくて普通の大人はなかなか行けないようなところがいいと言うとパオには「またこれだから古いニンゲンは 」と呆れられたけど、楓馬は六(ろっ)本(ぽん)木(ぎ)のホテルの最上階に連れて行いってくれた。

ホテルの屋上にデロリアンデロリヤンを停め、楓馬もさっきの時計をもう一台取り出して、大人に化ける。もともと大人っぽい顔立ちの楓馬が二十歳になるとさらに背が伸びてなんだか色気まで出てきて、隣にいるだけで背中がこそばゆくなった。


「いらっしゃいませ、二名様ですね」


 バーの入り口で店員さんに聞かれ、またもや固まってしまったわたしに楓馬は「二人です 」、とにこやかに告げた。カップル 男女ふたり二人だからなのか、眼下に東京タワーを眺められるいちばんいい席に案内されてしまった。

 楓馬がオレンジ色のカプセルを取り出す。


「これ、未来のサプリメント。毒素を無効化する効果がある」
「何それ、すごい」
「アルコールも毒素だし、陽彩ちゃんの心臓には良くないでしょう。飲んでおいたほうがいいよ」
「未来って、便利だね」


 一緒にもらったペットボトルの水――これはただの水だった――と一緒に薬を飲んだ後 、メニューを開いてお酒を選ぶ。しかし、写真が出ていないのでどれがどういうお酒で、どんな味がするのかまるでわからない。モスコミュールやジントニックはなんとなく聞いたことあるけれど、マルガリータって何? カクテルなのにピザの味がするの? そんなの絶対おいしくない!


「陽彩ちゃんは果物だと、何が好き?」


 二十歳の顔になった楓馬が言う。


「果物かあ。うーん、桃かな」
「桃のカクテルあるよ。ベリーニっていうんだけど。甘くて、女の子でも 飲みやすいと思う」
「じゃあ、それで。ていうか、楓馬ってお酒飲むの?」
「こんな薬があるんだから、未成年がお酒飲んじゃいけないって法律は必要なくない?」
「たしかに」


 つまり、未来では子どもでもお酒も煙草もぜんぜんオッケー、ということなのか。うーん、未来ってすごい。デロリヤンはあるし 、パオみたいな優秀なロボットはいるし。

 まもなく、ベリーニが運ばれてきた。細長いワイングラスに入ったサーモンピンクの液体は、表面にメレンゲみたいな細かい泡が浮かんでいる。楓馬とかちん、とグラスを合わせた。


「出会いに、乾杯」


 楓馬のちょっとキザな台詞に、思わず口元がゆるんで緩んでしまう。

 ごくり。ひと口飲むと、桃の甘さとみずみずしさが口の中に広がる。たしかにこれは甘くて飲みやすい。ほとんどジュースだ。お酒が入ってるなんて信じられない。


「楓馬は何頼んだの?」
「ギムレット」
「へー。わたしも飲んでみたいな」
「”〝ギムレットには早すぎる 〟”」

「え? 最後に飲むお酒なの?」
「『ロング・グッドバイ 』の台詞だよ」
「未来の映画?」

「いや、陽彩ちゃんからしても昔の小説だよ」
「楓馬ってさっきのバックトゥザフューチャーのことにしてもそうだけど、古いものをいろいろ知ってるんだね」


 楓馬が色っぽい口元でにこ、と笑った。


「未来にはロボットがたくさんいるし、家事も仕事も勉強も、この時代より格段に楽になっているからね。その分、自由に使える時間がたくさんあるんだ。僕は二十世紀の小説や、映画が好き。『ショーシャンクの空に 』とか、『レオン 』とかね」

「レオン! わたしも好き!」


 そのまましばらく、楓馬と映画の話でひとしきり盛り上がった。楓馬はショーシャンクの空にを何度も観たらしく、図書係のおじいちゃんがカラスをかわいがるサブストーリーが好きだと、二人の意見が一致した。パオはぬいぐるみのふりをして、机の端っこでおとなしくしている。

 い ろいろなカクテルを頼んだ。ピザの味がするかと思ったマルガリータは、ライムの爽やかな味がした。


「楓馬は、ほんとイケメンだにゃー。モテるでしょ? この色男め!」
「いや、別にモテてないけど……てか、陽彩ちゃん、酔ってる?」
「酔ってにゃい! 陽彩、酔ってませんのです!」


 なんだか、頭がぼやぼやする。見えるものすべてがきらきらしていて、二十歳になった楓馬の顔がさっきよりくっきりしているような気がする。自然 とテンションが上がって自分なのに自分じゃなくなったみたい。


「おかしいなあ、アルコールは無効化されてるはずなのに……雰囲気だけで酔ったの? そんなことある?」
「おかしくない! 陽彩、何もおかしくないにゃー!」


 そう言いながら楓馬の肩に頭をのせた。柔軟剤なのか、 とってもいい香りがする。よくあるケミカルな甘ったるい香りじゃなくて、月の光ににおいがあったらこんな感じなんだろうな、って いうにおい。楓馬はちょっとぎょっとして、店員さんにお水をもらっていた。