菊池竜也は弟です




翌朝、國近と一緒に登校し、昼休みにはまたしても教室に國近が現れた。
「柊斗、昼メシ行こう」
「教室で食おう。入れよ」
「スポーツ推薦が特進クラスに入っていいのか」
「男子しかいないけど、どーぞ。俺も購買で買ってきて一緒に食うわ」坂本が言った。
國近は教室のドアをくぐるようにして入って来た。
「でかいね。ハロー、アトラス」
ドアの近くにいたクラスで一番小さい清田が國近に言った。
「ハロー、メッシ」國近は清田に愛想よく言い、こちらまでやって来て隣の席の椅子を借りて座った。
同じ内容の弁当を二人で食べる。途中から坂本も加わって、当たり障りない会話には困らなかった。
「菊池兄弟は似てた?」
「俺の感覚では全然似てない。柊斗の方が日焼けしてなくて、かなり細い。声も竜也の方が太い感じがする。でも、二人一緒にゲラゲラ笑ってる時はにてると思った」
「学校、竜也と1日交換してよ。話してみたい」坂本が言った。
「俺が急に真っ黒でムキムキになって座ってたらおかしいだろ。身長も竜也が2センチでかい。それに明邦学園のサッカー部に俺がいるところ想像して見ろ」
「明邦ってサッカー強いんだよな?」
「強い。全国大会常連」

昼休みが終わり、弁当の礼を言って國近は自分のクラスへ戻った。
その日以降もたまにやって来ては、坂本や清田も一緒に昼を食べた。


1年生の一学期は終わって、夏休みに入った。
陸上部は夏休み中の部活は7月いっぱいで終わりで、夏休み終了1週間前から再開だった。
7月の半ばに竜也はスペインへ行き、7月中は部活と高校の夏季クラスがあり、8月になってから親と竜也の留学先へ行った。
そのまま夏の旅行をして、日本に戻った。
竜也のいない家にいたくなくて、友人と予定を入れた。

『明智が柊斗に会いたいって言ってる。夏にしばらくそっちに滞在するって』
『明智に連絡先教えていいよ』
國近の事があり、明智は完全に過去になった。今なら会っても何ともないだろう。明智とそういう関係だった中1の色白で手足ばかりが目立つ少年はもういない。
陸上を始めて、竜也ほどではないが日焼けして、身長も173センチまで伸び、髪も短く切った。


『柊斗 まだベイブレード持ってる?』
『持ってる。やる?』
『やる』冗談だろうか。
『プラレールもミニカーもある。竜也が俺がスペインにいる間に捨てたら殺すって言ってた』
『竜也の殺すは相変わらずだな。生きてるうちに会おう いつ会える?』
『いつでも』
『今日は?』
『今日は学校で午前中自習室、午後は部活』
『部活何時まで』
『4時半』
『青羽学院だよな 部外者でも学校に入れるか』
『話早すぎ。来たら部活抜けて校門に迎えに行く。サッカー部も練習してるから見学していけよ』


明智が来る現実味が急に迫ってきて、勉強になかなか集中できなかった。
なんとか12時までやり、昼食を買いに近くのコンビニへ行き、図書館裏のベンチは誰もいなかった。
一人で夏の木陰で昼食のサンドイッチをかじり、牛乳を飲む。一人も悪くない。スペインの時間を確認するとまだ竜也は寝ている時間だった。
カメラロールを見て、竜也の写真を見て顔を忘れない様にしようと思う。鏡をみればそこにいるようで、やはり違った。

風が強く吹き、誰かが呼んだ気がして振り返るが誰もいなかった。

「今日、大阪の友達が学校を見学したいって言うんで、一回抜けます。すいません」
「はーい」陸上部は緩い。三年生の部長は靴ひもを結びながらどうでも良い様子で返事をした。
南雲がやってきた。
「体いい感じだな。800mで行く?」
「うん」
南雲はスポーツ推薦で入学した期待の星で、競技は100mだ。まだ成長スパート中らしく体つきが春よりぐっと大きくなってタイムも好タイムを連発していた。
「南雲、俺より背高いな。抜かされた」
「ボルトくらいでかくなんねーかな。テツンドは190行きそう」南雲と國近は同じクラスだった。
サッカー部が練習している方を眺める。
「テツンド、一軍のゴールキーパーになるらしい」
「はあ?1年だろ?」
「俺はサッカーよく知らねえけど、2年のキーパーとは出来が全然違うらしい」
2年のキーパーは県の代表だったはずだ。
竜也が國近に言ったあと10センチ伸ばして、キャンプに来いという話は現実味を帯びてきたのかもしれなかった。
2時間ほどスケジュール通りトレーニングして、抜けて顔を洗い頭も水をかぶってタオルでざっと拭き、校門まで行く。

「でかっ」
明智が顔を見るなり言った。
いかにもサッカー部らしいジャージにTシャツで、クロスボディバッグを下げ、垂れ目でいかにも嬉しそうに笑うのは相変わらずだががっしりとして、男っぽさが半端なかった。
「そのまま返す。俺より全然デカいだろ」
「声がわりしてる!」
「そっちも低くなってんだろ」
「柊斗」ハグしていいか、と明智は聞かず、気がつくと腕の中にいた。
「今さら会いに来るな」懐かしい感触に泣きたい気持ちになる。どうせすぐに帰るのだ。
「会いたかった。スポーツ始めたんだな」
「今さらだけどな。来いよ。案内する」
サッカー部の練習している様子を遠目に見る。
ライバル校というには、明智の行っている武蔵野東高校は格上過ぎるが、勝手に見学するのは気分が悪いかもしれないと思い、コーチを探す。
「陸上ってそういう服で練習するんだ」
明智がチラとこちらをみた。
「サッカーとそんな変わんねーだろ」
「中1の頃も違ったけど、今もぱっと見た感じでも竜也とは違うな」それを言うのは二人目、と思う。
「俺だってかなり筋肉ついた」
Tシャツをめくって胸筋から腹筋まで見せびらかす。筋肉が付きやすいのは遺伝に感謝だ。
明智は腹を遠慮なくポンポンと叩いた。
「スゲー」
コーチを見つけ、明智が礼儀正しく挨拶し、コーチは明智を知っていて、関西方面に引っ越してなければ竜也と一緒にうちに来てほしかったと言った。
「君が菊池竜也くんの双子の…よく似てるなあ」
「ハイ。竜也は弟です」
「陸上でスポーツ推薦?」
「いや、一般です」
「へぇ。サッカー経験は?」
「スポーツ経験ゼロで高校で陸上始めました」
「そうか…」コーチはいかにも残念という言い方をして、思わず笑い、みんなで笑った。
乃蒼が不審そうな顔でこちらを見ている。姉のフウナ先輩と観戦してから完全に敵視されていた。
「じゃあ、俺部活戻ります」
30分ほど部活をやり、陸上部は部活はもうおしまいで、後片付けをしてから明智が見学している木陰まで行く。
「終わった」
「お疲れ」こちらを見て笑った顔が懐かしい。
「ベイブレードしにうちに来る?」
「行く」
肩に手をまわされ、明智の匂いがした。
思わず見上げて顔をみると明智もこちらを見た。

「ずいぶん仲いいんだな」
後ろから声をかけられて、離れようと思ったが、明智は肩を抱いたまま後ろを振り返った。
「うるせー。幼なじみの感動の再会を邪魔すんな」
「明智、ちょ、離せ。けんか腰やめろ。國近は俺の友達」
「國近のことは竜也から聞いてる。ごめんね、呼び捨て」
「竜也から聞いてる?!國近のこと?」
「なにそんなにびっくりしてんだ、柊斗」
「國近徹人、ゴールキーパー」
「どうも。武蔵野東の明智(デン)。ディフェンダー。珍名仲間に会えてうれしい」
「伝は変わった名前じゃねえって」
「そういうのは柊斗だけ。相変わらずかわいいな」
肩を組んだまま明智が持たれかかってきた。竜也から國近のことをどこまで聞いているのだろう。


「柊斗んちでベイブレードやろうぜ。泊まっていい?」

「いいけど、そんな予定変更して大丈夫なのかよ。國近!またな!」明智の腕から逃れ、國近に手を振る。

「夏の旅行に行くって言って一人で来た」

「一人で?」

「竜也は一人でスペインにいるんだから、東京くらい一人で来れる」
「ほんとに俺の家に泊まる?」
「泊めてくれんの?」
「いいよ。竜也の部屋空いてるし」
駅に着き電車に乗って、混んだ電車で間近に昔好きだった人の顔を見ながらあっという間に着いた。
「彼女は一緒に来なかったんだ」家までの道を歩く。
「……彼女?」
「うん。竜也が明智は中二からずっと同じ彼女と付き合ってるっていってた」
「だから連絡しても返事くれなかったんだ」
「うん。付き合ってた訳じゃないのに自意識過剰?」
「付き合ってただろ」真面目に返されて、ぐっと胸が苦しくなった。
「でもさ…彼女に悪い」
「彼女はいたことはあるけど、竜也に話したことはない」
家の前について、話は一度そこでおしまいだった。


「部屋の中で見ると、やっぱりデカくなった」明智が笑った。

一緒に竜也のプラレールを持ってふざけた写真を撮り、送る。

「柊斗、キスして写真撮ろう」

「やめろよ。竜也はバカだからスペインから帰って来る。最初にキスした時、殺すって言われただろ」

「竜也には見せない」

「したくない。嫌だ。明智は女の子が好きだから」

「柊斗は?」

「俺は未定。女の子もかわいいけど、明智のあとも男とそういう事してた」

「竜也?」

「ありえねー、ほんとやめて」

「國近か」

「言わない。誰かのそういうのをバラすのは良くない」

「どこまで」

「キスして体触らせた。触っちゃいけないようなところは触ってない」
「それだけ?」
「急にきてなんだよ。別にいいだろ」
「俺の体も触って」
明智がシャツを脱いだ。

練習で真っ黒に焼けた腕や顔と、体の日焼けせずに白く残った場所のコントラスト。
適度に厚みのある、サッカー選手の身体。以前はずっと細く、少年の体つきだった。
「明智は彼女は」服を着ろと言おうとして全然違うことを聞く。
「今はいない」
明智の匂いがした。抗いがたい欲望を感じ手を伸ばした。
胸筋を軽くもみ、脇腹の筋肉を確かめる。
首から鎖骨、腕、肘から先の前腕の長く筋張った感じは昔と変わらない。
「すげ」
明智がズボンを脱いだ。
日焼けした膝をなで、筋肉の充実したすべすべの太ももと鍛えられた膝下、くるぶしの目立つ足首から下の美しい石像のような幅狭の足を欲望のままになでる。
「柊斗の体ももう一度見せて」
昼は自分でシャツをめくって腹筋を見せびらかしたのに、気後れした。
「俺のは見ても面白くない」
「触りたい」触らせてもらった手前、シャツを脱ぎズボンも脱いだ。
明智は腰の辺りを両手で触り、胸の辺りを唇でなぞった。唇は首筋から耳、頬、目の下辺りをさまよった。
「柊斗、いいよな」
いいとは言えなかった。
立ち直るまでに2年かかったのに、目の前に明智が現れたらあっという間に欲望に負けてしまった。今は竜也もいない。國近のこともあきらめた。
唇が唇をかすめ、あの頃の様に抱きしめられる。
「泣いてる、かわいい」明智が言った。


明智のスマホが震え、画面を見た。
「竜也だ。『泣かせるな』なんで分かった?」
明智は『泣かせてない』と返信し、ベッドにスマホを放り投げた。
「嘘つき」
嬉しそうな明智に涙を拭われキスして、体を触られる。
「昔から、ここ弱いよな」
背中の下、腰の付け根辺りをなでられて体が震えた。キスは昔よりずっと深いキスで、呼吸を制限されて苦しくなり腕で明智を突っぱねた。

二人のベッドに置きっぱなしのスマホはさっきから何度か交互にひかってメッセージが来ているようだ。
「落ち着いてすれば苦しくねえから、柊斗、もっと大きく口開けて。あーんしろ、あーん」
言われるままに大きく口を開けると、明智に舌で舌を舐められた。気持ちよくて自分から抱きつく。
口の中の明智の舌の感覚に浸り、頭がぼんやりとしてきた。



「柊くーん、竜っちゃんから電話!」
下の階からお母さんが呼んだ。
「ヤバい……、お母さん!こっちからスマホで掛け直す!」
「返事が来ないって怒ってるわよ」
「ちゃんとかけるから!」

慌てて服を着て、口をぬぐい、なんだかくちゃくちゃに乱れた髪をごまかすためにスポーツタオルを巻いた。
明智はシャツとズボンを履いて、髪を少し手ぐしで撫でた。
「竜也からだ。出る」
明智がビデオ通話に出た。
『柊斗出せ』竜也は練習着姿だった。
「いるよ」
『大丈夫か』
「竜也のプラレールは無事」
『俺の柊斗は無事?』
「竜也、練習中?」
『柊斗…学校。今着替えて、飯食ってから午後から練習』
「明智にいじめられたりしてない。何心配してんだよ」
『……うちに泊まるのは聞いてない』
「竜也が嫌なら俺の部屋に泊める」
『明智は俺の部屋に泊まれ』
「グラシアス、竜也」
『もう行く。またな』
「竜也、根性見せてこい」
『分かった。柊斗、返事できるときはしてほしい』
『約束する』
通話は切れた。

「スペインに行っても相変わらずだな」
「2カ月前くらいに、この部屋でちょっと気になってた子と裸で…パンツは履いてたけど、キスしてた所に竜也が来て、スペインに柊斗も連れてくって騒いだ」

「どうする?」
「どうって」
「柊斗は一生竜也と一緒にいる?」
「竜也に好きな子が出来たら俺に興味なくなる」
「竜也彼女いるだろ」
なんとなく、その気配は感じていて、それも昔から何度もそういう女の子はいたが、わからないふりをしていた。
「でも…」
「アイツ、柊斗に彼女いることバラしたら殺すって散々周りに脅して彼女にまで口止めしてたからな。それなのに、俺の彼女を捏造して柊斗と引き離した。俺たちが付き合ってたのをきっと知ってたんだ」
「バレないようにしてた」
「遊ぶときは三人一緒だったからバレるだろ。それに俺が引っ越す時、柊斗すげえ泣いたじゃん」明智は昔を懐かしむように笑った。
「あの時慰めてくれたのは竜也だった。『俺はずっとそばにいるから大丈夫』って」
「竜也はすげえ奴でいい友達だけど柊斗の事になると頭おかしい。自由になりたいから青羽学院に行ったんじゃないのか。陸上をして髪も染めて、思ってた柊斗とは違った。走ってるのもすげえいい。普通の人間が手漕ぎボートなら、柊斗はヨットみたいに走る」

明智はあの頃よりずっと大きくなった手で、頭に巻いてあったタオルを取り、指先で髪を梳いた。
「明智はなんで引っ越しちゃったんだよ。俺、未成年のうちは恋人作らないって決めたんだ。だって好きな人と一緒にいたくても…自分の気持ちだけじゃずっと一緒にいられないだろ」
「置いて行ってごめん。なあ、俺、大学でサッカーやろうと思ってる」
「大学?プロになんねぇの」
「大学から行くルートもあんだよ。目指してる所は勉強も相当やらなきゃならねえからどうなるか…でも大学に入学したら、俺との事をもう一度考えて。それまで時々連絡していい?」
「……」
「いいって言って」明智はタオルでぺしゃんこになった髪を撫で、額に額を寄せた。
「いいよ」
「ありがとう。この話をするために来たんだ」