「僕はサーシャ・デュアペル。趣味は漫画…いや、読書だよ。好きな食べ物はラーメンで、最近は屋台を巡り歩いたりもしてるんだ。」

明日が高校の入学式、それに新クラスでの自己紹介だ。何度も台本を書き直しては発音し、聴衆の反応のシミュレーションを脳内で繰り広げている。場合によってはそれで1年間の関わりが決まってしまうからもうちょっと練った方がいいのだろう。

趣味は漫画を読むこと。しかし漫画というのは受けが悪いのだろうか?いや、今は漫画もみんな読んでるし週間連載のあの漫画は発行部数1千万部を超えたという。じゃあ一定以上の人気のある趣味ってことでいいはず。よし、じゃあここはやっぱり漫画にしよう。作品は…これはみんな知ってるやつの方がいいよね。共通の話題にもなるはず。盛り上がって友達を作るんだ。

それ以外にもなにか紹介した方がいいことは?…魔法かな。殺し合う相手ならともかく、クラスには自分の天稟魔法(てんぴんまほう)を伝える人が大半だ。似た能力や相性がよさげな能力があるとわかるとそこから友情が始まることもあるし、単純に自慢とかの目的で言うこともあるけど。誰もが持っているものだから共通の話題としては最強かもしれないね。よし、
「僕は水魔法で動物を作るのが…」
…水魔法か。

水魔法はよく不遇と言われている。水は炎や雷と違い明確な実体があるからか操作が難しく、出せる量も比較的少ない。それでいて尖った性能や目立った長所はあまりなく、よく言えばバランス型、悪く言えば器用貧乏と言われてしまっている。結構昔なら部隊の水補給要員として活躍してたこともあったけど、今は水筒を汎用の空間魔法で収納する、みたいなこともできるから水魔法の重要度は下がってしまった。バックアップとしての需要は今もあるみたいだけどね、そもそも戦闘で活躍しにくいのが悲しいところなんだ。

もし水の力で相手の体内の水を爆発させる、なんてことができたら水魔法はすぐ最強になれるだろう。生命活動には水が必要なだけに、どんな人間でも体内に水を持つ。それに干渉して大ダメージを与え放題ならさぞ脅威だったことだろう。でもこの技が夢物語の域を出たのは歴史上一度しかない。しかも遠隔から起爆なんてことはできず、触れた相手の水分限定で。これでもかなり強力だったのは間違いなく、当時は秩序や法に従うことなく暴れ回っていたという。そのぐらいまでできないと水魔法は強くはないということなんだろうね。

その点僕の水魔法は結構正統派にして異質らしい。これは自称だけじゃなくて他者からのお墨付きもしっかりいただいている。効果範囲は通常の3倍の300メートルぐらいあり、通常1体が限界の水で作った人や動物も4体まで出せる。水魔法の基本からは逸脱できてないし、コントロールもうまくはないから反則級とまではいかないらしいけど。
ただこれぐらいなら各都市の上位の水魔法使いにはいくらかいたらしく、珍しいけどいないようなものではないらしい。逆にいえばここから個人の技量次第では僕が最強の水魔法使いにもなれるということかも。まあどうせなら"水魔法使い"じゃなくて"魔法使い"の括りで最強になりたいけど。

でもそれはそれとして嬉しいな。不遇と謳われる水魔法を使う僕でも名門校に行けるなんて。しかも同じ学校の人もいくらかいると聞いて安心だ。僕みたいなタイプはほんと、自己紹介しくじると一年を孤独に過ごす羽目になりかねない。だから友達や知り合いがいるならひとりぼっちは避けられるはず。彼らからも嫌われたりしなければだけど。

…思考ってこうやって横道に逸れていくものだよね。結局最良の自己紹介は思いつかなかったし今日はもう寝よう。明日の僕が名演説を思いついてくれるはずだ。