「でもさぁ、偶然張り紙を見つけたんだろ。調べようがないんじゃない」
「そうなんだけど、この張り紙の女の子、あ、行方不明の女の子なんだけど、実在してたんだよ」
「うっわ」

 宮が両腕をさすりました。私も同じ気分でした。そうです。これは私の夢でも幻でもなく実在した張り紙で、張り紙の女の子も実在した人なのです。

「名前は川園真理子ちゃんっていうんだけど」
「あ、待って。検索してみる」

 宮がさっそくスマートフォンで検索をし始めました。言われてみれば、私は川園真理子ちゃんが実在しているか調べただけで、その先には行っていませんでした。宮のスマートフォンの画面を見守りました。

「ええと、十歳の小学四年生、下校時に友人と別れてから行方不明に。なるほどね。身代金の要求も無し、と」
「それで、どうなった?」
「今も行方不明だって」

 私は前のめりになっていた姿勢を戻しました。

 諸外国に比べれば比較的平和な日本でも、行方不明者は届け出がされているだけでも多数いると聞きます。彼女はその一人で、まだその席を立っていなかったのです。誘拐されたのか、何か事故に遭ったのか。関係の無い私たちでは想像もつきません。しかしそれも、昨日までの話です。

 宮が開いたサイトには真理子ちゃんの写真も載っていました。私はここで初めて真理子ちゃんの顔を見ました。似顔絵とはあまり似ていないように思いました。そもそもプロが描いたというより、素人の、例えば身近な家族が描いたようなものでした。手作り感溢れるあれは、きっと家族が描いたものなのでしょう。

──なら何故、「捜さないでください?」

 そこでふと、宮の言葉を思い出しました。彼は私とは違い、「捜してください」と読んでいました。つまり、もともとはそちらが正しい表記だと考えた方がいいのかもしれません。

 それを誰かが書き換えた。いたずらの一種でしょうか。その時の張り紙を、私が時を超えて目にした、点と点が繋がったような、しかし気味の悪い予想です。不可思議なことに今の今まで出会ったことはありません。この時点で、まだ私は張り紙の出どころを否定しようとしていました。

「俺も張り紙生で見てみたいなぁ」
「気持ちの良いものでもないけど、でも、たしかにこのままじゃ納得しないよね」

 すると、宮が画面に地図を表示させました。

「昨日の今日で二枚も見つけるってことはさ、きっと他にもあるだろうから、見つけたら地図に印付けよう」
「それはいいね」

 さっそく大学と昨日の場所に赤い丸を書きました。地図上で見るとずいぶんと近くに感じられます。

「張り紙がここにあった理由に心当たりはある?」
「無い」
「だよな。聞いてみただけ」

 宮が軽口を叩きますがからかっているわけではないようで、今日の講義が終わった後、一緒に張り紙探しをしてくれることになりました。私としては意見を聞いてくれる相棒が出来て、一歩前進です。ここで神秘的なことに詳しい誰かがいればさらに好ましいのですが、いかんせん一介の大学生ではそういう知り合いはいません。

「これってさ、本当にあった張り紙なのかな」

 私の写真を見ながら宮が言いました。たしかに、私の目の前に現れた実際の行方不明事件の張り紙でありながら、これが実在したものかは今でも分かっていません。せめてそれだけでも分かれば、当時を知る人に聞き込みも可能になります。

「そうだ、聞き込みすればいいんだ」
「五十年前のことを?」
「うん」
「そんな上手くいくか?」

 私の提案に宮が難色を示しました。当然です。五十年前といえば、私たちが生まれるはるか前のことです。当時のことを覚えている人がいるのか、そもそもいたとしても出会えるのか。手掛かりは今のところこのデータしかありませんが、幸か不幸か私たちには時間があります。大学生の暇つぶしとして、宮もそれ以上反対することはありませんでした。

 しかし、やることが決まったからといって目的地がどこかがはっきりしたわけではなく、結局当てもなくふらふら歩くということになりました。

 三限、四限が終わり、宮と合流して大学を出ました。構内も壁などを注視していましたが、張り紙はありませんでした。

「とりあえず、間山のアパートまで歩いてみるか」
「そうだね」

 点と点の手掛かりしかないため、そこの間を埋めてみることにしました。思い返せば、大学から自宅のアパートまで歩くのは初めてです。たいてい往復するだけの毎日なので、どのような街並みなのか想像もつきません。

 私たチは大学の正門を出て、大通りを真っすぐ歩きました。すぐ右には昔ながらの店構えをしたラーメン屋があります。宮はたまに食べにくると言っていました。

「間山っていつもどこで食べてる?」
「アパート近くの定食屋かファミレス。あとはスーパーで総菜買って家で食べてるかな」
「健康的じゃん」

 世間話をしていると、あっという間に一駅過ぎました。まだ張り紙は見つかっていません。

「どうする。どっかで休憩する?」

 まだ大学を出て二十分しか経っていません。宮は早々に飽きたのかもしれません。私はそれを窘めるもできず、言われるがまま近くにある喫茶店に入りました。

 店内は明るいですが、ずいぶん古くからありそうです。壁紙がところどころ剥げ、店主も私の両親より年がいっているようでした。こういったかしこまったところには入り慣れていなくて、私も宮も席に座ってからもそわそわしていました。

 メニュー表を見ると、コーヒーや紅茶、サンドイッチなどありふれたものがメインでほっとしました。値段も大学生に払えそうな金額です。私は不自然ではない程度に店内を見渡します。例の張り紙はありませんでした。