「よう、サーシャ」
「あっ、ガイアだ。おはよう」
ガイア…三日前の体力テストで最高評価間違いなしという噂を聞いている。少なくとも体力ではこのクラスどころか学校内でも最上位に値するだろう。
「ガイアはすごいね、僕なんてシャトルラン28回でダウンだよ」
「そのレベルは流石に鍛えた方がいいんじゃないか?よかったら今度イワノフ・トレーニング・アカデミーでも開講してやるぞ?」
「ははっ…インドア派は遠慮しとくよ」
鍛えたい。でも運動はしたくない。それを解決する健康器具とか出てきてくれないかな。
怠惰とは罪業のひとつとされる。しかし、いちいち手や魔法を使うことをめんどくさがった人が機械を創り、僕たちの生きる世が素晴らしい場所になった。怠惰が人間を成長させるんだ。だからこう思っても僕はなんら問題ない。いいね?
「それでな…話は変わるんだが、ひとつ悩みごとがあるんだよ」
ガイアが?人生順風満帆、余裕たっぷり、そう見えるガイアにも悩みごとがあるのか?そうやって見えるのは僕の僻みもセットだからか。
「俺の名前はな、神話の女神の名前なんだ」
そうか…それがどうした。その程度大した問題じゃないだろう。
「なんか言えよ……さてはフィクションに脳をやられてるな?ゲームにこの手の名前が多いのは否定しないしその趣味も否定しないけど結構深刻だからな?」
「大人気漫画の主人公が"ロコリー"だからってその名前をつけるやつなんていないだろ普通?」
そうだね。普通はいない。普通はね。つまりガイアの親は普通ではない、と。
この悩み、たしかに難しいね。親に関する問題は複雑だ。ルーシーみたいに親と仲良しな人もいれば、マリーみたいに不仲っぽいのもいる。そして、僕は産みの親自体がもういないしね。育ての親たるニコラさんには感謝してるけど、それでも僕の血縁上の父母とは会えないし話すこともできない。家庭によって影響も関係も複雑だ。だったらこれが一番だ。
「じゃあ色んな人にさ、自分の名前についてどう思ってるか聞いてみようよ」
本人の感想、これに尽きる。
「ほう?なんかよさそうだけど…理由はあるのか?」
「自分より下を見れば『コイツよりはマシだ』って安心できるでしょ」
我ながらゲスい。ゲスすぎる。でも真髄はこっちにある。
「なんてね。でも、同じ悩みを持つ人とそれを共有するのもひとつの方法だと思うよ。解決はできなくても、一緒に抱えてもらうことで重みは和らぐからさ」
一瞬わずかに驚いたかのように見えた直後、納得してか落ち着いて質問するガイア。その驚きには「お前がそんないいこと言うなんて」って僕への見くびりは混じっていないだろうな?
「なるほどな。じゃあお前から。お前は"サーシャ"って名前をどう思ってるんだ?」
いきなり僕か。まあ言い出しっぺではあるしね。しょうがない、悩めるこの青年のために答えを用意してあげよう。
「うーんと……好きでもなければ嫌いでもないよ。普通?不満があるわけじゃないけどもっとかっこいい名前がよかったなって」
「あと……サーシャって男の子の名前にもあるじゃん?ほら、僕一人称が"僕"だから。たまに間違えられちゃってさ。そこは悩みかもね」
東洋で言えば"マコト"あたりだろうか?こういう中性的な名前の子供は名付けの通りに中性的になるのかもしれない。そしてそれに悩むんだ。まっ、僕はこの歳になっても低身長だし、過去はともかく今と未来ではきっと女の子としか思われないけどね。
「ふむ……一見普通の名前のお前でも不満があるってことか。名前に完全に納得できるってことはないのかもしれないな」
かもね。世の中に完璧はない。色んな漫画でもそう言われてきてる。
「よし、次行くぞ。ルーシーにするか」
おっ、乗ってくれた。さて、僕も正直ルーシーの名前の由来とか満足度は気になってたから、ついでに拝聴してみよう。
「ルーシー?わたくしは結構この名前を気に入ってますわよ。高貴な響きが特にお気に入りですの」
いいの?それで。たしかにルーシーは貴族っぽい言葉遣いと振る舞いは好きだが、それは"それっぽさ"に惹かれてるのであって(貴族教育を施されたことを除けば)結構雑だ。趣味は紅茶飲むことと言ってたけど、だいたい飲んでるのはペットボトルの紅茶"ブラック・ティー・モーニング"なんだ。貴族のお墨付きと言えばそうなのかもしれないけど、格という点では茶葉を使えよと思ってしまう。
「なんですのその顔は?」
「すまんなルーシー、名前の由来って聞いたことがあるか?」
「由来ですの?たしか……お父様は『貴族にふさわしいから』と言ってましたわね」
あの人結構適当なんだな。「〜っぽいと思うから」を名前に適用するなよ。もしかして僕を住まわせてくれるって判断もノリでした訳じゃないよね?どの道感謝はするけどさ。
「次の人行く?」
「そうするか。助かったぜ、ルーシー」
「またどうぞ、ですわよ」
ルーシーの元を離れる、次に話を聞きに行くのはキリル先生のとこだとさ。
「なんで俺なんだ……まあいいけど」
まるでやる気がない。体力測定の時も思ってたけど、自己紹介のときの態度はどうした。一人称も。まあ生徒サイドも大概だからなあ。化けの皮が剥がれるまでは短いものだ。
「俺は30年弱この名前で生きてきたけどな、そんな思うことも別にないんだぞー」
「大して思うところがないってことはよっぽどの変な名前ではないってことなんだろうな」
ふん、そういうものか。無頓着、まあそんなもんなのかもね。
「ところでキリル先生、中学生のころに黒い表紙のノートに魔法陣描いてたってほんとなの?」
「…おい、なんの話だ」
「その頃なりたかった名前は"諸火を征服する漆黒の焔皇帝:レアフ・レムイフ・ブレイザー…"」
「はいストップストップ。それ以上はやめろ…いや、やめてくれ…ください」
キリル先生のギブアップ。そう、キリル先生はかつて重度の中二病患者だったのだ!さて、ここからが僕の腕の見せどころだ。
「これ……こんな恥ずかしい記憶をバラされたくなきゃ……相応の物を用意してもらわないといけないですよねぇ」
煽る。古傷を抉りつつ煽る。生意気なガキと思われようと構わん。社会的な生殺与奪権は僕にある。少し悪く思われたところでどうってことないのさ!
「……まあ考えてやる。そうだな、アイス一本ぐらいならくれてやろう。いやこれで許してくれ。俺にも法律があるからこれ以上は贈賄になるんだ」
しょうがないな、それで勘弁してあげよ。交渉成功、甘味が僕を待ってるぞ。それはそれとして、キリル先生は小声である決心をつけたようだ。
「さてはルミナの入れ知恵だな……後で図書館に行ってやるか。久しぶりにな。ただし、問・い・た・だ・し・に・だ」
その後、図書館でボヤ騒ぎが起こったのはガイアの悩みとはまた別のお話。ルミナ……無事を祈る。
仕切り直して次行こう。次の相手は…
「名前ですか?私の?」
「そう。マリーの名前。名前で悩んでる少年がいるらしいので助けてあげてくださいな」
「えーっと……マリーの由来は……なんだっけ……そ……そんな大層なものではないと思います……」
たまたまが2人集まっただけで、名前に不満や関心を持つ人は少ないのかな?まあそうか、真っ当な名づけするセンスある人じゃなきゃ親になんてなれないもんね。……少なからず例外はいるけど。最低一人はいるけど。
「名前について知っているのは家族とイニシャルがだいたい同じだということです。お母様はローゼンベルクの外から来た方なので例外ですが、私にはモニカという姉がいます。おじい様もマルス・ローゼンベルクでMですよね」
「統一感あるな。それは面白いけど名前で遊んでるわけではないよなまさか」
唐突に明かされるおじいちゃんのフルネーム。マルス、だったのか。それにマリーにはおじいちゃんだけじゃなくてお姉ちゃんもいたのか。前の話を考えるとマリーとは一緒に住んでないのかな?
「お姉ちゃんか…モニカってどんな人なの?」
「ちょっと……怖いですね。何を考えてるのかよくわからなかったので。でも、今のところローゼンベルクでは一番強いので、順当にいけば彼女がローゼンベルクを継ぐんだと思います」
「それはそれとしていい人だと思います。おじい様の家に行くまでは多分一番気にかけてくれてましたし、外で猛獣に襲われそうになったときも助けてくれたんです」
「そうか……ってかこれ名前の話じゃないよな?」
「気づいた?でも会話は膨らませるものだよ」
「それを俺に説くと?釈迦に説法とはこのことだな」
まあそうだな。僕の(対非友人)会話スキルは低いから、ガイアがそれを言われる筋合いはないのだが。
「でさ、次は誰に聞きに行く?」
「ならアリスにするか。着いてきてくれ」
というか僕もずっと着いてくんだ。まっ、楽しいしいいんだけど。
「アリス、ちょっといいか」
「ガイアと……ああ、サーシャか。吾になんの用だ?」
アリスは一人称"吾"なのかよ…!キャラなの?教育なの?どっちなんだい!前に「我が名はアリス」とは言ってたけどあのしゃべり方がずっと続くだなんて思ってなかったよ。
「アリスという名前か?古いとは思っているな。知っているだろうがアリスは隣国の"テイボス"の名前だ。吾もそこの生まれ。シトロンの名は知っていよう?」
シトロンか。名門の三貴族、いわゆる"御三家"のひとつにあたる家だ。ここルスラシアのゼブル、海を越えた先の国家・リーカメイのガルシア、そしてテイボスが本拠地のシトロン。これが"御三家"だ。よく考えたらマリーといい僕といい、貴族と御三家多いなここ。まあ名門校だからそういうものか。
「かつて"テイボス"'の土地には"アリス"という領主がいたという。母から聞いてな。若き頃彼女は名君で、彼女に信仰にも近い敬愛を抱いた者は皆己の子に"アリス"と名付けたそうだ」
「しかし"アリス"は変わった。ある日行方不明になった後に帰ってくれば、その様は暴君へと変わっていた。富を全て我がものとし、ただ目の前を通った者を殺す……国民を虐げる圧政だ」
「それからも400年経ってアリスの名は現代にあまり多くない。過去の変貌を忌む物も確かにいるが、その件が多くの者に忘れられたのも大きいな。古い名前自体に文句はないが、親のセンスは疑ってしまう。娘に暴君の名を付けるなど娘に暴君になってほしいと言ってるようなものだぞ」
アリス、怒っていいよ。むしろキレるんだ。
「まあ吾は暴君…魔王のような生き方に憧れていてな。別に名付けは大した問題ではない」
そうなのかよ、超危険人物じゃん。一人称も尊大なのはそのためか。魔王様を演じてるのね。
「でもそうだ、次は別の名がいい。流石にこの名は変な誤解を生むことも多い。知っている者は知っている話だからな」
「なるほど……じゃあ、次生まれるとしたらどんな名前がいいの?」
「次の名は……リリスがいいな」
リリスか。それも大概古くないか?軽く40年前、親世代の名前だと思う。とはいえリバイバルブームってものは存在するから、今は少なくても次の人生の頃には増えてるのかも。……果たして"サーシャ"はその時代まで残ってるのかな?
「ユーリ、ちょっと聞いていいか?」
次はユーリか。アリスもそうだけど、実はユーリのこともよくわかってない。前にすごいパワーがあるのはわかったけど、口数も少なくて静かだから心を量りにくい。
「どうした。名前か?」
さっきまでの話全部聞かれてたのかな。事情がバレてる。知ってるなら話が早いともいうけど。
「ユーリ・タッカーは本名じゃない、それを最初に言っておく」
えっ?偽名だったの!?この驚きは顔に出てしまったし、ガイアも予想外と言わんばかりに目を丸くしている。
「いや……ちょっと違うんだ。本名じゃないというか愛称でな……俺はこの国の生まれじゃないんだ……」
「なに?そうだったのか?」
「俺はウグピナツ人だ。本名、あるいはウグピナツでの名前は"鷹羽悠里"なんだ」
鷹場…鷹…タッカー……ふうん、そういうことか。週リヴィの原産地、漢字を名前に使う地方の生まれだったんだね。マリーもアリスもそうだしこの学校外国からも人来てるんだな。
「初めにこっちに来た時から"ユーリ"とは呼んでもらってたけどな。幸いにしてユーリはこっちの名前でもあったから。苗字呼びはどうすればいいのかと聞かれた時に"タッカー"って答えたんだ。こっちの方だとこれの方が馴染み深いらしいだろ?」
「まあそうだね。"タカバ"さんはいなくても"タッカー"さんはたまにいるよ」
発音の問題か、文化の問題か。
「ちなみに"ユウリ"は俺の国では女の名前でもある。子供の頃は髪が長かったからかよく間違えられてたんだ」
「ほう…僕と同じだね。僕も昔男の子と間違えられてね……」
意外と話せるんだ、ユーリ。しかしストップが入る。
「おいおいサーシャ、さっきからそうだが俺を置いてかないでくれよ。なんとかしてほしいのは俺の名前のコンプレックスだぜ」
そういえばそうだった。すまないガイア。
「でも、お前らも名前に悩んでるから、別にそう特別なものでもないんだなと思えたぜ。悩みが軽くなった気がする。ありがとな」
それはよかった。……でもガイアの例は特殊だと思うけどね?しかもルーシーやキリル先生はそうでもなかったし……本人が納得してるならそれが一番、そういうことにしとこう。
「さて、先程はお付き合いいただきありがとう」
「そしてここからが本題なんだ。名前は名前で結構悩んでたけどな」
本題?隠してたの?それとも言いにくかった事なのかな。
「実は……最近誰かに尾けられてる気がしてな」
「ストーカーってこと?」
「そうだな、そうともいう」
ストーカーか。たまにニュースになるし、近所で事が起こることもある。理由も色々あって、恋慕から怨恨、果ては無意識まで様々。そう考えると、僕に迫ってきてるあいつら黒フードたちもある意味ストーカーなんだろうか。
「そこでだ、サーシャに少し手伝ってもらおうと思ってな」
「俺を追いかけるストーカーをサーシャが追う…二重尾行だ」
スパイっぽくてかっこいいな。その作戦、乗った!
「いいよ。……もしかして今日の帰りにやるの?」
「もちろんだ。善は急げと言うだろう?」
使い方合ってるかな。でも、思いついたらすぐ行動するというのはたしかに大切だ。僕はそれで何度も後悔してる。やると言ったからにはやってやろう。ガイアと一緒に階段を降りる。
「ちょっとサーシャ、またわたくしを置いて帰るんですの!?」
ルーシーの怒りは無視。たまにはマリーと仲良くしてもらおう。
「あっ、ガイアだ。おはよう」
ガイア…三日前の体力テストで最高評価間違いなしという噂を聞いている。少なくとも体力ではこのクラスどころか学校内でも最上位に値するだろう。
「ガイアはすごいね、僕なんてシャトルラン28回でダウンだよ」
「そのレベルは流石に鍛えた方がいいんじゃないか?よかったら今度イワノフ・トレーニング・アカデミーでも開講してやるぞ?」
「ははっ…インドア派は遠慮しとくよ」
鍛えたい。でも運動はしたくない。それを解決する健康器具とか出てきてくれないかな。
怠惰とは罪業のひとつとされる。しかし、いちいち手や魔法を使うことをめんどくさがった人が機械を創り、僕たちの生きる世が素晴らしい場所になった。怠惰が人間を成長させるんだ。だからこう思っても僕はなんら問題ない。いいね?
「それでな…話は変わるんだが、ひとつ悩みごとがあるんだよ」
ガイアが?人生順風満帆、余裕たっぷり、そう見えるガイアにも悩みごとがあるのか?そうやって見えるのは僕の僻みもセットだからか。
「俺の名前はな、神話の女神の名前なんだ」
そうか…それがどうした。その程度大した問題じゃないだろう。
「なんか言えよ……さてはフィクションに脳をやられてるな?ゲームにこの手の名前が多いのは否定しないしその趣味も否定しないけど結構深刻だからな?」
「大人気漫画の主人公が"ロコリー"だからってその名前をつけるやつなんていないだろ普通?」
そうだね。普通はいない。普通はね。つまりガイアの親は普通ではない、と。
この悩み、たしかに難しいね。親に関する問題は複雑だ。ルーシーみたいに親と仲良しな人もいれば、マリーみたいに不仲っぽいのもいる。そして、僕は産みの親自体がもういないしね。育ての親たるニコラさんには感謝してるけど、それでも僕の血縁上の父母とは会えないし話すこともできない。家庭によって影響も関係も複雑だ。だったらこれが一番だ。
「じゃあ色んな人にさ、自分の名前についてどう思ってるか聞いてみようよ」
本人の感想、これに尽きる。
「ほう?なんかよさそうだけど…理由はあるのか?」
「自分より下を見れば『コイツよりはマシだ』って安心できるでしょ」
我ながらゲスい。ゲスすぎる。でも真髄はこっちにある。
「なんてね。でも、同じ悩みを持つ人とそれを共有するのもひとつの方法だと思うよ。解決はできなくても、一緒に抱えてもらうことで重みは和らぐからさ」
一瞬わずかに驚いたかのように見えた直後、納得してか落ち着いて質問するガイア。その驚きには「お前がそんないいこと言うなんて」って僕への見くびりは混じっていないだろうな?
「なるほどな。じゃあお前から。お前は"サーシャ"って名前をどう思ってるんだ?」
いきなり僕か。まあ言い出しっぺではあるしね。しょうがない、悩めるこの青年のために答えを用意してあげよう。
「うーんと……好きでもなければ嫌いでもないよ。普通?不満があるわけじゃないけどもっとかっこいい名前がよかったなって」
「あと……サーシャって男の子の名前にもあるじゃん?ほら、僕一人称が"僕"だから。たまに間違えられちゃってさ。そこは悩みかもね」
東洋で言えば"マコト"あたりだろうか?こういう中性的な名前の子供は名付けの通りに中性的になるのかもしれない。そしてそれに悩むんだ。まっ、僕はこの歳になっても低身長だし、過去はともかく今と未来ではきっと女の子としか思われないけどね。
「ふむ……一見普通の名前のお前でも不満があるってことか。名前に完全に納得できるってことはないのかもしれないな」
かもね。世の中に完璧はない。色んな漫画でもそう言われてきてる。
「よし、次行くぞ。ルーシーにするか」
おっ、乗ってくれた。さて、僕も正直ルーシーの名前の由来とか満足度は気になってたから、ついでに拝聴してみよう。
「ルーシー?わたくしは結構この名前を気に入ってますわよ。高貴な響きが特にお気に入りですの」
いいの?それで。たしかにルーシーは貴族っぽい言葉遣いと振る舞いは好きだが、それは"それっぽさ"に惹かれてるのであって(貴族教育を施されたことを除けば)結構雑だ。趣味は紅茶飲むことと言ってたけど、だいたい飲んでるのはペットボトルの紅茶"ブラック・ティー・モーニング"なんだ。貴族のお墨付きと言えばそうなのかもしれないけど、格という点では茶葉を使えよと思ってしまう。
「なんですのその顔は?」
「すまんなルーシー、名前の由来って聞いたことがあるか?」
「由来ですの?たしか……お父様は『貴族にふさわしいから』と言ってましたわね」
あの人結構適当なんだな。「〜っぽいと思うから」を名前に適用するなよ。もしかして僕を住まわせてくれるって判断もノリでした訳じゃないよね?どの道感謝はするけどさ。
「次の人行く?」
「そうするか。助かったぜ、ルーシー」
「またどうぞ、ですわよ」
ルーシーの元を離れる、次に話を聞きに行くのはキリル先生のとこだとさ。
「なんで俺なんだ……まあいいけど」
まるでやる気がない。体力測定の時も思ってたけど、自己紹介のときの態度はどうした。一人称も。まあ生徒サイドも大概だからなあ。化けの皮が剥がれるまでは短いものだ。
「俺は30年弱この名前で生きてきたけどな、そんな思うことも別にないんだぞー」
「大して思うところがないってことはよっぽどの変な名前ではないってことなんだろうな」
ふん、そういうものか。無頓着、まあそんなもんなのかもね。
「ところでキリル先生、中学生のころに黒い表紙のノートに魔法陣描いてたってほんとなの?」
「…おい、なんの話だ」
「その頃なりたかった名前は"諸火を征服する漆黒の焔皇帝:レアフ・レムイフ・ブレイザー…"」
「はいストップストップ。それ以上はやめろ…いや、やめてくれ…ください」
キリル先生のギブアップ。そう、キリル先生はかつて重度の中二病患者だったのだ!さて、ここからが僕の腕の見せどころだ。
「これ……こんな恥ずかしい記憶をバラされたくなきゃ……相応の物を用意してもらわないといけないですよねぇ」
煽る。古傷を抉りつつ煽る。生意気なガキと思われようと構わん。社会的な生殺与奪権は僕にある。少し悪く思われたところでどうってことないのさ!
「……まあ考えてやる。そうだな、アイス一本ぐらいならくれてやろう。いやこれで許してくれ。俺にも法律があるからこれ以上は贈賄になるんだ」
しょうがないな、それで勘弁してあげよ。交渉成功、甘味が僕を待ってるぞ。それはそれとして、キリル先生は小声である決心をつけたようだ。
「さてはルミナの入れ知恵だな……後で図書館に行ってやるか。久しぶりにな。ただし、問・い・た・だ・し・に・だ」
その後、図書館でボヤ騒ぎが起こったのはガイアの悩みとはまた別のお話。ルミナ……無事を祈る。
仕切り直して次行こう。次の相手は…
「名前ですか?私の?」
「そう。マリーの名前。名前で悩んでる少年がいるらしいので助けてあげてくださいな」
「えーっと……マリーの由来は……なんだっけ……そ……そんな大層なものではないと思います……」
たまたまが2人集まっただけで、名前に不満や関心を持つ人は少ないのかな?まあそうか、真っ当な名づけするセンスある人じゃなきゃ親になんてなれないもんね。……少なからず例外はいるけど。最低一人はいるけど。
「名前について知っているのは家族とイニシャルがだいたい同じだということです。お母様はローゼンベルクの外から来た方なので例外ですが、私にはモニカという姉がいます。おじい様もマルス・ローゼンベルクでMですよね」
「統一感あるな。それは面白いけど名前で遊んでるわけではないよなまさか」
唐突に明かされるおじいちゃんのフルネーム。マルス、だったのか。それにマリーにはおじいちゃんだけじゃなくてお姉ちゃんもいたのか。前の話を考えるとマリーとは一緒に住んでないのかな?
「お姉ちゃんか…モニカってどんな人なの?」
「ちょっと……怖いですね。何を考えてるのかよくわからなかったので。でも、今のところローゼンベルクでは一番強いので、順当にいけば彼女がローゼンベルクを継ぐんだと思います」
「それはそれとしていい人だと思います。おじい様の家に行くまでは多分一番気にかけてくれてましたし、外で猛獣に襲われそうになったときも助けてくれたんです」
「そうか……ってかこれ名前の話じゃないよな?」
「気づいた?でも会話は膨らませるものだよ」
「それを俺に説くと?釈迦に説法とはこのことだな」
まあそうだな。僕の(対非友人)会話スキルは低いから、ガイアがそれを言われる筋合いはないのだが。
「でさ、次は誰に聞きに行く?」
「ならアリスにするか。着いてきてくれ」
というか僕もずっと着いてくんだ。まっ、楽しいしいいんだけど。
「アリス、ちょっといいか」
「ガイアと……ああ、サーシャか。吾になんの用だ?」
アリスは一人称"吾"なのかよ…!キャラなの?教育なの?どっちなんだい!前に「我が名はアリス」とは言ってたけどあのしゃべり方がずっと続くだなんて思ってなかったよ。
「アリスという名前か?古いとは思っているな。知っているだろうがアリスは隣国の"テイボス"の名前だ。吾もそこの生まれ。シトロンの名は知っていよう?」
シトロンか。名門の三貴族、いわゆる"御三家"のひとつにあたる家だ。ここルスラシアのゼブル、海を越えた先の国家・リーカメイのガルシア、そしてテイボスが本拠地のシトロン。これが"御三家"だ。よく考えたらマリーといい僕といい、貴族と御三家多いなここ。まあ名門校だからそういうものか。
「かつて"テイボス"'の土地には"アリス"という領主がいたという。母から聞いてな。若き頃彼女は名君で、彼女に信仰にも近い敬愛を抱いた者は皆己の子に"アリス"と名付けたそうだ」
「しかし"アリス"は変わった。ある日行方不明になった後に帰ってくれば、その様は暴君へと変わっていた。富を全て我がものとし、ただ目の前を通った者を殺す……国民を虐げる圧政だ」
「それからも400年経ってアリスの名は現代にあまり多くない。過去の変貌を忌む物も確かにいるが、その件が多くの者に忘れられたのも大きいな。古い名前自体に文句はないが、親のセンスは疑ってしまう。娘に暴君の名を付けるなど娘に暴君になってほしいと言ってるようなものだぞ」
アリス、怒っていいよ。むしろキレるんだ。
「まあ吾は暴君…魔王のような生き方に憧れていてな。別に名付けは大した問題ではない」
そうなのかよ、超危険人物じゃん。一人称も尊大なのはそのためか。魔王様を演じてるのね。
「でもそうだ、次は別の名がいい。流石にこの名は変な誤解を生むことも多い。知っている者は知っている話だからな」
「なるほど……じゃあ、次生まれるとしたらどんな名前がいいの?」
「次の名は……リリスがいいな」
リリスか。それも大概古くないか?軽く40年前、親世代の名前だと思う。とはいえリバイバルブームってものは存在するから、今は少なくても次の人生の頃には増えてるのかも。……果たして"サーシャ"はその時代まで残ってるのかな?
「ユーリ、ちょっと聞いていいか?」
次はユーリか。アリスもそうだけど、実はユーリのこともよくわかってない。前にすごいパワーがあるのはわかったけど、口数も少なくて静かだから心を量りにくい。
「どうした。名前か?」
さっきまでの話全部聞かれてたのかな。事情がバレてる。知ってるなら話が早いともいうけど。
「ユーリ・タッカーは本名じゃない、それを最初に言っておく」
えっ?偽名だったの!?この驚きは顔に出てしまったし、ガイアも予想外と言わんばかりに目を丸くしている。
「いや……ちょっと違うんだ。本名じゃないというか愛称でな……俺はこの国の生まれじゃないんだ……」
「なに?そうだったのか?」
「俺はウグピナツ人だ。本名、あるいはウグピナツでの名前は"鷹羽悠里"なんだ」
鷹場…鷹…タッカー……ふうん、そういうことか。週リヴィの原産地、漢字を名前に使う地方の生まれだったんだね。マリーもアリスもそうだしこの学校外国からも人来てるんだな。
「初めにこっちに来た時から"ユーリ"とは呼んでもらってたけどな。幸いにしてユーリはこっちの名前でもあったから。苗字呼びはどうすればいいのかと聞かれた時に"タッカー"って答えたんだ。こっちの方だとこれの方が馴染み深いらしいだろ?」
「まあそうだね。"タカバ"さんはいなくても"タッカー"さんはたまにいるよ」
発音の問題か、文化の問題か。
「ちなみに"ユウリ"は俺の国では女の名前でもある。子供の頃は髪が長かったからかよく間違えられてたんだ」
「ほう…僕と同じだね。僕も昔男の子と間違えられてね……」
意外と話せるんだ、ユーリ。しかしストップが入る。
「おいおいサーシャ、さっきからそうだが俺を置いてかないでくれよ。なんとかしてほしいのは俺の名前のコンプレックスだぜ」
そういえばそうだった。すまないガイア。
「でも、お前らも名前に悩んでるから、別にそう特別なものでもないんだなと思えたぜ。悩みが軽くなった気がする。ありがとな」
それはよかった。……でもガイアの例は特殊だと思うけどね?しかもルーシーやキリル先生はそうでもなかったし……本人が納得してるならそれが一番、そういうことにしとこう。
「さて、先程はお付き合いいただきありがとう」
「そしてここからが本題なんだ。名前は名前で結構悩んでたけどな」
本題?隠してたの?それとも言いにくかった事なのかな。
「実は……最近誰かに尾けられてる気がしてな」
「ストーカーってこと?」
「そうだな、そうともいう」
ストーカーか。たまにニュースになるし、近所で事が起こることもある。理由も色々あって、恋慕から怨恨、果ては無意識まで様々。そう考えると、僕に迫ってきてるあいつら黒フードたちもある意味ストーカーなんだろうか。
「そこでだ、サーシャに少し手伝ってもらおうと思ってな」
「俺を追いかけるストーカーをサーシャが追う…二重尾行だ」
スパイっぽくてかっこいいな。その作戦、乗った!
「いいよ。……もしかして今日の帰りにやるの?」
「もちろんだ。善は急げと言うだろう?」
使い方合ってるかな。でも、思いついたらすぐ行動するというのはたしかに大切だ。僕はそれで何度も後悔してる。やると言ったからにはやってやろう。ガイアと一緒に階段を降りる。
「ちょっとサーシャ、またわたくしを置いて帰るんですの!?」
ルーシーの怒りは無視。たまにはマリーと仲良くしてもらおう。
