「手、つなご」
 鳥居をくぐってすぐ、佳都が言った。なんでもないことのように、いつもやってるみたいに。俺は耳を疑った。彼の表情を伺うけど、やっぱり冗談じゃない。真面目なんだと思った。これまでぼんやり期待していたものが、今、現実になっていっている気がする。
 「なんで」
 でも俺は臆病だった。佳都の気持ちを察して、死ぬほど嬉しくて、でも怖かった。周囲には人がたくさんいる。男同士が手を繋いだらどう思われるだろう、男同士で恋してたらどう思われるだろう。周りの目、俺はいつもそればっかりだ。
 「逆になんで? ここまできたのに、まだそんなこというの。もうお互い分かってるでしょ」
 「……でもだって、人目が多いし、また、また後ででも――」
 「なにそれ、いくじなし」
 「だって……」
 だって、そんな言い訳じみた言葉しか出てこない。ヘタレなのはわかってる。でもどうしようもできない。俺は子供の頃からずっとこうだった。何をするにしても人の目、他人の目を恐れてきた。図体ばっかり大きくなって、本当にやりたいことは何もできずに隠し続ける。
 「だって……、怖い。ごめん、ダサいよね。でも――」
 「いい加減」
 逃げようとする俺の言葉を、佳都が遮った。低くて、彼から聞いたことのない声。その時は周囲の雑音が遮断された。地面に向いていた目を上げると、怒ってるのか、何かを我慢しているような佳都の顔が見える。
 「こっち向いて」
 芯のある声が心臓を貫く。その一言で、佳都が何もかも見抜いていること気がついた。俺は何も言えなかった。
 「いい加減、こっち向いてよ。人目とか、そんなの気にしないでさ、僕だけ見てればいいんだよ。泉が繋ぎたいって思うなら、この手握ってよ。周りとかどうでもいいじゃん。クラスの奴らだってどうだっていいじゃん。僕だけ、僕のことだけ考えてよ」
 佳都が強く話す。きっと彼は、今のことだけを言ってるんじゃない。日常的に距離を縮めようとしてくれている彼に対して、俺は肝心のところで逃げてばかりいた。本当は佳都ともっと、もっと仲よくなりたいし、それ以上の関係になりたいと思い続けているのに、いろんなものを言い訳にして行動を起こさなかった。
 佳都は力強く目を合わせたまま離さない。
 「僕だって少しは怖い。たまには周りの目が気になる。でも、でもそんな感情よりももっと、泉のことが好き。泉と話すためなら、十分休みでも教室に行くぐらい。わかるでしょ、僕はもうずっと、泉のこと見てるんだよ」
 好き、彼はそう言った。雰囲気的に感じ取っていたものを、はっきりと伝えられた。その瞬間、顔が焼けるように火照った。恥ずかしいなんて感情じゃない。嬉しくて全身が脈打つ。見ると、佳都も顔がほんのり赤かった。見たことない表情。
 「顔赤い」
 自分のことを棚に上げて無意識に言ってしまった。佳都はびっくりして、顔を隠す。
 「うるさい。あぁもう、ほんとはこんなこと言いたくなのに。泉に、告白させてやるつもりだったのに」
 恥ずかしそうにする佳都を見て、思わず笑いが出た。彼は戸惑っているけど、止まらない。おかしくて、それで半分安心していた。話を聞いて少し吹っ切れた気がする。大丈夫、今は佳都だけを見れてる。
 「ごめん、俺、全然だめだった。佳都がそんな風に思ってくれてるのに、ごめん。ありがとう」
 「……面と向かってそんなこと言うな」
 俺は佳都の手を握った。階段の時みたいに一時的なものじゃない。彼と手を握ったまま、このまま屋台を見てまわりたい。一緒にりんご飴を買いたい。そのまま花火も見ていたい。
 「いくよ、七咲先生には後で電話するから」
 佳都が手を引っ張った。つられて重心が動く。
 「何の電話?」
 「りんご飴が思った以上に並んでて、花火までに戻れそうにありませんーってさ」
 「え?」
 色々あって理解が追いつかない俺に、佳都は心底呆れているようだった。繋いだ手をぐっと引っ張って、二人の距離を近づける。
 「これから、二人で抜けんの」
 悪だくみをする子供みたいに、佳都は笑った。形のいい唇が伸びて、ああもう、どんな表情でも顔が良い。