ウードから少しだけ道を教えてもらうと、次に探すべきはボスの部屋だ(ウードとジョンもしたっぱofしたっぱだから詳細は知らないらしい)。どうやら彼は前のファーガソンの記憶が言っていたように下っ端で、命令のためにこの地に集められても組織や建物の詳細な構造は教えてもらっていないらしい。
「とりあえずボスがいないか探そう。上層部と繋がってるようなやつ。ここにいないかな」
「たしかにボスみたいなのがいれば情報も持ってるかもしれませんわね。けど探す方法に心当たりはありますの?」
「手当り次第ってのもいいけど効率悪いんだよね。でもゲームの定石だと……」
「最上階だ」
幼き日の記憶に従い、上の階を目指すことにする。階段を次々上がり七階、ここがこのビルの最上階だ。階段の先、一本道の先の廊下の左右にドアがひとつずつだけある。なんか変な構造だな。このビルボロボロだから使えない部屋のドアをなくしたりでもしたんだろうか。

「どうする?」
「開けて確認することありませんわ。"黄龍"のビームでドアごとぶち抜きなさい」
二人分の幅しかない、コンクリまんまの廊下いっぱいに水の龍を召喚すると、左側のドアに向けてチャージ、最大火力(水力?)のビームを放つ。
「ちょっ……です!?これなんです!?水です!!ぐあああああああああああ……Death……」

この声、この喋り方。当のファーガソンだったのか。ハズレだね。……こんなあっさり片付くならあの時"黄龍"出しとけばエーヴィヒがいなくても余裕で勝てたのかな?本はびちょ濡れだけどね。

ハズレの方には目もくれず、もう一方に視線を向けると音を聞いたのかドアは開いていて中のボスが迎えに来てくれたようだ。
「厄介なお客様なんだなァ。丁重にもてなすんだなァ」
目の前に現れたのは細身の男。いつもの嘆きの残党と同じく、黒いフードを着ていたがそれをすぐさま脱ぎ捨て上裸になってしまった。そして見えた体は細身で霞のように軽そうだった。ジョンも比較的痩せ型だったが、こいつはそれを更に極端にした骨に皮がくっついているようにも見えなくもないスタイルをしている。ボスというよりは色物だな。

「誰ですの?」
「分かってるだろうォ?俺はここのボスなんだァ」
「名は"貴族(ロード)"マウンテンことマウンテン・リズ」
「ロード?こいつも貴族なの?」
ゼブル、シトロン、ガルシア、それにローゼンベルク。貴族といえばここら辺ってイメージだけど"リズ"のイメージはない。というか名前さえ知らなかった。
「ローゼンベルク以上に弱くて三大貴族(ごさんけ)入りもできなかった雑魚ですわ。いえ、本来なら堕ちた元・名家であっても雑魚と言うつもりはないんですが……」
「リズの所業はおわかりでしょう?愚弄されて然るべきですわ」
そんなに酷いことをやってたのか?目の前の男の先祖が?
「酷いなァ。"弱者を救うフリをして本当は弱者を巣食ってた"なんて古びた言葉を使うのかいィ?」
「こっちが差し出した見返りに出すもん出してもらってただけなんだから悪く思わないでもらいたいよォ」
リズの悪業?気になるが今はそれどころじゃないな。何よりそいつから聞きたいのはそれじゃない。この話が本題じゃないということは向こうも思っていたようで、
「雑談がすぎたなァ。俺の名前から発展した話題はここで終わりにするんだァ」
「ここまで来たことは褒めてやるよォ。でもここからが大事なんだなァ」
「お前らは生かして帰さないィ。きっちり焦がしてからブロック肉に切り分けてお届けしてやるんだァ」
宣戦布告。殺害を宣告してくれたよ。戦闘が始まるんだ。
「ルーシーは治すのに集中して。治りきってないんでしょ?」
「よくわかりましたわね」
「わかるよ。ルーシーが僕のことを知ってるみたいに、僕もルーシーのことを知ってるんだから」

「さーて、ルーシーの出る幕もなく片付けちゃおうかな!」
ゴングなし、ヨーイドンで始まらない正面戦闘。どちらが先に出るかで有利不利も決まるが、そのための先鋒だ。最初は"亀壱"で様子見しようと思っていた矢先、雷のような速さでエリート黒フードは目の前にいた。
「ふんっ」
強い踏み込みで前進してからの右のストレート。突進もパンチも高速で避けるのはとても間に合わない。元より僕の身体能力じゃどの道受けるしかなかっただろうが、拳を右腕の芯でがっちり止めてみせる。
だいぶ痛い。でも体格差を考えればダメージは相当小さい。細身とはいえ180センチありそうな成人男性と144センチの女子高生ではそれでも筋肉量の差は大きい、はずなのにだ。つまりこの男、一発一発は軽いから流し続ければこちらにもかなり勝ち目はあるぞ……と思ったところでトラブル発生。
うまく体が動かせない。指先から手が震えて、右腕が痺れて勝手に動き、ガードさせてもらえないまま顔面に追撃を叩き込まれる。打撃が身体中に響いたのか?いや、そんな漫画みたいな攻撃があってたまるか。毒か振動系の能力か、魔法絡みの現象なのは間違いないはず。
「お前の能力は厄介だから使われる前に潰すんだァ。悪く思わないでもらおうかァ」
追加で左腕が動かせなくなると、ノーガードの顔と胴にラッシュを叩き込む。トストストストスと軽い音が続くが、確実にダメージを受けている。避けようにももう脚すら動かなくなって直立を強いられているし、そもそもさっきの謎の移動スピードを見るときっとダメだったろう。痛みが痛みを強くして、食らうたびにどんどん鈍く重くなっていく。吐きそうと思った次の打撃で口からは元・たこ焼きを液体ごと吐き出し、次第に赤色が混じっていった。
「ゔえっ!!げほっ!!」

そんな中、ルーシーは何かを解き明かしたようで。
「サーシャ!そいつ雷使いですわ!」
雷?なるほど、手が痺れたのはそういうことだったのか。感覚じゃなくてガチで痺れてたってことか。じゃああの高速移動も能力のひとつなのだろうか?
「わたくしに代わりなさい。確実に勝てますわ」

そうは言われても体が動かない。でも、チャンスはあった。この軽い打撃でとどめを刺せないというのは向こうにもわかっているはず。だから絶対、大きな隙はできる。
「最悪お前倒せれば俺ら的にはミッションコンプリートなんだァ。だからこれで俺の繁忙期も……お前の人生もおしまいだァッ」
おおきく振りかぶって、手に強力な稲妻を込め、狙うは心臓。心停止か心臓の破壊を狙った全力の一撃。そこでやっと指先が動くようになり、能力も動くことがわかった。おかげで直前で緊急回避ができた。
「こそばゆいんだよっ!」
全身から水を放ち、ヤツをビビらせる。その間に地面に敷いた水でスライディングし、後方に避難だ。水自体を後方に動かし僕ごと引き寄せる、海での経験が役に立ったよ。ルーシーの隣に着いたところでバトンタッチ。物理的に交わすのは久々かもね。

「あとは任せたよ」
「任されましたわ」

パンッ、の音で選手交代。代打は四番、ルーシー・ゼブル。雷キャラ同士の対決、バールを持ったスラッガー相手に徒手空拳のリズ。
「交代したとこで順番が変わっただけなんだァ。末路は変わらないよォ」
またも音速のジャブが飛んでくる。瞬きより速い初撃に反応するのはルーシーでも厳しいようで、みぞおちに一撃をぶち込まれる。
「この程度ですの?スピード特化で筋肉をつけてないのか打撃が軽いですわよ」
まるで効いていない。顔色ひとつ変えないし、痛みにうめくこともない。たしかに僕が同年代に比べてフィジカル弱き者なのはあるにしても、ルーシーと僕の筋肉量の差はそう大きくないはず。それに、治したといってもまだルーシーはその部位を怪我しているはずだ。それなのに有効打にならないということは、よっぽど攻撃が軽いんだ。
「それがどうしたんだァ?顔面にぶち込めば済む話なんだァッ」

「ほーら軽いパンチだから止められるんです……わっ!!」
なんと右腕1本だけ。右の掌でルーシーはその拳を止め、握り潰そうとしていた。
「ちょ……ちょっと待てよォ!なんで電気効いてないんだよォ!なんで痺れないんだよォ!」
「わたくしが雷使いということをお忘れで?」
「バカ言うなァ!俺は雷の撃ち合いで負けたことなんてねぇんだァ!」
確かにそうだ。
「相手が悪かったですわね。わたくしは"ゼブル"ですわよ」
「"神雷(しんらい)"の権威を思い知るがいいですわっ!!」
この戦闘ではほぼノーダメ、そのため出力はそこまで上がっていない。しかし人をガードの上から吹き飛ばすには十分な威力の雷撃がルーシーの左ストレートと共にマウンテンの顔面に直撃する。バールは使わないのか……

「やったねルーシー!」
「やりましたわサーシャ!」
再びのハイタッチ。でもルーシーには戦闘の余韻が残っていたせいでめちゃくちゃ強く、速く僕の手のひらを殴打する。とっても痛い。
「あだだだだだっ!!まだ痺れてるからっ!!微妙にっ」
「あっ!すまんですわ!」
やっぱこいつエアプ貴族じゃねぇかな。ですわくっつけたらお嬢様ってわけじゃないんだよ。

「それよりもさ、なんでルーシーはあいつの雷に勝ったの?ルーシーでも最大チャージの反撃じゃなきゃダメでしょ?」
「最大チャージって……ゲームみたいな言い方ですわね。」
確かに。でもルーシーも
「わたくしの天稟魔法……"飛電(ひでん)"は"祝福"を受けておりますの」
「"神雷"の"祝福"は強弱に関わらず自分以外の雷を打ち消した上で攻撃できるようにする……つまり雷使い相手だとわたくしのワンサイドゲームですの」
"祝福"……ルーシーもそうだったんだ。というか、生きてる人で"祝福"持ってる人は今んとこルーシーしか知らないな。マリーから聞いた分しか知らないけど、過去の人にはテレスとかいたらしいけども。
「言ってくれたらよかったのに……秘密にされてたなんてなんか悲しいよ僕?」
「能力の詳細を明かすのはリスキーですわ。サーシャのことを信頼してないわけじゃないですけど、ルミナみたいに記憶を読み取れる能力者が現れた時のリスク低減のためですの」
「まあ理由があるなら仕方ないね。実際僕も色々覗かれたし……」
情報戦は現代でも大切、というか現代だからもっと大切だ。能力を隠匿しておけばそういった能力で情報を抜き出すことも有利に進む。中にはわざと能力にウソを混ぜて説明して相手を混乱させるやつもいるけど、それができるのはごくわずかだから隠し通すのがセオリーになっている。ルーシーの弁明には納得だ。

すると突如部屋中に雷電が迸り、(ルーシーはガードできたが)僕はまた全身を痺れさせられる。やつはまだ生きていた。再び立ち上がり稲妻のグローブを身につけたのは、マウンテン・リズだった。
「……他人のことを見くびらないでほしいんだなァ」