異世界妖怪禄〜わたしの血に惹かれるあやかしたち〜

「うーん。いい天気」
あの出来事から早数日。
 あの後、翌日から熱を出してしまい、またみなさんに迷惑をかけてしまった。
 小学生以来の熱なんて出したことがない健康な身体だった。
 久しぶりの熱だったからか、中々熱が引かず、昨日までずっと部屋で布団の住人となっていた。
 そして、毎日クロさんのあの苦い薬を飲むことになった。
 毎日飲んでもなれない味で、飲み込むのに苦労した。
 クロさん。わざと味を苦くしているのでは? と疑いたくなるほどだ。
 まあ。そんなこんなで。やっと今日無事に熱も引き、久しぶりに扉を開けて朝の新鮮な空気を吸っている。
「少し、散歩でもしようかな」
 そう思い、いったん扉を閉めて着替える。
 久しぶりに袖を通す服。一週間着ていなかっただけでも、何だか懐かしい感がした。
 着替えも終わり、靴(くつ)を履(は)いて庭に出る。
 初めてこの世界に来た時と違う花が咲いている庭の景色を眺める。
「たくさん花が咲いてる。これもクロさんが育ててるのかな」
 疑問に思ったが、聞いても「……オレじゃない」と返されるだろうと思い、勝手にクロさんが育てていることにしておこう。
 庭の景色を楽しみ、邸の周りを歩く。すると、倉庫らしき建物を見つける。
「こんなところに、倉庫があったなんて」
 何が入っているのか気になり、ドアに手を掛けるが鍵(かぎ)が掛けられていた。
「まあ。当たり前か。今度聞いてみよう」
 中は今度聞いてみることにし、その場を後にしようと思ったが、壁に梯子(はしご)が掛けられているのが目に入る。
「少し借りくらいいいかな」
 梯子(はしご)を持ち、立てかけやすそうなところまで持っていく。
 安定したことを確認し、周りを見回す。誰もいないことを確認し、一段目に足を掛けて上に上る。
「よっと。わあ! きれい」
 最後の段を上り切り、お邸の屋上に到着する。
 そこから、街全体を見渡せるほどの絶景が、目の前に広がっていた。
 朝日に照らされ、輝く街。
 初めてアズマさんに見せてもらった光景もきれいだったが、今は自然の光だけが照らしているため、とても幻想的だった。
「おーい。誰かいるのか?」
 しばらく街を眺めていると、下から声を掛けられる。
 ヤバい。どうしよう。
 この場を視られたら流石に怒られる。でも、今下に降りたら、誰かと鉢合わせになる。絶対に逃げられない状況になり、ワタワタしていると。
「あれ? 柳?」
 いきなり声を掛けられビックリして、声のした方を向く。すると、そこにはアズマさんがいた。
「あ、アズマさん……おはようございます」
「ああ。おはよう?」
 どう言い訳をしようか考えたが、口にでた言葉はなぜかあいさつだった。
 アズマさんも、困惑しながらもわたしにあいさつを返してくれたが、その後の会話は何も続かない。
 アズマさんでまだよかったけど、次はどうする? 何を話せばいいの!?
 と頭の中がパニックになっているわたしをよそに、アズマさんも屋上に上って近付いてくる。
 まずい。流石に怒られるか!
 この状況はわたしが悪いと開き直り、怒られる覚悟になるが、アズマさんから出た言葉は想像していなかった言葉だった。
「ここ、きれいだよな。オレのお気に入りの一つ」
「へっ?」
 まさかの言葉につい素(す)っ頓狂(とんきょう)な声が出てしまう。
「ハハ。何だ? その間抜けな声? アハハ!」
 わたしの反応が面白かったのか。アズマさんはお腹を抱えて笑ってしまった。
「わ、笑わないでください!」
 段々と恥かしさがこみ上げて来て、訴えるがまだ笑われる。
「ハァ~ア。面白い。こんなに笑ったの久しぶり。アハハ」
「どこに笑う要素があったんですか?」
「ン? アンタの間抜けな声。叱られると思って身構えたけど、まさかの言葉に不意を付かれたってところか」
「あ、当たってますが。そう言葉で説明されるとムカッときます」
 何でも彼の思うツボみたい。何かいい驚かせかたないかな。
 一人だけこんな恥ずかしい場面を見られて何かいい仕返しがないかと考えるが、何も慰安が思い浮かばない。
 そもそも、アズマさんって取り乱したりする所なさそう。
 わたしが色々と考えている間、街を見ているアズマさん。
 ジーっと横顔を見つめていると、視線に気づいたのかこちらに顔を向け微笑む。
「何だ? いい仕返しは思いついたのか?」
「いえ。そもそもアズマさんが動揺(どうよう)したりするのが思いつかなくて。って何でわたしが仕返しをしようとしているってわかったんですか!?」
 まさか考えを読み取り力があったり!
「何となくだよ。アンタって結構考えてること顔に出るから、わかりやすいし。今もオレが心を読む力を使ったり~とか、思ってるだろ」
「あ、当たりです」
 また思っていたことを当てられる。
 わたしってそんなに顔に出てるのかな。気を付けよう。
「ま。オレが動揺するのは、アンタの事でだが」
「ん? 何か言いましたか?」
「いいや。別に」
 何かうまいことはぐらかされた気がする。
 そうは思ったが、聞き返しても答えてくれなさそうなためスルーすることにした。
「アズマさんは、どうしてここに?」
「ああ。アンタの様子を見に行ったら部屋にいなくて。探してたらここにいたってわけ」
 まだ熱があると思って看病しようとしてくれたのか。
 そのことを聞いて、胸が暖かくなる。
「というか。もう平気なのか?」
「はい。もう熱も下がって、元通り元気です!」
 元気であることをアピールするために、腕を上げて力こぶを作ってみせる。まあ、筋肉なんてないから、力こぶなんてないけど。
「そうか。でも、無理するなよ。病み上がりなんだから」
「平気です。これくらい……へっくしゅん!」
 心配を掛けないようにしたかったが、体が冷えたのかくしゃみが出てしまった。
「ああ。言わんこっちゃない。ほら、これでも羽織ってな」
「ありがとうございます」
 アズマさんは、自分が羽織っていた上衣を渡してくれる。
 お礼を言いありがたく使わせてもらう。
 ブカブカだ。
 男性だから体格差があるのは当たり前だが、改めて目の当たりにする。
 袖が長く、ブラブラさせていると隣からフっと笑い声が聞こえてくる。
「何ですか?」
「いや。かわいいなと思ってな」
 不貞腐(ふてくさ)れて隣を見上げると、優しい笑顔を向けられる。
 不意打ちのことに胸がドキっと高鳴り、頬が熱くなる。
 とっさに顔を背け、深呼吸をして心を落ち着かせる。
「それは、アズマさんに比べたら小さいですよ」
「ああ……ほんと。小さいな」
 さっきまでと違う落ち着いたトーンの声に不思議に思って、振り向こうとしたが後ろから抱き込まれて出来なかった。
「アズマさん?」
 声を掛けるが返事がなく、代わりにお腹に回っていた腕の力が強くなる。
 どうしたんだろ。突然。
 さっきまでずっと元気だったのに、落ち込んでいるのがわからず困惑する。
 あ。もしかして。
 何が原因か考えて、ある答えにたどり着く。
「大丈夫です。わたしは何ともありませんから」
 元気づけるために、声を掛ける。
「ああ。わかってる」
 そうは言ってもやっぱり元気がない。
 どうすればいいかと悩む。
 うーん。恥ずかしいけど。これしか思いつかない。
 悩みに悩んだが、決心する。
「アズマさん。少し離してもらえますか?」
 わたしの問いに無言で応じてくれる。
 向きを変えてアズマさんに向き直る。
「少ししゃがんでくれますか?」
 これにも無言で応じてくれる。
 しゃがんでくれたおかげで少し背が縮まる。
 あの夜もわたしのお願いを聞いてくれたし。
 腕を伸ばして、アズマさんの頭を撫でる。
「な、何してるんだ?」
「撫でてるんです」
 困惑した顔を向けられる。
「こうして頭を撫でてもらうと、少しは安心しると思ったので」
 あの時のお礼を込めて、ゆっくり優しく撫でる。
「……そうだな。安心する」
 最少は困惑していたが、だんだん気持ちよくなったのか瞳を閉じて、されるがままになる。耳もペタンとなる。僅(わず)かに見える尻尾も揺れている。
 かわいい。触ってもいいかな。
 誘惑に抗うが、どうしても触りたい。
 少しだけ。
 ついに、抗えずバレないように耳に指を近づける。
「おい。何してる?」
 あと少しで触れそうだったが、その前にバレて撫でていた腕を掴まれる。
「ちょっと。耳を触りたく」
「耳?」
「はい。触ってもいいですか?」
 少し期待の目を向ける。
 まあ。ダメって断られると思うけど。
 期待半分。不安半分で待っていると。
「……まあ。少しだけなら。いい」
「いいんですか!?」
 まさか許可が出ると思わず、大きな声が出てしまう。
「少しだぞ」
「はい」
 ゆっくりと指を耳の近くに持っていく。
 うわ。フワフワ!
 いざ触ってみると、ともて触り心地がよかった。
 狐って触れないからわからなかったけど。猫とか犬と毛は一緒なんだ。
 夢中になって耳を触る。
「なあ。まだ触るのか?」
「あ、すみません。つい」
 流石にやり過ぎたと思い、すぐに手を離す。
 アズマさんは自分の耳を不思議そうに触りながら、しゃがむ前の体制に戻る。
「たく。アイツといい。アンタといい。何で耳や尻尾を無駄に触りたがるんだか」
 不満を言うアズマさん。
「魅力的で。つい」
 本音を隠さず言うと、それまで普通の顔色だったアズマの顔が、だんだんと赤くなっていく。
「ハア~。アンタな」
 片手を腰に置き、もう片方の手で顔を覆ってしまった。
 あのアズマさんが照れてる。
 珍しい光景にいたずら心が顔を出す。
「アズマさん。照れてるんですか?」
 距離を詰めるが、詰めた分だけ後ろに下がられる。
「顔を見せてくださいよ」
「~~ああ。もう!」
 面白くて調子に乗っていたら、突然両腕を掴まれる。
 何が起きたのかわからず困惑する。
「からかいやがって。仕返しされても文句は言えないよな?」
 嫌な予感がして恐る恐る顔を上げると、そこには不敵な笑みを浮かべるアズマさんの顔があった。
「あ。そろそろ朝食の仕度のお手伝いに行かないと」
 逃げられない状況に冷や汗が流れる。
 適当な理由を言って、さっさとここから逃げないと!
 そう思ったが、アズマさんは腕を離してくれず、むしろ腕を引っ張られた。
「うわっ!」
 突然の事でバランスを崩すが、優しく抱き留められる。
「オレに嘘は通じないぞ。さて。これで逃げ場がなくなったな」
 まるで獲物を捕らえた捕食者のような目を向けられ、頭の中に警鐘が鳴る。
 まずい! まずい!
 これから起こる嫌な事を本能的に察して、拘束を解こうとするが力が強く逃れることが出来なかった。
「どうしてやろうか。まあ。最初は」
 だんだん顔が近づき、何をされるのかわからずぎゅっと目をつぶる。
「フー」
「ひゃ!」
 耳にいきなり息を引きかけられて、上ずった声が出る。
「ハハ。耳弱いのか?」
「そ、そんなことありません! いきなりの事で驚いただけです」
「そうか。なら、これも平気だよな?」
 強がって見せたが、これは不正解な回答をしたと後から後悔する。
 次は何をされるのかと身構えると、耳をそっと撫でられた。
「く、くすぐったい」
「フーン。くすぐったいのか。これ、アンタがオレの耳を触ってたのと同じ触り方なんだが」
 こんなやらしい触り方してない!
 心の中で訴えてキッと睨みつける。
「そんな涙目で睨まれても、男はそそられるだけだぞ」
 今度は耳元で話かけられる。
「オレをからかうとどうなるか。わかったか?」
「わかりました! わかりましたから!」
 ブンブンと首を縦に振り、早く離して欲しいと願う。
「なら。今後はあまりからかうなよ」
 拘束していた手が解けて、急いで距離を取る。
「ハハ。猫みてえ」
「笑いごとじゃないです!」
 本当に猫なら毛を逆立てているであろうぐらい、警戒する。
「悪かった。オレも途中から面白くてつい調子に乗った」
「……わたしもごめんなさい」
 お互いに謝る。
「あの。一つ聞いていいですか?」
「何だ?」
「さっき言ってた『アイツ』って、誰の事ですか?」
 耳を触らせてもらった後、アズマさんがポツリと呟いた言葉にあったのが気になって質問する。
「あー。それは……」
 何か困ることがあるのか。言い淀(よど)む。
「……アイツは———」
 口を開いたり、閉じたりを数回繰り返したのち。意を決したのか、アズマさんが口を開くが。
「おい。猫。今どうなってる?」
「待って。急かさないでよ!」
 ん? この声は……。
 声がする方に視線を向けると、見慣れた先端が黒く、灰色の耳が見えた。
「早くしろ。腹減った」
「わかったから。あ」
 ピョコっと顔を出し、こちらに顔を向けるハギ君。
 わたしたちと目が合い、微妙な空気が流れる。
「よお。ハギ。何してるんだ?」
「ア、アズマ様……コレは……」
 アズマさんに声を掛けられ、言い淀むハギ君。
「なあ。どうしたんだ!」
「に」
「「に?」」
「逃げろー!」
 梯子(はしご)から飛び降りて、走って行く。
 ここ、相当高いのに。流石猫だな。
 と感心していると。
「何言ってるんだ? あの猫」
「バレたんだろ」
 下から困惑したアクロさんと呆れたクロさんの声が聞こえてくる。
 もしかして、今までの場面見られてた!?
 徐々に状況がわかってきて、恥かしさで顔に熱が集まる。
「見られたな♪」
 その場にしゃがみ込み、悶えるわたしとは正反対に、アズマさんはどこか楽しそうな声だった。
「何でそう平気なんですか!」
「まあ。オレにとってはそこまで恥ずかしくないし。途中から見てたの知ってたし」
「何で教えてくれなかったんですか!?」
 どこの場面から見られてたんだろ!
 最初っから?
 わたしがからかったところから?
 それとも、やり返されてた時?
 まさか、今までの全部……!
 頭の中で色々考える。
「さ。他の奴らも起きてきたし。下に行こうぜ」
「はい……」
 後で逃げたハギ君には、問いただしてみよう。
 そう決意して、屋根から降りて朝食を食べに向かった。
「うーん。今日も一日終わった~」
 夜になり、日課になっている月を眺めていた。
 今日は丸い満月だ。
 これからもこのきれいな景色を観れるように。
 これからみなさんと街の人たちの信頼関係を作れるように。
 わたしなりに出来ることを。
 わたしがこの世界に呼ばれた意味を知るために。
 これからも頑張っていこうと誓いを立てて、窓を閉じ布団に入る。
 布団に入ると、瞼が重くなりそのまま眠りに落ちた。