しばらくして頼んだコーヒーが置かれました。砂糖とミルクを入れて一口飲みます。ほっと一息吐いたところで、私の体が固まりました。宮の後ろの壁に貼られた何気ない張り紙が、みるみるうちに真理子ちゃんの張り紙に変わっていったのです。

「宮……宮……後ろッ」
「なに」

 小声で宮に訴えると、気怠そうに振り向いた彼もそのまま止まりました。

「見える? いきなり張り紙がこれに変わったんだ」

 私が説明を始めますが、宮は張り紙を見たまま動きません。

「どう?」

 もう一度尋ねると、ようやく彼はこちらに向き直りました。

「見える……けど、やっぱりモザイクかかってる」
「これも……?」

 驚きを隠せない私でしたが、張り紙がすぐ消えてしまうことを思い出して、宮を写す振りをしてこっそり張り紙の写真を一枚撮りました。

「いちおう撮っておいた。今までの二枚と変わりはなさそうだけど」

 撮った瞬間は実際の張り紙と変わりはありません。しかし、張り紙がぼやけて消えるところで、データの方も「捜してください」のところが黒塗りされていきました。実際に変化する様子を確認して、改めておかしな現象に巻き込まれていると実感しました。

 その過程を宮にも見せました。宮もぼやけながらも、何かが変わることは理解していました。

「なんか、都市伝説っていうか心霊じみてきたな」
「都市伝説か」

 こうして私以外にも体験できているということは、他にも誰か同じものを見たことがある人がいるかもしれません。そこでふと、先日見かけた女子高生の会話を思い出しました。

『ねえ、あの道あるじゃん。昨日手形あったって』
『ほんと? 今日もあるかなぁ、行ってみる?』

 ありふれた日常の中に溶け込んでいてさして気にしていませんでしたが、「道に手形がある」というのは不思議な出来事に違いありません。しかも、二人の中では共通認識の話題であり、手形があることも無いこともある様子でした。真理子ちゃんの件とは関係ありませんが、都市伝説の類は意外と身近にあることを知り、改めて寒気がするのを感じました。

「地図に追加しよう」

 宮がこの店の場所を追加しました。二か所と合わせて三か所になると、いよいよ何かの形に思えてきました。意味があるのか無いのか、分からないながらも私の手に力が入ります。

「点が三個あるとさ。顔に見えるよね」
「ああ、シミュラクラ現象」
「そうそう」

 たしかに顔に見えなくもありません。しかし、だからといってこれが真理子ちゃんには見えません。ただ、こうして新しい張り紙を見つけると、もっと調べたいという欲求が深まりました。

「この辺で聞き込みしてみるか」

 ふと、宮がそんなことを言いました。私は目が点になりました。何故なら、これは不可思議な五十年前の出来事だからです。

「どうだろう、何か分かるかな」
「実際の事件なんだから、覚えている人はいるんじャないか」
「そうか」

 たしかに、宮の言う通りです。消えたり変化したり説明のつかない現象ではあるものの、元は現実に起きた事件が関係しています。ずっと地元に住んでいる人であれば、覚えている可能性はゼロではありません。二人で張り紙を探すには限度があります。私は少しの希望を胸に店を出ました。