「ねえ、あの道あるじゃん。昨日手形あったって」
「ほんと? 今日もあるかなぁ、行ってみる?」
翌日、大学の講義が午後からだったので、さっそく張り紙があったところを目指していました。すると、女子高生とすれ違った時、そんな会話が聞こえてきたのです。「あの道」やら「手形」やら、私には分からない内容でした。きっと、近所に観光スポットでもあるのでしょう。私も二年前までは高校生だったので、小さなことでもはしゃぎ、友人といろいろなところへ遊びに行ったものです。
大学生になった今でも友人と遊ぶことはありますが、高校生のそれとは色が変わった気がします。成長したような、戻りたいような、不思議な気持ちです。
そう思ったところで高校時代は戻ってきません。前を向いて歩くしかないのです。
「えーと、あそこか」
昨日と同じ脇道に入りました。しかし、そこに張り紙はありませんでした。張り紙どころか、張り紙を貼る用の看板自体ありませんでした。
「まさか、昨日の今日で撤去されたとか?」
そんな偶然、なかなかないでしょう。絶対あり得ないとは言い切れませんが、わざわざ撤去する程のものでもないのに、工事の人もいないまま半日で消えたことが不思議でなりませんでした。
「穴すら無い」
看板が刺さっていたはずの道を見下ろしてみても、木の棒が抜けた跡はありません。狐にでも化かされた気分です。ふり返って確認してみますが、たしかに昨日通った道です。
「写真……は、ある」
スマートフォンのデータはありました。それがまた奇妙です。データがあるということは張り紙はあったということで、それならばここに看板がないといけません。
「詰んだか」
これだけあっても私に探す術はなく、この出来事は終わりにしなければなりませんでした。喉に引っかかったままの私はすっかり肩を落とし、とぼとぼと駅を目指しました。まだ大学へ行くには早いですが、学食を食べて待つことにしました。
大学はアパートから二つ駅を行ったところで、学食が美味しいのが気に入っています。山が近くて都内なのに田舎みたいだけれども、自然が多くて空気が澄んでいると思います。
カレーを購入し、三百円を払って席に座ります。講義の合間であれば友人と一緒にいることが多いですが、今日は一人です。周りは大学生で溢れているのに一人きりなのが何故だかつまらなくて、スマートフォンに手を伸ばしました。
「そっか。スマホで調べればいいんだ」
思い付いた私は、検索画面で「川園真理子」と入力しました。検索の一番上にはSNSのリンクが出ました。そこをタップしましたが、どうやらそれは主婦のアカウントらしく、私の捜す人ではありませんでした。
次に行方不明者リストのリンクをタップしました。私は思わず画面に顔を近づけました。
「川園真理子ちゃん十歳、これだ」
真理子ちゃんの情報はあっけなく見つかりました。最初からこうすればよかったのです。しかし、文章を読み進めた私の表情が曇ります。
「昭和四十八年って……五十年前だよ」
何度読み返しても、昭和という文字は変わりません。もしかしたら同姓同名かもしれないと他の箇所を読んでみましたが、あの張り紙に書かれた情報と一致するものばかりでした。
そうなると、あの張り紙が五十年前に貼られたものであると認めざるを得ません。
──あり得ないけど、五十年前の看板が一瞬だけ目の前に現れたってことか。
自分でそう結論付けても、まだどこかで否定したくなります。科学的に証明できないものが襲ってくることは初めてで、それと対面すると頭がこうも動かなくなるのだと驚きました。
何故現れたのか、そして張り紙の奇妙な文面、さらに写真に撮った後の落書き。どれも説明がつきませんが、誰かに聞いたところで病院を紹介されるのがオチでしょう。
「終わり終わり」
これ以上追及のしようがなく、頭を悩ませる時間がもったいなくて無理やりこの話題を終わらせました。しかし直後、それを撤回することになります。
お盆を返却口に返したところに、例の張り紙が貼られていたのです。
「…………」
白昼夢でしょうか。それとも、私の目がおかしくなったのでしょうか。私は無言でスマートフォンを構えました。
ここに友人がいたら、腕を引っ張って無理にでも張り紙を見せたに違いありません。私以外の誰かと共有して、自分の頭はたしかなのだと認めてもらいたかったのです。しかし、残念ながら今日は一人です。
そこで、私は友人を一人呼ぶことにしました。何故一人かというと、私の頭が正常なのか自信が持てないため、呆れられる可能性を考え被害を最小限に食い止めようと思ったからです。
「一番馬鹿にしなさそうなのは、宮かな」
宮という人物は私の高校時代からの友人です。彼は軽そうな見た目とは裏腹に、人が真剣な時はからかうことをしない男です。
『今って大学? 学食棟にいるんだけど、もしいたら来ない?』
メッセージを送って二分、既読が付いたかと思ったら後ろから声がかかリました。
「ほんと? 今日もあるかなぁ、行ってみる?」
翌日、大学の講義が午後からだったので、さっそく張り紙があったところを目指していました。すると、女子高生とすれ違った時、そんな会話が聞こえてきたのです。「あの道」やら「手形」やら、私には分からない内容でした。きっと、近所に観光スポットでもあるのでしょう。私も二年前までは高校生だったので、小さなことでもはしゃぎ、友人といろいろなところへ遊びに行ったものです。
大学生になった今でも友人と遊ぶことはありますが、高校生のそれとは色が変わった気がします。成長したような、戻りたいような、不思議な気持ちです。
そう思ったところで高校時代は戻ってきません。前を向いて歩くしかないのです。
「えーと、あそこか」
昨日と同じ脇道に入りました。しかし、そこに張り紙はありませんでした。張り紙どころか、張り紙を貼る用の看板自体ありませんでした。
「まさか、昨日の今日で撤去されたとか?」
そんな偶然、なかなかないでしょう。絶対あり得ないとは言い切れませんが、わざわざ撤去する程のものでもないのに、工事の人もいないまま半日で消えたことが不思議でなりませんでした。
「穴すら無い」
看板が刺さっていたはずの道を見下ろしてみても、木の棒が抜けた跡はありません。狐にでも化かされた気分です。ふり返って確認してみますが、たしかに昨日通った道です。
「写真……は、ある」
スマートフォンのデータはありました。それがまた奇妙です。データがあるということは張り紙はあったということで、それならばここに看板がないといけません。
「詰んだか」
これだけあっても私に探す術はなく、この出来事は終わりにしなければなりませんでした。喉に引っかかったままの私はすっかり肩を落とし、とぼとぼと駅を目指しました。まだ大学へ行くには早いですが、学食を食べて待つことにしました。
大学はアパートから二つ駅を行ったところで、学食が美味しいのが気に入っています。山が近くて都内なのに田舎みたいだけれども、自然が多くて空気が澄んでいると思います。
カレーを購入し、三百円を払って席に座ります。講義の合間であれば友人と一緒にいることが多いですが、今日は一人です。周りは大学生で溢れているのに一人きりなのが何故だかつまらなくて、スマートフォンに手を伸ばしました。
「そっか。スマホで調べればいいんだ」
思い付いた私は、検索画面で「川園真理子」と入力しました。検索の一番上にはSNSのリンクが出ました。そこをタップしましたが、どうやらそれは主婦のアカウントらしく、私の捜す人ではありませんでした。
次に行方不明者リストのリンクをタップしました。私は思わず画面に顔を近づけました。
「川園真理子ちゃん十歳、これだ」
真理子ちゃんの情報はあっけなく見つかりました。最初からこうすればよかったのです。しかし、文章を読み進めた私の表情が曇ります。
「昭和四十八年って……五十年前だよ」
何度読み返しても、昭和という文字は変わりません。もしかしたら同姓同名かもしれないと他の箇所を読んでみましたが、あの張り紙に書かれた情報と一致するものばかりでした。
そうなると、あの張り紙が五十年前に貼られたものであると認めざるを得ません。
──あり得ないけど、五十年前の看板が一瞬だけ目の前に現れたってことか。
自分でそう結論付けても、まだどこかで否定したくなります。科学的に証明できないものが襲ってくることは初めてで、それと対面すると頭がこうも動かなくなるのだと驚きました。
何故現れたのか、そして張り紙の奇妙な文面、さらに写真に撮った後の落書き。どれも説明がつきませんが、誰かに聞いたところで病院を紹介されるのがオチでしょう。
「終わり終わり」
これ以上追及のしようがなく、頭を悩ませる時間がもったいなくて無理やりこの話題を終わらせました。しかし直後、それを撤回することになります。
お盆を返却口に返したところに、例の張り紙が貼られていたのです。
「…………」
白昼夢でしょうか。それとも、私の目がおかしくなったのでしょうか。私は無言でスマートフォンを構えました。
ここに友人がいたら、腕を引っ張って無理にでも張り紙を見せたに違いありません。私以外の誰かと共有して、自分の頭はたしかなのだと認めてもらいたかったのです。しかし、残念ながら今日は一人です。
そこで、私は友人を一人呼ぶことにしました。何故一人かというと、私の頭が正常なのか自信が持てないため、呆れられる可能性を考え被害を最小限に食い止めようと思ったからです。
「一番馬鹿にしなさそうなのは、宮かな」
宮という人物は私の高校時代からの友人です。彼は軽そうな見た目とは裏腹に、人が真剣な時はからかうことをしない男です。
『今って大学? 学食棟にいるんだけど、もしいたら来ない?』
メッセージを送って二分、既読が付いたかと思ったら後ろから声がかかリました。


