そしてその日はすぐにやってきた。
合宿当日の天候は絵にかいたような夏模様で、近くからはうるさいほどにセミたちが鳴いていた。緑色の植物たちが日光に照らされていて、少し佳都の言っていたことがわかる気がする。田舎も悪い事ばかりじゃない。
「じゃ、そろそろ行こうか!」
いつもの教室で待っていると、七咲先生が元気よく扉を開いた。その隣には小柄な、湊くんの姿もある。皆そろったようだ。他のメンバー、佳都、椿乃さん、俺はもう準備万端だった。結局、中一の風花さんは参加しなかったらしい。
「海のほうに行くんですよね、ここらへんにはあんまりないので楽しみです」
スタイリッシュなバックを背負いながら、椿乃さんがいう。彼女は今日も髪を後ろで縛っていて、スポーティな服を着ていた。俺と彼女の高校は違うけど、きっと校内でもこんな風に活発なのだろうと思う。
「そうだよ。なに、皆して海が楽しみなんだね。まあここでは珍しいもんね」
「そうですよ。ここは山ばっかりの田舎ですし」
五人は話しながら、ぞろぞろと外へ出た。画塾の近くには七咲先生の車が見える。透き通ったような白色だけど、見るからに中は暑そう。
「忘れ物してない?」
先生が車の鍵を開けてる時、ふと佳都が話しかけてきた。彼の私服はいまだに新鮮だ。上は白の半袖で、下は黒のジーパン。どちらも少しダボッとしていて、シンプルだけど似合う。いや、彼はシンプルな方がいい気がする。
「とうぜん。家出る前に何回も確認したからね」
「そう、あっちに着いてから何か言い出さないといいけど」
「……そういう佳都こそ、帽子忘れてきたんじゃない」
俺は彼の頭を指さした。そこには何もなく、ふんわりした毛髪が日光にさらされている。日差しを気にする佳都にしてはおかしい。
「忘れてないし……、日焼け止め持ってきてるし」
佳都はちょっと目をそらして言う。図星だ。新鮮な表情で面白い。そんな俺の考えを読み取ったのか、佳都は何か口にしようとするけど、そのとき七咲先生が口を開いて流された。
「おっけい、見たところ全員座れそう。じゃあどういう風に乗ろうか」
先生は皆を見渡す。するといち早く、湊くんが小さく手を挙げた。
「……僕、助手席がいい。酔いやすいから」
「いいよ、そうしよう。じゃあ残りは後ろにね」
二人は扉を開け車内に入っていく。続いて、残った俺たちも後方の扉を開けた。
「私、奥の方がいいよね」椿乃さんはそう言って車内に入っていく。
「はい。次は泉くんどうぞ――」
彼女が真ん中の座席をポンポンと叩く。俺はそれに従おうと体を動かした。が、そこに佳都が割り込んでくる。
「泉は窓際でしょ。ね、その方がどうせ好きでしょ」
「いや、べつにそういうわけじゃ……」
「いいから、はやくおいで」
佳都が強引に手を引いて、それからすぐ扉を閉めた。俺は変な感じがしたけど、まあ窓際は嫌いではないのでよかった。さっきの仕返しだろうか。俺たちは持ってきたカバンをそれぞれ腹に抱えて、車内はより窮屈になっていく。
「じゃあ、ほんとに出発だ」
七咲先生が、湊くんと、後方三人に呼びかけた。皆はおっーと拳を掲げて、俺もつい真似してしまった。窓から見える景色が、ザワザワと動き出す。
合宿地への移動は結構長かった。車内から見える風景はいつまで経っても田舎。でもまあそれも当然で、目的地の方も海が近いだけの田舎なのだ。俺はバックを抱えたままじっと座っている。でもやっぱり、皆とのドライブは楽しい。
七咲先生を中心に俺たちはいろんなことを話した。勉強のこととか、趣味の話とか、恋愛のこととか。間接的にだけど湊くんとも話せたし、椿乃さんは相変わらず話しやすい。二人は同じ高校に通っているらしかった。
そうしてどんどん時間が経っていって、俺は少しづつ眠たくなってきた。昨日も充分に寝たはずなのに、そう思いながら瞼を伏せる。ガタガタと気持ちよく車内は揺れて、気が付けば周囲の声も聞こえなくなった。もしかしたら皆も寝てしまったのかもしれないし、単に俺だけが眠りに落ちたのかもしれない。
「湊くん、ちょっと皆を起しといて」
七咲さんの声がして次に目が覚めた時には、窓の外は薄暗くなっていた。変な体制で寝たせいか体が痛い。俺は目を擦って身を起そうとした。が、胸辺りに不自然な重みを感じる。見ると佳都が寄りかかっていた。
「……あ、泉くん。起きたんだ。もう、着いたみたい」
そのまましばらく佳都の寝顔を眺めていると、前から湊くんが言った。彼も目を擦っている。眠っていたらしかった。萌え袖になってるパーカーが可愛い。
「うん。佳都たちも起さなきゃね」
そう言って、俺は彼の肩に触れる。布越しに華奢な肩ラインが分かった。変にドキドキする。いつもは余裕に満ちた表情も、寝ていると時はか弱く見えた。近くで見ると肌もすごい。ニキビも毛穴開きもないし、透き通ってる。それにもっとよく見ると、唇のうるおいだってすごい。テラテラしてて、眺めていると無性に触りたくなる。血色もすごいいいし、もしかしたら何か塗って――。
「えっち」
わっと声をあげてしまいそうになった。佳都の瞼が急に開いて。丸い瞳孔がこちらを覗いている。
「僕が寝てるとそういう風にするんだ」
「なにが」何もしてない、でも無性に焦った。
「肩に触って、変に見つめちゃってさ。あーあ、そんな人だと思わなかった」
「起こそうとしただけだから!」
俺はもう無理やり彼を引き離した。寝顔がちょっと可愛いとか思ってたらすぐこれだ。わちゃわちゃしていると椿乃さんも起きていた。彼女は薄く笑ってこっちを見ている。
「仲、いいんだね」
寝起きのせいか少し低かった。佳都は「まあね」と笑うけど、俺はじゃれているところを見られて恥ずかしかった。
合宿当日の天候は絵にかいたような夏模様で、近くからはうるさいほどにセミたちが鳴いていた。緑色の植物たちが日光に照らされていて、少し佳都の言っていたことがわかる気がする。田舎も悪い事ばかりじゃない。
「じゃ、そろそろ行こうか!」
いつもの教室で待っていると、七咲先生が元気よく扉を開いた。その隣には小柄な、湊くんの姿もある。皆そろったようだ。他のメンバー、佳都、椿乃さん、俺はもう準備万端だった。結局、中一の風花さんは参加しなかったらしい。
「海のほうに行くんですよね、ここらへんにはあんまりないので楽しみです」
スタイリッシュなバックを背負いながら、椿乃さんがいう。彼女は今日も髪を後ろで縛っていて、スポーティな服を着ていた。俺と彼女の高校は違うけど、きっと校内でもこんな風に活発なのだろうと思う。
「そうだよ。なに、皆して海が楽しみなんだね。まあここでは珍しいもんね」
「そうですよ。ここは山ばっかりの田舎ですし」
五人は話しながら、ぞろぞろと外へ出た。画塾の近くには七咲先生の車が見える。透き通ったような白色だけど、見るからに中は暑そう。
「忘れ物してない?」
先生が車の鍵を開けてる時、ふと佳都が話しかけてきた。彼の私服はいまだに新鮮だ。上は白の半袖で、下は黒のジーパン。どちらも少しダボッとしていて、シンプルだけど似合う。いや、彼はシンプルな方がいい気がする。
「とうぜん。家出る前に何回も確認したからね」
「そう、あっちに着いてから何か言い出さないといいけど」
「……そういう佳都こそ、帽子忘れてきたんじゃない」
俺は彼の頭を指さした。そこには何もなく、ふんわりした毛髪が日光にさらされている。日差しを気にする佳都にしてはおかしい。
「忘れてないし……、日焼け止め持ってきてるし」
佳都はちょっと目をそらして言う。図星だ。新鮮な表情で面白い。そんな俺の考えを読み取ったのか、佳都は何か口にしようとするけど、そのとき七咲先生が口を開いて流された。
「おっけい、見たところ全員座れそう。じゃあどういう風に乗ろうか」
先生は皆を見渡す。するといち早く、湊くんが小さく手を挙げた。
「……僕、助手席がいい。酔いやすいから」
「いいよ、そうしよう。じゃあ残りは後ろにね」
二人は扉を開け車内に入っていく。続いて、残った俺たちも後方の扉を開けた。
「私、奥の方がいいよね」椿乃さんはそう言って車内に入っていく。
「はい。次は泉くんどうぞ――」
彼女が真ん中の座席をポンポンと叩く。俺はそれに従おうと体を動かした。が、そこに佳都が割り込んでくる。
「泉は窓際でしょ。ね、その方がどうせ好きでしょ」
「いや、べつにそういうわけじゃ……」
「いいから、はやくおいで」
佳都が強引に手を引いて、それからすぐ扉を閉めた。俺は変な感じがしたけど、まあ窓際は嫌いではないのでよかった。さっきの仕返しだろうか。俺たちは持ってきたカバンをそれぞれ腹に抱えて、車内はより窮屈になっていく。
「じゃあ、ほんとに出発だ」
七咲先生が、湊くんと、後方三人に呼びかけた。皆はおっーと拳を掲げて、俺もつい真似してしまった。窓から見える景色が、ザワザワと動き出す。
合宿地への移動は結構長かった。車内から見える風景はいつまで経っても田舎。でもまあそれも当然で、目的地の方も海が近いだけの田舎なのだ。俺はバックを抱えたままじっと座っている。でもやっぱり、皆とのドライブは楽しい。
七咲先生を中心に俺たちはいろんなことを話した。勉強のこととか、趣味の話とか、恋愛のこととか。間接的にだけど湊くんとも話せたし、椿乃さんは相変わらず話しやすい。二人は同じ高校に通っているらしかった。
そうしてどんどん時間が経っていって、俺は少しづつ眠たくなってきた。昨日も充分に寝たはずなのに、そう思いながら瞼を伏せる。ガタガタと気持ちよく車内は揺れて、気が付けば周囲の声も聞こえなくなった。もしかしたら皆も寝てしまったのかもしれないし、単に俺だけが眠りに落ちたのかもしれない。
「湊くん、ちょっと皆を起しといて」
七咲さんの声がして次に目が覚めた時には、窓の外は薄暗くなっていた。変な体制で寝たせいか体が痛い。俺は目を擦って身を起そうとした。が、胸辺りに不自然な重みを感じる。見ると佳都が寄りかかっていた。
「……あ、泉くん。起きたんだ。もう、着いたみたい」
そのまましばらく佳都の寝顔を眺めていると、前から湊くんが言った。彼も目を擦っている。眠っていたらしかった。萌え袖になってるパーカーが可愛い。
「うん。佳都たちも起さなきゃね」
そう言って、俺は彼の肩に触れる。布越しに華奢な肩ラインが分かった。変にドキドキする。いつもは余裕に満ちた表情も、寝ていると時はか弱く見えた。近くで見ると肌もすごい。ニキビも毛穴開きもないし、透き通ってる。それにもっとよく見ると、唇のうるおいだってすごい。テラテラしてて、眺めていると無性に触りたくなる。血色もすごいいいし、もしかしたら何か塗って――。
「えっち」
わっと声をあげてしまいそうになった。佳都の瞼が急に開いて。丸い瞳孔がこちらを覗いている。
「僕が寝てるとそういう風にするんだ」
「なにが」何もしてない、でも無性に焦った。
「肩に触って、変に見つめちゃってさ。あーあ、そんな人だと思わなかった」
「起こそうとしただけだから!」
俺はもう無理やり彼を引き離した。寝顔がちょっと可愛いとか思ってたらすぐこれだ。わちゃわちゃしていると椿乃さんも起きていた。彼女は薄く笑ってこっちを見ている。
「仲、いいんだね」
寝起きのせいか少し低かった。佳都は「まあね」と笑うけど、俺はじゃれているところを見られて恥ずかしかった。
