「知っているよ」
「本当ですか」
希望はすぐ近くにありました。大学で昔の事件を調べていると前置きして聞き込みを行っていたら、四人目で事件を知っているおばあさんを見つけたのです。おばあさんは駄菓子屋をやっていて、嫁いだばかりの五十年前も同じ場所で店をしていたそうです。真理子ちゃんもそこへお客として来ていたと言っていました。おばあさんは続けます。
「始めは警察が作ったらしい張り紙だったのに、一時期からおかしい張り紙があちこちに貼られてねぇ。真理子ちゃんのお母さんが泣きながら「捜さないで」のところをペンで塗りつぶしていたよ」
「ペンで」
私はデータ上の落書きを思い出していました。あれも「捜さないでください」のところが塗りつぶされていました。私が目撃したのは、母親の行動の跡だったのでしょうか。目尻の皺を濃くさせながら、おばあさんは呟きました。
「まだ、見つかってないんだよねぇ」
インターネットの情報通り、やはり真理子ちゃんはまだ見つかっていないようです。
「このお店にも貼られていましたか?」
「もちろん。見つかるのなら、いくらでも協力しようと思っていたからね」
私たちはおばあさんに頭を下げ、駄菓子屋を後にしました。残念ながら駄菓子屋で張り紙を見かけることはありませんでしたが、覚えている場所をいくつか教えてもらえました。
「収穫あったな」
宮が自信あり気に笑います。私もつられました。
「そうだね。全部見て回れば一枚は見つかるはず」
私たちは時間の許す限り、おばあさんに教えられた箇所を回りました。おばあさんの散歩の範囲だと言われていたので、全部で一時間もかかりませんでした。そのうち、張り紙があったのは二枚でした。
「これで五枚か」
「あ、宮、あそこにもある」
立ち止まって地図を確認していたら、教えてもらっていない場所にも一枚見つけました。これで六枚です。それを地図上に記し、二人で観察します。不思議なことに、張り紙は不規則に散らばることなく線上に並んでいて、結ぶと三角形が完成しました。
「絶対意味あるって、これ」
三角形の部分を拡大し、私たちはその中に何があるか見つめました。
「三角形の角は張り紙があっただけだから、一番可能性があるのは……三角形の真ん中?」
「お、そうだよ。多分」
真ん中はただの四角で描かれているので、おそらく個人の自宅があるのでしょう。ひとまずそこへ向かうことにしました。
大通りからそれ、細い道を進みます。途中閉店した個人商店があるだけの寂しい道です。周りにもぽつぽつ住宅はありますが、どれも古くからある家らしく、空き家になっているところもありました。
「大学からそんなに離れてないのに、こんな田舎っぽいところあったんだな。どこも昭和だ」
「いや、そもそも大学自体緑多いから、こういうところもあるでしょ」
「そっか」
二十三区内出身の宮が感慨深く言うので、私は思わず訂正しました。宮は気にした様子もなく、前を行きます。宮が立ち止まりました。
「どうしたの?」
「なんかさ、寒くない?」
「そう? まあ、今日は昨日よりは涼しいみたいだけど」
言われてみれば、寒い気もしてきました。いつもであれば、半袖でも少々暑い陽気です。ここが木々の多い通りだからでしょうか。そんなことを言い合っていると、目的の家が見えました。想像通り、他の住宅と変わらない築年数の経っている平屋でした。壁には蔦が這っていて、カーテンも閉まっているようで室内の電気がついているのか外からでは分かりません。
「どうする?」
ここまで来てどうするか全く考えていませんでした。ここは民家です。店のように気軽に入っていかれる場所ではありません。呼び鈴を鳴らすことはできますが、学生風情がいきなり訪ねては家主も警戒するでしょう。
「あれじゃない。さっきみたいに、授業で市内の歴史や事件を調べているから、この辺りで事件とかありませんかって聞けば」
「まあ、それも怪しいけどね。それしかないか」
それ以外に方法が思いつかず、意を決して玄関の前に立ちました。庭に誰もいないことを確認してから呼び鈴を鳴らします。無機質なブザー音が鳴りました。
十秒程待ってみましたが誰も出ません。留守ならば仕方ないと諦めかけたその時、玄関の奥からぎしぎしと床板が鳴る音が届きました。間もなくして玄関が横に開きます。中からぬう、と無精ひげまで白髪の男性が顔を出しました。
「何の用」
落ちくぼんだ瞳が私たちを貫きます。明らかに警戒している男性は今にもドアを閉めそうでした。
「あ、すみません。僕たち近くの大学生なんですけど、課題でこの辺の歴史や事件を調べていまして。こちらには昔から住んでいらっしゃいますか?」
宮が愛想笑いをしながら早口で質問をしました。男性は一瞬眉に皺を寄せ、迷惑そうに答えます。
「昔から住んでるけどね、あまり家を出ないから知らないよ」
「そうですか。有難う御座います」
男性はドアをぴしゃりと閉めました。これ以上質問をしても通報されそうです。私たちは手入れのされていない庭を通って家を離れました。地面にはジュースの瓶が転がっていて、ずいぶん昔から住んでいることが窺われました。
「愛想のないじいさんだったな」
「誰だっていきなり知らない人が尋ねてきたら警戒するよ」
宮がちらりと家を振り返ります。
「あの庭に埋まってたりして」
「さすがにそれはないでしょ」
軽口に返す私自身も、一瞬同じことを思ってしまいました。
三角に象られた張り紙の配置を意図的に思ってしまうのは仕方がない気がします。しかし、彼の家に張り紙は貼られておらず、真理子ちゃんが埋まっている証拠も無い状況ではただの憶測でしかありません。
「ここまで来て詰みかぁ」
「あそこに何か手掛かりがあると思ってたんだけど」
そう言って横を向いた時、奇妙な光景が飛び込んできました。おびただしい数の川園真理子ちゃンの張り紙が一列に貼られていたのです。
『川園真理子ちゃんを捜さないでください』
『川園真理子ちゃんを捜さないでください』
『川園真理子ちゃんを捜さないでください』
『川園真理子ちゃんを捜さないでください』
『川園真理子ちゃンを捜さないでください』
「本当ですか」
希望はすぐ近くにありました。大学で昔の事件を調べていると前置きして聞き込みを行っていたら、四人目で事件を知っているおばあさんを見つけたのです。おばあさんは駄菓子屋をやっていて、嫁いだばかりの五十年前も同じ場所で店をしていたそうです。真理子ちゃんもそこへお客として来ていたと言っていました。おばあさんは続けます。
「始めは警察が作ったらしい張り紙だったのに、一時期からおかしい張り紙があちこちに貼られてねぇ。真理子ちゃんのお母さんが泣きながら「捜さないで」のところをペンで塗りつぶしていたよ」
「ペンで」
私はデータ上の落書きを思い出していました。あれも「捜さないでください」のところが塗りつぶされていました。私が目撃したのは、母親の行動の跡だったのでしょうか。目尻の皺を濃くさせながら、おばあさんは呟きました。
「まだ、見つかってないんだよねぇ」
インターネットの情報通り、やはり真理子ちゃんはまだ見つかっていないようです。
「このお店にも貼られていましたか?」
「もちろん。見つかるのなら、いくらでも協力しようと思っていたからね」
私たちはおばあさんに頭を下げ、駄菓子屋を後にしました。残念ながら駄菓子屋で張り紙を見かけることはありませんでしたが、覚えている場所をいくつか教えてもらえました。
「収穫あったな」
宮が自信あり気に笑います。私もつられました。
「そうだね。全部見て回れば一枚は見つかるはず」
私たちは時間の許す限り、おばあさんに教えられた箇所を回りました。おばあさんの散歩の範囲だと言われていたので、全部で一時間もかかりませんでした。そのうち、張り紙があったのは二枚でした。
「これで五枚か」
「あ、宮、あそこにもある」
立ち止まって地図を確認していたら、教えてもらっていない場所にも一枚見つけました。これで六枚です。それを地図上に記し、二人で観察します。不思議なことに、張り紙は不規則に散らばることなく線上に並んでいて、結ぶと三角形が完成しました。
「絶対意味あるって、これ」
三角形の部分を拡大し、私たちはその中に何があるか見つめました。
「三角形の角は張り紙があっただけだから、一番可能性があるのは……三角形の真ん中?」
「お、そうだよ。多分」
真ん中はただの四角で描かれているので、おそらく個人の自宅があるのでしょう。ひとまずそこへ向かうことにしました。
大通りからそれ、細い道を進みます。途中閉店した個人商店があるだけの寂しい道です。周りにもぽつぽつ住宅はありますが、どれも古くからある家らしく、空き家になっているところもありました。
「大学からそんなに離れてないのに、こんな田舎っぽいところあったんだな。どこも昭和だ」
「いや、そもそも大学自体緑多いから、こういうところもあるでしょ」
「そっか」
二十三区内出身の宮が感慨深く言うので、私は思わず訂正しました。宮は気にした様子もなく、前を行きます。宮が立ち止まりました。
「どうしたの?」
「なんかさ、寒くない?」
「そう? まあ、今日は昨日よりは涼しいみたいだけど」
言われてみれば、寒い気もしてきました。いつもであれば、半袖でも少々暑い陽気です。ここが木々の多い通りだからでしょうか。そんなことを言い合っていると、目的の家が見えました。想像通り、他の住宅と変わらない築年数の経っている平屋でした。壁には蔦が這っていて、カーテンも閉まっているようで室内の電気がついているのか外からでは分かりません。
「どうする?」
ここまで来てどうするか全く考えていませんでした。ここは民家です。店のように気軽に入っていかれる場所ではありません。呼び鈴を鳴らすことはできますが、学生風情がいきなり訪ねては家主も警戒するでしょう。
「あれじゃない。さっきみたいに、授業で市内の歴史や事件を調べているから、この辺りで事件とかありませんかって聞けば」
「まあ、それも怪しいけどね。それしかないか」
それ以外に方法が思いつかず、意を決して玄関の前に立ちました。庭に誰もいないことを確認してから呼び鈴を鳴らします。無機質なブザー音が鳴りました。
十秒程待ってみましたが誰も出ません。留守ならば仕方ないと諦めかけたその時、玄関の奥からぎしぎしと床板が鳴る音が届きました。間もなくして玄関が横に開きます。中からぬう、と無精ひげまで白髪の男性が顔を出しました。
「何の用」
落ちくぼんだ瞳が私たちを貫きます。明らかに警戒している男性は今にもドアを閉めそうでした。
「あ、すみません。僕たち近くの大学生なんですけど、課題でこの辺の歴史や事件を調べていまして。こちらには昔から住んでいらっしゃいますか?」
宮が愛想笑いをしながら早口で質問をしました。男性は一瞬眉に皺を寄せ、迷惑そうに答えます。
「昔から住んでるけどね、あまり家を出ないから知らないよ」
「そうですか。有難う御座います」
男性はドアをぴしゃりと閉めました。これ以上質問をしても通報されそうです。私たちは手入れのされていない庭を通って家を離れました。地面にはジュースの瓶が転がっていて、ずいぶん昔から住んでいることが窺われました。
「愛想のないじいさんだったな」
「誰だっていきなり知らない人が尋ねてきたら警戒するよ」
宮がちらりと家を振り返ります。
「あの庭に埋まってたりして」
「さすがにそれはないでしょ」
軽口に返す私自身も、一瞬同じことを思ってしまいました。
三角に象られた張り紙の配置を意図的に思ってしまうのは仕方がない気がします。しかし、彼の家に張り紙は貼られておらず、真理子ちゃんが埋まっている証拠も無い状況ではただの憶測でしかありません。
「ここまで来て詰みかぁ」
「あそこに何か手掛かりがあると思ってたんだけど」
そう言って横を向いた時、奇妙な光景が飛び込んできました。おびただしい数の川園真理子ちゃンの張り紙が一列に貼られていたのです。
『川園真理子ちゃんを捜さないでください』
『川園真理子ちゃんを捜さないでください』
『川園真理子ちゃんを捜さないでください』
『川園真理子ちゃんを捜さないでください』
『川園真理子ちゃンを捜さないでください』