「で。話しってなんだ?」
 広間に着いて早々、アクロさんがアズマさんを見つめながら、問いかけた。
「ああ。さっきオマエたちが感じた妖力のことだが。あれはオレの妖力だ」
 全員の顔を見ながら淡々と告げるアズマさん。
「だが、今のアズマはいつも通りだろ」
「ああ。だから、今からその証拠を見せるよ。柳」
 呼ばれて、彼のもとに行く。
「ちょっと失礼」
 隣に座ると、片手を恭しく持ち上げられる。何をするのかと思っていると、だんだんと指に顔が近づき、人差し指を噛まれた。
「ア、アズマ様!」
「何してんだ! お前!」
 突然の行動にハギ君とアクロさんが顔を赤らめる。
 他の人に見られながら血を吸われるこの状況に、少し落ち着かない。
 少しして、アズマさんが指から口を離す。すると、さきほどと同じように光輝き、神々(こうごう)しい姿に変わっていた。
「す、姿が……」
「変わった……?」
 何が起きたのかわからず、呆然とする三人。
 そして、また光に包まれ元の姿に戻る。
「ああ。これがさっきの謎の妖力の正体だ」
 元の姿に戻ったアズマさんは、タネ明かしをした。
「確かに。先ほど感じた妖力と同じ。だが、その姿はなんだ?」
 それまで黙っていたクロさんが質問する。
「これは、オレたち妖怪の本来の力だ」
「本来のボクたち?」
「どういうことだよ?」
 わけがわからないといった感じで、仲良く首を傾げる二人。
「この秘密を知っているのは、四つの領主とその側近たち。それから姫巫女だけ。オレも前領主から聞いた話なんだが。その昔。姫巫女から血を分け与えられた妖怪が四人いた。その四人は四つの領地に別れ、統治していった。だが、時が経つに連れ、姫巫女の血が薄れ、本来の姿では無くなった、と」
「なるほど。確かに、さっきのアズマの姿は尻尾が九本に増えてたな。あれがアズマの、妖狐の本来の姿なのか」
「ああ。それと、あの姿になれば妖魔を倒すこともできるらしい」
「なら、今から柳お姉さんから血をもらって、妖魔を倒しに行こう!」
「そうだな。そうすれば、街の奴らも安心するだろ」
「待て」
 アズマさんの話を聞き、早速自分たちも血を貰おうと迫る二人に、クロさんが静止する。
「何だよクロ?」
「その女は、なぜ姫巫女と同じ血が流れているんだ?」
 クロさんの問いに今まで騒いでいた場が静まり返る。
「確かに。もしかしてお姉さんって、姫巫女様だったの?」
「違います! それに、わたしにもそんなすごい血が流れているなんて、今知ったばかりですし。わたしは、れっきとした人間です!」
 ハギ君の問いに首を勢いよく横に振る。
「んー? よくわからん」
「姫巫女様ではないけど、姫巫女様と同じ血が流れている人間の女の子。不思議だね。もしかして、姉妹だったり」
「そんなことないと思います。わたしは、幼いころの記憶が無いけど、そんな大層な血族の出ではないと思うので」
 お義母さんも特にそういう特別な家出身でもないし。
 自分の掌を見つめながら、考え込む。
「まあ。その辺のことはこれから調べて行こう。で、これからのことだが。柳の力は極力使わないようにして欲しい」
「なぜだ? この女の力を使えば妖魔を倒せるのだろう」
「ああ。だが、そんな力を持った人間がいると知った治安維持の奴らはどう出る?」
 治安維持部隊という単語を聞き、みなさん硬い表情になる。
「奴らのことだ。そのことを知れば何かに利用されるかもしれないな」
「でも、他のボクたち以外の妖怪は血を飲んでも、意味ないんだよね?」
「いや。それはわからない。柳の血を飲んでもしかしたらあるかもしれない。そのことも考慮し、今後緊急の時以外は、柳の血は飲まないこと。もちろん、飲む時は本人の了承も取るように。いいな?」
 アズマさんが一人ひとりの顔を見ながら問いかける。
「おう!」
「はーい」
「了承した」
 各々返事をする。
「柳もそういうことだ。これからその力、オレたちに貸してくれるか?」
 その様子を見てわたしに振り返って聞いてくるアズマさん。
 その答えはもちろん一つしかない。
「はい。わたしでお役に立てるのなら」
 わたしからの了承も受け取り、アズマさんは安堵の笑みを浮かべた。
「お姉さん!」
「わっ!」
 二人見つめ合っていると突然、背後からハギ君に勢いよく抱き着かれた。
「すごいね! お姉さんにそんなすごい力があるなんて! ボクも姿を変えてみたいな。どうなるかな?」
「ハギは、今よりもカッコよくなるんじゃないか?」
「そうかな? お姉さんはどう思う?」
「わたしもそう思います」
「えへへ。そう言ってもらえると嬉しいな」
 アズマさんと同じだと肯定すると、ハギ君は嬉しそうに頬ずりしてきた。
 少しくすぐったいが、ハギ君は弟みたいな感じだから甘んじて受け入れた。
「なあ。俺たちもできるみたいだが。何でなんだ?」
 確かに。何で何だろう。
 アクロさんの質問にみんなの視線がアズマさんに集中する。
「ああ。それはな。オマエたちをここに迎える前に、オレの血を少し飲ませたよな?」
「あー。そんなこともあったな」
「あの時に、オマエたちの中にオレの血が入ったことで、覚醒する力を得られたってことだ」
 それだけでいいんだ。
 何か儀式を行っていたのかと思ったが、何とも言えない解答に少し拍子抜けする。
「覚醒って、本来の姿になること?」
「ああ。言葉は短い方がいいだろ? それに言いやすいし。覚えやすい」
 その後もみんなでわちゃわちゃしていた時。
「おい。女」
 不意に呼ばれて固まる。
「は、はい!」
 わたし呼んだ人、クロさんから鋭い視線を向けられる。
 こ、怖い……!
 何を言われるんだろうと不安に思っていたが、思っていなかったことを聞かれた。
「お前はどうして、街に出ていたんだ?」
 少しの間、筆問の意味がわからずフリーズする。
 街、妖魔……投げつけ……。
「……あ! 油揚げ!」
「油揚げ?」
 今日の目的を思い出すために頭の中で、今日一日の単語を並べて行って本来の目的を思い出した。
「そうです。みなさんに料理を作ろうと思って、街に油揚げを買いに行ったんですが。妖魔に投げつけてすっかり忘れてました」
 あー。どうしよう!?
 これから、また階に行く? でも、そんなことしてる暇ないよな。お店ももう閉まってるかもしれないし。
 と数多の中であれこれ考えていると。
「そういうことだったのか。なら、今から街に行ってメシ食いに行くか」
「さんせーい!」
「たまにはいいよな」
「……オレは」
「行かないなんて言わせないぞ。クロ。これは命令だからな?」
「……了解した」
 アズマさんが外食を提案した。
 その提案に了承した面々は、速足に広間を出て行く。
「柳も行くぞ。アンタのメシはまた今度。今日は、オレたちの好物を知ってもらって、次にそれを作ってもらうから」
 アズマさんの言葉にわたしは頷き、全力で答えようと誓う。
「わかりました。料理は任せてください。どんな料理でも作ってみせますから」
「お。言ったな? にしても、油揚げって何に使う予定だったんだ?」
 言わないとダメかな……。
 HINAさんのなんとも安直な考えを言わないといけないかと思い、冷や汗が流れる。
 でも、いい誤魔化しも想い付かないし、ここは思い切って!
「それは……アズマさん、狐だから好きかと思って。狐は油揚げが好きってわたしの世界で言っていたので。違いましたか?」
 言葉の後半ら辺はだんだん声が小さくなっていった。
 何も反応がなく、不安に思って見上げるとアズマさんは、今まで見た笑顔の中で一番うれしそうな顔をしてくれた。
「いや。オレの大好物だ!」
 まるで子どものうように嬉しそうに笑ってくれて、安堵すると同時に早く料理を作ってあげたいなと思うのだった。

「あ、そうだ。柳」
 あれから数日。
 今日も部屋で勉強をしていたら、部屋にアズマさんが尋ねてきた。
「どうしましたか?」
「今日は、オレと一緒に巡回に来てくれるか?」
「わかりました。何かあったんですか?」
「いいから。いいから」
 何も教えてもらえず、ますます何を考えているのかわからず首を傾げるわたしをアズマさんは、微笑みながら見つめた。
「あ、おねえちゃん!」
 アズマさん言われた通り彼と街を巡回していた時。妖魔に襲われ半壊していた街の一角に着くと、見知った男の子がこちらに向かって走ってきた。
「あの子って」
「アンタが妖魔から助けた子どもだよ。おの時のお礼をしたいって言ってな」
 少年はわたしたちの元までたどり着き、笑顔で出迎えてくれた。
「君。大丈夫だった?」
「うん! おねえちゃんがようまから、まもってくれたからぶじだよ。ありがとう!」
 あの後、少年がアズマさんを呼んでくれたことは聞いていたが、無事かどうかわからず心配していた。こうして今日、元気な姿でお礼を言う少年の姿を見れて心から安堵する。
「ありがとうございました。あなたのおかげで、息子は無事に帰って来てくれました。ずっとそのことでお礼がしたく」
 少年と話をしていると、彼のお母さんがやって来きた。
「そんな。わたしはそんな大層なことなんて。ただ、当たり前のことをしただけです」
「謙虚にならなくても。感謝はちゃんと受け取っとけ」
「本当にありがとうございました」
 深々と頭を下げられ気持ちを受けないわけにはいかない。
「はい。息子さんも無事でよかったです」
 親子の元気な姿を見ることが出来たわたしたちは、彼らに見送られながら巡回の再会をした。
「アズマさん。ありがとうございます。あの親子に合わせてくれて」
「まあ。民の頼みごとを聞くのもオレの仕事だしな」
 なんてことないと言った風にいうアズマさん。
「そうだ。これから少し寄りたいところがあるんだが、いいか?」
 何か思い出したのか。アズマさんは改まって様子でわたしに聞いてくる。この後、特に予定はなかったため、彼の提案を受け入れた。
「足元、気を付けろ」
 森にきたわたしたちは、今足元の悪い場所を歩いていた。
「きゃ!」
 慎重に歩いていたが、沼るみに足を捕られてバランスを崩す。
「おい、大丈夫か?」
 危うく転びそうな所をアズマさんが腕を引っ張って、支えてくれた。
「はい。滑っただけなので」
「危なっかしいな。ほら」
 手を差し出され、おずおずとその手を握る。
「ありがとうございます」
 お礼を言い彼の手を握る。
 アズマさんは微笑んでそのまま森の中を歩いた。
「ここって」
 アズマさんに先導してもらい、着いた所は見慣れた場所だった。
「ああ。オレとアンタが初めて出会った場所だ」
 そう。初めてわたしがこの世界にやって来て、立っていた場所。あの神社だった。
「何でここに?」
 不思議に思い、彼の方を向く。
「ここなら、何かアンタと姫巫女の秘密がないかと思ってな」
 そっか。アズマさん、一生懸命探してくれたんだ。
 そのことが嬉しく、頬が緩む。
「にしても、オンボロだよな。何でこんなところに社があるんだろうな」
「アズマさんでも、知らないんですか?」
 この領地の主であるアズマさんなら、何でも知っていると思っていたので、知らないことがあったと言われ驚いた。
「オレにだって知らないことばかりだよ。他の妖怪からしてみれば、オレなんて若造だしな」
 若い……そういえば、アズマさんたちって何歳なんだろう。
 見た目は人間でいう二十代くらいだが。
 聞いてみてもいいかと迷うが、モヤモヤをこのままにしておくこともできず、思い切って聞いてみることにした。
「あの。気になったんですが。アズマさんたちって年齢って、いくつなんですか?」
 恐る恐る聞くと、意外なほどあっさりと答えてくれた。
「オレは、二百ぐらいだったか。クロもオレとそう変わらない歳で。ハギは見た目通り十五、アクロが四百とかだったはず」
「い、意外と歳いってたんですね」
 まさかそんなにいっていたとは。
 妖怪だしこれくらいなのかな。でも、二百歳で若いんだ。妖怪の感覚ってニンゲンと違うんだな。
 と新しい発見に感心していると。
「何だ。じじい扱いするか」
「そんなことありません。アズマさんは、とっても若いです!」
 不貞腐れたような顔をされたので、慌てて訂正する。
「ハハ。言わせた感が強いが。ありがとな。さて、話はここまでにして。何か手がかりがないか、探してみるか」
「はい」と元気よく答え、二人別々に神社の周りに何か手がかりがないか、探すのだった。
「何もありませんでしたね」
「だな」
 数時間経ったころ。日も傾き、森も暗くなってきたため、今日の捜索はお開きとなった。
「まあそう簡単にはいかないか」
「そうですよね。はあ」
 何も成果がなく肩を落とす。
「諦めるな! 他に手がかりがないかこれからも探すから」
「はい……そうですよね。まだこれからですよね!」
 励ましてもらい、少しは元気が戻りまた捜索するぞと意気込む。
「昼よりも足元暗いから、手繋いでいくか?」
「お願いします」
 ここで怪我をして、迷惑をかけるわけにもいかないので、ありがたく申し出を受けた。
 森の中を歩いていると、木々の間から光が差し込む。
 空を見上げると、大きな満月が雲から顔を出し輝いていた。
「……きれいな月」
 ポツリとこぼした独り言が聞こえたのか。アズマさんも立ち止まって空を見上げた。
「ん? ああ。あれは本物ではないけどな。確か姫巫女が創りだしているんだったか」
「そんなこともできるんですか?」
「まあ。この世界にとっては神様みたいなもんだしな。誰も姫巫女には会ったことがないし、男か、女かもわからない。謎の人物なんだ」
「そうなんだ」
 一体どんな人なんだろう。
 姫巫女様の姿を想像しながら、もう一度月を眺める。
「でも、わたしの世界と同じ月なんですね。作り物には全然見えません」
 太陽と同じように、夜道に光をくれる月。その存在を静かに眺め続けた。
「なあ。オレからも一つ質問してもいいか」
「何ですか?」
「……アンタの世界って、どんなところなんだ?」
 不意に改まった声で質問される。
「うーん。ここよりもずっと文明が発展してます。街も高い建物ばかりで。人も多いです」
「ふーん。高い建物ってどのくらいだ?」
「そうですね……中央にある塔よりも高いのもありますし、同じくらいの物もあります」
 HINAさんから見せてもらった地図を頭の中で思い出し、答える。
「すごいな……! あの塔がこの世界で一番高いのに、それよりも高いのか。人間の技術ってすごいんだな」
 興奮したように感心するアズマさん。
 その様子が可愛くて、他にも教えてあげたくなる。
「それと、学校があるんです」
「がっこう?」
「同じ年の子たちが男女一緒に、いろんなことを学ぶ所です。えっと、学び舎と言った方がわかりやすいかな」
「へえ。そこに通う人間は、字も書けるのか?」
「はい。場所によっては、自分の学びたいことだけを学べるのもあるんですよ」
「面白いな。人間の世界って。ここじゃあ、読み書きもできる奴は限られてるから。いつかそういう宿舎を造れたらいいな」
 アズマさん……本当に、自分の領地の妖怪たちを大切に思っているんだな。
 彼の思いを聞き、応援したくなる。
「造れますよ! アズマさんなら!」
「ハハ。アンタにとって、オレは何でもできる奴だって認識か?」
「いいえ。そうは思っていませんよ。でも、アズマさんはこの街に住む妖怪のみなさんに寄り添っているから。だから今は難しくても、いつかはやってくれると信じているんです」
「柳……」
 わたしの言葉に目を見開くアズマさん。
「……なあ……アンタは————」
 とアズマさんが何か言いかけた時。
「グルルル!」
 近くから獣のような唸り声が聞こえてきた。
「妖魔!」
「いつの間にいたのかよ」
 森の奥に目を凝らすと、赤く光る目がランランと輝いていた。
「柳。オレの傍から離れるなよ」
「はいっ!」
 彼の着物の裾を掴み、離れないようにする。
「にしても、数が多いな。一体どこに隠れてやがるんだ?」
 確かに。何体いるんだろ。
 始めは一つだった赤い目がだんだんと数を増やし、今は何体いるのかわからないぐらいの妖魔に囲まれていた。
「グオオオオ!」
「うわ!」
「っと。危ね!」
 妖魔の出方を窺(うかが)っていると、一匹の妖魔が雄叫(おたけ)びを上げながら、こちらに向かって飛び掛かってきた。間一髪(かんいっぱつ)避(さ)けることが出来たが、次は大勢に来られたら同じように避けることができるとは限らない。
「アズマさん。助けを呼んだ方が」
「そうしたいのはやまやまだが。この数が街に下りたら、多くの被害が出る。それだけは避けたいな」
「じゃあ、どうすれば」
「まあ。逃げながらこいつらの相手をするしかないな。よし。逃げるぞ! 鬼ごっこだ!」
 アズマさんはそう言うと、わたしの手を掴み走り出した。
「え、あ、ちょっと!」
「捕まったら即死の鬼ごっこ。スリルがあって面白いだろ?」
「面白くないです!」
 こんなことで命を失うわけにはいかないため、わたしも全速力で走った。
「はあ、はあ、はあ」
「ハア。流石に疲れるな」
 妖魔と鬼ごっこをして数分。
 上手く巻くことが出来たため、木陰に隠れながら二人で休憩していた。
「柳。平気か?」
「へ、平気じゃない、です」
「ハハ。悪い。でも、ここなら奴らに見つからないだろ。今のうちに、休憩しとけ」
 な、何で、アズマさんは、涼しい顔をしてるの?
 同じように走っていたのに、こんなに差があるのかと実感させられる。
「にしても。妖魔が大群で襲ってくることなんて、今までなかったんだが」
「そうなんですか?」
「ああ。いつもは一匹で行動してる。仲間どうしで意思疎通が取れるとは初めて知ったな」
 改めて思い返してみると、確かに、今まで街を襲ってきた妖魔はすべて一匹だった。
「まさか。誰かが奴らを操ってるのか? いや。そんなことできるはずが」
 考え込んでいると、どこからかヒュッと音がした。
「チッ!」
「アズマさん!!」
 反応が遅れたわたしを庇(かば)い、飛んできた弓から守ってくれたアズマさん。
「一体どこから飛んできたんだ?」
「アズマさん。怪我を!」
「平気だ。このくらい」
 そう言うと、腕に刺さっている弓を強引に抜いて、その場に放り投げた。
「妖魔以外にも敵がいるみたいだな。移動するぞ。走れるか?」
「わたしは行けますが。アズマさんは?」
「平気だって言ったろ。このくらいじゃ、妖怪にとって怪我の内に入らねえよ。行くぞ」
 妖魔の他にいる見えない敵にも注意しながら、再び暗い森の中を走り出した。
「ハア、ハア、ハア……!」
 森を走っていると、先ほどよりもアズマさんの気遣いが荒くなってきた。
 どうしたんだろ? さっきまで平気だったのに。
 手を引かれながらそう思っていると。
「アズマさん!」
 ふらりと彼の身体が傾き、地面に倒れてしまった。急いで彼の近付くと、顔が青白くなり脂汗が出ていた。
「ハア、ハア。チッ。毒が塗ってあったか」
 毒!?
「もしかして、さっき」
「ああ。そうみたいだ。グっ!」
 怪我をしている腕を抑えながら、立ち上がろうとするが毒のせいか、うまく立ち上がれない。
「無理しないでください」
「だが」
 無理にでも立ち上がろうとする彼を抑え込み、傍にある木にもたれさせよとしたが。
「グオオオオ!」
 背後から、妖魔の咆哮(ほうこう)がと複数の足音が聞こえてきた。
「もう、来やがったか。クソ!」
 悪態をつくと、フラフラと立ち上がり武器を構えるアズマさん。
「アンタは逃げろ」
「何する気ですか!?」
「ハア、アンタが、無事に逃げるために、時間稼ぎをする。少しぐらいなら、稼げるだろ。邸に戻ったらアイツ等を呼んできてくれ。頼んだ」
 そう言い残すと、彼は妖魔の群れに向かって走って行ってしまった。
「アズマさん!」
 呼び止めたが、彼はもう妖魔の目の前にいた。
「妖魔ども! オレはこっちだ!」
「グオオオオ!」
 アズマさんの姿を捉えた妖魔は彼が逃げる道の方へと消えて行った。
「あの狐。カッコいいところあるじゃない」
 ポケットにあったスマホからHINAさんの声がして称賛する。
「あいつのためにも、急いで呼びにいきましょ」
 アズマさん!
 彼のことが気がかりだが、言われた通り街に向かって走りだそうとしたが。
「ちょっと。柳?」
 彼を一人にしては置けない!
 いつまでも走らないわたしに、HINAさんは困惑の声を上げる。
「どうしたのよ。立ち止まってたら、妖魔が来るわよ!」
「……HINAさん。お願いがあります」
 決心を決めた目をスマホに向ける。
「まさか。貴方、戻るつもり!?」
 わたしの心意を捉えた彼女に黙って頷く。
「やめなさい! 貴方が戻ったところで、足手まといになるだけ。ここはあいつの言う通り、仲間を呼びに行く方が先決よ!」
「でも! そうしてる間に、アズマさんがやられないなんて限らない。それに、アズアさんは今、怪我をして万全の状態じゃない。そんな人を放っておくなんて!」
「それでも、貴方に何が出来ると言うの!」
「一つだけ、方法があります」
「まさか……」
「はい。HINAさんが想像している通りです」
 彼を助けられるのは、これしかない。
「行かせてください」
 まだ止めようとするHINAさん。でも、わたしの意志は揺るがないとわかってくれたのかため息を吐き、渋々了承してくれた。
「……はあ。その目を見る限り。もう何を言っても無理そうね。わかったわ。彼らに連絡をするのは、私に任せて」
「ありがとうございます!」
「お礼なんてしてる暇ないわよ! さ。行った、行った」
 彼女に背中を押され、わたしはアズマさんが消えた方向に向かって、彼を探すために走り出した。
「ハア、ハア。クソ。毒が回ってきやがった」
「いた! アズマさん!」
 大量の妖魔の足跡を追い、近くにいないか探していたら、運よく見つけることができ木にもたれている彼のもとに近付いた。
「柳! 何でここにいるんだ!」
 わたしの存在に気付いたアズマさんは、驚いた顔をして大声を上げる。
「アズマさんを助けるためです」
「アンタがいても、邪魔(じゃま)になる。早く邸に」
 それでも、帰らそうとする彼の目を真正面から見つめ、自分の思いを告げる。
「ここで、わたしが行ったらあなたは死んでしまうかもしれない。そんなことしないでください」
「オレが死んだところで、悲しむ奴なんていないんだから、いいんだ」
「そんなことない! クロさん、ハギ君、アクロさん。それにアズマさんを信頼している街の妖怪。もちろんわたしも悲しみます! それにわたし言いましたよね。一人で背負わず、頼ってくださいって!」
 わたしの思いが伝わったのか。アズマさんはそれ以上は何も言わず、らしくない弱気な声をだした。
「だが、どうすれば」
「わたしの血を飲んでください」
 わたしの答えに目を見開くアズマさん。
「そういう、わけには」
「アズマさん言ってましたよね。わたしの血を飲むのは、緊急の時にと。今まさに緊急事態の時です。それに、わたしも血を飲むことを許可しています。拒むことなんてないんです」
 力になりたいんです!
 強い想いを込めて、彼の緑色の瞳を見つめる。
「……わかった」
「アズマさん!」
 歓喜の声を上げ、つい抱き着きそうになるが怪我をしていることを思い出し、思いとどまる。
「アンタって、見た目に寄らず頑固(がんこ)なんだな」
「誉め言葉として、受け取っておきます」
「ハハ。じゃあ、アンタの力。貸してくれるか? 柳」
「はい」
 彼に近付き、自ら首筋を差し出す。
 自分から行くのって結構恥ずかしい。でも、怪我人に動いてもらうわけにはいかないし。よし!
「あの位置とか大丈夫ですか?」
「ああ。平気だ。なあ、痛かったら言ってくれ。今は、体力を消耗(しょうもう)してるから、優しく出来ないかもしれない」
「大丈夫です。遠慮せずきてください」
「ハハ。そういう割には、肩に力が入ってるな」
「男の人とこんなに距離が近いこと今までなかったので。緊張してるんです」
 心の内が見透かせれ、ドキリとする。
「そうかい。まあ。これからそんなこと、考えられなくなるかもな」
 そう言うと、アズマさんはわたしの首筋を舐めた。熱く、ねっとりとした感触が伝わってくる。そして――。
「ン」
 首筋にゆっくりと、牙(きば)が食い込まれた。今まで感じたことない感覚が全身を駆け巡る。
「いっ!」
 牙が徐々に奥まで入ってきたため、痛みがまし肩がビクつき眉を顰(しか)める。
「痛かったか?」
「いえ。大丈夫です。気にせず続けてください」
「わかった」
 わたしの声を聞いて、牙を外したアズマさんに大丈夫だと、安心させるため笑顔を向ける。その顔を見たアズマさんは、もう一度牙を首筋に突き立て、血を吸う。
 ん。頭がボーとする……。
「ン……ハア。アンタの血。ホントに美味いな。癖(くせ)になりそう」
「んあ? なにか、いいました?」
「ハハ。蕩(とろ)けきって。そう少しの辛抱だ。ン。ンン」
 熱に浮かされた感覚になり、何を言われていたのか理解出来なかった。が、血を吸われるたびにだんだんと気持ちよくなってきたことだけは、理性が崩れかけていてもわかった。
「おっと。流石に、やり過ぎたか」
 力が抜け、倒れ込むわたしをそっと支えてくれるアズマさん。
「はあ。はあ。もう、いいん、ですか?」
「ああ。ありがとな」
 朦朧(もうろう)とする頭を何とか働かせ尋ねると、顔色が戻ったアズマさんが今度はわたしを木に寄りかからせる。
「ここで大人しくしてな。すぐに片付ける」
 頭を撫でられ、やって来た妖魔たちの方へ歩いていく彼の背を見送る。重い瞼(まぶた)開けるために瞬きを一度すると、瞼の裏で光が差した。
「さあ。妖魔ども! 鬼ごっこの再会だ。次は攻守交替といこうじゃないか。次はオレがオマエたちを狩る番だ!」
 完全復帰したアズマさんは、楽しそうな声で叫び彼を囲む妖魔と対峙する。
「グオオオオ!」
 妖魔たちも負けじと大きな咆哮を上げ、一斉に飛び掛かる。
「遅い!」
「グギャアア!」
 だが、覚醒した彼の前では無力だった。
 アズマさんは襲い掛かってくる妖魔の攻撃を、次から次へと躱(かわ)す。そして、攻撃が外れた妖魔の背後に回り、掌に集めた赤い炎を当てる。炎に焼かれた妖魔は不気味な声を上げ、塵(ちり)となって消えた。
「まだまだ!」
 仲間がやられるのを見た妖魔たちの動きが鈍るが、アズマさんは容赦なく群れの中に突っ込んで行き、次々と倒していった。
 きれい……。
 妖魔を退治するアズマさんが出している赤く揺らめく炎が、闇の中で輝きまるで踊っているかのような錯覚になる。
「これで、最後だ!」
「ガアアア!」
 最後の一匹も倒し終えたアズマさんが急いでわたしのもとにかけてくる。
「柳! 平気か?」
「はい。きれいでした」
 素直に先ほどの光景の感想を口にする。
「今、そういうこと言うのは反則だろ」
 小さい声で何か言っていたが、うまく聞き取れなかった。何を言ったのかもう一度聞き返そうとしたが、それは彼の声にかき消されてしまった。
「歩けないだろ。無理するな」
「これくらい、平気、です」
「強がるな。こういう時は甘えな。と、その前に」
 優しい眼差しだった彼の視線が鋭いものに変わる。
「さっきから気配消してる気だろうけど。バレてるぞ。出てこい」
 背後を振り返り、闇に向かって叫ぶ。
「出てこないっていうなら!」
 炎の玉を一本の木の枝に向かって投げる。がそこには何もいなかった。
「チッ。逃げやがった」
「誰かいたんですか?」
「みたいだ。誰だったのかはわからないが。まあ今回は見逃す。アンタを早く連れて帰る方が優先だ。ほら、おぶるからこっち来い」
 それから、わたしをおんぶして運ぶと言うアズマさんと、一人で歩けると言い張るわたしの譲らない攻防が繰り広げられた。しかし、どちらも一歩も譲らないため、決着がつかないとなり、ジャンケンをして勝った方の言うことを聞くことになった。
 勝負の結果、アズマさんがパー、わたしがグーでわたしの負けとなり今はおんぶをされながら、森の中を歩いていた。
「その姿。まだ戻らないんでしょうか」
「多分だが、血の摂取量によって、姿が変わる時間が決まっているのかもな。現にこの間クロたちの前で少し血をもらった時は、すぐに覚醒から元の姿に戻ったし」
「そう、なんですね」
 時間がきてしまえば、いつもの姿に戻ってしまう。
 それが惜しくてそれまでの間、見ていたいが瞼が重くなってきた。
「眠いか?」
「はい」
「なら、寝てな。無理させたし」
 でも、このすがた、を、もうすこし……。
 その願いはかなわず、ゆっくりと歩く背に揺られ眠気がどんどん襲ってくる。体を冷やさないように気遣ってくれたのか、九本の尻尾が身体に巻き付けられる。
 あたたかい……。
その温もりがとどめになり、ついには目を開けていられなくなったわたしは、夢の中に落ちていった。

「まだ、目覚めないのか?」
「うん。息はしてるから、生きてるけど」
 この、こえは……?
 誰かの話声がかすかに聞こえてくる。
 閉じていた瞼をゆっくりと開ける。ずっと閉じていたから目の前の光が眩しい。
「あ、起きた! 柳お姉さん起きたよ!」
 目が慣れてきたころ。明るい声がし顔をそちらに向けると、ハギ君がいた。
「おお! 柳。目が覚めたか!」
 ハギ君の声に外にいたのか障子を開けて、アクロさんが入ってくる。
「ハギ君。アクロさん」
「ああ。無理に起き上がろうとしなくていいよ」
 擦(か)れた声で二人の名前を呼び、起き上がろうとするがハギ君に肩を押され、布団に逆戻りした。本当は起き上がった方がいいんだろうが、体中が痛く起き上がるのが億劫(おっくう)なため、このままでもいいと言ってくれたので、甘えることにした。
「ここは?」
「お前さんの部屋だ」
 アクロさんに言われ、部屋を見渡すと確かにわたしの部屋だった。
 無事に、邸に戻って来られたんだ。
 あの夜の出来事が昨日のように鮮明によみがえる。妖魔の大群から生きて帰ってこられたことにほっと胸をなでおろしたが、次のハギ君の言葉に驚くことになる。
「お姉さん。丸一日寝てたから、みんな心配してたんだよ」
「一日!?」
 まさか、そんな寝ていたとは思わず、つい大声を出して布団から飛び上がってしまった。
 わたしの反応に驚いたのか。アクロさんが若干引きつりながらも、わたしが寝てしまった後のことを語ってくれた。
「そうだぞ。アズマに抱えられて寝てるお前さんを見た時は、死んじまったのかと思って肝が冷えたぜ」
「ご心配をおかけしました」
 驚きで身体の痛みが消え、そのまま上半身を起こした状態で二人に心配をかけたことに謝罪し、頭を下げた。
「お姉さんも起きたし。アズマ様とクロ、呼んでくるね」
 そう言ってハギ君は、首元の鈴をリンリンと鳴らしながら、軽快な足取りで部屋を後にした。
「起きたか。女」
「クロさん」
 程なくして、クロさんが部屋を尋ねに来てくれた。
「アズマ様は後で来るって」
 その後に、残りの二人を呼びに行っていたハギ君が顔を出し、部屋に入ってくる。
 そっか。アズマさん、今は忙しいのかな。
 一人彼に会えないことを残念に思ってたが。
「女。これを飲め」
 突然、クロさんから何かを投げられた。慌てて受け取ると袋だった。少し膨らんでいるため、中に何か入っているようだ。
「これは?」
「オレが作った薬だ」
 縛ってある口を開ける。中には薬方が何個か入っていた。
「げっ。出た。クロのクソまず薬」
「あれ、本当にすごく苦くて、ボク苦手」
 クロさんお手製の薬と聞き、ハギ君とアクロさん表情が暗くなる。
 薬なら苦いのは当たり前だし。
 だが、いざ飲むと想像以上に苦かった。
 急いでハギ君が水を入れて、手渡してくれたので飲み込むことが出来た。
「に、苦い……」
 舌を出して、苦みが消えてくれるのを待つ。
 まさか、こんなに苦いなんて。何が入ってるんだろ。
 知りたいような、知りたくないような。そんな気分だ。
「まだ安静にしていろよ」
「はい」
 無事薬を飲み終えたのを見届け、クロさんは障子を開け部屋を出て行こうとする。
「馬鹿ども。行くぞ」
「もう。このバカ力の鬼と一緒にしないでよ! またね。お姉さん」
「俺だってお前と同じは癪(しゃく)に触るわ!」
 そのまま二人もいなくなったため、部屋には静寂が訪れた。
「まったく。騒がしい。連中ね」
「HINAさん」
 どこから現れたのか謎だが、いつものようにスマホが宙に浮き、HINAさんの声が聞こえてくる。
「無理ばかりして。貴方は心配をかける天才なのかしら」
「返す言葉もありません。でも、後悔はしてません。わたしもアズマさんも無事だったですし」
「まったくしっかりと反省するのよ」
 今後も同じことが起きたら、また同じ行動をするだろうから返事は出来ないため、苦笑した。
 わたしの反応は見通しだったのか、それ以上お小言はなくHINAさんは次の話に移った。
「私、貴方に謝らないと。助けを呼ぶと言っておいて、私何も出来なかったわ。ごめんなさい」
「もう。さっきも言ったはずです。無事だって」
「でも、今回は無事でよかったけど。次また同じようなことがあっても、私がまた同じように役に立てなかったら」
「今、もし、のことを考えても未来なんてわかりません。HINAさんは正体もわからない不思議な人? ですが、神様ではないんですから。出来ないことがあるなんて、当たり前です。別に、それで怒ったりなんてしません。HINAさんはHINAさんにしかできないことをやればいいんです」
 自分の思いを届けスマホからの反応を待つ。
 だが、いつまでも反応が返ってこなかった。
 あ、あれ? わたし、何か失礼なことでも言ったかな。それとも、生意気な小娘って思われた?
 一人ワタワタしていると、ようやくHINAさんが口を開く。
「ありがとう。そう言ってもらえると少し、肩の荷が下りるわ。でも、今回のことを反省して、もっと出来ることのレパートリーと増やさないと」
 少し元気になったらしい彼女はいつも通りにもどった。
「それじゃ、私はこれからやる事があるから。安静にしてなさいよ」
 HINAさんもいなくなり。再び部屋に静寂が戻る。
 みんなから安静にしているよう言われ、何もやる事がないわたしは、また布団に寝転がった。一日中寝ていたから眠気なんてはいと思っていたが、睡魔がやってきた。
 もうひと眠りするかと思い、そのまま寝た。
 あれからどのくらい時間が経ったのか。
 頭に暖かい温もりを感じ、意識が浮上する。
「ア、ズマさん?」
「あ、悪い。起こしたか?」
 目を開けると、そこには昼間会えなかった、アズマさんがいた。
 部屋の外はもう暗くなっていた。
「どこに、いたんですか?」
 頭から離れる手を寂しく思いながら、昼間のことを尋ねる。
「いや。ただちょっと。アンタに合わせる顔がないなと思ってな」
 アズマさんにしては珍しく、歯切れが悪い答えが返ってきた。
「アンタのことは守るって言っておいて、あのザマだ。逆にオレが守られた。それに、アンタを傷つけた。それがいたたまれなくて」
 そこで一度言葉を切り、彼はわたしに向かって頭を下げた。
「まだ礼を言ってなかったな。ありがとう。力を貸してくれて。それと、まもってくれてありがとう」
「……それは、わたしのセリフです。わたしの方がアズマさんに助けられましたし、力も貸してもらいました。なので、わたしからもありがとうございます」
 お互いが礼を言い合う。
「ハハ。オレたち似たもの同士だな」
「そうですね」
 そのことが面白く二人して、笑いあった。
「邪魔したな。まだ夜も深い。寝てな」
 ひとしきり笑い合い、アズマさんはそう言って立ち上がった。
「あの」
 名残惜しく思ったわたしは、彼の着物の裾を少し掴んで引き留めた。
「少し、お願いというか」
「ん? 何だ? オレに出来ることならやるが」
 やっぱりやめようかと思ったが、いい機会なため思い切って言葉にする。
「その。恥ずかしいんですが……頭もう一度撫(な)でてもらってもいいですか?」
 最後の方の言葉は小さくなり、聞こえていなかったかもしれない。
 子どもっぽいって、思われたかな……。
 恥ずかしくなり、弱く握っていた着物の裾を離す。
「それぐらい。お安い御用(ごよう)だ」
 とまたわたしのもとに来て、頭を撫でてくれた。
「なんなら、朝まで添い寝してやろうか?」
「そ、そこまでしなくていいです!」
 まったくもう!
 からかわれたことが悔しく、頭まで掛布団を被る。
「アハハ。かわいい」
 これは絶対、反応を楽しんでる!
 意地になり、布団から出ないでいるとトントンと優しいリズムで、叩かれる。
「アンタが寝るまで傍にいるから」
 その言葉に安心感を覚え、彼が叩くリズムに身をゆだねていると、だんだんと瞼が重くなっていった。