陽の落ちゆく帰り道、茜色が力を失っていく空の下でルーシーと二人。学校周りのビル街を抜け、住宅街の路地を歩いている。
「まだ明るいのに、月が綺麗ですわね」
「うん、満月だね」
月を見るべく空を見上げていた僕らはぶつかって初めて、真正面の男たちに気づいた。
「ごめんなさ――」
と言いかけたところで彼らの手に持っている物が見えた。直剣、ナイフ、ナックルダスター。三者三様という言葉の通り、三人の男はそれぞれの武器で僕たち二人を素早く取り囲んだ。
「見ろよ、"禁忌"さんのお出ましだぜ!」
「横にいるのはゼブルのとこのお嬢さんか。高く売れるぞ」
「本題を忘れるな。そっちの女はあくまでついでだ。俺たちの目的は"禁忌"の確保、あるいは…」
「殺害も止むなし!」
物騒な発言のおかげでわかった。この黒いフードに身を包んでいる彼らは僕の命(とルーシーの身代金)を狙っている。それに"禁忌"?なんのことだかさっぱりわからない。加速する思考。速すぎて呼吸が追いつかずに身は動かない。僕の硬直を破ったのは彼らの暴力、
「私がおまけですってぇ!?なめたこと言ってるんじゃねぇですわよ!アホ面ども!!」
ではなく、ルーシーの先制攻撃だった。静止する間もなかった一瞬のうちの打撃に吹き飛ばされるナックルダスター男。顎を強打され宙に舞い、重力に沿って地面に叩きつけられる。武器を持っているのは彼らだけじゃない。このお嬢様も代々受け継がれてきたバールを用いて戦闘状態に入っていたのだ。…なぜ貴族がバールを受け継いでいたのかだけはさっぱりだけど。
「わたくしに合わせなさい!」
「う…うん!」
ルーシーの合図で水を呼び出し、路地全体に行き渡らせる。互いに背を向け、それぞれ正面の相手に集中。そして、"彼ら"の出番だ。
「"尊凰"!"亀壱"!"黄龍"!」
大鳥、蛇亀、東洋龍。三種の動物を順番に繰り出し、"黄龍"には倒れているMr.ナックルダスターの拘束を任せる。
「ルーシー!剣持ちは頼んだよ!」
「了解ですの!」
ルーシーには空を飛べる"尊凰"を預けておく。そして僕は大きな体により守りに定評のある"亀壱"と共に、ナイフを構えた男を相手にする。
「ほう…それがお前が"水獣"と呼ばれる所以か!」
そうだ。僕はいつしか"水獣"と呼ばれるようになっていた。僕の天稟魔法『四重波の灘』で作る水の動物は四種類。それらが東洋の伝説の生き物"瑞獣"に似ているのと、僕が水使いであることから誰かが"水獣"と呼び始めた。僕自身はこのあだ名を結構気に入ってる。
「知ってるんだ。できたら"禁忌"じゃなくて僕も知ってるそっちの名で呼んでくれると嬉しいな」
走りかかる男。接近と同時にナイフの二刀流が虚空と水亀を切り裂く。恐ろしく速い斬撃。人を傷つけるというより殺すことに慣れているのだろう、その軌道に容赦は見られない。しかし、
「まいったな、火炎放射器でも必要だったか?相性最悪じゃねぇかよ」
水の性質は物理攻撃相手には強力だ。名の知れた剣豪でも魔法を使わずして水の動物を斬り倒すことはできない。斬られる事がダメージにならず、斬られてもすぐに元通り。となると取れる手は主に2つ。魔法を使うか、あるいは、
「じゃあ本体を狙えばいいな!」
直接攻撃。単純だが有効な手だ。というか普通にヤバい。近接戦闘が苦手だからこそ能力を拡張して強くなってきたけど、ツケはいつか回ってくるものだった。ブロック塀を蹴り跳躍、亀の横を通り過ぎるとその鋭い刃は僕の首元を狙う。生まれつきの体格差、性別の差がどうしても表れる筋力差、それに鍛えてこなかったゆえの動きのぎこちなさ。防戦一方、早くルーシーの助けがほしいけどあっちはあっちで忙しい。手も足も出ぬままナイフを避けたり避けたりするうちになんとか"亀壱"を割り込ませ、距離を取る事に成功する。
「距離を取ればなんとかなると、悪くないご意見だ!」
敵のことを高く買ってくれるなんて、意外とリスペクトに満ちた襲撃者なのだろうか。しかし、手から鈍い光を放つ何かをリリースしたらしい。お褒めの言葉と同時に飛ばしてきたのは、
「はっはあーっ!ナイフ使い相手にこれを警戒しないのは愚策の極みってもんだろ!」
投げナイフ!こいつもただのバカではなかったようだ。抵抗があるとはいえ、一メートルほどの厚みしかない水でナイフの貫通を受け止めるのは不可能といえる。僅かに遅くなったナイフは軌道を変えずにまっすぐ向かってくる。
でも止められないなら止める必要はない。薄い水のドームで体を囲い、流れを作る。それに合わせて体をよじることにより、
「なっ…なんだっ!こいつナイフの向きを変えて受け流しやがった!」
場には男の驚愕とあらぬ方向に飛んで行ったナイフの金属音だけが残る。そしてナイフに貫かれても水の動物が無事なことは実証済み。
動揺する彼を無傷の"亀壱"は上からその質量で叩き潰し、ダウンさせる。これでこっちは終わり。ルーシーの方を振り返ると、剣使いが一番手強かったのかまだ戦闘を継続している。だがそろそろ終わりだろう。バールが光を放ち輝いている、それがルーシーの能力。空中から攻撃させていた"尊凰"が降下、チャンスと見て男を掴み動きを封じる。そして、
「これが高貴な者に手を出そうとした…裁きってもんですわよ!」
ルーシーのフルスイングが男の側頭部を打ち抜くと同時に、轟音と共に雷が天から突き刺さる。受けた攻撃を蓄積しそれを雷鳴として放出する。充電と放電とでも形容すべき、そんな魔法を操るルーシーは疲労こそしていても大したダメージはなかったようだ。
「楽勝でしたわね」
「"尊凰"が結構役立ったでしょ。ナイスサポートだったとは思わない?」
「…否定はしないであげますわ!」
雷を浴びて倒れたソードマンを鷹の脚で押さえつけ捕獲、ナイフ使いは亀に潰されたまま、初撃で気絶したナックルダスターさんは龍に巻き付かれた状態で今呼んだばかりの警察を待つ。初日からこれとは先が思いやられる。明日は…きっと……も…っといい日……に………
ドスッ、といった音と共に全身に鈍い痛みが浸透する。追い打ち?いや、これは…
「サーシャ?なんでぶっ倒れてんですの!?」
「もしもし爺や?今すぐ車を出してくださる?あと家で医療の準備もお願いしますわ!」
ああ、疲れて倒れたんだね。ありがとうルーシー。僕動けないから…車に乗せるまでお願いします。
「まだ明るいのに、月が綺麗ですわね」
「うん、満月だね」
月を見るべく空を見上げていた僕らはぶつかって初めて、真正面の男たちに気づいた。
「ごめんなさ――」
と言いかけたところで彼らの手に持っている物が見えた。直剣、ナイフ、ナックルダスター。三者三様という言葉の通り、三人の男はそれぞれの武器で僕たち二人を素早く取り囲んだ。
「見ろよ、"禁忌"さんのお出ましだぜ!」
「横にいるのはゼブルのとこのお嬢さんか。高く売れるぞ」
「本題を忘れるな。そっちの女はあくまでついでだ。俺たちの目的は"禁忌"の確保、あるいは…」
「殺害も止むなし!」
物騒な発言のおかげでわかった。この黒いフードに身を包んでいる彼らは僕の命(とルーシーの身代金)を狙っている。それに"禁忌"?なんのことだかさっぱりわからない。加速する思考。速すぎて呼吸が追いつかずに身は動かない。僕の硬直を破ったのは彼らの暴力、
「私がおまけですってぇ!?なめたこと言ってるんじゃねぇですわよ!アホ面ども!!」
ではなく、ルーシーの先制攻撃だった。静止する間もなかった一瞬のうちの打撃に吹き飛ばされるナックルダスター男。顎を強打され宙に舞い、重力に沿って地面に叩きつけられる。武器を持っているのは彼らだけじゃない。このお嬢様も代々受け継がれてきたバールを用いて戦闘状態に入っていたのだ。…なぜ貴族がバールを受け継いでいたのかだけはさっぱりだけど。
「わたくしに合わせなさい!」
「う…うん!」
ルーシーの合図で水を呼び出し、路地全体に行き渡らせる。互いに背を向け、それぞれ正面の相手に集中。そして、"彼ら"の出番だ。
「"尊凰"!"亀壱"!"黄龍"!」
大鳥、蛇亀、東洋龍。三種の動物を順番に繰り出し、"黄龍"には倒れているMr.ナックルダスターの拘束を任せる。
「ルーシー!剣持ちは頼んだよ!」
「了解ですの!」
ルーシーには空を飛べる"尊凰"を預けておく。そして僕は大きな体により守りに定評のある"亀壱"と共に、ナイフを構えた男を相手にする。
「ほう…それがお前が"水獣"と呼ばれる所以か!」
そうだ。僕はいつしか"水獣"と呼ばれるようになっていた。僕の天稟魔法『四重波の灘』で作る水の動物は四種類。それらが東洋の伝説の生き物"瑞獣"に似ているのと、僕が水使いであることから誰かが"水獣"と呼び始めた。僕自身はこのあだ名を結構気に入ってる。
「知ってるんだ。できたら"禁忌"じゃなくて僕も知ってるそっちの名で呼んでくれると嬉しいな」
走りかかる男。接近と同時にナイフの二刀流が虚空と水亀を切り裂く。恐ろしく速い斬撃。人を傷つけるというより殺すことに慣れているのだろう、その軌道に容赦は見られない。しかし、
「まいったな、火炎放射器でも必要だったか?相性最悪じゃねぇかよ」
水の性質は物理攻撃相手には強力だ。名の知れた剣豪でも魔法を使わずして水の動物を斬り倒すことはできない。斬られる事がダメージにならず、斬られてもすぐに元通り。となると取れる手は主に2つ。魔法を使うか、あるいは、
「じゃあ本体を狙えばいいな!」
直接攻撃。単純だが有効な手だ。というか普通にヤバい。近接戦闘が苦手だからこそ能力を拡張して強くなってきたけど、ツケはいつか回ってくるものだった。ブロック塀を蹴り跳躍、亀の横を通り過ぎるとその鋭い刃は僕の首元を狙う。生まれつきの体格差、性別の差がどうしても表れる筋力差、それに鍛えてこなかったゆえの動きのぎこちなさ。防戦一方、早くルーシーの助けがほしいけどあっちはあっちで忙しい。手も足も出ぬままナイフを避けたり避けたりするうちになんとか"亀壱"を割り込ませ、距離を取る事に成功する。
「距離を取ればなんとかなると、悪くないご意見だ!」
敵のことを高く買ってくれるなんて、意外とリスペクトに満ちた襲撃者なのだろうか。しかし、手から鈍い光を放つ何かをリリースしたらしい。お褒めの言葉と同時に飛ばしてきたのは、
「はっはあーっ!ナイフ使い相手にこれを警戒しないのは愚策の極みってもんだろ!」
投げナイフ!こいつもただのバカではなかったようだ。抵抗があるとはいえ、一メートルほどの厚みしかない水でナイフの貫通を受け止めるのは不可能といえる。僅かに遅くなったナイフは軌道を変えずにまっすぐ向かってくる。
でも止められないなら止める必要はない。薄い水のドームで体を囲い、流れを作る。それに合わせて体をよじることにより、
「なっ…なんだっ!こいつナイフの向きを変えて受け流しやがった!」
場には男の驚愕とあらぬ方向に飛んで行ったナイフの金属音だけが残る。そしてナイフに貫かれても水の動物が無事なことは実証済み。
動揺する彼を無傷の"亀壱"は上からその質量で叩き潰し、ダウンさせる。これでこっちは終わり。ルーシーの方を振り返ると、剣使いが一番手強かったのかまだ戦闘を継続している。だがそろそろ終わりだろう。バールが光を放ち輝いている、それがルーシーの能力。空中から攻撃させていた"尊凰"が降下、チャンスと見て男を掴み動きを封じる。そして、
「これが高貴な者に手を出そうとした…裁きってもんですわよ!」
ルーシーのフルスイングが男の側頭部を打ち抜くと同時に、轟音と共に雷が天から突き刺さる。受けた攻撃を蓄積しそれを雷鳴として放出する。充電と放電とでも形容すべき、そんな魔法を操るルーシーは疲労こそしていても大したダメージはなかったようだ。
「楽勝でしたわね」
「"尊凰"が結構役立ったでしょ。ナイスサポートだったとは思わない?」
「…否定はしないであげますわ!」
雷を浴びて倒れたソードマンを鷹の脚で押さえつけ捕獲、ナイフ使いは亀に潰されたまま、初撃で気絶したナックルダスターさんは龍に巻き付かれた状態で今呼んだばかりの警察を待つ。初日からこれとは先が思いやられる。明日は…きっと……も…っといい日……に………
ドスッ、といった音と共に全身に鈍い痛みが浸透する。追い打ち?いや、これは…
「サーシャ?なんでぶっ倒れてんですの!?」
「もしもし爺や?今すぐ車を出してくださる?あと家で医療の準備もお願いしますわ!」
ああ、疲れて倒れたんだね。ありがとうルーシー。僕動けないから…車に乗せるまでお願いします。
