「雷は痛いし……なぜかガードもできなかったけど……俺を見くびってもらっちゃ困るんだなァッ」
その男は高電圧の火傷を負うも立ち上がり、戦闘態勢を整えきっている。能力を一方的に打ち消されて負けたから精神的な動揺も大きいはずだ。なのになぜ立ってられる?
「俺は防御と回避に命懸けてるんだァ。クリーンヒットはギリ避けたし食らってもまだ闘れるぐらいにはタフなんだよねェ」
「もちろんメンタルも超強いィ。じゃなきゃストレスかかるこの役職はやってられないよォ」
面倒だ。それはルーシーも感じていたようで、意志はあってもやる気のない迎撃体勢をとる。
その一瞬のち、ルーシーは見ることになった。雷の効かないルーシー本人を貫通して、僕の胴に雷の槍が突き刺さっていたのを。
「サー……」
僕へのダメージに気づいたルーシーが振り返る。しかし、そこに今度は本人が奇襲をかけ、神速の飛び膝蹴りがルーシーの横っ腹を直撃。

肋骨(あばらぼね)の折れる音が響く。その直後に銀髪を引きずりながら後方に地面を擦りながら滑る摩擦音が。
「スピードが出るってことは脚が強いってことなんだァ。そりゃ蹴りも強くなるよなァ」
「あんたたち奥の手を隠すのが好きですわねほんと……けほっ。この話2回目ですわよ」
「俺は1回目なんだなァ」
治りきっていない傷口からまた血を流すルーシー。チャンスと見てか、マウンテン・リズは超高速の追撃を続けざまに放っていく。
シュッ、という音はやつの拳が空振った音。カァン、という音はルーシーが打撃をバールで受け流す音。そしてドスッ、という音は……リズが隠し持っていた刃物が傷口に突き刺さる音。
「あぐっ」
「攻撃力が高いに越したことはないけど補いやすいから問題ないんだァ。ナイフって便利だろォ?」
打撃が高速ならナイフもまた超高速だ。目で負えないほどの高速抜き差しで、ルーシーの大量出血が見えている。
見かねて僕は助けに走り出す。大切な妹を、僕を助けてくれた恩人を助けると力を込め立ち上がり地面を蹴り、リズの背後から拳をぶつけようとする。だがリズはそれを見切っていた。鋭い一撃が胴を捉え、そのまま突き抜けようとする。
「ガキの浅知恵なんてお見通しなんだァッ」
しかし、裏拳は宙を、いや、水を切ってダメージにはならない。出血もしていない。そして、先程の雷のダメージもない。パシャッ、と水の散る音と容易く抉られる胴を認識して、やっとわかったようだ。
ルーシーの後ろから、ゆっくり登場してやろう。
「貴様ァ……やってくれたなァ……」
「お見事。僕に気づいていただけたようで嬉しいよ」
姿を現した僕を見て、彼は怒りを(ルーシーは驚きを)隠せていない。今現れた僕はジャケットを抜いだ下のシャツを表に出していて、やつが吹き飛ばした"僕"は、ジャケットだけ着ていて、その下には何も着ていなかった。その内側の姿を言い表すなら"水の分身"、そう表現するのがいちばん正しい技術だ。
「両方ぶっ倒しゃあいいだけなんだァ。潰したるよォッ」
「やってみなよ!今度の挑戦者(チャレンジャー)はそっち側ね!」
"西虎(せいこ)"や"尊凰(そんおう)"を生み出すのと同じ要領で自分の体を模した水の塊を作り出す。もちろん僕と同じように動けるし、"亀壱(きいち)"とかを呼び出すのはともかく、水鉄砲の真似事ぐらいなら自分を形づくる水を消費することで可能。
なにより、いちばん大きいのはやはり"黄龍(きりゅう)"たち同様、僕と独立して行動できるのが大きい。服の再現は難易度が高くてできないけど、そこさえカバーすれば見分けのつきにくい2人以上の僕が同時に襲ってくるわけだ。撹乱にはもってこいってもんよ。
「ちいっ!どっちが正解なんだァ!?」
「教えないよ!」
左右から挟み込む突撃。押し潰すように飛びかかるふたつの拳に対して彼が出した答えは、全身から電気を放つ範囲攻撃。二人の僕は雷撃のもとに消し飛んだ。
「2択を選べと言われたら両方取ればよかったんだなァ。やっぱガキには負けるわけにいいんのよォ」
「2択…?3択問題だよ」
リズの背後から急襲。実は僕が本体で、さっきまでの2人は両方とも分身だったんだよ。リズがそれに気づいたのは雷で襲撃した2人が消滅した瞬間ではなく、背中から僕の飛び蹴りが命中した時だ。
インナーだけの僕を目にして、驚くも冷静に推理する。
「おまっ……なんで3人いるんだァッ!?まさか……」
「そうだよ。別に1人増やすのが限界なんてことないからね」
「それとこっちももう対策考えたから。そっちの言う通り殴り合いでいこうよ」
「なめるなァッ」
正面を向き合った状態からまた向こうが先行して突進、拳を突き出す。軽いものの、力強く振るわれた打撃のラッシュが僕を襲う。しかし当たらない。当たった感触がまるでない。それは向こうもわかっているだろう。
そう、僕は全ての打撃を体に薄く纏わせた水で受け流している。前にウード相手にやったやつだ。点で受けるナイフだと不安だったが、面で受ける打撃なら安定して受け流せるから安心。つるりという音もなく、拳は全て僕に届かない。
「ぐっ!滑らせやがってェ!」

「さっきから思ってたけどさ、怒ると冷静に判断できなくなるタイプだよね。魔法使えばいいんじゃないの?」
「…………!」
気づいたようだね。でも、真意には気づいていない。
「どうする?使われたら感電を防ぐために僕は水の防御解かなきゃいけないよ?」
「こんのぉぉぉぉっっ……ガキめぇっ!!乗ってやるよぉぉぉっ」
「しゃらあっ!!」
キャラ付けが崩れるほどの怒りに燃え僕に全力の一撃を届けようとするリズ。超高電圧の打撃は重心を前に寄せすぎたこともあり、僕の右側に倒れ込む形で狙いを逸らされる。僕は水の守りを解いていない。そう、"純水は電気を通さない"という教えだ。僕は安全なまま、一方的に最強の打撃をいなしてみせる。
「この話下でもしたんだよ。もしかして組織の幹部やるには足りないんじゃない?知識量!」
反撃の拳が顔面、正中線上にクリーンヒット。彼の打撃以上の速度で壁に吹き飛ばす。
「化学の授業は真面目に受けなよっ!!」
「お……俺は文系だったんだあっ……」
なるほど、そういうことだったのか。いや微妙に成り立ってない話な気はするけど。そんなことより最期の言葉、それでいいのか。文系宣言を残してリズは倒れ込み、敗北した。

危険は払った。安全確保のためにマウンテンは紐とロープとガムテープでぐるぐる巻きにして、重しに瓦礫を乗っけることで安心して動けるね。部屋の中を漁り、紙からモニターまであらゆる物を探し尽くす。
「なんか手がかりはないかな……」
「パソコンですわ。上層部とはこれで連絡してたのでしょうね」
割と新しいパソコンが1台。そこそこ金あったんだろう、うらやましいね。次パソコン買うときは最低でもこのぐらいの性能はないと、オンラインゲームで上位にはなれないと思うぐらいの高性能だ。パソコンを起動すると、パスワード4桁を要求される。
「どうしますの?」
「まあ適当にこれでいいでしょ」
1111、っと。この直後、僕はマウンテン・リズを拘束したあと話を聞かなかったことを大変後悔することになる。
「暗証番号認証……不可。指紋認証……不可。虹彩認証……不可。自爆シーケンスを開始します。3、2、1……」
……………………。
「やっちゃったね」
「やっちゃいましたわね。で済むわけないですわ!!」
激しい震動とともに爆炎が建物を包み、元からボロボロだったせいで綺麗に床と壁が崩落する。建物には安全管理のため、自爆機構がついていたんだ。炎の直撃は僕の能力で守って、なんとか2人とも無事だった。だが、この落下に耐える術はあるのだろうか?
地面に落ちる恐怖で僕は気を失い、叩きつけられるような感覚に襲われ動けなくなる。
しばらくするとなんとか目だけ開くようになり、周囲を見回してみる。火の海に瓦礫の山。地獄のような惨状の中また震えを感じると、僕と僕を抱きしめたまま倒れているルーシーを真下からの、再びの火柱が貫いた。