日も頂点から降りてやっと浸かり続ければぬるま湯ぐらいには感じられるようになった(それはそれとして今日はもう遠慮したい)海から出てきたルーシー。しかしながら彼女は僕の手を掴んで二人きりの場所に案内(れんこう)する。
「どうしたのルーシー?リンから離してさ」
「サーシャを連れていきますわ」
突然だな。そしてどこに?まあその疑問もすぐ溶けることになるけど。
「行きたいんでしょう?"ウォクソム"に」
ウォクソム……そういえば、エーヴィヒが言ってたっけ。ウォクソムには"嘆きの残党(ラメント・レムナント)"の連絡所的なのがあるとね。確かにここ(ベーリャシ)からはウォクソムに近いな。同じルスラシア西部だからね。
でもルーシー?どうやって知ったんだ?……いや、わかったんだ。これでも5年以上は同居してるんだ、心がわかるぐらいには僕のことを理解してくれてるんだ。
「ありがとうルーシー。見事な妹だよほんとに」
あれ?そういえば水着のまま行くの……?それに歩きなら連れてくってより着いてくじゃね?

それからしばらく経ったあと。服は着替えたけど問題が。
「ちょっと待ってルーシー!」
突風に煽られながらも静止を要請する。なぜって?
「なんですの?わたくしのドラテクに問題はないですわよ。快適な乗り心地でしょう?」
そう、僕はバイクの上にいるのだ。ルーシーの運転で。逆風さえも気持ちいいぐらいのスピードで駆けている。
たしかにルーシーの言葉はごもっともだ。バイクの割に揺れはなく、安定して進んでいる。しかもこんな荒れた道をだ。面と向かって言えないけど、正直さっきのニコラさんの運転よりも上手かもしれない。でも。でも!
「でもルーシー!!ルーシーは無免許じゃんよぉーーーっ!!」
「それが?なにか問題でも?」
問題しかないよ!!いろいろと!!
「無免許!ノーヘル!!2人乗り!!!スリーアウトからそのままゲームセット収監だよ!!」
「無免許の人間にバイクを売った店サイドにも問題があるのでなくて?わたくしだけのせいじゃないですわ」
「やっぱり近くで買ってきたんだそれ。どこから出したんだろうと思ったけど納得だよ」
こいつほんとに貴族か?いや、そもそもこの世界の貴族が貴族らしいことをしているのか?時代や世界が変わっても高潔さは変えちゃいけないと思うんだけどなぁ。
「で?警察はどうするんです?」
「……その時考えますわ」
ダメだこいつ。

風を切ることたぶん30分、気づけば廃墟の目の前でバイクは停止していた。
「たぶんここですわね。」
「というかなんでルーシーが知ってるの?ここのことをさ」
「図書館のルミナですわ。これでも貴族ですから情報網を介してルミナとも連絡を取っておりますの。サーシャの義妹ということもあってか話は早かったですわ」
「義姉が悩んでるなら助けたい、そう思ってるのも見抜かれ……てないですわ!そんなこと心の片隅にしかないですわ!」
ありがとうルーシー。僕の心を見抜いていたというのは幻想だったのかもしれないけど、なんだかんだ僕を心配してくれて。改めて礼を言おう。それを暴いたルミナにもこんど感謝だね。

目の前の壊れたドアに2人進み、元ビルのような建物にお邪魔する。そして、エントランスの広間で盛大なお迎えをしてくれたよ。
「侵入者かっ!?」
「辺鄙な場所にいらっしゃいませぇっ!!」
自覚はあったんだな。たしかに風は強いし整備されてる道路も少ない、僕たちが通ったのも随分人の来ていなかったのだろう荒れ果てた道路だった。
「よく見たら見たことある顔だね。あの時のナイフの人?」
「よくわかったな!!俺もお前に会えてちょっとばかし嬉しいぜ!!ここ知り合いこいつしかいなくて心細かったんだ!!」
「久しぶりだな。俺はそちらのお嬢と戦った剣使いだ。ちなみに今更ながら名乗っておくと俺はジョン。こいつはウードだ」
世間は狭いね。まさか最初に出会った"嘆きの残党(ラメント・レムナント)"の構成員とこんな所で巡り会ってしまうなんて。できればこの野蛮人たちには二度と会いたくなかったけど、手の内がわかってるならむしろ安心だ。徹底的にボコってやろう。
「話は終わり!行くよ"西虎(せいこ)"!」
水の虎が形を持ち、牙と爪を見せつけて現れる。目の前の男(ウード)もきらきら光を放つナイフの二刀流で臨戦態勢だ。前の一本道とは違ってここは広いから3次元的な戦い方をされると厄介だ。すぐに片付けよう。
「刃物みたいな爪だな!!でも刃物使いに刃物で戦うってのは無謀だぜ!! 」
"西虎"の斬撃を受け止めると、軽い身のこなしで虎から離れて僕の方に走る。もちろん、両手にはナイフを持って。だが、直線的に来てくれるなら話が早い。こっちも突っ込むまでだ。フィジカルが弱い者は弱いなりの戦い方ってものをしなきゃいけないけどね。
水を形にし動物を練り上げる前に塊の水を体に寄せて、背中に生み出しそのまま抱きついてもらう。
「"亀壱(きいち)"」
水というのは存外重い。水難事故でも、足首の高さの水程度で動きの自由が奪われることがある。転んで、流され、そのまま命を奪われる。魔法においても水はナメられがちだが、その重さを甘く見てはいけない。瞬間的に大量の水を纏わせた超質量のタックル。多分推定150キロ。うち、僕は37キロ分だ。まっ、こんな使い方できるのは水魔法使いでもそういないだろうけど。
直前まで身軽、直撃で重厚なタックルは速度を損なわないままの突進を可能にしている。速さと質量の両方を持った突撃で奴は壁まで吹き飛んでいった。土煙をあげる壁と倒れ込むウード。そして、"亀壱"を引っ込めて戦闘終了(ゲームセット)
「腕を上げたんだな……!!降参だ!!もう骨折れた!!多分!!」
降伏のお言葉が現れた。じゃあルーシーとジョンは?そう思って横を振り向くと、長剣とバールの剣戟が繰り広げられている。
「あなた……回復系の天稟魔法の持ち主だったのですね」
「そうだ。警察に連絡されたのに俺たちがここに居るのは釈放されたからじゃない。回復して捕まる前に逃げたからだ」
「便利だろこれ。腕もがれたぐらいなら秒で再生できるしその程度なら食らった瞬間に元通りだ。気絶しちゃ叶わんがな」
ルーシーの攻撃で出血しているのだろうが、左腕にあったはずの打撲痕と切り傷がみるみるうちに消えていく。体外に出た血を戻さないあたり、宣言通り回復の魔法使いで、"血を操作する"とかのブラフではないのだろう。

「そんな便利な能力があるならこないだわたくしと戦った時も使っておけばよかったのではないですの?」
「前使わなかったのは手の内を隠すためと思ってくれていい。正直ナメてたんだよ君らのこと。あと気絶から立ち直らせられるわけでもないし自分以外には使い所もなかったんだ」
「そしてだ。秘密にしてたおかげでこの一撃が通る」
力を溜め、渾身の一撃を狙おうとしているのか、大きな構えに入る。それを見て距離を取るルーシーだが、空振りを見越してすぐ反撃できる位置にいる。しかし、むしろその半場な距離が命取りとなった。
「ええぇぇえっっっりゃああぁぁっっ!!」
腱と肉が裂けるブチブチという気持ち悪い音と共にルーシーの胴が切り開かれる。しかしその音はルーシーからは出ていない。ジョンの腕からだ。ホラー映画か戦争映画に出てきそうな赤黒い内側が見え、その正体に気がつく。肘の部分が文字通りの皮一枚でつながりリーチを伸ばした急襲でルーシーを深く斬り伏せる。
「げほっ!!」
腹からも口からも血を垂れ流すルーシー。幸いなことにすぐにそれは口だけからになった。どうやら腹は簡易的に修復し傷を塞ぎ、重傷で留めることができたようだ。
「汎用の回復魔法か。その傷口を塞げるとなると悪くない実力だな。だが特化型には勝てないぞ」
そういった時にはジョンの垂れていた肘から先が元通りにくっついて治っていた。まさに初めからなにもなかったかのように、傷跡のひとつもなく完全修復。
「ほれ、元通りだ」
「ここまでできるのもそう多くないだろ?天稟魔法の方が特化してる分強力だってのは小学生で習うよな」
そうだ。それは回復魔法に留まらない。汎用炎魔法の火力は基本バーナー程度だが、天稟魔法のそれは平均して火炎放射器だ。ルーシーの雷も汎用魔法だとスマホの充電やスタンガン代わりの運用しか利かない。ただ水魔法はそもそも天稟魔法でも意外と応用が効かないから不遇呼ばわりされてるんで。せいぜい水鉄砲かおいしくない飲み水がいいとこだからね。
だが僕の"四重波の灘(これ)"もまた天稟魔法だ。汎用魔法よりかは射程も範囲も精度も優れてる。それを証明する時だ。2人を水のロープで結び、身体に巻き付け。水を介して繋がっている。
「水……そいつは雷使いだったし……感電狙いか?」
「けど残念。水魔法で出せるのは純水だ。お前のもそうだろ?そして混じりっけのない水100%の水には電気は流れにくい……痺れたところでしょぼいもんだ」
たしかにそうだ。純粋な水には電気が流れないことは僕が1番知ってる。"水は電気を通しやすい""でんきタイプはみずタイプにこうかばつぐん"というのはフィクションのお話。それでも突破口はあるのさ。
「でもここにはたくさんあるじゃん。電気を流せる液体が……!」
「……血!血ですわ!だけど……サーシャは血を操ることはできないですわよね?」
「たしかに僕は血は操れないけど……水に血を混ぜる分にはセーフなんだよね!!水が主体だから!!」
じゃないと海水どころか学校の塩素水も操れないので困ってしまうが、幸いにも"概ね水"なら操作ができる。その言葉に気がつくと、ロングソードのジョンは目的に気づいたようで動きがピタッと止まってしまう。
「ルーシー!でかいのを食らわせてやって!!」
「言われなくても叩き込んでやりますわよ!!」
ルーシーの天稟魔法""。受けたダメージが大きければ大きいほど、反撃の雷鳴も大きく轟く。カウンター特化にしてはタフさが足りなくても、むしろ致命傷を招くことで反撃を強化しやすいとも言えるらしい。
「室内でも雷は雷ですわあっ!!」
水のロープを伝って電流が全身を駆け巡り、ジョンは轟雷に震えながら失神KOする。

「ナイスルーシー!けど怪我は大丈夫?」
「この程度怪我のうちにも入りませんわ。瞬で傷口を塞げるなら軽傷とも呼べませんの」
「ならいいか」

上に行く前に、実は気になってたことを聞いておく。ジョンは苦しそうにすやすやしてるから、聞くのはウードにだ。
「そうだ、行く前に聞いときたいんだけどさ。残り一人のナックルダスターの人はいないの?」
「あいつか?やめたよこの仕事。まあ抜けたら機密保持のために殺されるって話もあるから……生きててくれと思うしかないぜ」
「そう……」
こいつらも大変なんだね。一人一人に暮らしがあると思うと、なかなか無下にはできない。身柄と命を狙われてる僕の方が大変だけどな!
ちなみに、ナックルダスターの彼の名前は"チコ"らしい。こいつら意外と面白いというかフレンドリーだったし、世界が違ったら友達になれたりしたのかな。