「くくっ、なんだよその間抜けな顔」
「だって、いきなりわけわかんないこと言われたから……」
「説明してやるから、その顔マジでやめろ、ツボる」
腹を抱えて笑うクライヴは、19歳相応の姿だ。
こんな圧のある彼だが、それなりに悩みも持っている。
そういう裏の顔がわかるのも『マジナイ』の醍醐味なのだが。
「俺は今、家の方からお見合いだ婚約者だ何だと面倒臭いことを言われてるんだ。それを取りやめさせる条件として、今恋人がいるかどうかってことなんだと。だから家の奴らを黙らせるため、仮初の恋人を作ろうかと考えてたんだ」
「い……いやいやいやいや! 他にも素敵なお嬢さんはたくさんいますってば! なんで私ッ!?」
「この俺にさっきみたいな態度取った奴は初めてだし、おまえほど俺に興味無さそうな奴はいなそうだしな」
「そんっ、なこと……」
言いかけて言葉に詰まる。
メインキャラである彼は、この世界でも現実世界でもそれはもう絶大な人気を博している。
見た目の良さはもちろん、第一王子という肩書きもあるのだ。魔法学園の女子たちだけならず、貴族や王族がそんなクライヴを見過ごす筈も無い。
実際にメインストーリーを進めていくと、彼はそういう堅苦しさや家からの決まり事に悩まされていて……という描写もある。
そんな彼からすると、他に推しがいる私の態度や目付きは、周りの女性たちと違って映ったのかもしれない。
でもだからって、いきなり恋人って。しかも偽りの。
「それ、私に何かメリットあります……?」
「偽りとはいえ上等な彼氏ができる」
「くっ……」
自分で上等と言っても許されるの、ずるい。
何も反論できずにいる私に、ニヤニヤとクライヴは笑って見せる。
「あとはそうだな……」
言いながら彼は、懐から杖を取り出す。
それを気だるそうな感じで一振りすると、私の周りに風が吹く。
「わ、わぁっ!?」
めくれそうになるスカートを抑えていると、少しして風は止む。
そうして私の服は、キレイさっぱり乾いていたのだった。
「どうだ?」
「あ……ありがとうございます」
目を丸くして感謝を言う私の姿にまたツボったのか、クライヴは肩を揺らして笑っている。
だって魔法なんて初めて目にしたんだもん。そりゃ驚くでしょうが。
っていうかこの世界に来たってことは、私も魔法が使えるのかしら。
「で、どうだ? ずぶ濡れで寒そうにしてるおまえをこうして俺は救ってやったわけだが……まさかありがとうございますの一言だけで終わらせないよな?」
「ぐぬぬ……」
確かに有難くはあるが、こんな服を乾かすだけのことでクライヴの……まがりにもドラゴン族の第一王子の偽りの恋人なんて大役をやるなんて、あまりにも見合っていない対価ではないだろうか。
しかし。
しかしである。
(メインストーリーでこんな展開は無かったけど……キャラの考えることに反発していいものかしら)
本来、メインストーリーでクライヴとは、魔法薬学の授業中に出会うのだ。
どんくさい主人公になんだかんだ世話を焼いてくれて、そこから何かと喋るようになり……といった展開である。
しかもその際に主人公は、クライヴから『紅の竜が怒れる時、国の滅びへと繋がらん』という生まれながらにして恐ろしいお告げをされたことを知り、一緒にそうならない運命を目指そうとするのだ。
それがまさか、偽りの恋人なんていうひねくれたところからのスタートになってしまうなんて。
(ま、まあ……推しのネイトとじゃないからいいけど)
メインストーリーとの違いは気になるが、やっぱりメインキャラクターの意見や提案に反発し過ぎるとシステム上良くないかもしれない。
そう思い私は苦渋の決断をする。
「わ……わかりました。なります、偽りの恋人に」
「物分かりがいいじゃねぇか」
「でも、言っておきますけど私は何もできませんからね? その辺りはクライヴ……先輩が、上手くやってくださいね!」
「わかったわかった」
言って、クライヴは私の頭をその大きな手でくしゃりと撫でる。
「これで交渉成立だ。あー、しばらくは家のうるせぇ奴らが静かになるな。助かるぜ」
「………」
本当に嬉しそうな清々しいその笑顔に、思わず胸がキュンとする。
っていけないいけない。
私には推しのネイトがいるし、これはあくまで偽りの恋人。マジになったらダメなヤツ。
「それじゃあ、よろしくお願いします?」
「ああ。安心しろ。それなりに優遇してやっから」
優遇とは一体どんなことだろうか。
それを訊ねるよりも先に、少し離れた建物から鐘の音が聞こえてくる。
そこでようやく位置関係がわかった。
あそこにあるのが校舎で、ここがその校舎から続く庭園であることに。
「じゃあな」
「あ、は、はい」
こうして私たちは偽りの恋人同士となった。
が、正直言って私はそんなことよりも、この『マジナイ』の世界に来てしまったことの方が大きかった。
(うわぁああああ、今更だけど改めてどうすりゃいいんだぁああああ)
心の中で頭を抱えて叫ぶ私の気も知らず、クライヴは鼻歌混じりで校舎へと戻っていくのだった。
「だって、いきなりわけわかんないこと言われたから……」
「説明してやるから、その顔マジでやめろ、ツボる」
腹を抱えて笑うクライヴは、19歳相応の姿だ。
こんな圧のある彼だが、それなりに悩みも持っている。
そういう裏の顔がわかるのも『マジナイ』の醍醐味なのだが。
「俺は今、家の方からお見合いだ婚約者だ何だと面倒臭いことを言われてるんだ。それを取りやめさせる条件として、今恋人がいるかどうかってことなんだと。だから家の奴らを黙らせるため、仮初の恋人を作ろうかと考えてたんだ」
「い……いやいやいやいや! 他にも素敵なお嬢さんはたくさんいますってば! なんで私ッ!?」
「この俺にさっきみたいな態度取った奴は初めてだし、おまえほど俺に興味無さそうな奴はいなそうだしな」
「そんっ、なこと……」
言いかけて言葉に詰まる。
メインキャラである彼は、この世界でも現実世界でもそれはもう絶大な人気を博している。
見た目の良さはもちろん、第一王子という肩書きもあるのだ。魔法学園の女子たちだけならず、貴族や王族がそんなクライヴを見過ごす筈も無い。
実際にメインストーリーを進めていくと、彼はそういう堅苦しさや家からの決まり事に悩まされていて……という描写もある。
そんな彼からすると、他に推しがいる私の態度や目付きは、周りの女性たちと違って映ったのかもしれない。
でもだからって、いきなり恋人って。しかも偽りの。
「それ、私に何かメリットあります……?」
「偽りとはいえ上等な彼氏ができる」
「くっ……」
自分で上等と言っても許されるの、ずるい。
何も反論できずにいる私に、ニヤニヤとクライヴは笑って見せる。
「あとはそうだな……」
言いながら彼は、懐から杖を取り出す。
それを気だるそうな感じで一振りすると、私の周りに風が吹く。
「わ、わぁっ!?」
めくれそうになるスカートを抑えていると、少しして風は止む。
そうして私の服は、キレイさっぱり乾いていたのだった。
「どうだ?」
「あ……ありがとうございます」
目を丸くして感謝を言う私の姿にまたツボったのか、クライヴは肩を揺らして笑っている。
だって魔法なんて初めて目にしたんだもん。そりゃ驚くでしょうが。
っていうかこの世界に来たってことは、私も魔法が使えるのかしら。
「で、どうだ? ずぶ濡れで寒そうにしてるおまえをこうして俺は救ってやったわけだが……まさかありがとうございますの一言だけで終わらせないよな?」
「ぐぬぬ……」
確かに有難くはあるが、こんな服を乾かすだけのことでクライヴの……まがりにもドラゴン族の第一王子の偽りの恋人なんて大役をやるなんて、あまりにも見合っていない対価ではないだろうか。
しかし。
しかしである。
(メインストーリーでこんな展開は無かったけど……キャラの考えることに反発していいものかしら)
本来、メインストーリーでクライヴとは、魔法薬学の授業中に出会うのだ。
どんくさい主人公になんだかんだ世話を焼いてくれて、そこから何かと喋るようになり……といった展開である。
しかもその際に主人公は、クライヴから『紅の竜が怒れる時、国の滅びへと繋がらん』という生まれながらにして恐ろしいお告げをされたことを知り、一緒にそうならない運命を目指そうとするのだ。
それがまさか、偽りの恋人なんていうひねくれたところからのスタートになってしまうなんて。
(ま、まあ……推しのネイトとじゃないからいいけど)
メインストーリーとの違いは気になるが、やっぱりメインキャラクターの意見や提案に反発し過ぎるとシステム上良くないかもしれない。
そう思い私は苦渋の決断をする。
「わ……わかりました。なります、偽りの恋人に」
「物分かりがいいじゃねぇか」
「でも、言っておきますけど私は何もできませんからね? その辺りはクライヴ……先輩が、上手くやってくださいね!」
「わかったわかった」
言って、クライヴは私の頭をその大きな手でくしゃりと撫でる。
「これで交渉成立だ。あー、しばらくは家のうるせぇ奴らが静かになるな。助かるぜ」
「………」
本当に嬉しそうな清々しいその笑顔に、思わず胸がキュンとする。
っていけないいけない。
私には推しのネイトがいるし、これはあくまで偽りの恋人。マジになったらダメなヤツ。
「それじゃあ、よろしくお願いします?」
「ああ。安心しろ。それなりに優遇してやっから」
優遇とは一体どんなことだろうか。
それを訊ねるよりも先に、少し離れた建物から鐘の音が聞こえてくる。
そこでようやく位置関係がわかった。
あそこにあるのが校舎で、ここがその校舎から続く庭園であることに。
「じゃあな」
「あ、は、はい」
こうして私たちは偽りの恋人同士となった。
が、正直言って私はそんなことよりも、この『マジナイ』の世界に来てしまったことの方が大きかった。
(うわぁああああ、今更だけど改めてどうすりゃいいんだぁああああ)
心の中で頭を抱えて叫ぶ私の気も知らず、クライヴは鼻歌混じりで校舎へと戻っていくのだった。