「サーシャ、会いたかったです」
160センチほどの小柄な男が壁を突き破って入ってきた。もちろん、身にまとうはいつもの黒フードだ。子供のような見た目をしているが、童顔といえ顔つきも体つきも成人相応だ。
「どうしてここがわかった、サーシャの場所を開示などしていないはずだが」
「親切な人がいたです。青髪で金色の目をした子はここら辺にいないかと聞いたら教えてくれたです」
エーヴィヒ?事情を知ってるの?
「ルミナの能力で勝手に聞いた。すまないな」
エーヴィヒも使えるんだ……ルミナの能力。でもありがたいよ。僕が事情を聞く手間が省ける。しかもしれっと今思考に対して言葉で返してるし。ほんと便利だねルミナの魔法。
「にしても…もしかして外国人?言葉がたどたどしいけど」
世界で書き文字は全部同じだし、話し言葉もだいたい同じだけど、ルスラシア内に方言があるように、国家単位でも発音や言葉の違いが少しある。たしかにラリーパ出身のマリーはルスラシアのとは語尾のイントネーションが違う。こいつは…もっと違う国の出身だな。ワールドワイド・グローバル化め。
「すまないです。この国の言葉に慣れていないです。まさに外国人です 」
国外からもメンバーを集めてるのか。マジでなんなんだこいつらは。
「エーヴィヒ!ここでやる?ちょっとこの棚濡れるけどいい?」
「棚ひとつの水没で済むと思ってるなんてお気楽だねです。俺はあの凡夫どもと違ってまともに戦闘に使える魔法を持ってるです。2体1じゃ勝つのは分が悪いですがサーシャくんを殺して帰るぐらいなら余裕でできるです」
目の前の男は懐から30センチ定規を取り出すと、指先を起点にそれ全体を鋼で包み込んだ。普通のプラ板から生まれ変わり、冷たく光る鋼鉄長方形は剣のようにも見える。
「能力のタネはすぐ割れるだろうから教えてあげてもいいです。簡単に言えば物質の金属化…」
「セキュリティを無視して凶器を持ち込める"鉄の剣"。私の体も金属にできる文字通りの"鋼の防御"。最強の矛と最強の盾兼用です」
「鋼のタフさを水ごときで破れるはずないです。しかし人の肉を鉄で裂くは余裕です。つまりこの勝負、私の勝ちです」
"矛盾"という言葉にはひとつのアンサーが出たようだ。"「自分の持つ盾以外の盾」では防げない矛"と"「自分の持つ矛以外の矛」では貫けない盾"。この世に所有者が自分しかいないのなら確かにそれら同士の衝突は考えなくていいよね。……これ本当に答えになってるかな?そんなことは置きにして、ですです口調を崩さずメタル定規マンは走ってくる。両手両足も金属で覆いながら走ってくる。こちらも戦いの準備をしないと。
室内戦で使いやすい一匹…"尊凰"と"黄龍"は大きすぎる。閉所ではコントロールに難儀するだろう。なら"亀壱"は?サイズは多少現実的だが、刃物の投擲を防ぐことができないのは前の戦いのデータから知られているはず。持久戦を狙っても防御を破られて、本体の僕が血まみれになるのがオチだろう。ならばここは短期決戦、先手必勝。鋼と例えられようとも、実際に鋼鉄だとしても、パワーでガードをねじ伏せればいいだけの話だ。
「来い!!"西虎"!!」
水の虎が足、胴、頭、そして牙の順でゆっくりと形を成していく。全身を作り上げたら細部、爪まで丁寧に練り上げて攻撃準備は完了だ。"西虎"は吠え、目の前の相手を威嚇している。
僕の指示で虎は駆ける。眼前の敵に向かって走り、鋭い爪の一閃が体を斬り裂いた……はずだった。
「まったく効かないです。正直ウォーターカッターにも勝てると自負してるですが……ただの水ならなおさら無理です」
まるでダメージがない。切れたのは黒い服だけで、裂けたフードからは鋼の肉体(物理)が覗いている。言うだけはある。ならば最高火力の"尊凰"を……と最終手段を繰り出そうとすると、それを読み取ったのか声がかかる。
「俺に代わってくれ。一撃で決める」
エーヴィヒが前に出て、奴は磁力に寄せられたかのごとく反応し鋼の物差しの向きが変わる。
「順番が変わっちゃうです。まあどっちでもいいです。始末するだけです」
今度は相手の攻撃のターン。鋭い光を放つ定規がエーヴィヒの喉元を突き抜け……なかった。代わりにまばゆい光がエーヴィヒの右の手のひらから現れ、男の全身を照らしている。窓の見えない暗い部屋が今は外の日差しの下よりも明るくなっている。
「えっ?なんですこの光はです?」
「じょ……定規がプラスチックに戻ってるです!!どんなトリックです!!」
喉に添えた元・元・プラ定規の攻撃が通用しないことに驚き飛び退くと、エーヴィヒの答え合わせが始まる。
「君と同じく魔法を使っただけだ。年季の差か格の違いか、俺の方が強かったみたいだが」
「あわわ……手も胴も鋼から戻ってるです」
「光があらんことを」
エーヴィヒの一言で一瞬弱まった右手の光が今度は網膜を焼くほどに激しくなると、男は力で開けてきた入口の正面まで吹き飛ばされていた。壁に頭を強打、脳が揺れ意識も震えている。
「で…Deathぅ…」
最初からそれが言いたかったのか。それに死んではないでしょ。死んでない…よね?
「すまない。魂を肉体から引き剥がしたから死んでる……死ぬかもしれない」
……………………。思考においても言葉すら出せない。長生きしてるんだろうとはいえ殺人への躊躇なさすぎない?
「冗談だ。だがルミナの能力で記憶はいくらか抜かせてもらった」
「それにこいつらの組織についてわかったこともある。周囲に聞かれないように少し特殊な伝え方をさせてもらうぞ」
殺してないならよかった。ルミナが人殺しにならずに済むからね。そして、エーヴィヒが手を握ると、脳内に大量の情報とエーヴィヒの解説が溢れだしてくる。
組織、嘆きの残党。今戦った彼、グレイブ・J・ファーガソン(らしい)は戦闘チームの中間管理職ポジションにいたらしく、ルスラシアでの活動を統括する上司とレウシアを戦場にする部下(入学初日のナイフ使いやマリーが倒したガンマンら)の板挟みだったようで。……それがどうした、本題は本拠地と"禁忌"についてだ。
「奴らの根城は……こいつは知らされてないようだ。尋問されても問題ない、といったようにしてるんだな」
空振り、か。組織の名前がわかるだけでも安心感はあるからいいけど。未知に名前を付けることで既知として、暗闇に光を灯す。天井の照明スイッチの場所が分かるのが1番いい。ルミナだったらそんなこと言ったりしないかな。
「ただ、こいつは"ウォクソム"に集められ、そこで情報を知らされているそうだ。拠点とは言えるだろうな。そこを調べればまた何かわかるかもな」
"ウォクソム"……ルスラシアの西部か。交通機関が少なくアクセスの悪い、人のいない土地なら秘密のやり取りにはうってつけだろう。今度時間と戦力があるときに行ってみよう。ちょっと待て。戦力なんてどうやって引っ張ってくるんだ?またマリーに付き合ってもらおうかな……
160センチほどの小柄な男が壁を突き破って入ってきた。もちろん、身にまとうはいつもの黒フードだ。子供のような見た目をしているが、童顔といえ顔つきも体つきも成人相応だ。
「どうしてここがわかった、サーシャの場所を開示などしていないはずだが」
「親切な人がいたです。青髪で金色の目をした子はここら辺にいないかと聞いたら教えてくれたです」
エーヴィヒ?事情を知ってるの?
「ルミナの能力で勝手に聞いた。すまないな」
エーヴィヒも使えるんだ……ルミナの能力。でもありがたいよ。僕が事情を聞く手間が省ける。しかもしれっと今思考に対して言葉で返してるし。ほんと便利だねルミナの魔法。
「にしても…もしかして外国人?言葉がたどたどしいけど」
世界で書き文字は全部同じだし、話し言葉もだいたい同じだけど、ルスラシア内に方言があるように、国家単位でも発音や言葉の違いが少しある。たしかにラリーパ出身のマリーはルスラシアのとは語尾のイントネーションが違う。こいつは…もっと違う国の出身だな。ワールドワイド・グローバル化め。
「すまないです。この国の言葉に慣れていないです。まさに外国人です 」
国外からもメンバーを集めてるのか。マジでなんなんだこいつらは。
「エーヴィヒ!ここでやる?ちょっとこの棚濡れるけどいい?」
「棚ひとつの水没で済むと思ってるなんてお気楽だねです。俺はあの凡夫どもと違ってまともに戦闘に使える魔法を持ってるです。2体1じゃ勝つのは分が悪いですがサーシャくんを殺して帰るぐらいなら余裕でできるです」
目の前の男は懐から30センチ定規を取り出すと、指先を起点にそれ全体を鋼で包み込んだ。普通のプラ板から生まれ変わり、冷たく光る鋼鉄長方形は剣のようにも見える。
「能力のタネはすぐ割れるだろうから教えてあげてもいいです。簡単に言えば物質の金属化…」
「セキュリティを無視して凶器を持ち込める"鉄の剣"。私の体も金属にできる文字通りの"鋼の防御"。最強の矛と最強の盾兼用です」
「鋼のタフさを水ごときで破れるはずないです。しかし人の肉を鉄で裂くは余裕です。つまりこの勝負、私の勝ちです」
"矛盾"という言葉にはひとつのアンサーが出たようだ。"「自分の持つ盾以外の盾」では防げない矛"と"「自分の持つ矛以外の矛」では貫けない盾"。この世に所有者が自分しかいないのなら確かにそれら同士の衝突は考えなくていいよね。……これ本当に答えになってるかな?そんなことは置きにして、ですです口調を崩さずメタル定規マンは走ってくる。両手両足も金属で覆いながら走ってくる。こちらも戦いの準備をしないと。
室内戦で使いやすい一匹…"尊凰"と"黄龍"は大きすぎる。閉所ではコントロールに難儀するだろう。なら"亀壱"は?サイズは多少現実的だが、刃物の投擲を防ぐことができないのは前の戦いのデータから知られているはず。持久戦を狙っても防御を破られて、本体の僕が血まみれになるのがオチだろう。ならばここは短期決戦、先手必勝。鋼と例えられようとも、実際に鋼鉄だとしても、パワーでガードをねじ伏せればいいだけの話だ。
「来い!!"西虎"!!」
水の虎が足、胴、頭、そして牙の順でゆっくりと形を成していく。全身を作り上げたら細部、爪まで丁寧に練り上げて攻撃準備は完了だ。"西虎"は吠え、目の前の相手を威嚇している。
僕の指示で虎は駆ける。眼前の敵に向かって走り、鋭い爪の一閃が体を斬り裂いた……はずだった。
「まったく効かないです。正直ウォーターカッターにも勝てると自負してるですが……ただの水ならなおさら無理です」
まるでダメージがない。切れたのは黒い服だけで、裂けたフードからは鋼の肉体(物理)が覗いている。言うだけはある。ならば最高火力の"尊凰"を……と最終手段を繰り出そうとすると、それを読み取ったのか声がかかる。
「俺に代わってくれ。一撃で決める」
エーヴィヒが前に出て、奴は磁力に寄せられたかのごとく反応し鋼の物差しの向きが変わる。
「順番が変わっちゃうです。まあどっちでもいいです。始末するだけです」
今度は相手の攻撃のターン。鋭い光を放つ定規がエーヴィヒの喉元を突き抜け……なかった。代わりにまばゆい光がエーヴィヒの右の手のひらから現れ、男の全身を照らしている。窓の見えない暗い部屋が今は外の日差しの下よりも明るくなっている。
「えっ?なんですこの光はです?」
「じょ……定規がプラスチックに戻ってるです!!どんなトリックです!!」
喉に添えた元・元・プラ定規の攻撃が通用しないことに驚き飛び退くと、エーヴィヒの答え合わせが始まる。
「君と同じく魔法を使っただけだ。年季の差か格の違いか、俺の方が強かったみたいだが」
「あわわ……手も胴も鋼から戻ってるです」
「光があらんことを」
エーヴィヒの一言で一瞬弱まった右手の光が今度は網膜を焼くほどに激しくなると、男は力で開けてきた入口の正面まで吹き飛ばされていた。壁に頭を強打、脳が揺れ意識も震えている。
「で…Deathぅ…」
最初からそれが言いたかったのか。それに死んではないでしょ。死んでない…よね?
「すまない。魂を肉体から引き剥がしたから死んでる……死ぬかもしれない」
……………………。思考においても言葉すら出せない。長生きしてるんだろうとはいえ殺人への躊躇なさすぎない?
「冗談だ。だがルミナの能力で記憶はいくらか抜かせてもらった」
「それにこいつらの組織についてわかったこともある。周囲に聞かれないように少し特殊な伝え方をさせてもらうぞ」
殺してないならよかった。ルミナが人殺しにならずに済むからね。そして、エーヴィヒが手を握ると、脳内に大量の情報とエーヴィヒの解説が溢れだしてくる。
組織、嘆きの残党。今戦った彼、グレイブ・J・ファーガソン(らしい)は戦闘チームの中間管理職ポジションにいたらしく、ルスラシアでの活動を統括する上司とレウシアを戦場にする部下(入学初日のナイフ使いやマリーが倒したガンマンら)の板挟みだったようで。……それがどうした、本題は本拠地と"禁忌"についてだ。
「奴らの根城は……こいつは知らされてないようだ。尋問されても問題ない、といったようにしてるんだな」
空振り、か。組織の名前がわかるだけでも安心感はあるからいいけど。未知に名前を付けることで既知として、暗闇に光を灯す。天井の照明スイッチの場所が分かるのが1番いい。ルミナだったらそんなこと言ったりしないかな。
「ただ、こいつは"ウォクソム"に集められ、そこで情報を知らされているそうだ。拠点とは言えるだろうな。そこを調べればまた何かわかるかもな」
"ウォクソム"……ルスラシアの西部か。交通機関が少なくアクセスの悪い、人のいない土地なら秘密のやり取りにはうってつけだろう。今度時間と戦力があるときに行ってみよう。ちょっと待て。戦力なんてどうやって引っ張ってくるんだ?またマリーに付き合ってもらおうかな……
