「夏休みあっという間だったな。柊斗はスペインどうだった」
「暑い。飯は美味いから弟は生きていけそう。坂本は何してた?」
「アメリカでサマーキャンプ。青春を満喫してね!って送り出されて楽しみにしてたのにさぁ、男しかいなかった……それが母ちゃんのやり方なんだよ…」
「かわいそー」清田が声変わり中の不安定な声で言った。
「清田は?」
「僕は弟とお父さんの実家。おじいちゃんと釣りしてた」
「すげー。釣りしたことない。釣れた?」
「釣れた。見て」
清田が満面の笑みで堤防で魚を見せている写真を見る。
「國近は昼は一緒に食いに来ないのか」
「知らねー。最近連絡来ない。忙しいんだろ」
坂本は、坂本特有の何でも見透かすような半目でこちらを見た。
「柊斗が怒らせた?」
「何もしてねえから」
「明日からのキャンプの準備、何持ってく?」
「自主性なぁ…」
1年の夏休み明けの男子のみ参加の二泊のキャンプは、自主性を重んじる方針で持ち物は自由、目的地までの手段も自由で10人ずつコテージに泊まり、食事はキャンプ場で自炊だった。
特進は3チームに分かれて行う。
三人は同じチームに振り分けられた。
「初日がラフティングで2日目が…オリエンテーリングか。サマーキャンプでもあったけど、一番クソな企画だった」
「どうだった」
「バカどもを俺が説得してゴールまで引きずって行くゲーム。山の中のチェックポイントでクイズを解いて進む。答えによって進む方向が違うんだよ。チームの奴らと大喧嘩して、説得して1位でゴールしたけど、暴君だと思われた」
「へー坂本ってけんかしたりするんだ」
「中学の時は毎日けんか。クラスの奴らに先生、もちろん親とも近所の人ともけんかしてた」
「近所の人とけんか?」
「高校は平和。人生でこんな平和な気分になった事ない」
同じことを自分も感じた、と思ったが言わなかった。
清田はツボに入り笑い続けている。
「坂本の近所に住んでなくて良かったー」
翌朝六時に家を出た。
九時に現地の駅に集合と言われて一人で行くことにした。
住んでいる場所は住宅街を抜けた先は繁華街で、通勤する人々に紛れバックパックとダッフルバッグを持ち、駅まで行く。
品川と池袋で乗り換えて、特急で駅に着いてからはバスに乗った。
この時間のこのルートを選択したものは自分だけだったらしく、ただ一人田舎道をバスに揺られて制限時間ギリギリにたどり着いた駅に皆はいた。
「バスで来たのかよ」坂本が言った。
「結構かかった。みんなは?」
途中駅で待ち合わせて来たものが多かった。
それぞれ来たルートを時刻や料金と合わせて今回の旅のレポートにして提出する。
皆でバスに乗り込み、コテージに到着した。
バスの中で説明を受け、それぞれ受付のロッジで代表者がチェックインし、自分のロッジに入る。
荷物を置いたのが10時で12時には昼食開始だ。
昼食はそうめんを茹でるのだが、これも10名ずつのグループでやる。
15、6歳の少年たちは指示もないまま、わあわあ言いながら湯を沸かし、ネギを刻み、なんとか昼食を作った。
午後はラフティングという川下りをやり、川で遊んで戻って来たのは夕方で、そこからまた夕食のカレーを作った。
「辛い」坂本が言った。
「そんなに泣くなよ」
「だって辛いんだ」
「仕方ねえな。俺が変わる」
玉ねぎを切っていて、坂本の繊細な目は涙でいっぱいになり今や号泣していた。
「柊斗ー」
「包丁持ってる!後ろにくっつくな!」
カレーは無事に出来上がり、6時過ぎには夕食が始まって、片付け終わるとコテージごとに指定された時間に温泉へ行った。
「眠くなっちゃった」清田がつかの間の休息時間に床にひっくり返って寝始めた。
「かわいー。弟思い出す」
「嘘だろ。清田見て菊池竜也思い出すのかよ」
「寝てたらあんな感じだよ」
コテージの座卓で今日やった事をレポートにまとめる。
一人がやり始めると皆レポートをやり始めた。
座卓には当然10人は入り切らないので、床で寝転びながら書いている者もいる。
「そろそろ風呂だな、清田と津久井も起こせ」寝ている相部屋のメンバーを起こし、風呂の道具を持って暗くなったコテージから通りに出て、ぞろぞろと近くの温泉施設へ行く。
自主性が基本だが、迷惑をかけないように温泉に関しては厳しく言われ、先生の見張りもあった。
脱衣場にも先生はいて、無言で入り、話すときは小声しか許されていない。
手早く脱ぎ、必要なものを持って風呂場へ行き体を洗う。
「温泉のニオイがするね」小声で隣のカランの前に座る清田が言い、頷く。
「温泉のニオイけっこう好き」
体を洗い終えて、お湯につかった。
「こんな広い温泉あるんだな」
「俺、ここ好き。絶対また来る」坂本が打たせ湯に打たれながら言った。
先生は脱衣場にだけいるので、次第に皆は話始めた。
「あれ、外にもある?」
「露天風呂あるんだ。行こうぜ」風呂から上がり外に行くドアのところで湯けむりの向こうに知り合いがいるのを見た。
「柊斗じゃん」南雲と乃蒼、隣に入っているのは國近だった。
「ウィース。露天風呂どう」
「最高」
「菊池よろしく。溝野乃蒼。菊池の事は姉ちゃんから聞いてる」
「溝野。乃蒼って呼んだほうがいいか」
握手をする。やけに力強い握手だ。
「乃蒼、風菜先輩の弟だってオープンにするんだ?」南雲が言った。
「風菜先輩とは何も無い。たまたま試合見ただけ」
「知ってる。家で聞いた」
「風菜先輩、弟が大好きだろ」
「黙れ」
「柊斗も弟と仲いいもんな。俺一人っ子だから、乃蒼と柊斗うらやましい。國近って兄弟いる?」南雲が言った。
「いないよ」
「國近、オールバック似合うな。カッコいい」思った言葉が口からそのまま出た。
南雲がそれを聞いて、自分もオールバックにしてこちらをドヤ顔で見て来た。
「南雲も似合う。俺似合わねえんだよな。双子だけど竜也は似合う」
「やってみろよ」乃蒼が言った。
手でオールバックにする。
「あー、似合わねえっつーか、目が目立つ。俺の好きなAV女優に似てる」
「南雲のドクズ発言出たな。テストステロンをしまっとけ」南雲は低いテンションで淡々としゃべるが、あまりモラルが無い。
「裸だから余計似てる」南雲が顔を見つめながら濁り湯に隠れた胸を触った。
「貧乳だ」
「南雲最低。菊池、南雲を姉ちゃんに近づけんなよ」
「柊斗の貧乳で我慢する」
「そろそろ風呂から出よう」國近が言った。
「お、國近じゃん。久しぶり」
露天風呂にきた坂本と清田と國近はフィストバンプして、坂本たちが温泉に入った。
一人だけ先に来て浸かりすぎて熱くなり、ヘリに座る。
「けっこう熱い」
「顔真っ赤。唇も赤い。なんかエロい」
「さっき南雲にオールバックにすると、お気に入りのAV女優に似てるって言われた」
「え?オールバックにして」
最低なおとこはもう一人いたようだった。
その日はコテージに戻って歯を磨き、1時間ぐらい無駄話をしたあとに、みんな気絶したように寝た。
寝る直前まで、坂本がAV女優の名前を知りたがっていて、南雲にメッセージで聞いたら露骨な動画が送られてきた。
坂本に転送して、部屋の皆で鑑賞した結果、似ているという事になった。
竜也にも『俺たちに似てるAV女優いた』と動画を送り、その後の意識はなかった。
朝6時。
部屋の中にアラームが鳴り響いたが、起きたのは4人。坂本と清田はまだ寝ている、
眠い目をこすり、あるものはヘアバンドをつけたまま、あるものは肌寒いとパーカーを来てコテージの外に出る。
コメを研いで、味噌汁を作る。ゆで卵と炊けたご飯をワカメおにぎりにして配った。
「おはよ」坂本が起きてきて、配膳をしてそれぞれ言葉少なにおにぎりを食べ、味噌汁をすする。
「あ」スマホをみると、竜也からメッセージが来ていた。
「どうした」
「弟から。昨日の俺に似てるやつを送った返事」
「キレてた?」坂本が聞いた。
「『抜いた』って」
「……弟にも似てるだろ」
「まあな。『2回』だってよ」
「メンタル最強だな」
朝食の場は少し静かになった。
朝食の片付けもして、全員参加のオリエンテーリングが始まった。
オリエンテーリングは5名で一グループで出発する。本格的なものではなく、チェックポイントごとに先生がいる2時間が目安のコースだ。
「もう少し頭を使わせたほうがいい。このやり方は地図が読めれば、体力があるやつが勝つ」坂本が言った。
特進クラスの6チームはどこもパッとした成績は出せず、負け惜しみだった。
その後はコテージに戻り支給された弁当の昼食を取り、午後は各自が選択したアクティビティに出発した。
特進は採石場と鍾乳洞見学を希望したものが多く、次に多かったのはキャニオニングだった。
全体ではカヤックやラフティングを希望したものが多く、先生との登山を希望したのは特進では自分だけだった。
コテージの受付前の集合場所に行くと、5人ほど人がいたが全員名前もわからなかった。
「ハイ、それでは出発しましょう」自主性が大切とは言われても、登山希望者は全員装備を確認される。
ミニバンに乗り込み登山口まで行った。
よく知らない者同士、自己紹介しながら山に登る。ゴリゴリの体育会系は一人もいなかった。
高校で初めて運動部に入った、と言うと他にもそういう者がいて、やはり高校という空気感がそうさせると思う。
一歩一歩上に進み、途中で休憩する。
へばっているものはいなかった。
先生は化学の先生で登山中も終始穏やかで、ハゲ頭に帽子をかぶりお父さん的雰囲気かあった。
山頂の広場まで最後の一人が登り切るのを先生は嬉しそうに見て、全員が登頂したところで帽子を脱いで頭を拭いた。
「いいね。みんなよく頑張りました」優しい声に、うれしくなった。周りをみると、他の5人もみな同じ気分のように思えた。
下山する時はみな、行きより話が弾み先生とも仲良くなった。
コテージに戻ると、もう風呂から帰ってきた生徒もいて、登山グループは荷物を置いたら各自風呂へ行くようにと言われる。
コテージを出て、登山をした5人と待ち合わせて風呂へ向かう。
ぼーっと打たせ湯を浴びていると、國近が入って来た。
「お疲れ。何やった」小声で聞く。
「カヤック。柊斗は」
「登山。最高だった」
「カヤックも良かった。湖まで行ったんだ」
「カヤックもやってみたい」
國近の目線が自分の下半身あたりを彷徨うのを感じる。
別に面白くもないだろう、きっと幻滅しているはずだ。打たせ湯をやめて國近の隣のお湯に浸かった。
肩がほんの少し触れ、離れると濁り湯の中で國近の手が太ももに触れた。
湯の中で一瞬手をつなぎ、離す。
「露天風呂行ってくる」
露天風呂には誰もいなかった。
山はもう夕暮れの様相だ。山頂からの景色と皆で撮った写真を親と竜也に送った。
返信は見ていない。
誰に気兼ねする事なくオールバックにし、2回抜いたという竜也のメッセージを思い出しておかしくなる。
男女の様子を見ても全くその気にならなかった。やはり自分はゲイかもしれない。
登山のメンバーも露天風呂にやってきた。
「絶対筋肉痛になる」
「今のうちに足揉んだほうがいい」
みな今日の登山で少し焼けて、快活になっていた。
コテージに戻ると、もう夕食の準備が出来ていた。今日の夕食はケータリングで用意されていて皿を持って並び、欲しいものをよそってもらい、食べる。同じコテージのみなはもう食べ始めていて、合流した。
食べ終わって皿を下げる。
清田は眠くて、ふらつきながら歯を磨き、布団を敷いた上に寝転がるなり寝てしまった。
隅っこに追いやられた座卓に座り、今日あったことを書く。
スマホにメッセージが来て、チラと見てしまう。
「弟?」坂本がメモを取りながら興味なさげに聞いた。
「うん」
「3回目」
「そう」
「嘘だよな」
「嘘」
どうでもいい会話をしながら、書き終えてコテージの外に出た。
「柊斗少し話せるか」
歯磨きをしている何人かの生徒がいる水場を通り過ぎ、無人のテーブルの方へやってきた。
「どうした」
「代表選抜のための合宿に呼ばれた」
「キャンプって竜也が呼んでるやつか」
「ああ」
「おめでとう。いつから?」
「10月後半から」
「そうなんだ。応援してる」
「そっちも陸上頑張れ」
暗闇で國近に手を握られた。温かい、大きくて少しかたい感じのする手。
「可能性が1%でもあれば諦めたくない」
「もっと可能性あると思う」
「ほんとに?」
「ほぼ大丈夫だろ」
「柊斗」
國近のもう片方の手に抱き寄せられてキスし、すぐに離れた。
「國近、可能性が1%って俺のこと?代表入りの話かと思った」
「……」
「高校卒業するまでは恋人は…」
「卒業するまでは選考合宿って事にして、もし駄目なら落選でいい」
「時間を無駄にしてほしくない。風呂で裸も見ただろ。お前、男の体触れる?」
「風呂で見てから理性飛びそうでヤバい。柊斗は俺の裸見てもなんとも無い?」
「オーイ!そこにいるのは?」
先生の見回りだった。
「ハイ!國近と菊池です」
懐中電灯に照らされ、國近が返事をした。
「そろそろ消灯だよ」
「戻ります」
二人で歩いて戻る。
暗いコテージまでの道で何回か肩が触れ、視線を交わした。
1年生の自主性のためのキャンプ最終日の朝、起きてきたのは3人だけだった。
「ウッス」
「おはよー」
適当に声を交わし、最終日の米を炊く。
おにぎりにして、昨日と同じように味噌汁を作り、ゆで卵を茹でた。
三人でもなんとかなって、十人分の朝食を作り終えた所でよろよろと残りの七人が起きてきた。
「自主性って難しい。朝ご飯作ってくれてありがとう」
清田が朝食を食べながらしみじみと言った。
最終日は観光バスが迎えに来て、牧場を見学したあとに学校方面に生徒たちを連れ帰った。
降車ポイントが学校以外にもあって、一番近そうなところで降りる。
家まで荷物を持って歩くと、行きの何倍も重たく感じた。
「ただいまー」
テーブルの上に、柊くんおかえりなさいと母からのメモがあり、荷物を下ろしてとりあえず風呂に入る。
疲れてスマホを見る気になっていなかったが、たまったメッセージの中に國近からのものがあった。
『話したい』
『いいよ』
『うちに来れる?』
『わかった』
國近の家に行くと返信してから、あまり良くないのではないかと思う。
でも、疲れて頭があまり回らなかった。
風呂から出て、シャツにパンツ、サンダルにトートバッグを持って家を出た。
電車で15分ほどで県境を越えると國近の住む駅だ。
地図を見てマンションへむかい、あっさり見つかってエントランスからインターホンで呼ぶ。
11階でエレベーターから降りると、そこに國近はいた。
「駅まで迎えに行きたかった」
「女じゃねえからいい」
家族は留守と言われ、あとについて部屋に入る。
「わー、けっこう高いな…怖」
「慣れた」
後ろから抱きしめられて、國近は自分をそのつもりで呼び、自分もそのつもりで来たのだとわかる。
「なあ、親って…」
「今日はたぶん帰って来ない」
きっと今日がその日だ、と思った。
誰でも誰かと初体験する日があって、結婚した日にする人もいれば、付き合って3ヶ月目の人もいて、そうじゃない人もいる。
「近くにグラウンドがあるって言ってたよな。あの河川敷のところ?そこで俺とサッカー…」
「そんな事言ったか」國近はひょいと抱きしめて持ち上げた。
「怖い。落とすなよ」
「信じて」
自分から國近にキスをして、少しだけ辛くなった。
明智とはあれっきり連絡すらほとんど取っていない。
「國近ってキスが乱暴。食われそう」
「誰と比べてる?」
「明智。明智は優しい」嘘はつかなかった。
「俺の部屋に行こう」
國近の部屋は、片隅にサッカーボールがあり、部屋のフックにはグローブが引っ掛けてあって、ユニフォームも掛けてあった。
「背番号一番?」
「先週もらった。青羽学院の正ゴールキーパーは俺」
一番を背負うゴールキーパー。
その日、國近のベッドでキーパーのユニフォームを見上げながら、初経験をした。
終わってからも抱き合っていた。
「思ったとおりだった」國近が言った。
「何が」
「柊斗を抱いた時の感じが」
「俺途中からわめいてただろ。國近は慣れてる感じがした。優しくしてくれてありがとう」
途中からは訳がわからなくなって泣きわめき、なんとか終わらせた。
「可愛かった。途中で『國近好き』って言ってた」
「ウソ?」
「ほんと。もう一度言って」
「言わない」
「言えよ」
抱き合ってお互いの体を触り合い、さっきまで繋がっていた場所が疼いた。
「暑い。飯は美味いから弟は生きていけそう。坂本は何してた?」
「アメリカでサマーキャンプ。青春を満喫してね!って送り出されて楽しみにしてたのにさぁ、男しかいなかった……それが母ちゃんのやり方なんだよ…」
「かわいそー」清田が声変わり中の不安定な声で言った。
「清田は?」
「僕は弟とお父さんの実家。おじいちゃんと釣りしてた」
「すげー。釣りしたことない。釣れた?」
「釣れた。見て」
清田が満面の笑みで堤防で魚を見せている写真を見る。
「國近は昼は一緒に食いに来ないのか」
「知らねー。最近連絡来ない。忙しいんだろ」
坂本は、坂本特有の何でも見透かすような半目でこちらを見た。
「柊斗が怒らせた?」
「何もしてねえから」
「明日からのキャンプの準備、何持ってく?」
「自主性なぁ…」
1年の夏休み明けの男子のみ参加の二泊のキャンプは、自主性を重んじる方針で持ち物は自由、目的地までの手段も自由で10人ずつコテージに泊まり、食事はキャンプ場で自炊だった。
特進は3チームに分かれて行う。
三人は同じチームに振り分けられた。
「初日がラフティングで2日目が…オリエンテーリングか。サマーキャンプでもあったけど、一番クソな企画だった」
「どうだった」
「バカどもを俺が説得してゴールまで引きずって行くゲーム。山の中のチェックポイントでクイズを解いて進む。答えによって進む方向が違うんだよ。チームの奴らと大喧嘩して、説得して1位でゴールしたけど、暴君だと思われた」
「へー坂本ってけんかしたりするんだ」
「中学の時は毎日けんか。クラスの奴らに先生、もちろん親とも近所の人ともけんかしてた」
「近所の人とけんか?」
「高校は平和。人生でこんな平和な気分になった事ない」
同じことを自分も感じた、と思ったが言わなかった。
清田はツボに入り笑い続けている。
「坂本の近所に住んでなくて良かったー」
翌朝六時に家を出た。
九時に現地の駅に集合と言われて一人で行くことにした。
住んでいる場所は住宅街を抜けた先は繁華街で、通勤する人々に紛れバックパックとダッフルバッグを持ち、駅まで行く。
品川と池袋で乗り換えて、特急で駅に着いてからはバスに乗った。
この時間のこのルートを選択したものは自分だけだったらしく、ただ一人田舎道をバスに揺られて制限時間ギリギリにたどり着いた駅に皆はいた。
「バスで来たのかよ」坂本が言った。
「結構かかった。みんなは?」
途中駅で待ち合わせて来たものが多かった。
それぞれ来たルートを時刻や料金と合わせて今回の旅のレポートにして提出する。
皆でバスに乗り込み、コテージに到着した。
バスの中で説明を受け、それぞれ受付のロッジで代表者がチェックインし、自分のロッジに入る。
荷物を置いたのが10時で12時には昼食開始だ。
昼食はそうめんを茹でるのだが、これも10名ずつのグループでやる。
15、6歳の少年たちは指示もないまま、わあわあ言いながら湯を沸かし、ネギを刻み、なんとか昼食を作った。
午後はラフティングという川下りをやり、川で遊んで戻って来たのは夕方で、そこからまた夕食のカレーを作った。
「辛い」坂本が言った。
「そんなに泣くなよ」
「だって辛いんだ」
「仕方ねえな。俺が変わる」
玉ねぎを切っていて、坂本の繊細な目は涙でいっぱいになり今や号泣していた。
「柊斗ー」
「包丁持ってる!後ろにくっつくな!」
カレーは無事に出来上がり、6時過ぎには夕食が始まって、片付け終わるとコテージごとに指定された時間に温泉へ行った。
「眠くなっちゃった」清田がつかの間の休息時間に床にひっくり返って寝始めた。
「かわいー。弟思い出す」
「嘘だろ。清田見て菊池竜也思い出すのかよ」
「寝てたらあんな感じだよ」
コテージの座卓で今日やった事をレポートにまとめる。
一人がやり始めると皆レポートをやり始めた。
座卓には当然10人は入り切らないので、床で寝転びながら書いている者もいる。
「そろそろ風呂だな、清田と津久井も起こせ」寝ている相部屋のメンバーを起こし、風呂の道具を持って暗くなったコテージから通りに出て、ぞろぞろと近くの温泉施設へ行く。
自主性が基本だが、迷惑をかけないように温泉に関しては厳しく言われ、先生の見張りもあった。
脱衣場にも先生はいて、無言で入り、話すときは小声しか許されていない。
手早く脱ぎ、必要なものを持って風呂場へ行き体を洗う。
「温泉のニオイがするね」小声で隣のカランの前に座る清田が言い、頷く。
「温泉のニオイけっこう好き」
体を洗い終えて、お湯につかった。
「こんな広い温泉あるんだな」
「俺、ここ好き。絶対また来る」坂本が打たせ湯に打たれながら言った。
先生は脱衣場にだけいるので、次第に皆は話始めた。
「あれ、外にもある?」
「露天風呂あるんだ。行こうぜ」風呂から上がり外に行くドアのところで湯けむりの向こうに知り合いがいるのを見た。
「柊斗じゃん」南雲と乃蒼、隣に入っているのは國近だった。
「ウィース。露天風呂どう」
「最高」
「菊池よろしく。溝野乃蒼。菊池の事は姉ちゃんから聞いてる」
「溝野。乃蒼って呼んだほうがいいか」
握手をする。やけに力強い握手だ。
「乃蒼、風菜先輩の弟だってオープンにするんだ?」南雲が言った。
「風菜先輩とは何も無い。たまたま試合見ただけ」
「知ってる。家で聞いた」
「風菜先輩、弟が大好きだろ」
「黙れ」
「柊斗も弟と仲いいもんな。俺一人っ子だから、乃蒼と柊斗うらやましい。國近って兄弟いる?」南雲が言った。
「いないよ」
「國近、オールバック似合うな。カッコいい」思った言葉が口からそのまま出た。
南雲がそれを聞いて、自分もオールバックにしてこちらをドヤ顔で見て来た。
「南雲も似合う。俺似合わねえんだよな。双子だけど竜也は似合う」
「やってみろよ」乃蒼が言った。
手でオールバックにする。
「あー、似合わねえっつーか、目が目立つ。俺の好きなAV女優に似てる」
「南雲のドクズ発言出たな。テストステロンをしまっとけ」南雲は低いテンションで淡々としゃべるが、あまりモラルが無い。
「裸だから余計似てる」南雲が顔を見つめながら濁り湯に隠れた胸を触った。
「貧乳だ」
「南雲最低。菊池、南雲を姉ちゃんに近づけんなよ」
「柊斗の貧乳で我慢する」
「そろそろ風呂から出よう」國近が言った。
「お、國近じゃん。久しぶり」
露天風呂にきた坂本と清田と國近はフィストバンプして、坂本たちが温泉に入った。
一人だけ先に来て浸かりすぎて熱くなり、ヘリに座る。
「けっこう熱い」
「顔真っ赤。唇も赤い。なんかエロい」
「さっき南雲にオールバックにすると、お気に入りのAV女優に似てるって言われた」
「え?オールバックにして」
最低なおとこはもう一人いたようだった。
その日はコテージに戻って歯を磨き、1時間ぐらい無駄話をしたあとに、みんな気絶したように寝た。
寝る直前まで、坂本がAV女優の名前を知りたがっていて、南雲にメッセージで聞いたら露骨な動画が送られてきた。
坂本に転送して、部屋の皆で鑑賞した結果、似ているという事になった。
竜也にも『俺たちに似てるAV女優いた』と動画を送り、その後の意識はなかった。
朝6時。
部屋の中にアラームが鳴り響いたが、起きたのは4人。坂本と清田はまだ寝ている、
眠い目をこすり、あるものはヘアバンドをつけたまま、あるものは肌寒いとパーカーを来てコテージの外に出る。
コメを研いで、味噌汁を作る。ゆで卵と炊けたご飯をワカメおにぎりにして配った。
「おはよ」坂本が起きてきて、配膳をしてそれぞれ言葉少なにおにぎりを食べ、味噌汁をすする。
「あ」スマホをみると、竜也からメッセージが来ていた。
「どうした」
「弟から。昨日の俺に似てるやつを送った返事」
「キレてた?」坂本が聞いた。
「『抜いた』って」
「……弟にも似てるだろ」
「まあな。『2回』だってよ」
「メンタル最強だな」
朝食の場は少し静かになった。
朝食の片付けもして、全員参加のオリエンテーリングが始まった。
オリエンテーリングは5名で一グループで出発する。本格的なものではなく、チェックポイントごとに先生がいる2時間が目安のコースだ。
「もう少し頭を使わせたほうがいい。このやり方は地図が読めれば、体力があるやつが勝つ」坂本が言った。
特進クラスの6チームはどこもパッとした成績は出せず、負け惜しみだった。
その後はコテージに戻り支給された弁当の昼食を取り、午後は各自が選択したアクティビティに出発した。
特進は採石場と鍾乳洞見学を希望したものが多く、次に多かったのはキャニオニングだった。
全体ではカヤックやラフティングを希望したものが多く、先生との登山を希望したのは特進では自分だけだった。
コテージの受付前の集合場所に行くと、5人ほど人がいたが全員名前もわからなかった。
「ハイ、それでは出発しましょう」自主性が大切とは言われても、登山希望者は全員装備を確認される。
ミニバンに乗り込み登山口まで行った。
よく知らない者同士、自己紹介しながら山に登る。ゴリゴリの体育会系は一人もいなかった。
高校で初めて運動部に入った、と言うと他にもそういう者がいて、やはり高校という空気感がそうさせると思う。
一歩一歩上に進み、途中で休憩する。
へばっているものはいなかった。
先生は化学の先生で登山中も終始穏やかで、ハゲ頭に帽子をかぶりお父さん的雰囲気かあった。
山頂の広場まで最後の一人が登り切るのを先生は嬉しそうに見て、全員が登頂したところで帽子を脱いで頭を拭いた。
「いいね。みんなよく頑張りました」優しい声に、うれしくなった。周りをみると、他の5人もみな同じ気分のように思えた。
下山する時はみな、行きより話が弾み先生とも仲良くなった。
コテージに戻ると、もう風呂から帰ってきた生徒もいて、登山グループは荷物を置いたら各自風呂へ行くようにと言われる。
コテージを出て、登山をした5人と待ち合わせて風呂へ向かう。
ぼーっと打たせ湯を浴びていると、國近が入って来た。
「お疲れ。何やった」小声で聞く。
「カヤック。柊斗は」
「登山。最高だった」
「カヤックも良かった。湖まで行ったんだ」
「カヤックもやってみたい」
國近の目線が自分の下半身あたりを彷徨うのを感じる。
別に面白くもないだろう、きっと幻滅しているはずだ。打たせ湯をやめて國近の隣のお湯に浸かった。
肩がほんの少し触れ、離れると濁り湯の中で國近の手が太ももに触れた。
湯の中で一瞬手をつなぎ、離す。
「露天風呂行ってくる」
露天風呂には誰もいなかった。
山はもう夕暮れの様相だ。山頂からの景色と皆で撮った写真を親と竜也に送った。
返信は見ていない。
誰に気兼ねする事なくオールバックにし、2回抜いたという竜也のメッセージを思い出しておかしくなる。
男女の様子を見ても全くその気にならなかった。やはり自分はゲイかもしれない。
登山のメンバーも露天風呂にやってきた。
「絶対筋肉痛になる」
「今のうちに足揉んだほうがいい」
みな今日の登山で少し焼けて、快活になっていた。
コテージに戻ると、もう夕食の準備が出来ていた。今日の夕食はケータリングで用意されていて皿を持って並び、欲しいものをよそってもらい、食べる。同じコテージのみなはもう食べ始めていて、合流した。
食べ終わって皿を下げる。
清田は眠くて、ふらつきながら歯を磨き、布団を敷いた上に寝転がるなり寝てしまった。
隅っこに追いやられた座卓に座り、今日あったことを書く。
スマホにメッセージが来て、チラと見てしまう。
「弟?」坂本がメモを取りながら興味なさげに聞いた。
「うん」
「3回目」
「そう」
「嘘だよな」
「嘘」
どうでもいい会話をしながら、書き終えてコテージの外に出た。
「柊斗少し話せるか」
歯磨きをしている何人かの生徒がいる水場を通り過ぎ、無人のテーブルの方へやってきた。
「どうした」
「代表選抜のための合宿に呼ばれた」
「キャンプって竜也が呼んでるやつか」
「ああ」
「おめでとう。いつから?」
「10月後半から」
「そうなんだ。応援してる」
「そっちも陸上頑張れ」
暗闇で國近に手を握られた。温かい、大きくて少しかたい感じのする手。
「可能性が1%でもあれば諦めたくない」
「もっと可能性あると思う」
「ほんとに?」
「ほぼ大丈夫だろ」
「柊斗」
國近のもう片方の手に抱き寄せられてキスし、すぐに離れた。
「國近、可能性が1%って俺のこと?代表入りの話かと思った」
「……」
「高校卒業するまでは恋人は…」
「卒業するまでは選考合宿って事にして、もし駄目なら落選でいい」
「時間を無駄にしてほしくない。風呂で裸も見ただろ。お前、男の体触れる?」
「風呂で見てから理性飛びそうでヤバい。柊斗は俺の裸見てもなんとも無い?」
「オーイ!そこにいるのは?」
先生の見回りだった。
「ハイ!國近と菊池です」
懐中電灯に照らされ、國近が返事をした。
「そろそろ消灯だよ」
「戻ります」
二人で歩いて戻る。
暗いコテージまでの道で何回か肩が触れ、視線を交わした。
1年生の自主性のためのキャンプ最終日の朝、起きてきたのは3人だけだった。
「ウッス」
「おはよー」
適当に声を交わし、最終日の米を炊く。
おにぎりにして、昨日と同じように味噌汁を作り、ゆで卵を茹でた。
三人でもなんとかなって、十人分の朝食を作り終えた所でよろよろと残りの七人が起きてきた。
「自主性って難しい。朝ご飯作ってくれてありがとう」
清田が朝食を食べながらしみじみと言った。
最終日は観光バスが迎えに来て、牧場を見学したあとに学校方面に生徒たちを連れ帰った。
降車ポイントが学校以外にもあって、一番近そうなところで降りる。
家まで荷物を持って歩くと、行きの何倍も重たく感じた。
「ただいまー」
テーブルの上に、柊くんおかえりなさいと母からのメモがあり、荷物を下ろしてとりあえず風呂に入る。
疲れてスマホを見る気になっていなかったが、たまったメッセージの中に國近からのものがあった。
『話したい』
『いいよ』
『うちに来れる?』
『わかった』
國近の家に行くと返信してから、あまり良くないのではないかと思う。
でも、疲れて頭があまり回らなかった。
風呂から出て、シャツにパンツ、サンダルにトートバッグを持って家を出た。
電車で15分ほどで県境を越えると國近の住む駅だ。
地図を見てマンションへむかい、あっさり見つかってエントランスからインターホンで呼ぶ。
11階でエレベーターから降りると、そこに國近はいた。
「駅まで迎えに行きたかった」
「女じゃねえからいい」
家族は留守と言われ、あとについて部屋に入る。
「わー、けっこう高いな…怖」
「慣れた」
後ろから抱きしめられて、國近は自分をそのつもりで呼び、自分もそのつもりで来たのだとわかる。
「なあ、親って…」
「今日はたぶん帰って来ない」
きっと今日がその日だ、と思った。
誰でも誰かと初体験する日があって、結婚した日にする人もいれば、付き合って3ヶ月目の人もいて、そうじゃない人もいる。
「近くにグラウンドがあるって言ってたよな。あの河川敷のところ?そこで俺とサッカー…」
「そんな事言ったか」國近はひょいと抱きしめて持ち上げた。
「怖い。落とすなよ」
「信じて」
自分から國近にキスをして、少しだけ辛くなった。
明智とはあれっきり連絡すらほとんど取っていない。
「國近ってキスが乱暴。食われそう」
「誰と比べてる?」
「明智。明智は優しい」嘘はつかなかった。
「俺の部屋に行こう」
國近の部屋は、片隅にサッカーボールがあり、部屋のフックにはグローブが引っ掛けてあって、ユニフォームも掛けてあった。
「背番号一番?」
「先週もらった。青羽学院の正ゴールキーパーは俺」
一番を背負うゴールキーパー。
その日、國近のベッドでキーパーのユニフォームを見上げながら、初経験をした。
終わってからも抱き合っていた。
「思ったとおりだった」國近が言った。
「何が」
「柊斗を抱いた時の感じが」
「俺途中からわめいてただろ。國近は慣れてる感じがした。優しくしてくれてありがとう」
途中からは訳がわからなくなって泣きわめき、なんとか終わらせた。
「可愛かった。途中で『國近好き』って言ってた」
「ウソ?」
「ほんと。もう一度言って」
「言わない」
「言えよ」
抱き合ってお互いの体を触り合い、さっきまで繋がっていた場所が疼いた。

