菊池竜也は弟です

「菊池くんも来たんだ」
「フウナ先輩も応援ですか」
「うん」
「今日って1年生の試合ですよね」
サッカー部は部員が多く、一軍と二軍に別れていて1年生は全員現時点では二軍だった。
一軍とは別の試合が組まれていて、週末は別行動の事が多いが今日は二、三年も含めたサッカー部の全部員が来ている。
「菊池くんは誰の応援に来たの」
「國近です。いつもテツンドー!って怒鳴られてる1年のキーパー」
「テツンドくんの友達なんだ。フォワードの一番小さい子いるでしょ、あれ、弟」
「え、弟?」
「お姉ちゃんがいるの知られたく無いんだって。寂しい。だから勝手に応援しちゃう」
「ハハ、俺も弟サッカーやってるけど、試合観に来てってすげぇうるさい。決めると必ずこっち見て、シュート!って言ってくる」
「かわいいじゃん」
「実際やられると恥ずかしいス。國近の話では今年の1年はいい選手が多いって言ってました」
「嬉しい」フウナ先輩がこちらを見て笑いかけてきて、ドキリとする。普段ポニーテールにしている髪を下ろして、ジャージではなくデニムのショートパンツに女の子っぽいパーカーを着ていて、スニーカーでなくバッシュを履いている。
試合がはじまりそうだった。
「クニチカー!頑張れ!」
せっかく来たので、声をかける。
「フウナ先輩、弟なんて名前。俺が応援しとく」
「乃蒼」
「ノアー!1点決めてけ!」
不審そうな顔で振り返った弟にフウナ先輩は笑った。
「ありがと」
「いいっす」
1年生の初戦は上々で、乃蒼はかなりいい選手だった。
前半が終わる寸前に乃蒼がふっ飛ばされて、フウナ先輩は心配そうにたちあがったが、乃蒼は大丈夫そうだった。
フリーキックから得点につながり、フウナ先輩とハイタッチする。
後半はメンバー交代で乃蒼は下げられて、試合の流れも代わり國近の出番もあったが試合終わるまで集中力は途切れず、守りきって、1対0で青羽学院が勝った。
「怒られる前に帰らなきゃ」
「フウナ先輩自転車?駐輪場まで送ります」
勝利で上機嫌の先輩を送る。
「週明けに弟が菊池くんに何か言ったらごめんね」
「クラスが違うからたぶん平気…、もしヤバそうだったら菊池竜也と観てたって言ってください。顔同じだから」
フウナ先輩は笑って帰って行った。
スマホをみると國近からメッセージが来ていた。
『1時間待てる?』
『自習室にいる』
土曜日も自習室は開いている。
ロッカーに寄り、勉強道具を持って自習室へ行く。
集中しよう、と思う。
フウナ先輩は可愛かった。
スッキリした大きな目にまつ毛が長くて、肌が綺麗だ。
今日は化粧をしていたけれど似合っていて、ハイタッチした時もいい匂いがした。

あまり集中しているとは言い難い時間を1時間半過ごした。
『終わった。昇降口にいる』
勉強道具をロッカーにしまい、昇降口から出るともう外は夕暮れだった。
「何してた」國近が言った。
「勉強」
「あの女誰」
「陸上部の先輩」
「すげぇ仲良さそうだった」
「仲いいからな。お前が試合に呼んだんだろ」
いきなり険悪な空気になった。
「溝野とは」
「乃蒼は別に…ただ点とってほしかっただけだ。俺帰っていいか」
「柊斗、あの女とは?」
土曜日の昇降口は確かに人はいないが、いつ人が来てもおかしくはない。
「何もない」
肩に太い腕がまわされ、顔をのぞき込まれ、キスされる。
「お前さあ、俺を社会的に終わらせようとしてる?」
抵抗はしない。しても無駄だと学んだ。
「なんで試合観に来た?」
「誘ったの誰だよ。俺サッカーを生で観るのが好きなんだ」
「俺は?」
「好きって言ったら離してくれんの」
「離す」
しつこい。試合の後でまだ興奮しているのは明らかで、目つきも身体からしてくる汗の匂いも、普段よりずっと男っぽい。
「好き」國近は驚いた顔をした。
「自分で言わせて、驚くのやめろよ」
「俺も好き」
社会的に終わる可能性をはらんだキスは、誰にも見られずに終わった。

「私立はシャワールームあるのが最高」國近が言った。
「わかる。俺電車通学だから」
「柊斗、俺の家来る?」
「俺の家来いよ」國近の家は危険そうだと思い、自分の家に誘う。
電車で30分、県境を越え自宅の最寄り駅についた。
「ただいまー。上がって」
「お邪魔します」國近は挨拶し靴を揃え、玄関の片隅にシューズケースを置いて部屋に入った。
「お母さん、友達連れてきた」
キッチンまで連れていき、母親に紹介する。
「あら、キーパー?」
「そうです」
「竜也ともお友達?」
「試合であたった事はあります」
「竜也も國近の事は知ってた。お母さん、俺風呂入って来る」
風呂から出てくると、國近はダイニングテーブルで夕食を食べていた。
泊まって行くという話に勝手になっていて、夕食を食べてた後は風呂へ行った。
「國近くんはハンサムね」
お母さんは好きな歌手の名前を息子に付けるだけの事はあり、ちょっと浮ついたところがある。
「いいキーパー。背もまだ伸びてる」
夕食を食べ終えて、自分の部屋に行く。
つい最近まで、竜也と同じ部屋だったが親の提案で部屋をわけた。
お互い、留学後にさみしくならないためにだろう。

「ウッス」
部屋の入口から風呂上がりの國近が覗いた。
部屋の中でみると、尚の事大柄だ。
竜也でも174センチはあるが、國近は身長だけでなく肩幅や体つきが桁違いにデカい。

「また勉強?」
國近はベッドに座った。
「やらないと出来ないタイプ」
子どもっぽい学習机は竜也とセットで買った。
「なぁ俺と付き合って」
「勉強中」
「返事は」
「俺は高校卒業するまで誰とも付き合わない」
「なんで」
「一度付き合った人と、離れたくない」
「……」
「國近もプロ目指すんだろ。どこのチームに行くかわかんねえし、無理。三年間楽しく過ごしてサヨナラはキツいだろ」
「なんとかする」
「どうやって?この国でゲイに生まれたら、結婚も子どもも無理。せめて好きなやつと一緒にいたい」
「柊斗っていつから自分がゲイだって気がついた」
もう勉強出来る雰囲気ではなかった。イスをくるりと回転させ、國近の方を見る。
「いまでもゲイかどうかは確信は無い。でも今まで男としか付き合った事がないからゲイかもな。國近はいつ気がついた」
「柊斗で抜いた時」
「最低」
「最初から気になって、一緒に昼メシ食った日に好きだと思った」
「もうちょっとよく考えな。バイのオニーサン」
「前に付き合ってたやつとは?」
「引っ越した。それっきり会ってない」
「誰」
「言えるわけねえだろ」
「俺が知ってる人?」
今はきっと知らないが、いずれ聞くことになるだろう。
明智は関西に行ってからもサッカーを続け、高校はサッカー強豪校に行った。
明智の連絡先は辛すぎて消してしまったが、明智と竜也はたまに連絡を取っていて近況は耳に入る。
彼女が出来た、とも聞いた。
「なぁ、試合の興奮ってもう冷めたか」
「まだちょっとある。試合の日は眠れない」
「へぇ。俺と遊んで発散するのは?」ベッドに座る國近を眺める。
「付き合わないんだろ」
「付き合わない」
「じゃあ何もしない」
散々色々しておいて、國近は急にまじめになった。
「オッケー。ゲームしようぜ。竜也の部屋から取ってくる」
イスから降りてベッドに座る國近の前を通ると腕をつかまれた。
「なんだよ。やせ我慢?」
つかまれていない方の手で、風呂上がりの髪を触った。
「少しクセ毛だよな」腕をつかまれたまま床に座り、國近を見上げる。
普段にこやかな男が無表情だ。この男は2面性がある。
「試合の日は特別って事にすれば?」
顔をつかまれる。出会った日と同じだ。
唇を撫でられ、何かを思い出しそうになった。
唇を撫でた指を舐め、咥えた。


「無理無理無理無理!國近、ストップ!」
キスと体を撫で回されるだけで済むと思ったのが甘かった。
「パンツ脱ぐのは無理」
「俺が脱ぐのは?」國近の申し出にチラと見る。
「触ったりしてほしいってこと?」
國近が付き合っていたと噂の芸能人は17歳だ。とっくに色々全部経験済みだろう。
「キスしながら考えて」國近に押し倒されて、キスされる。
キスはとても気持ちよくて好きだった。
抱きしめられるのも、肌の匂いや声も心地よかった。
お互いパンイチでベッドでキスしていると、気分が限界まで高まってきて、一歩先に進みたくなってきた。
「脱いでもいい」
小声で言う。口に出すのが怖かった。
下着の中に手が入ってきて、こちらもそうした。
急に階段を上がって来る音がした。
この勢いのいい足音は竜也だ。
「ヤバい!!」
お互いの下着から手を出すだけの余裕しかなく、ドアを明けた竜也と目が合った。
「嘘だ!」ドアを開けた竜也は、部屋の中の有り様を見るなり言った。




「顔、全然違うな」國近が竜也を見て言った。

「國近離せ。竜也が動揺してるだろ」

ベッドでのしかかっていた國近を押しのけて、竜也の方へ行った。

「すげぇ嫌だ」
スペインにもうすぐ行くのに、余計なものを見せてしまったと思う。

「竜也ごめん。俺、ゲイなんだ。國近とは付き合ってるわけじゃないけど國近もゲイ。言わなくてごめんな」
「何してたんだよ」
「何もしてない。キスしてただけ。パンツははいてる」
「色々したかったけど、なにもしてない」
國近は参りましたというように両手を挙げた。
「俺がいなくなるから?」
「竜也がいなくなって寂しいのは、他の誰でも埋められない」
「やっぱり一緒にスペインに行こう。柊斗がいないと無理だ」
「そうできたらいいよな」
國近は妙な無関心さを持って、双子の兄弟が抱き合っているのを眺めていた。
「國近、俺の部屋泊まって。俺は竜也の部屋で寝る」
「柊斗話せるか」國近が言った。
「後で話そう。竜也、竜也の部屋に行って話そう」
國近を部屋に置いて竜也の部屋に行った。
幼稚園の頃からこうなってしまうと、落ち着くまで待つしか無い。
小1のクラス分けで別々のクラスになって竜也が泣いたのが、最後だった気がした。
「ゲイ?」
「まだ確定じゃないけど、たぶん」
「テツンドは彼女いる。✕✕✕っていう子」
「別れたらしい」
「柊斗にも俺がいる」
「竜也、俺もう國近とああいうことはしない。キスもしない。勢いでやってただけで好きじゃないし、まだゲイかどうかもわかんねえのにやらない方がいいよな。心配させてごめん」
竜也はうなずいて、その後は言葉にならなかった。


竜也が一階に食事と風呂に行ったので、自分の部屋に戻った。
「甘やかしすぎだろ」
「弟なんだ」
「双子じゃねえの」
「俺の方が少し早く生まれた」
「なあ、続きしよう。しばらく戻ってこないだろ?」
「竜也に嘘はつけない」
「嘘とは違う。目の前でやらないだけ」
「竜也が一番大切なんだ」
「本気で言ってるのか」
「うん。最後にキスだけさせて」
背伸びして國近にキスした。首に抱きついて気の済むまでしてから、離れる。
「今日、お前の家に行ってたら、俺になにするつもりだった?」
「近くにグラウンドがある。柊斗と一緒にサッカーしようと思ってた」
「なんだよ、うちの近くにも広場ある。じゃあ竜也も連れて今から行こう。俺、下手だけどいい?」
「柊斗もけっこう上手いだろ。体育でやってるのを見た」

夕食の終わった竜也も誘って、近くの広場でサッカーをした。
「このPK止めたら、キスして」
竜也と國近でPKをする事になり、懲りもせずに國近が言った。
「決めたら柊斗は俺にキスな」竜也が対抗した。
「二人でしてろ。人をかけの対象にすんな」

PKは竜也があっさり決めて、口に軽くキスしてきた。
「むちゃくちゃ変な感じがする」
双子同士でのキスに、二人して首の後ろがくすぐったい気持ちになり、体を折り曲げて爆笑した。
「変な双子」國近が言った。