宮がはんてんのおばあさんを訝し気に見つめます。私が宮に声をかけようとしたところ、宮が真っ青な顔で振り向きました。
「なあ、間山! おばあさんが!」
言われておばあさんの方を見ます。彼女ノ姿はすっかりなくなっていました。
「おばあさんは?」
「消えた」
「消えた?」
にわかには信じられませんが、私たちは今日一日非日常とともに歩いています。おばあさんの一人くらい消えてもおかしくありません。
「幽霊ってことか。真理子ちゃんの身内の人かな」
「なんでそんな平気なんだよ」
宮の顔色はすぐれないままです。
「悪い。俺、ここで抜けてもいい?」
「もうすぐ分かるっていうのに、ここで止めるの?」
「というより、お前も止めようよ」
今までにない弱気な宮に私は首を傾げました。おばあさんが示す方向に行けば、それで全て終了です。本当に真理子ちゃんの手掛かりがあるのだとしても、それを警察に届けて私たちはただそれを見守るだけです。
「あのさ。間山には言ってなかったけど、さっきの連続した張り紙……俺にも見えたんだ」
「見えたって」
「捜さないでください」
今まで一貫して彼と私の張り紙の見え方は違っていました。まさか、宮にも見えるようになるとは予想していませんでした。宮がきょろきょろとせわしなく目を動かします。
「でも、もう少しだから」
「いや、止めた方がいい。間山も帰ろう」
私が難色を示しても、宮が私の腕を掴んで強引に帰ろうとします。もうすぐ見えるというのに、ここで止めるのは今までの労力が無駄になってしまいます。しかし、私に付き合ってくれている宮に言うことはできません。
「分かったよ、帰ろう」
「そうか、よかった」
私が了承すると、宮の顔が和らぎます。あれだけ乗り気で調査をしていたのに、彼の変わりように驚かされます。それくらい、彼の中で何かがあったのでしょう。私は宮が乗る電車のホームまで送り、彼と別れました。
「帰り道、周りの景色に気を付けて」
去り際、彼はそんなことを言っていました。
その後、私は自宅アパートに戻ることなく、元来た道を戻りました。彼にはああ言いましたが、私は恐怖より好奇心の方が上回っているのです。このままここで止めてしまったら、ずっと気になって明日にでも確認にいくでしょう。それならば早い方がいいというものです。
ついにおばあさんがいた場所を越え、指差された場所へたどり着きました。そこは塀で、奥は小さな山がありました。
「もしかして、山の中に埋められている……?」
そう思いましたが、小さいといっても山、捜すにはかなり時間がかかりそうです。そこでふと、塀に違和感を感じました。よく観察すると、塀には手形が二つ付いていたのです。
「あれ、これって」
噂話の一つをここで見つけるとは思ってもみませんでした。思い返せば今日は金曜日です。この塀が例の塀だったのです。近距離で噂話がいくつも囁かれているのは何故だろうと不思議でしたが、こう考えれば納得がいきます。噂の元は一つであったと。
「この中に真理子ちゃんがいるんだ」
きっと、この手形は真理子ちゃんで、塀の中から助けを求めているに違いありません。子猫の鳴き声というのも、実際は真理子ちゃんの泣き声で、それが子猫に聞こえたということかもしれません。
「真理子ちゃん」
声をかけたところで、当然返事は返ってきません。しかし、この中に本当にいるのならば、掘れば人骨が出てくるでしょう。しかし、私が勝手に掘ってしまったら、今度は私が犯罪者になってしまいます。不自然にならずに通報できる方法があればいいのですが。
「匿名で通報できればいいんだけど」
そう考えていると、ふいに手形が歪み、そこから子どもの腕がにゅう、と伸びてきました。思わず後ずさります。二本の腕はゆらゆら揺れ、まるで誰かを誘い込もうとしているようでした。
私はもう一度声をかけようとしましたが、あることに気が付いてしまったのです。ひび割れた塀がどんどん綺麗になっていくことに。
私は焦りました。左を向くと、交差点だった場所が徐々に草の生えた道に変化していきました。他の場所も同じです。どういうことでしょう。私はどこに迷い込んでしまったのでしょうか。
「真理子ちゃんの時代に戻っている……!?」
私は宮の言う「嫌な予感」をようやく理解しました。彼は無意識に悟っていたのです。彼の見えるものも変化し、だんだんとこの時代へ吸い寄せられていることに。
私は走り出しました。ここではないどこかへ、この時代から抜け出せるどこかへ。
しかし、走っても走っても、私の知る景色はやってきませんでした。せめて自宅アパートは無事であってほしい。その一心で走り続けました。
そしてたどり着きました。そこには私のアパートではなく、一軒家が建っていました。私はそこに崩れ落ちました。
どうやら、もう元の時代には戻れナいようです。いえ、希望を無くしてはいけません。私はこうしてやってきたのだから、戻る方法もどこかにあるでしょう。私は鞄から一連の出来事を書き記したノートを取り出しました。そうして結末まで書き、家の玄関にそっと置きました。このノートが宮に届きますように。私がこの時代にいることを知ってくれますように。最後に、宮への謝罪で締めたいと思います。
宮、ごめん。忠告を聞カずにゴールまで行ってしまって。
無事帰れたら、また一緒に遊ぼう。約束だ。
了
「なあ、間山! おばあさんが!」
言われておばあさんの方を見ます。彼女ノ姿はすっかりなくなっていました。
「おばあさんは?」
「消えた」
「消えた?」
にわかには信じられませんが、私たちは今日一日非日常とともに歩いています。おばあさんの一人くらい消えてもおかしくありません。
「幽霊ってことか。真理子ちゃんの身内の人かな」
「なんでそんな平気なんだよ」
宮の顔色はすぐれないままです。
「悪い。俺、ここで抜けてもいい?」
「もうすぐ分かるっていうのに、ここで止めるの?」
「というより、お前も止めようよ」
今までにない弱気な宮に私は首を傾げました。おばあさんが示す方向に行けば、それで全て終了です。本当に真理子ちゃんの手掛かりがあるのだとしても、それを警察に届けて私たちはただそれを見守るだけです。
「あのさ。間山には言ってなかったけど、さっきの連続した張り紙……俺にも見えたんだ」
「見えたって」
「捜さないでください」
今まで一貫して彼と私の張り紙の見え方は違っていました。まさか、宮にも見えるようになるとは予想していませんでした。宮がきょろきょろとせわしなく目を動かします。
「でも、もう少しだから」
「いや、止めた方がいい。間山も帰ろう」
私が難色を示しても、宮が私の腕を掴んで強引に帰ろうとします。もうすぐ見えるというのに、ここで止めるのは今までの労力が無駄になってしまいます。しかし、私に付き合ってくれている宮に言うことはできません。
「分かったよ、帰ろう」
「そうか、よかった」
私が了承すると、宮の顔が和らぎます。あれだけ乗り気で調査をしていたのに、彼の変わりように驚かされます。それくらい、彼の中で何かがあったのでしょう。私は宮が乗る電車のホームまで送り、彼と別れました。
「帰り道、周りの景色に気を付けて」
去り際、彼はそんなことを言っていました。
その後、私は自宅アパートに戻ることなく、元来た道を戻りました。彼にはああ言いましたが、私は恐怖より好奇心の方が上回っているのです。このままここで止めてしまったら、ずっと気になって明日にでも確認にいくでしょう。それならば早い方がいいというものです。
ついにおばあさんがいた場所を越え、指差された場所へたどり着きました。そこは塀で、奥は小さな山がありました。
「もしかして、山の中に埋められている……?」
そう思いましたが、小さいといっても山、捜すにはかなり時間がかかりそうです。そこでふと、塀に違和感を感じました。よく観察すると、塀には手形が二つ付いていたのです。
「あれ、これって」
噂話の一つをここで見つけるとは思ってもみませんでした。思い返せば今日は金曜日です。この塀が例の塀だったのです。近距離で噂話がいくつも囁かれているのは何故だろうと不思議でしたが、こう考えれば納得がいきます。噂の元は一つであったと。
「この中に真理子ちゃんがいるんだ」
きっと、この手形は真理子ちゃんで、塀の中から助けを求めているに違いありません。子猫の鳴き声というのも、実際は真理子ちゃんの泣き声で、それが子猫に聞こえたということかもしれません。
「真理子ちゃん」
声をかけたところで、当然返事は返ってきません。しかし、この中に本当にいるのならば、掘れば人骨が出てくるでしょう。しかし、私が勝手に掘ってしまったら、今度は私が犯罪者になってしまいます。不自然にならずに通報できる方法があればいいのですが。
「匿名で通報できればいいんだけど」
そう考えていると、ふいに手形が歪み、そこから子どもの腕がにゅう、と伸びてきました。思わず後ずさります。二本の腕はゆらゆら揺れ、まるで誰かを誘い込もうとしているようでした。
私はもう一度声をかけようとしましたが、あることに気が付いてしまったのです。ひび割れた塀がどんどん綺麗になっていくことに。
私は焦りました。左を向くと、交差点だった場所が徐々に草の生えた道に変化していきました。他の場所も同じです。どういうことでしょう。私はどこに迷い込んでしまったのでしょうか。
「真理子ちゃんの時代に戻っている……!?」
私は宮の言う「嫌な予感」をようやく理解しました。彼は無意識に悟っていたのです。彼の見えるものも変化し、だんだんとこの時代へ吸い寄せられていることに。
私は走り出しました。ここではないどこかへ、この時代から抜け出せるどこかへ。
しかし、走っても走っても、私の知る景色はやってきませんでした。せめて自宅アパートは無事であってほしい。その一心で走り続けました。
そしてたどり着きました。そこには私のアパートではなく、一軒家が建っていました。私はそこに崩れ落ちました。
どうやら、もう元の時代には戻れナいようです。いえ、希望を無くしてはいけません。私はこうしてやってきたのだから、戻る方法もどこかにあるでしょう。私は鞄から一連の出来事を書き記したノートを取り出しました。そうして結末まで書き、家の玄関にそっと置きました。このノートが宮に届きますように。私がこの時代にいることを知ってくれますように。最後に、宮への謝罪で締めたいと思います。
宮、ごめん。忠告を聞カずにゴールまで行ってしまって。
無事帰れたら、また一緒に遊ぼう。約束だ。
了