「んぅっ……あれ?死んでない?」
目を覚ましたら、変わらず地面の上だった。でも、さっきの女がなぜかガイアを治療している。適当に湿布と包帯で肌を覆っているだけだが。
「起きた?」
起きた、じゃないよ。なんだよこの生き物は。僕たちを襲ったくせになに治してる。行動がまったく読めないぞ。
しばらくして、全身骨折レベルのダメージを負ってそうなガイアが起きると、唐突な自己開示が始まった。

「んぐっ……肋骨が死ぬほど痛いんだが……ん?サーシャは?」
ガイア、僕は無事だよ。それよりも君のそのハロウィンみたいな服装の方が不安だよ。全身包帯ぐるぐる人間なんて人生で初めて見るからね。
「おっ、ガイアくんも起きたんだね」
「改めてこんにちは。そしてサーシャくんははじめまして。私はモニカ・ローゼンベルク」
ローゼンベルク。しかもモニカか。マリーの言っていたあのお姉ちゃんが、一体何の用で僕たちを?いやマジでさ。なんで襲ったの?しかもなんで黒フードだったの?ねえ?
「モニカ……あーいたかもな、そんなやつ。俺はほとんど記憶ないけどな」
「うん。君が子供の頃に一度ぐらい会ったかもね。ところでだけど、たしかマリーはレウシアにいるんだよね。どうかな。元気にしてそう?」
あれ?悪い人ではないのか…?いや、警戒を解いちゃダメだ!黒フード集団とは違う方向の悪の人間かもしれない!前評判と全然違うし!いい人でもなんでもないじゃんかよ!そもそも過去の1回きりを覚えてるものか!?
「マリーならたしかに元気にしてますけど…」
何をしてるかだけは言わないでおこう。この化け物、モニカ・ローゼンベルクの名を騙る悪党かもしれないし。
「よかった。あっ、マリーにはこのこと言わないでね。マリーは私のことも怖がってると思うから」
そりゃそうだ。こんな化け物怖いに決まってらぁ。それに、私のこと"も"?その複数形は親のことも言ってるって認識でいいのかな。……もうこの人はモニカ本人ってことにしとこう。いろいろ意味不すぎて考えてもムダだ。

「ところでその黒服……あなたは僕の命を狙ってる嘆きの(ラメン)……闇の組織なんですか?」
「えっ?これがこの街の流行りじゃないの?流行りならうまく溶け込めると思ってたんだけど」
「ほら、最近黒いフードの人物に注意しろって警察も言ってたでしょ?だから人気ファッションなのかと」
はぐらかし……じゃないよね?理解してないからこそできるキョトンとした反応だ。ローゼンベルクのお嬢様育ちだから感覚が庶民とズレてるのか?一応僕も貴族の家には住んでるけど別に生活は庶民だし感覚は矯正されてるのかも。それはともかく。
「えーっと…注意しろってのは大体犯罪絡みですよ…少なくとも大人気だからやるな(やれ)っていうノリツッコミじゃないです」
「え?そうなの?」
マジでわかってないみたいだ。僕とは育った環境が違いすぎる。いや、本人が強すぎるから世俗の脅威程度なら気にする必要もないのかもしれない。ある意味の平和ボケか。
「組織だかなんだかは私は知らないけど…色々大変なんだね」
「じゃあ私はこのへんで。じゃあね」

よくわからない、そのマリーの評は的確だった。変装してた理由も、僕たちを襲った理由も、自己紹介をした理由も全てが不明。そして風のように去っていくし。岩使いのくせにね。結局腕利きの戦闘者ということしかわからなかった。いや、変装(黒フード)は「流行中のファッションだと思ってた」って言ってたな。だとしてもその他が謎すぎるけど。
しかし謎を解き明かす前に、次の謎が現れてしまった。同じ藤色の髪の毛だが、その雰囲気はだいぶ違う。モニカは凛とした「かっこいい」と形容すべき女性(ただし同じ人間という種族とは思えない)だが、ゆっくり歩いてきた新しい少女は大きな目とふわふわの髪の毛が特徴、「かわいい」と称される存在だった。鬼の角のようなパーツがついたヘッドホンに右腕だけ隠した白のジャケットと、こっちも大概ファッションは奇妙だが。

「はーい!こんにちわー!」
Q.あなたはどちら様ですか?その問いへのA.(アンサー)は僕が聞くまでもなく明かされた。
「私はミカ・ローゼンベルク!マリーちゃんのお姉ちゃんだよ」
さっきの(モニカ)は私のお姉ちゃんね。三人姉弟の長女」
まだ姉妹がいたのか。モニカもそうだけどミカもマリーとはそこまで似てないんだな。モニカは全然顔から違うし、ミカはパーツこそマリーに似てるけどバカっぽ……明るさが出てるからかマリーとは違った印象を受けてしまう。
「初対面で悪いですけどなんなんですかあの人。いや、本当に姉妹なんですね?」
「ねっ、あの人わけわかんないでしょ?妹の私がそう思うんだから保証するよっ」
やはり実姉なのか。つまり、あれはモニカ・ローゼンベルクで間違いない、と。……マリーもそう言ってたし、僕もそう思ってるし、ガイアもそう思ってるだろうし、間違いないだろう。ミカもこう思ってるはずだ、モニカは謎が人の形して歩いてるタイプの存在だ、と。きっと人間には理解し難い、妖魔に近い人種だ。
「最近は大変らしいじゃん?この街に暗い服の悪い人がたくさんいるってさ」
「マリーちゃんも襲撃(おそ)われたって聞いたし、とーっても心配なんだよー!」
この人、モニカとは違うな。黒服に対して非常に正しい、それはそれは的確な認識を持っている。130点あげちゃおう。バカっぽいのに(モニカ比で)まともなんだな。人は見かけによらぬもの、ということか。

「まだレウシアに来たばっかで不安なことも多そうじゃない?マリーちゃんはさ」
確かに、僕に聞いてきたな。観光案内もしたな。襲われて、助けられたのもその時だけど。
「本当は私もマリーちゃんのそばにずっといてあげたいんだけどお仕事忙しくてね。でも私がいなくてもうまくやれてるならよかったよ。サーシャちゃんにも感謝だね!」
「そういうわけでさ、これからもマリーちゃんのこと守護(まも)ってあげてね。よろしく!」
さっきから思ってたけど独特な強調をするな。言葉に対し、"本気"と書いて"マジ"と読むみたいな力の込め方をしている。
「あとひとつ。アリスちゃんには気をつけた方がいいと思うよ」
「ローゼンベルクを破壊(こわ)したのは彼女だからね」
アリスが?ローゼンベルクの凋落は百年以上前じゃなかったっけ…そもそもアリスがローゼンベルクと関係あるのか?
「それはそれとして!マリーちゃんのことは頼んだよ!!じゃーねー!!」
謎解き成功、謎解き追加。2人目の藤色も帰っていった。こっちもこっちで出てきた理由がわからないし。友好的だから急に戦闘を仕掛けてくるモニカよりは好印象だけどさ。

さて、この場に残されているのは包帯男と僕だけなわけだ。まあ、それもすぐに終わることになるんだろうな、と当時の僕も勘づいていたよ。
「サーシャ様?」
今度はマリー本人だ。今日はローゼンベルクのバーゲンセールだな。長姉→中間子→末子のコンボまで決めてきやがる。というかこれだとルーシーがひとりじゃないのか?……いや、ユーリあたりに愚痴聞いてもらってるだろう。たぶん。じゃないと僕が帰った後大変だ。

「というかマリー!さっきモニカ……さんが襲撃してきたんだけど!!あれどういうこと!?」
「お……落ち着いてください……落ち着けないかもしれませんが……」
ミカは(一応)知らない人だったし冷静になって態度が和らいだけど、マリーは知り合いということもあり感情を出してしまう。赦せマリー。いや、やっぱ赦さなくていいよ。
「前にモニカお姉様のことを『考えてることがよくわからない』って言いましたよね?あのまんまの意味です」
「つまり……なんで俺たちを襲ったのか分からないってことだな?しかもファッションの認識もちょっとズレてる……」
マジでわからん。マリーの言ってることがわかってしまう。傷は治してたしいい人といえばいい人なのかもしれないけど…いい人なら突然襲ってきたりするか?
「思い当たる節を挙げると……昔から勝負事が好きだったような気が……しないでもないです」
「道端でトラブルを起こした不良集団を単独で壊滅させたり……銃を持った銀行強盗と大立ち回りの末右腕を縫うことになっても勝ったり……地元のサッカー大会に助っ人として飛び入り参加してハットトリックだったり……」
えらいアクティブだな。うち(ゼブル)もそうだけどなんかローゼンベルクも貴族っぽい感じしないぞ。うちも本で読むようなインドアでステーキ食ってるようなとこじゃないし。いやまあ、その中でもモニカは外れ値っぽいけど。
「つまりあの人は戦いを楽しみたかったと……?」
「はい、たぶん……」
そういうことか。彼女、いわゆるバトルジャンキーだ。戦闘が全ての目的、全ての行動原理。それ以外が抜け落ちてるってことか。完全に理解したよ。いや、だとしても次は僕たち以外にしてくれよ。その結果が(推定)骨折だよ。

それはそれとして、ミカから与えられた疑問も聞いてみる。
「ローゼンベルクの凋落……ですか?」
「たしか300年ぐらい前と聞いたことがあります。その頃からローゼンベルクは次第に力を失い、100年ほど前にガルシアに御三家の地位を譲ることになったらしいです……」
「その時の当主が"ソリス・ローゼンベルク"。テレス様と同じ"星岩"の"祝福"を持っていた歴代最強の当主です」
「"星岩"?」
御三家、あるいは名のある家系には能力に特殊な性質"祝福"が現れることがある。どちらかといえば順序が逆で、特別な力を持つからこそ勝利を収め、支配者となれるのだが。
「テレスって……テレストリアだったっけ?」
「はい。ローゼンベルクを御三家に押し上げたテレス様です。テレス様は広範囲の岩の操作ができるだけでなく、"星岩"の力で物体を岩に変質させることができました。相手の攻撃を岩にして自身の制御下に置いたり、相手の武器を石にして無力化したと言います」
「ソリス様は触れたものを黄金に変える能力があったそうです。これも"星岩"によって天稟魔法が強化されたからです」
両者とも物をなにか他のものに変えてるね。ソリスは大金持ちになれそうな能力でうらやましいよ。いや、話の流れはそうじゃない。
「"星岩"の本質は物質の変換なんだね」
「たぶん……そう思います。今のローゼンベルクには"星岩"を持つ人はいないのではっきりとは言えませんが」
「ところで、なんで"祝福"の話を始めたの?」
テレスのとこからだな。"祝福"についての解説が始まったのは。ソリスと"祝福"に大きな関係でもあるのかな?
「ソリス様は一度大きな戦いで行方不明になってしまったそうです。戦場は炎に包まれ、灰すら残ることを許されない場所だったので生きているとも思われていなかったんでしょう。捜索されることもありませんでした」
「でも、ソリス様は生きて帰ってきました。しかし、以前のローゼンベルク中心の利己的な態度から、周囲の集団や組織とも協力するような名君になりました」
「なあんだ、ハッピーエンドじゃん」
「しかし、生還から10年程経ったところでソリス様が戦闘したとき、周囲が金に変化することはなく、手や地面から金を生み出して攻撃することしかしなかったんです。地面を伝って相手を金の彫像にすれば完封勝利できるはずで、いつもそれをしていたのにしなかったことに周囲も驚いたそうです」
「性格が変わるとともに戦い方も変わったのか、それとも、ソリス様がなんらかの理由で"祝福"を失ったのか……」
もしかして、"禁忌"が関係していたりするんだろうか?魂に何かしらの影響が生じたことで"祝福"の適用条件から外れてしまったのか……そんな都合よくいくかわからないけど。やっぱりもっと"禁忌"の調査は必要だな。
「ソリス様の弱体化を嗅ぎつけた諸勢力が裏切ってローゼンベルクを襲撃したのか、あるいはソリス様がだまされたのか。ローゼンベルクは武力争いに敗れ今の地位に追いやられました。ガルシアは混乱に乗じて御三家に入り込んだという感じらしいので直接対決はしていませんが……」
「どちらにせよ性格の変化と"星岩"の喪失が関係してるんじゃないかという話があって、それがミカお姉様の話にも関係しているのかっもしれません」
なるほど。性格が変わったのか。…なんか聞いたことある話だな?どこだったっけ……
「あっ…でも……アリス様との関係は全然わかりません。お答えできず申し訳ありません……」
「いいよ、アリス違いなのかもしれないし」
古い時代のアリスには"暴君アリス"もいたみたいだし"魔王様志願のアリス"がそいつだと思ってるのかな。うーん、わからん。不思議なこと、多いなあ。

「それより、ミカお姉様にも会ったんですね」
うん、モニカさんよりかはマシだったよ。なんならマシっていう相対的な表現よりもうちょっと絶対的な表現でいいはず。
「私はあの人の方がもう少し苦手です。私のことを思ってくれてるのは嬉しいんですけど、過保護というか……愛が重い、みたいな感じがします」
愛、ねぇ。僕は愛は重ければ重いほどいいと思っているタイプだ。誰にも愛されない、全てに嫌悪されているよりも、重すぎでも大きな愛があれば世界は幸せに映るだろう。実際にそうなったら話は違うのかもしれないけど。愛とは何か考えていると、横からノイズが入ってきた。

「すまん……救急車呼んでくれ……今になって痛みがヤバくなってきた……」
あっ、そういえばガイア……重傷者だったわ。今気づいた。いるのも忘れてた。よく考えたら包帯ぐるぐるで治るのはゲームだけの話だし、安心しきってたかも。アドレナリン切れかな?
「い……今電話しますね!!もしもし救急ですか!?」
ガイアは目を閉じる前に一言、
「なあ……名前の時といい……俺置いてけぼりにされすぎじゃね?」
そして、静かに目をつぶる。
「ガッ……ガイアーーーーッッッ!!!」
そのままガイアは二度と目を開かなかった。

…………なんてことはなかったけど、1週間の入院を余儀なくされた。僕も左腕が折れているとかで、しばらくは不自由な(ゲーム)生活だなあ。よし、今度モニカに会ったら治療費請求してやろう。