「やられた……」
 俺は広場の張り紙を見て呟いた。
 そこには「勇者詐欺犯」と書かれた似顔絵が名前つきで貼られている。
 俺にそっくりだ。というか、俺だ。
「あいつじゃね?」
「ほんとだ」
 俺を見てこそこそ呟く人たちに気が付き、俺は慌ててその場を離れる。
 くっそお、どうしてこうなったんだ。
 俺はなにもやってない。強いて言うなら、人を見る目がなかった、ただそれだけだ。
 いや、人を見る目のなさは俺だけの話じゃない。あいつらのせいで、俺は犯罪者として手配されてしまった。
 今日から、俺は逃亡犯として生きなければならない。



 そもそも、俺は普通の一般人だった。
 なんのスキルもないし、特別な何かを持っているわけでもない。
 なのにある日、王城に呼ばれた。
 そして国王から、魔王を倒してこいと言われた。
 なんでも俺には魔王を倒すなにかがあるらしく、高貴な占い師の占いでそう出たのだと。
 その場には占い師もいたが、高貴な占い師というよりはどこか外国の姫のように見えた。
 俺は一般人、相手は王様。断るなんてことできなくて、引き受けるしかなかった。
 幸か不幸か俺は独り者で身軽だ。すぐ準備をして、国王のよりすぐりだとい軍人たち四人をお供に討伐の旅に出た。軍資金もたっぷり渡されている。
 憂鬱だった。どうせすぐに魔族に殺されて終了だ。魔王と戦うどころの話じゃない。ふがいない勇者だとして笑われることだろう。
 そうして二日目の朝、気がついたら旅の仲間は全員いなくなっていた。
 敵に倒されたわけじゃない。宿について泊まり、朝になったらいない。
 軍人だから朝の鍛錬に出かけたなのかな、と思うが、いつまでたっても帰ってこない。
 おかしいと思って探したが、もうとっくに宿代を払って出ていったという。
 慌てて外に出たが、もうすでに姿は見えない。
 軍資金は、彼らが持っていた。
 高級な宿に毎日泊っても一年は旅ができる金額だった。
 持ち逃げされたのか。
 軍資金がなくてはどうにもならず、俺は一旦、王都に戻ることにした。
 王都に戻ると、すぐに兵士に捕まり、王様の前に引きずり出された。
「どういうことだ!」
 王様が怒鳴る。
「どう、とは」
 俺は困惑して答える。
「軍資金を持ち逃げしたくせに、よくもまあ戻ってきたものだな!」
「ええ!?」
 俺は驚いた。軍資金を持って逃げたのはあいつらなのに、俺のせいになってる。
「戻ってきた兵士の報告でわかっているぞ、とぼけるな!」
「その人達こそ犯人だよ!」
 俺は思わずそう言っていた。敬語とか使う余裕なんてない。
「ええい、捕まえろ。見せしめに死刑だ!」
「そんな!」
 俺は慌てて逃げ出した。
 こんな短絡が王様でこの国は大丈夫なのか。
 いやそんなことより、今は俺の身の安全を確保しないと。
 俺は必死で走った。
 どうしたことか、俺を捕まえようとする人たちは直前で転んだり仲間同士で足がもつれたりして俺に追いつかない。
 それでなんとか逃げだして広場についたら、もうすでに賞金首として手配されている。ちょっと早すぎやしないか。
 人のいない裏道にたどりつくと、俺はようやく立ち止まることができた。
「面白いことになってるわね」
 驚いて振り返ると、そこには少女がいた。
「あなたを捕まえるのは不可能なのに」
 彼女はくすくすと笑う。
 長い銀髪は三つ編みにして垂らされている。青い瞳がきらきらとしていて、口元は弧を描いている。衣装はエキゾチックで、この国の者ではないことは一目瞭然だった。
 俺は彼女をじっと見て、あっ! と声を上げた。
「あのときの占い師!」
「覚えてたんだ?」
 からかうように少女は言う。
「お前のせいで俺は大変なことになってるんだぞ!」
「だけど仕方ないじゃない。占いはあなたが勇者だと示したんだもの」
「へっぽこ占い師!」
「失礼ね!」
「俺に魔王が倒せるわけないのに勇者だなんて言うからだろ!」
「勇者が魔王を倒すなんて、誰が言ったの?」
 少女が言い、俺は眉を寄せた。
「お前が言ったんだろ?」
「私は勇者だって言っただけよ。勇者が魔王を倒すなんて言ってないもの」
「屁理屈こねるな!」
「勝手に決めつけたのはあの人たちで、私じゃないもの」
 生意気な様子に俺の怒りがさらに燃える。
「占い姫さま、どちらに!?」
 どこからか、人を探す声がした。
「あ、やば」
 彼女は急に焦ったように俺の手を引いて走り出す。
「なにすんだよ」
「今ちょっと逃げてるの。一緒に逃げて」
「はあ!?」
「あなたはスキル『捕まらない』があるから、絶対に捕まらないの」
「なんだよそれ!?」
「とにかく今は逃げて。私まだ結婚したくないの! あなたは勇者なんだから! 捕まりたくなかったら走って!」
 彼女に言われて、俺はとにかく一緒に走った。