「サーシャの水着はこれですわよ」
水着か……。そういえばニコラさんがルーシーに持たせてたとか言ってたな。抵抗は無駄か、水着は来てやろう。逃げるのはその後でもいい。
ニコラさん、そしてルーシーが持ってきていた僕用の水着は……なんでだよ!!スク水じゃねーか!!紺色のやつ!!僕が小学生の頃に着てたのをなんでまだ持ってるんだよ!?
うーん……サイズは合うな。それもそうか。中学一年生から身長伸びてないからね。はあ……。さて、ルーシーも水着に着替えたようだ。ルーシーのはフリル付きのかわいいやつか。よく見るとフリルの部分に金糸の装飾が施されていて、華美さも示されている。……貴族アピールはもっと態度でしろよ。
「さすがにわたくしたち以外誰もいませんわね」
そりゃそうでしょう。今を何月だと思っている?5月ですよ、5月。泳ぐには早すぎのこの海岸、not水着で砂浜を練り歩く影はたくさんだけど水着を着てるのなんて僕たち4人(今は3人)しかいない。周囲の視線も微妙に向いているような。
すると突然肩を掴まれて、バランスを崩して寄りかかる。リンだ。リンが僕を引っ張っている。そしてある方向を指差した。その先にあるのは───屋台?海岸じゃなくてその上の道路?
防水対策か、紙のフリップをホワイトボードに切り替えたリンはそこに絵を描いていく。タコ?たこ焼き……?
「たこ焼き……食べたいの?」
首を縦に振っている。まあそうだろうな。これで違うっつわれたらどうすりゃいいかわかんないよ。
「ルーシー、支払いは頼んだよ。僕を吹っ飛ばしたツケってことでね」
「投げろとは言ってなかったんですけどね……しょうがないですわね、サーシャの分もお詫びがてら特別サービスで払ってあげますわ」
いい。それでいい。心の中で感謝はしてあげよう。
「あつっ!でもおいしい!」
ルーシーの運んできたそれは絶品のたこ焼きだった。店の看板では「あつあつ・新鮮をそのままお届け」と謳っていたが、たしかに焼けるほどの熱さでおいしい。体の芯から温まる、心もほかほかに暖まる。提案したリンも心なしか笑顔になっているような気がする。たぶん気のせいだけど、あの謎のリズムにノッているような謎の両の手の動きは美味しさにご満悦といったところだろう。そこはたぶん合ってる……はず。
「やあ、お待たせ」
ニコラさんが着替えて帰ってきた。ラッシュガードって言うんだったか。上半身も上着を着て覆っている。僕にもそういうのを持ってこいよ、なんでスク水なんだよほんとに。
「お父様、後でここの分渡してくださる?サーシャとリンの分も払いましたの」
「わかったよ、帰ったらその分はあげるね」
そういう仕掛けね。好感度も稼げるし自分の懐は痛まない、どころか自分の分で得をしている。上手な生き方っていうのはこういうものなんだろうか。
たこ焼きを食べながら四人で浜辺に帰還する。さて、本当に泳ぐのか?というか泳げるのか?毒クラゲがいたとしても、追い払うのはたぶんルーシーがいるから問題ない。でもこの時期じゃそもそもの水温が冷たすぎるでしょ。
試しに右足、それもつま先だけをそーっと水の中に突っ込もうと上げたとたん、波の不意討ちが左足を飲み込んだ。さむっ。ノーガードゆえ止めることも叶わず、一瞬で冷たさが骨まで届き震えが体を伝って頭にもやってきた。
「ルーシーさんよぉ……やっぱこれ泳ぐの無理じゃない?冷たすぎるよこれ」
「大丈夫ですわ。ではわたくしがお手本と言うものを見せてあげますの」
そういうとルーシーは右、左と足を海につけると歩を進め、ふくらはぎ、太もも、腰と順に水に沈んでいく。その歩みにはまるで恐怖や乱れがない。
「これがわたくしの力ですわ!」
「すごいねルーシー。俺も入れるかな?」
やめておいた方がいいですよ、ニコラさん。
「さぶっ!!ちょっ!!助けて!!誰かっ!!」
そう叫んでもすぐに引き返して全力疾走、砂の上に滑り込む。助けは必要なかったみたいだ。よかったよかった。
それにしてもルーシーはすごいな。もう肩まで浸かってるのに全然大丈夫そうだ。こう言うとお風呂みたいだけど、まさに温泉みたいに落ち着いて入っている。いや、海なんだから泳がないのか?
「ルーシー?冷たくないのー?」
「だ……だだだだだっ……大丈……夫……ですわわわっっっ」
大丈夫じゃないじゃん!寒さでやられてるじゃん!!でもなんであんな余裕たっぷりだったんだろう?
「なんで声は震えてるのに体は震えてなかったの?頑張って耐えてた?」
「でで電気魔法で……体に電流を……流してふふふふふふ震えを打ち消してましたの!!逆向きの震えで相殺する感じでしたわ!!」
なるほど、地震対策の錘みたいに逆方向に体を揺らして振動をトータルでゼロにしてたのか。器用な魔法の使い方だな。……魔法?そうだ!!
手のひらを合わせて、目の前に海水を集める。この規模でやるのははじめてだけど、スプリンクラーの水でできたんだからきっと同じことができるはず。全長10メートル、普段の5倍の大きさの水龍を顕現させる。
「"黄龍"!!」
海から竜巻のような水が巻き起こると、いつの間にか集まってきていた周囲(ギャラリー)も「おおっ」と反応が湧いてくる。竜巻が細く纏まるとそれは威厳のある顔の東洋龍として完成する。
「いくよ"黄龍"!!」
龍を低空飛行させて、うまいこと飛び移る。よしっ成功。這いつくばる姿勢からゆっくり立ち上がり、そのまま海の上を飛び回る。水面を滑り移動してるならこれは実質サーフィンのはず。なんならこれはただのサーフィンじゃない……ここから妙技の数々を観客に魅せてやろう。
そいやっ!空中3回転……からの着水!!スケートの技でも滅多にお目にかかれない技の数々を繰り出し、どよめきと感動を提供する。そして本番はここからだよ!最終段、バク宙で飛び上がると着水と同時に龍を沈め、そのまま水に溶かしてしまう。しかしそのまま滑水を続ける!!
「なにっ!龍が消えたぞ」
「どうやって滑ってんだ」
「寒くないのかなあれ」
観客の声が聞こえるね。心の中でだけど解説してやろう。僕の天稟魔法"四重波の灘"は水を出すだけでなく、水を操って動かすというのも能力のひとつなのはさっきのあれでわかるはず。でもそれだけじゃない。その応用で周辺の水の流れを操作して浮力や滑走力を得てこうして水の上を動き回ることもできる!もし僕が吸血鬼になっても、流水の弱点はこれで問題ないね。……なんで吸血鬼はそういうのダメなんだろうね?
さてさて、フィナーレといこう。スライディングからの跳や……あっ。これ僕の人生のフィナーレじゃないかな。
ザブン、と分かりやすい音と等身大サイズの水しぶきを上げながら水に叩きつけられ、そのまま降りていく。
「うわあっあいつ滑ったぞっ」
「もともと滑ってたから転んだ……なのか?」
「どうでもいいんじゃボケ!早くあの子を助けんかい!!」
ありがとうみなさま気にかけてくれて。さて……誰が助けてくれるかな?ルーシーは……震えないことに必死でこっちに気づいてなさげだ。ニコラさんはさっきの姿見てるとキツそう。じゃあさっきしゃべってたあの人……た……のん……だ……
意識と体が海の底に沈んだと思ったら、また僕は砂の上に寝かされていた。しかし今度は荒っぽい手段でなく穏やかに、やさしく、ビニールシートの上に。絆創膏のマークと一緒に「大丈夫?」と書かれたホワイトボードが見える。
リンか?リンが助けてくれたのか。ありがとうリン。最高のメイドさんだよ、間違いなく。親指を立てて肯定しよう。
リンが僕の体から離れると、新しい内容を書いてから戻ってきた。
「溺れかけただけだからそこまで心配しないで」
なるほど、水の中で魚に食われたりとかはしなかったわけか。外傷もないし、ちょっと息苦しい感じはするけどこれもあとで治してくれるだろう。そう油断していた時、映画でしか見ないような悪夢が現れた。
振り向くと大口を開けた超巨大サメがこちらに飛んで迫ってきていた。おいおい、そのサイズでジャンプは反則でしょ。そんなことしていいのはトビウオだけだよ。第一、サメってジャンプできるの!?声には出ないけど、驚きで口が閉じれない。
そう無駄なことを考える間にもサメと命のタイムリミットは迫ってきている。どうする、僕!!どう見てもさっきの"黄龍"ぐらいかそれ以上にでかそうなやつをどう倒す!?しかし動いてるのはサメだけでない。僕の後ろから走り出したのはリンだった。
「止まれ!!」
生まれて初めて聞いたリンの声。長年喋ってなかった影響かそうでもないのか、ガラスのように透き通る細い声だ。なのに正面に強く響いた。すると空中でサメの動きがピタリと止まり、サメも空に浮かんで固定されている事実に困惑する。チャンスだ!
「"尊凰"!!」
海水から出現した巨大な鳥が大サメの背後を取り、サメを掴んで後方に投げ飛ばす。それも僕がさっき投げられたように。ミサイルのように飛ぶサメは海面に着弾。ゆっくりと起きて海の中に戻って行った。次は僕以外を狙いなよ!!
「3回回ってワン」
勝利の余韻に浸っていると、突然背後からリンの声がして振り返る。
「リン?さっきはありがとう。リンがいなかったらあのまま丸呑みだったかも」
「なんで動けた?それに回らないしワンとも言わない」
「えっ?」
なんで動けるのかって……動けるから意外に理由がなくない?神経とかそういう話?でもないか?
「なんでって……生きてる……から?生物学とか医学の話は僕できないよ」
「サメを見てわかった?私は"呪詛使い"」
"呪詛"……言葉で行動を強制できる、みたいな能力か。さっきは「止まれ」と言っていたが、アレでサメの動きを止められたのか。
「呪詛使いにはある程度の強弱がある。命令次第だけど誰にでも効かせられるって人もいれば焼きそばパンを買わせる程度の命令しかできない人もいる」
「私は無条件で発動するし、無条件で命令を聞かせられる。生物が相手ならいつでもどこでも」
「でも君には効かなかった。なんで?」
難しいな。僕自身にも正直わかんないんだけど、もしかして僕は機械なのか?……ないない。
「僕はなんか特殊な体質?らしいからね。そのせいかも」
"禁忌"により僕の魂周りの話は複雑で特別なものになっている。もしもリンの"呪詛"が魂に反応して発動するなら、狙いが散逸して効かないのかもね。この考察は今度ルミナかエーヴィヒあたりに答え合わせしてもらおう。
「それはよかった。痛くもない?」
「うん。でもさ、言葉を選べば話せないの?ほら、おにぎりの具だけで話すとか、数字だけ使うとかさ」
「意図してなかったり、ぎなた読みでも発動する。『〇〇だしね』って言ったら最後の『しね』が『死ね』って認識された」
「周りの人がみんな死んだ。おじいちゃんもおばあちゃんも、お父さんもお母さんも」
「今は周りに君以外誰もいないから小声なら話せる」
「でも普通はそうじゃない。だからもう喋るのはやめて、回復魔法だけを鍛え続けるつもりだった」
コントロールに苦労するタイプの魔法使いか。天は二物を与えずとはよく言うもので、大抵の場合強い能力には燃費や操作範囲などのデメリットが同時に存在する。リンは見た感じ強力な命令でもダメージが少ないかほぼないから、それの代わりに劣悪な操作性を持っているという感じか。……能力の使い方で家族を殺すなんて、想像もしたくない。
「私が声かけても大丈夫か……」
「たまに喋ってもいい?君に無理のない範囲で」
「サーシャって呼んでくれるならいいよ」
「じゃあサーシャ。時々よろしく」
リンと話せた感動とかもろもろ乗せて、今日一番の大きな声で返す。
「うん!」
ちなみにその後、ルーシーは自力で脱出していたらしく、判断ミスを割と後悔してたみたい。
「二度とやりませんわ!!寒中水泳!!!」
冷たいって認識はあったみたいなのに、ほんとなんで泳いだんだろう。
水着か……。そういえばニコラさんがルーシーに持たせてたとか言ってたな。抵抗は無駄か、水着は来てやろう。逃げるのはその後でもいい。
ニコラさん、そしてルーシーが持ってきていた僕用の水着は……なんでだよ!!スク水じゃねーか!!紺色のやつ!!僕が小学生の頃に着てたのをなんでまだ持ってるんだよ!?
うーん……サイズは合うな。それもそうか。中学一年生から身長伸びてないからね。はあ……。さて、ルーシーも水着に着替えたようだ。ルーシーのはフリル付きのかわいいやつか。よく見るとフリルの部分に金糸の装飾が施されていて、華美さも示されている。……貴族アピールはもっと態度でしろよ。
「さすがにわたくしたち以外誰もいませんわね」
そりゃそうでしょう。今を何月だと思っている?5月ですよ、5月。泳ぐには早すぎのこの海岸、not水着で砂浜を練り歩く影はたくさんだけど水着を着てるのなんて僕たち4人(今は3人)しかいない。周囲の視線も微妙に向いているような。
すると突然肩を掴まれて、バランスを崩して寄りかかる。リンだ。リンが僕を引っ張っている。そしてある方向を指差した。その先にあるのは───屋台?海岸じゃなくてその上の道路?
防水対策か、紙のフリップをホワイトボードに切り替えたリンはそこに絵を描いていく。タコ?たこ焼き……?
「たこ焼き……食べたいの?」
首を縦に振っている。まあそうだろうな。これで違うっつわれたらどうすりゃいいかわかんないよ。
「ルーシー、支払いは頼んだよ。僕を吹っ飛ばしたツケってことでね」
「投げろとは言ってなかったんですけどね……しょうがないですわね、サーシャの分もお詫びがてら特別サービスで払ってあげますわ」
いい。それでいい。心の中で感謝はしてあげよう。
「あつっ!でもおいしい!」
ルーシーの運んできたそれは絶品のたこ焼きだった。店の看板では「あつあつ・新鮮をそのままお届け」と謳っていたが、たしかに焼けるほどの熱さでおいしい。体の芯から温まる、心もほかほかに暖まる。提案したリンも心なしか笑顔になっているような気がする。たぶん気のせいだけど、あの謎のリズムにノッているような謎の両の手の動きは美味しさにご満悦といったところだろう。そこはたぶん合ってる……はず。
「やあ、お待たせ」
ニコラさんが着替えて帰ってきた。ラッシュガードって言うんだったか。上半身も上着を着て覆っている。僕にもそういうのを持ってこいよ、なんでスク水なんだよほんとに。
「お父様、後でここの分渡してくださる?サーシャとリンの分も払いましたの」
「わかったよ、帰ったらその分はあげるね」
そういう仕掛けね。好感度も稼げるし自分の懐は痛まない、どころか自分の分で得をしている。上手な生き方っていうのはこういうものなんだろうか。
たこ焼きを食べながら四人で浜辺に帰還する。さて、本当に泳ぐのか?というか泳げるのか?毒クラゲがいたとしても、追い払うのはたぶんルーシーがいるから問題ない。でもこの時期じゃそもそもの水温が冷たすぎるでしょ。
試しに右足、それもつま先だけをそーっと水の中に突っ込もうと上げたとたん、波の不意討ちが左足を飲み込んだ。さむっ。ノーガードゆえ止めることも叶わず、一瞬で冷たさが骨まで届き震えが体を伝って頭にもやってきた。
「ルーシーさんよぉ……やっぱこれ泳ぐの無理じゃない?冷たすぎるよこれ」
「大丈夫ですわ。ではわたくしがお手本と言うものを見せてあげますの」
そういうとルーシーは右、左と足を海につけると歩を進め、ふくらはぎ、太もも、腰と順に水に沈んでいく。その歩みにはまるで恐怖や乱れがない。
「これがわたくしの力ですわ!」
「すごいねルーシー。俺も入れるかな?」
やめておいた方がいいですよ、ニコラさん。
「さぶっ!!ちょっ!!助けて!!誰かっ!!」
そう叫んでもすぐに引き返して全力疾走、砂の上に滑り込む。助けは必要なかったみたいだ。よかったよかった。
それにしてもルーシーはすごいな。もう肩まで浸かってるのに全然大丈夫そうだ。こう言うとお風呂みたいだけど、まさに温泉みたいに落ち着いて入っている。いや、海なんだから泳がないのか?
「ルーシー?冷たくないのー?」
「だ……だだだだだっ……大丈……夫……ですわわわっっっ」
大丈夫じゃないじゃん!寒さでやられてるじゃん!!でもなんであんな余裕たっぷりだったんだろう?
「なんで声は震えてるのに体は震えてなかったの?頑張って耐えてた?」
「でで電気魔法で……体に電流を……流してふふふふふふ震えを打ち消してましたの!!逆向きの震えで相殺する感じでしたわ!!」
なるほど、地震対策の錘みたいに逆方向に体を揺らして振動をトータルでゼロにしてたのか。器用な魔法の使い方だな。……魔法?そうだ!!
手のひらを合わせて、目の前に海水を集める。この規模でやるのははじめてだけど、スプリンクラーの水でできたんだからきっと同じことができるはず。全長10メートル、普段の5倍の大きさの水龍を顕現させる。
「"黄龍"!!」
海から竜巻のような水が巻き起こると、いつの間にか集まってきていた周囲(ギャラリー)も「おおっ」と反応が湧いてくる。竜巻が細く纏まるとそれは威厳のある顔の東洋龍として完成する。
「いくよ"黄龍"!!」
龍を低空飛行させて、うまいこと飛び移る。よしっ成功。這いつくばる姿勢からゆっくり立ち上がり、そのまま海の上を飛び回る。水面を滑り移動してるならこれは実質サーフィンのはず。なんならこれはただのサーフィンじゃない……ここから妙技の数々を観客に魅せてやろう。
そいやっ!空中3回転……からの着水!!スケートの技でも滅多にお目にかかれない技の数々を繰り出し、どよめきと感動を提供する。そして本番はここからだよ!最終段、バク宙で飛び上がると着水と同時に龍を沈め、そのまま水に溶かしてしまう。しかしそのまま滑水を続ける!!
「なにっ!龍が消えたぞ」
「どうやって滑ってんだ」
「寒くないのかなあれ」
観客の声が聞こえるね。心の中でだけど解説してやろう。僕の天稟魔法"四重波の灘"は水を出すだけでなく、水を操って動かすというのも能力のひとつなのはさっきのあれでわかるはず。でもそれだけじゃない。その応用で周辺の水の流れを操作して浮力や滑走力を得てこうして水の上を動き回ることもできる!もし僕が吸血鬼になっても、流水の弱点はこれで問題ないね。……なんで吸血鬼はそういうのダメなんだろうね?
さてさて、フィナーレといこう。スライディングからの跳や……あっ。これ僕の人生のフィナーレじゃないかな。
ザブン、と分かりやすい音と等身大サイズの水しぶきを上げながら水に叩きつけられ、そのまま降りていく。
「うわあっあいつ滑ったぞっ」
「もともと滑ってたから転んだ……なのか?」
「どうでもいいんじゃボケ!早くあの子を助けんかい!!」
ありがとうみなさま気にかけてくれて。さて……誰が助けてくれるかな?ルーシーは……震えないことに必死でこっちに気づいてなさげだ。ニコラさんはさっきの姿見てるとキツそう。じゃあさっきしゃべってたあの人……た……のん……だ……
意識と体が海の底に沈んだと思ったら、また僕は砂の上に寝かされていた。しかし今度は荒っぽい手段でなく穏やかに、やさしく、ビニールシートの上に。絆創膏のマークと一緒に「大丈夫?」と書かれたホワイトボードが見える。
リンか?リンが助けてくれたのか。ありがとうリン。最高のメイドさんだよ、間違いなく。親指を立てて肯定しよう。
リンが僕の体から離れると、新しい内容を書いてから戻ってきた。
「溺れかけただけだからそこまで心配しないで」
なるほど、水の中で魚に食われたりとかはしなかったわけか。外傷もないし、ちょっと息苦しい感じはするけどこれもあとで治してくれるだろう。そう油断していた時、映画でしか見ないような悪夢が現れた。
振り向くと大口を開けた超巨大サメがこちらに飛んで迫ってきていた。おいおい、そのサイズでジャンプは反則でしょ。そんなことしていいのはトビウオだけだよ。第一、サメってジャンプできるの!?声には出ないけど、驚きで口が閉じれない。
そう無駄なことを考える間にもサメと命のタイムリミットは迫ってきている。どうする、僕!!どう見てもさっきの"黄龍"ぐらいかそれ以上にでかそうなやつをどう倒す!?しかし動いてるのはサメだけでない。僕の後ろから走り出したのはリンだった。
「止まれ!!」
生まれて初めて聞いたリンの声。長年喋ってなかった影響かそうでもないのか、ガラスのように透き通る細い声だ。なのに正面に強く響いた。すると空中でサメの動きがピタリと止まり、サメも空に浮かんで固定されている事実に困惑する。チャンスだ!
「"尊凰"!!」
海水から出現した巨大な鳥が大サメの背後を取り、サメを掴んで後方に投げ飛ばす。それも僕がさっき投げられたように。ミサイルのように飛ぶサメは海面に着弾。ゆっくりと起きて海の中に戻って行った。次は僕以外を狙いなよ!!
「3回回ってワン」
勝利の余韻に浸っていると、突然背後からリンの声がして振り返る。
「リン?さっきはありがとう。リンがいなかったらあのまま丸呑みだったかも」
「なんで動けた?それに回らないしワンとも言わない」
「えっ?」
なんで動けるのかって……動けるから意外に理由がなくない?神経とかそういう話?でもないか?
「なんでって……生きてる……から?生物学とか医学の話は僕できないよ」
「サメを見てわかった?私は"呪詛使い"」
"呪詛"……言葉で行動を強制できる、みたいな能力か。さっきは「止まれ」と言っていたが、アレでサメの動きを止められたのか。
「呪詛使いにはある程度の強弱がある。命令次第だけど誰にでも効かせられるって人もいれば焼きそばパンを買わせる程度の命令しかできない人もいる」
「私は無条件で発動するし、無条件で命令を聞かせられる。生物が相手ならいつでもどこでも」
「でも君には効かなかった。なんで?」
難しいな。僕自身にも正直わかんないんだけど、もしかして僕は機械なのか?……ないない。
「僕はなんか特殊な体質?らしいからね。そのせいかも」
"禁忌"により僕の魂周りの話は複雑で特別なものになっている。もしもリンの"呪詛"が魂に反応して発動するなら、狙いが散逸して効かないのかもね。この考察は今度ルミナかエーヴィヒあたりに答え合わせしてもらおう。
「それはよかった。痛くもない?」
「うん。でもさ、言葉を選べば話せないの?ほら、おにぎりの具だけで話すとか、数字だけ使うとかさ」
「意図してなかったり、ぎなた読みでも発動する。『〇〇だしね』って言ったら最後の『しね』が『死ね』って認識された」
「周りの人がみんな死んだ。おじいちゃんもおばあちゃんも、お父さんもお母さんも」
「今は周りに君以外誰もいないから小声なら話せる」
「でも普通はそうじゃない。だからもう喋るのはやめて、回復魔法だけを鍛え続けるつもりだった」
コントロールに苦労するタイプの魔法使いか。天は二物を与えずとはよく言うもので、大抵の場合強い能力には燃費や操作範囲などのデメリットが同時に存在する。リンは見た感じ強力な命令でもダメージが少ないかほぼないから、それの代わりに劣悪な操作性を持っているという感じか。……能力の使い方で家族を殺すなんて、想像もしたくない。
「私が声かけても大丈夫か……」
「たまに喋ってもいい?君に無理のない範囲で」
「サーシャって呼んでくれるならいいよ」
「じゃあサーシャ。時々よろしく」
リンと話せた感動とかもろもろ乗せて、今日一番の大きな声で返す。
「うん!」
ちなみにその後、ルーシーは自力で脱出していたらしく、判断ミスを割と後悔してたみたい。
「二度とやりませんわ!!寒中水泳!!!」
冷たいって認識はあったみたいなのに、ほんとなんで泳いだんだろう。
