「よう、間山。ちょうど暇してたとこ」

 宮がやってきました。宮も同じく時間を持て余していて学食を食べていたところだったそうです。しめたとばかりに、宮を向かいの席に座らせます。

「ちょっとさ、気になることがあって。俺の後ろに返却口あるでしょ。そこの壁に貼ってある張り紙になんて書いてあるか見える?」

「張り紙? そんなのある?」
「え?」

 私はその言葉に怯え、勢いよくふり返りました。張り紙はありませんでした。びっしょりと手のひらに汗をかきながら、私は宮へ弁解しました。

「嘘じゃないんだ、本当にあそこに。信じてよ」
「お前がつまんない嘘吐く奴じゃないって知ってるけど、この目で見ないとなんとも」

 宮の言うことはもっともです。いくら友人の間柄といえども、両手を広げて言うことをそのまま信じてくれる程近くはありません。私は先ほど撮った写真を見せました。

「これ、壁がここのと一緒でしょ。撮影時間も詳細画面見れば分かるよ」

 張り紙を凝視する宮の眉間に皺が寄りました。

「なにこれ……加工した?」
「加工なんてそんな。こういう変な張り紙なんだって」
「いや、張り紙がどうこうじゃなくて、モザイクかかってんじゃん」
「モザイク?」

 今度は私が聞き返す方でした。思いがけない言葉だったからです。画面を私の方に向け直しますが、撮った時と同じです。いえ、一つ違いました。一枚目の時と同じく、捜さないでくださいに落書きがしてありました。

「ああ、文字のところ?」

 合点がいった私に宮が首を振ります。

「違う。全体的にモザイクがかかってる」
「全体に?」

 私は画面と宮を交互に見ました。私が嘘を言っていないように、彼もふざけているとは思えません。

「つまり、俺には張り紙がはっきり見えていて、宮にはぼやけて見えているってこと?」
「まあ、そういうことかな」
「…………」

 またしてもデータに変化が起きたということです。しかも今度はデータそのものではなく、見る人間によっての変化です。ようやくここで、私は後悔し始めました。しかし、ここで止めたら余計気持ちが悪いです。

「面白いじゃん」

 宮にいたってはかなり乗り気のようでした。私は宮をこの船に乗せることにしました。

「宮、ぼやけてるって言ってたけど、何も見えない?」
「いんや、なんとなく分かる。女の子の絵が真ん中に描いてある」
「他は?」

 膝に置いていた手を閉じたり開いたりさせて返答を待ちました。宮が目を細めて画面を見つめてきます。

「ちゃんを、捜しています……かな。下の小さい文字はよく見えない」
「捜しています!?」

 思わず声を出してしまい、後ろを振り返って近くの学生に会釈をしました。その人はこちらをちらりと見遣っただけで何も言いませんでした。

「ごめん、ちょっと驚いて」

 私は深呼吸を二回しました。そうして、画面を見てみます。やはり落書きで塗りつぶされており、その下には「捜さないでください」があるはずです。

「捜してくださいって、たしかに書いてある?」
「うん。ぼんやりだけど」
「そう」

 宮が机に両手を置き、こちらに上半身を傾けて言いました。

「何、なんかまずかった?」
「まずいっていうか……まずいのかな。俺は違う風に見えているから」
「マジかよ!」

 そう言う彼は嬉しそうに笑っていました。

「どういう感じなの? 説明してよ」

 言われるがまま、私は講義でもらったプリントの裏面に張り紙を書き写しました。しっかり捜さないでくださいと書いた上からぐしゃぐしゃと線で塗りつぶしました。

「うわ、こんな感じなんだ。気持ち悪」

 眉間に皺を寄せる宮に、私は安堵しました。

「やっぱおかしいよね、これ」
「データの見え方が違うところから変でしょ。怪奇案件じゃん」
「そうだよね」

 自分ではない言葉に信ぴょう性が増します。ここにあってはいけない張り紙だったのです。

「で、どうすんの」
「どうするって、調べようかと思う」

 もともと私はそのつもりでした。だから、昨日から詳細に起きたことを書いているのです。宮はさらに笑いました。

「俺も付き合う」
「ありがとう」

 この出来事は一人では重すぎると思っていたとコろです。どう誘おうかと考えあぐねていたので、渡りに船でした。