(うわぁ~、本物のマジパッドだぁ)

 本当にクライヴ先輩の使いの方から頂けたマジパッドを、私は改めて眺めていた。
 選択授業の関係で一旦アイネと別れた私は、マジパッドを操作しながら廊下を歩いている。
 スマホと変わらない機器と言われればそうかもしれないが、私からすれば『マジナイ』で実際に使われているアイテムなのだから自然とテンションも上がるというもの。
 ある意味推しグッズかもしれないな、などとも思った。

(操作方法はスマホと変わらないみたいで助かった~。せっかくだし何か写真でも撮ろうかなぁ)

 ちょうど中庭に続く辺りまできた私は、マジパッドを構えながら良い被写体を探す。
 雲一つ無い青空。庭師さんに手入れされた素敵な中庭。絵の飾られたオシャレな廊下。
 撮り応えのあるものばかりで目が回りそうになる。
 ――と、その時、何やらガサガサと動く白っぽい何かが視界に入った。

「ん?」

 中庭の木陰で、やはり何かが動いている。
 私はそっとそちらへ近付いた。

「え? フクロウ……?」

 それは全長50センチほどの白を基調としたフクロウで、翼をバサバサと動かしながら何やら妙な動きをしている。
 よく見ると足に針金のようなものが巻き付いており、それを取ろうと必死にもがいているのだということがわかった。

「ちょっ、取らなきゃ。じっとしててー」

 マジパッドをしまい、急いで針金を取ろうとする。
 しかしフクロウは、私を警戒してかますます翼を激しく動かした。

「お願い、動かないで。敵じゃないよー。足のやつ取るだけだからー」

 しばしその攻防が続いた。
 最初はその短いくちばしでつつかれ無理かと諦めかけたが、何度かそのフクロウに話しかけ続けると、ようやく何かを理解したのか、次第に大人しくなっていった。

「よしよし、いいこだねー、ありがとう」

 私はフクロウを刺激しないよう慎重に針金を外していく。
 しかしこのフクロウ、どこかで見たことがある気がした。
 確かメインキャラの誰かが飼っていたような……

「オロール!」

 針金が外れるのと同じぐらいのタイミングで、青年の声が中庭に響いた。
 私はそちらを向き、思わず声を上げそうになった。
 何故ならメインキャラの一人、アルバート・バシレウスがいたからだ。

(そうだー! アルバートの使い魔のフクロウだー!)

 アルバート・バシレウス。
 サラサラのシルバーアッシュの髪の毛に、柔和なコバルトブルーの瞳と、左目の下には泣き黒子。
 クライヴほどではないが細身の高身長で、常に姿勢がいい。
 頭脳明晰でその頭の良さは教師陣を上回る時があるぐらいで、更にはこの魔法学園の創設者の孫にあたる。
 その血統と思い遣りのある優しい性格から、フィオーレ寮の女子生徒たち並びに現実世界の女子たちから『プリンス』のあだ名で呼ばれている。

(アルバートとの出会いって、もっと後だったと思ったけど……)

 やはり私が介入したことでメインストーリーが変わってきているのだろうか。
 そんなことを考えていたら、オロールと呼ばれたフクロウが元気よく飛び出し、アルバートの肩に止まった。

「君……もしかしてオロールが何かしてしまったかな?」
「あ、違うんです。この針金が足に絡まっていて……それをはずしてあげていただけなんです」
「……!」

 アルバートは目を見開き驚いた様子を見せた。

「それはすまなかったね。それに……」
「……?」

 スッと差し伸べられた手は、自然な動作で私の手を取った。
 そこにはオロールのくちばしによってできた細かな傷がいくつも付いている。

「今手当てするからね」
「えっ! いやいや、こんなの放っておけばすぐに……」

 正直痛みも無いし、たいした傷でもない。
 それなのにアルバートはもう片方の手を重ねてきたかと思うと、淡い光が放たれ、手が温められた。それが癒しの魔法だとすぐにわかった。
 そうして手がどけられると、そこには傷一つ無い自分の手があるのだった。

「す、凄い……」
「傷が残らなくて良かった」

 にこり、と笑うアルバートがあまりにも『プリンス』過ぎて、ついつい顔が赤くなってしまう。
 いやぁ、やはりメインキャラの破壊力は凄まじい。

「そういえば名乗りもせずにごめんね。僕はアルバート。アルバート・バシレウス」
「あ……メア・モノクロイドです」
「ああ。先日転入してきたっていう」
「はい」
「学園にはもう慣れた?」
「いえ、まだ全然」
「あはは、そうだよね」

 爽やかにアルバートは笑う。本当に人の良さそうな笑顔だ。
 こんな素敵な彼なのだが、けっこう家庭環境が悪いという設定が付属している。
 母親がいわゆる無自覚な毒親で、何かとアルバートに干渉してくるのだ。
 その悩みについてもいずれメインストーリーで打ち明けられることとなり、それを解決する主人公……という展開だ。

(幸せになってほしいよなぁ、アルバート。というか原作的に言えば、主人公と一緒になることが幸せルートなんだよなぁ)

 そう思うとなんだか複雑な気分になる。
 メインストーリーの流れもなんだか変わってきているし、やっぱり私がこの世界に介入してしまうのは良くないことなんだろうか。

「ねえメア」
「え?」

 ぼんやりとそんなことを考えていた私に、アルバートは笑顔のまま提案をする。

「良ければ校舎を案内しようか」
「えっ?」
「オロールを助けてくれたお礼になるかわからないけど、良ければどうだろう?」

 アルバートの申し出に合わせ、肩に乗ったオロールはホウホウと鳴いてみせる。
 まるで魔王にさらわれた姫をこれから救い出しにいく王子様そのものだ。

(うわぁああああ、これNOと言える人いるの!?)

 頭を抱え、私はのたうち回る。あくまで心の中で。

「今日の昼休みとか空いてるかな?」
「えと……はい」
「じゃあ決まり。お昼休みに、よろしくね」

 ニッコリと微笑むアルバートを前に、私はまたしても照れてしまう。
 と、その時だった。

「おい」

 アルバートとは対照的な、やや不機嫌そうな低い声。
 恐る恐るそちらを見ると、そこには口角を下げたクライヴが立っているのだった。