バイト終わりのユーリと遭遇し、夜の街を練り歩く。
「ユーリっていつもはどこにいるの?他のみんなのこともそんなには知らないけどさ」
まだ初対面から1、2ヶ月ぐらいだろうから仕方ないよね。僕自身もまだ家を紹介したのはマリー相手ぐらいだ。ガイアは……家伝える前に病院送りだしユーリとはそんなに話してなかったからね。
「別にそんな面白いことはしてない。バイト以外じゃだいたいずっと家にいるんだ」
「いいじゃんよ。僕もインドア派だしね」
「インドア派とはまた違うんだ……」
じゃあ何してんだろう。もしかして在宅ワークでもしてるのかな。
考えることは放棄して、ユーリとどこに行こうか考えてみる。ゲーセン?前にマリーと一緒に行ったけど、引き出しがそこしかないと思われるのは見下される感があってやだ。仕方ない、あの場所に行くことにしよう。
「おい、どこに連れていくつもりだ」
「まだ秘密!」
そうか、ユーリもこの春からルスラシアに来たのかも。じゃあこの一本道がどこに続いてるかなんて知らないよね。中心街を離れて先に進んでいく。
「はい到着」
目の前に広がるのは一面の森。ユーリも薄々わかってただろう。街の灯りが遠くに見えて、街路樹が増えて自分たちを囲む。
「お前……知ってたんだな。ウグピナツの風習を……」
「"肝試し"する気だな?」
「まあね。一応ルスラシアにもそれっぽいのはあるけど森ではあんまやったことないかも。知ってるユーリならいい実況してくれるかなって」
そう、この森を2人で歩くのだ。夜の間、街外れには月の光しか照らすものはない。しかもその僅かな光も森の木々が隠してしまう。つまり、森の中は真っ暗闇。怖いよね。超怖いよね。
「それじゃしゅっぱーつ!目指すはここを抜けた先にある宝玉だよ」
「宝玉?あるのかそんなの」
あるんだよ。宝玉。子供の頃ルーシーと一緒に隠したタイムカプセルじみたもの。その隣に僕は勝手に何かを埋めたんだ。何を埋めたかまでは忘れちゃったけど、丸いものだったはずだからとりあえず宝玉。まあしょうがない。それを探る、ってのもこの肝試しの目的だ。
薄暗いじゃすまない森林を進むことおよそ300メートル、僕はあることに気づいてしまった。
「なあ、なんもないな」
「うん………………」
予想以上になにもない。心霊も怪異も、現代社会がそれらを全て否定してしまったせいでいなくなってしまったのかなにも変なことは起こらない。幽霊に顔を触られることも、足を引かれることもないんだ。もちろん、殺されることだって今ではない。
「こうなるんだったらなにか仕掛けとけばよかったかな……」
「ちょっと待て、一応幽霊の存在自体は信じてるのか」
「えっ、いないの?」
「ウグピナツでもな、一応いない前提でこんにゃく仕掛けたりとかしてるんだよ……時と場合にもよるけど」
なるほど、ウグピナツこそもっと霊とかいそうって思ったけどいないもんなんだ。この分じゃ噂に聞く妖怪もウグピナツにさえいないのかな。狐火が見られるはずもなく、ここに来て見た光はせいぜい暗闇に目が慣れるまで付けてたスマホのライトぐらい。最後に見た光が人工のまま終わるのはなんか悲しいな。
すると、次第に空気が冷えてきた。……次第に?いや、割と一気に。暑さを誤魔化すよりも鋭く刺さり、エアコンの22℃が直風で当たるぐらいには寒い。
「なんか……さっきから寒くない?」
「ああ……もしかして……」
「雪女でも出張してきたのかもしれないな……」
雪女、聞いたことがある。大抵美形だと。ウグピナツ原産かは知らないけどゲームかなんかで見たことある気はする。だが、雪女を疑うよりも、まずは隣のやつを疑うべきだろう。なにせ、氷の能力者なのだから。
「ちょっと待ってユーリ、まさかセルフで心霊現象を演出し始めたわけじゃないでしょ?雪女ってワードを先に出したのもそっちだし」
「いや、もちろん俺はやってない……そんな器用なことができると思ってるなら買い被りすぎだぞ」
よく言うよ。僕を抱き上げてる敵だけ凍らせて僕だけ凍らせないって面倒で難しいはずなのに。そんなことできた人間が言っても説得力がない。まあ、主催者(ぼく)に代わって雰囲気作りをしてくれてると思えばいいんだけどさ。
空気が冷えてから10分ぐらいは歩いただろうか、次の異変がやってきた。
「ごめん、疑って悪かったよユーリ」
「いや、それはいい。この暑ささえなければな……」
突然の温暖化。さっきまで凍える冷たさだった森はいつの間にか夏の日差しよりも暑い空間へと突如変わってしまったんだ。この高温は氷使いのユーリの仕業ではないだろう。天稟魔法が複数の属性を操る魔法って可能性もあるけど、10年に1人レベルの天才しかそんなことできるのはいない。つまり、僕たちは本格的に森の怪異に狙われてしまったのかもしれない。
「とにかくこのままだと寒暖差で風邪ひきそうだよ……」
「風邪より先に死ぬだろ……しょうがない、俺が冷やしてやる」
ユーリが冷気を身に纏わせると、僕も包んで冷やしてくれる。暖気と寒気の調和が取れ、いちばん快適な気温になっている。ありがとうユーリと思うと共に、やっぱり器用なことできるじゃんと思ってしまう。

しばらく歩いても景色は変わらない。深い森の中だからそりゃそうだろ、って普段なら思ってるけどそれを考えたとしても違和感がある。薄くだけど霧が立ち込めている。これのせいかも。人間の方向感覚は思いのほか頼りないと聞いたことがある。目を閉じたまままっすぐ歩ける人が少ないように、ウルトラ限られた視界で前に進む道を選び続けられるかも怪しい。つまりそういうことだ。

「暑さが増してきたな……氷の出力を上げた方がいいか?」
「うん。人前なのに全部脱ぎたくなってきたぐらいには暑いね。それにユーリ。ここ……さっき来たところだよ」
さっき来た場所に戻ってきた。木に切り傷をつけて目印にしたおかげでそれがわかった。つまり、僕たちはどこかでループして一周したことになる。
「なんか怖いんだけど……やっぱマジで怪異かなこれ」
「かもな……」
夜空を雲が覆ったのか、ぼんやりした月明かりすら見えなくなるほど暗くなる。もうユーリの顔すら薄暗くはっきり見えなくなるような闇の中で、夜闇より黒いフードの男が姿を現す。

「ユーリ・タッカーさん。それに、サーシャ・デュアペルさんですね。ご無沙汰しております」
「礼儀正しいな。フルネームで呼ばれたのは久しぶりだぞ」
「たしかに名前はあってるけどそっちは?」
「申し遅れました。ボクは"嘆きの残党"所属、リョウ・ブライアントと申します」
またこの組織か。しつこいな。闇に紛れる黒フードを外すと、わずかな光を反射する金髪に赤い目。そして、牙のようにも見えなくもない尖った歯。近代的な服装を除けばまるで吸血鬼のような風貌の男だ。フード付きパーカーとジーパンに高貴な印象はない。

「ここまでやったのはお前だろう?」
「はい、ボクがやりました。伝承の具現化。それがボクの天稟魔法です。ここまでお楽しみいただけましたか?」
「まあまあ楽しかったよ。でもタネ明かししちゃうのはエンターテイナーとしてはよくなくない?」
「確かにそうですね。せめて推理タイムは設けるべきでしたか。では、お付き合いいただいたことに敬意を表して倒して差し上げましょう」
こんなとこでも戦わなきゃいけないなんて。まあいいか、やるしかないならやるしかない。
「ユーリ、どうする?」
「倒すしかないだろう、やるぞ」
2対1ならなんとかなる、そう思えていたのも一瞬だけだった。
牛、蜥蜴、蛇、そして石像。目の前に動物が4匹現れると、そのうち1匹がユーリにタックルをぶちかまし連れ去っていった。
「ミノタウロス、サラマンダー、ナーガです。ユーリさんを吹き飛ばしたのはゴーレムですね」
「僕と似たこともできるんだね、しかも動物を複数使えるなんて……」
「ボクの能力は幻想の力を引き出すだけじゃない。それそのものを呼び出すことだってできるんです」
上半身が人間の牛も、いかにも炎を吐きそうな蜥蜴も、八頭の蛇も現実にはいない。幻想の存在を召喚する能力、ならこちらも呼び出してやろう。
「"亀壱(きいち)"、"尊凰(そんおう)"、"西虎(せいこ)"、"黄龍(きりゅう)"」
亀、鳥、虎、龍。こっちはフィクションっぽいのは龍しかいないからファンタジー対決じゃ今んとこ負けだな。
「サーシャさんは4体出せるんですね。ならこちらももう1匹……」
地面を突き破り、地下から煙を上げながら新たな幻獣が呼び出される。追加で現れたのは、八つの首を持つ龍、いわゆる"八岐大蛇(やまたのおろち)"だ。……ナーガとキャラ被ってない?
「では、よろしくお願いします」
「いけっ!みんな!!」
サラマンダー相手には分厚い身体で炎を止められるだろう"亀壱"、破壊力の高そうなミノタウロスには高速で移動し戦う攻撃型の"西虎"、八岐大蛇には同じ東洋イメージの"黄龍"、ナーガは神獣クラスと聞いているのでこちらの最高戦力"尊凰"を向けて対処する。僕の動物の手札はこれで尽きてしまったから、相手の次の幻獣によって対策を変えるしかない。近距離戦が不利なら離れた場所から水を撃ちまくるし、遠距離が厄介なら身を守りながら近接で水を利用した格闘戦に持ち込めばいい。しかし、僕の予想は裏切られた。ジャリッと砂利の音が聞こえた時にはやつは走り込み、僕の顔に本人自ら直接打撃を叩き込もうとしていた。
「なにっ」
轟音を立てながら目の前にいきなり迫る拳は、なんとか後退しながらの回避が成功した。僕が動画サイトでバク転を習得していなければ確実に一撃もらっていた。下手すりゃこの一発で死んでたかも。
「殴り合い?またこのパターンか!」
「また?あなたと会いそうな人で言うと……リズあたりですか」
「そうですね。ボクも距離を取った戦いよりインファイトのが好きなんです。遠距離戦闘ができないと勘違いしてほしくはないですがね」
そう返されたらしょうがない、足元の小石を拾って目配せする。リョウも意図を理解してくれたようで、構えたまま待機。二人でうなずいたあと小石を高く投げ、3秒待つ。
そして石が地面に落ち跳ね返ると同時に、同時に前へと駆け出した。殺試合(ころしあい)開始の合図だ。