学校を出てすぐの大通り。ここで"ストーカー"をおびき寄せて尾行をするつもりだ。ガイアが少し先を歩き、僕はガイアのハンドサインで追う手筈になっている。でも、多少綿密に練りこんだはずの計画は一瞬で破綻した。
「こんにちは。ガイア・イワノフと君は…」
「なんだ、サーシャ・デュアペルか」
人に溢れた大通りなのに、背中に張り付く声と気配。それはガイアにもわかっていたようで、
「サーシャ、ここはまずいな。プラン変更だ」
手を引かれてごった煮の中を走り出した。もうストーカーに見つかったし、なぜか僕のことを知っていて作戦も割れてしまった。二重尾行はやめ。こちらが仕掛ける前にバレてしまった以上は一緒に動くしかない。
500メートル、1キロメートル、人をすり抜け、かき分け、吹き飛ばして逃走中。風を便りに汗を飛ばし、風を通じてひんやりを感じる。運動不足には辛い長距離走を終えたところで、背後の気配は消滅。めでたしめでたしと安堵、疲れで目を閉じ、次に開ければ目の前に移動していた。いつの間にか前に立つ黒いフードで顔を隠した存在。またお前らか。
「着いてきてくれてありがとう。誘導通りだね」
公園だ…この時間帯には誰もいない、広くて静かな公園。運動公園と銘打たれているが、この時間帯ではおじいさんすら運動していない。この黒フードは僕たちがここに逃げ込むように調整したというのか?だが、ガイアがいるから安心だ。
もとより、クラスの全員と一対一(タイイチ)で勝負することになったら、あんまり勝てる気はしない。特にルーシー、マリー、ガイアは絶対無理。確かに僕の水魔法は水魔法としては結構強いはずだが、結局はフィジカル勝負の面も大きい。ガイアには魔法でアドバンテージを取っていても総合値では勝てないからね。だから、頼らせてもらうよ。
「また捕まえに来たの?ふふん、今回はガイアもいるしこっちの勝ちは堅いよ」
「捕まえる?いや、私は君と戦いたいだけさ」
戦いに?捕まえにじゃないのか?構えを取り水を出そうとすると、目の前のフードに制止された。
「たぶんサーシャくんじゃ相手にならないぐらい私は強いよ。試してもいいけど…うっかり殺しちゃうのは大変だからね」
「ガイア、私が用あるのは君だけだよ」
僕なんて眼中にもないってか。捕まえるのなんて簡単だから放置でもいいってか。だったら逃げてやりますよ!……って言えたらよかったのに。
そう思うまでの間に、地面から生まれた岩の壁が牢獄を造り上げていた。半径だいたい100メートル、高さはきっと20メートル、天井はなく空が見放題。岩の能力ということは…ガイアが?まさか、こんなことするはずがない。ガイアなら僕を逃がすように置いてくれるはずだ。となると…
「ほう、お前も岩使いなんだな」
「そうだよ。まあそう珍しいものでもないでしょ。メジャーだよね」
黒フードの正体は岩使いだったのか。この規模の岩を一瞬で出せるし、僕たちに追いつくどころか追い越すんだから相当強き者なんだろう。だが、それはガイアも同じだ。さて、二大岩使いの決闘が始まる。ゴングぐらいは鳴らしてやるよっ!
水のハンマーとポケットのハンドベルを取り出しカーン、と高い音を打ち鳴らす。そしたら空気を読んでくれて、二人は互いに向けて走り出した。戦闘開始!!

最初に仕掛けたのはガイアだ。左で地面を強く蹴るガイアはその能力で細身の岩製剣を生み出し、踏み込んだ勢いそのままに地から空へと半円を描く。ガイアの能力は岩と聞いていたが、武器生成で戦うタイプだったのか。徒手空拳と見せかけての突然の武器攻撃。被弾か驚愕のどちらかはするだろうと思っていたが、謎の黒フードも雑魚ではない。いきなり手のひらに出現した剣を恐れることなく黒フードは姿勢を下げて、ガイアの利き手の逆、左腕側に走り込んで難なく回避。右腕に力をこめ打撃を繰り出す一歩手前だった。しかしガイアもまた強者だ。その回避を読んでかガイアは左足を踏み鳴らすと、地面から鋭く伸びた岩槍がそいつを貫く。バックステップで直撃は避けるも、前屈みからの反応が遅れたためフードを裂かれ素顔を顕にされた。だがとても恐ろしい。ガイアの攻撃こそ決まったが、相手に動揺がない。剣が突然現れたのに、顔を切られるところだったはずのに、焦りがまったく見られないことが一番の不安だ。
「やるじゃん、見くびってたよ」
フードの下の顔は白く美しく、藤色のポニーテールが太陽の光で透き通る輝きを放っていた。そしてこれまでの5人と違うことがひとつ。この元・黒フードは女だった。僕とルーシーに路上で喧嘩を売った三人組、マリーといるところを撃ちまくった銃使い、そして図書館倉庫(?)に乗り込んできたファーガソン。ファーガソンは目の前のこいつと変わらない160センチぐらいだったが、彼も含めて全員男だった。嘆きの残党(ラメント・レムナント)には男しかいないのかと思っていたが、どうやら性別関係なく成り上がれるらしい。……人殺しも厭わない組織の癖にグローバル人材といいちゃっかり流行りには乗っかるんだな。
「ならここからは本気出しちゃおうかな」
開幕早々の先制攻撃を受け、全力勝負を宣言する。そして、そう言った時にはガイアは壁まで吹き飛ばされていた。ガイアも僕も、何が起こったのか理解ができない。ひとつ分かるのは、あいつに吹っ飛ばされたということだけ。特急列車の通過を踏切で待つ時のように、ガイアが通った跡から風が僕の元までやってきた。それに煽られ僕も吹き飛びそうになっている。
「なんだ……?今のは人間の出せる威力じゃない……」
口から血を吐きながら苦しそうに感想を言うガイア。ガイアが叩きつけられたうえで、壁に凹みができるほどの超火力。"なにか"をやったはずだ。だがそれがなにかは分からない。

それでも立ち上がったガイアが全力突進、しかし奴はそこにミドルキックを合わせて吹き飛ばす。そこまでも、そこからも一方的な展開が続く。蹴撃、蹴撃、蹴りのラッシュだ。壁で跳ね返ってきたガイアを打ち返し、また壁に反射させる蹴りの壁打ち。足技スカッシュだ。一撃一撃、打ち込まれる度に骨の逝く音が聞こえて観客席の僕も恐怖する。ボキボキ、なんて優しいものじゃない。ゴキッ、でも足りない。ゴシャアッ、という肉体の悲鳴が岩壁と足の間で反響し続ける。
「ぐうっ」
「そろそろ終わりにしようかな」

5発、10発と繰り返されるうちに、トドメのアッパーがガイアの心臓を捉え、彼は打撃点を中心に回転しながら舞い、無抵抗のまま落ちる。ただ、僕は繰り返しの中に答えを見た。
「あれは……!」
ガントレット。腕を包む巨大な岩の塊は剣を砕き骨を折り、重々しい右腕がガイアから様々な粉砕音を轟かせて突き抜ける。それは瞬きのうちに姿を消し、肉の肌だけが残っていた。そして、僕の思考との答え合わせが始まる。
「サーシャくん。君、なんとなくわかったでしょ。打撃の瞬間だけ岩の能力を発動して、殴りや蹴りの威力を増大させてたって」
「サーシャくんならできるのかな?一瞬で能力で生成した水を出し入れって」
できなくはない。僕自身の判断速度の遅さを抜きにすれば"西虎(せいこ)"や"亀壱(きいち)"を瞬間的に出して消すこともできるはず。"西虎"が攻撃する直前に"西虎"を水に戻し、そこから"尊凰(そんおう)"を作って意表を突いたりも可能だ。
おそらく彼女は蹴りの瞬間だけ足に岩の塊を作り、フォロースルーの時点で消した。拳も同じで、岩でサイズを300%増量したのはインパクトの一瞬だけ。同じこと、瞬間的な魔法の発動と解除ができるから僕にはそれが見えて、ガイアにはそれが見えなかったということか。

「私の能力は扱いやすさで言ったらガイア、君に遥かに劣る。なにせ地面からしか岩を生やせないからね。君みたく手のひらから出して近接で奇襲みたいな真似はできないよ。はっきり言ってうらやましい」
「それで殴り勝てるってことは……」
「練度の差ってやつだな。しょうがない。だったらこっちはリーチの差と急襲で殴るしかないな」
ガイアが手の剣を伸ばしたとき、空中に岩の誘導ミサイルを生み出したとき、もう勝負はついていた。ガイアを再び突き上げたのは岩の柱。ガイアの足元から伸びる岩柱がガイアの腹部を強打し撥ね上げたんだ。その光景はふわり、と形容できる軽やかな上昇で、重苦しい骨と岩の衝突音との美しい対比すら覚える。おそらく食らったガイア本人は、もっと鮮明に感じているに違いない。

口から血を吐き、腹から血を垂らすガイアはトレードマークの青、髪の毛の青を鮮血で赤に染めて降下、地面にノーガードで叩きつけられる。
「地面からしか生やせない、でも離れたところでも使える。こういう座標指定の攻撃は難しいけど感覚で覚えるべきだよ」
戦闘テクニックを丁寧に解説してくれたポニテ。しかしガイアはなにも反応しない。気絶した。意識がないから話も聞けない。この怒りはもう抑えられない。宣告通り相手にならないとしても立ち向かうしかない!

「"亀壱(きいち)"!"西虎(せいこ)"!!"黄龍(きりゅう)"!!!"尊凰(そんおう)"!!!!」
手加減なんてしない。確かに僕は弱い。ただそれはフィジカルの話だ!!能力込みならこの程度の相手!!
「4体同時か……やるね。正直このぐらいできるって思ってなかったよ」
それが遺言か?やれ!全員!!
そう命じた時に動けるのは、もう2匹しかいなかった。
「こういうのは破壊すれば一時的には出せなくなる……っぽいよね?」
地面から4本の柱が伸び、地上にいた"亀壱"と"西虎"はガイアの骨同様粉砕された。抵抗なく、貫通するように滑らかに突き刺し吹き飛ばした。幸いにも空に浮かぶ"黄龍"は無傷だが、同じく飛んでいても"尊凰"は片翼をもがれている。当たりだ。僕の水動物は破壊されるとしばらくはその種類の動物が出せなくなる。ダメージ次第だが、
「ちいっ!"黄龍"!」
東洋龍はさらに上昇、岩の攻撃を避ける準備をしつつ、低温高圧の水ビームを放つ。水なのにビームなのか、というツッコミに対しては「ビームとは一方向に向けた流れであるから問題ない」と返しておこう。もし誰かが光以外でレーザーとか言い出したら使っていいよ。
消防車の消火にも並べる火力(火を消すのに火力と表現すべきなのだろうか)で地面を抉り飛ばす。やったか!?……やってなかった。砂煙と水飛沫に紛れて奴は目の前に迫っていた。

「相手にならない、は言いすぎだったね。でも、私の勝ちだ」
足を蹴り飛ばされ地面に仰臥。そして体の上にまたがられると、首を腕が押さえつける。
「そ……そんっ」
強制停止。絞め技で落とされ、目覚めた後には壁はなくなっていた。