「ちゃんと買えた?」
 先に支払いを終えた佳都が言う。手にはまあるいりんご飴が握られていた。俺は財布を慌ただしくなおして、右手のりんご飴を落とさないように頷く。
 「買えた、意外と並んでなくてよかった」
 「もうすぐ花火始まるからね。皆場所取りしてる」
 二人は人影の少し減った露天通りを歩く。会計で離れた手を当たり前のように繋ぎなおして、当たり前みたいに二人きりで歩く。
 「ん、やっぱりおいしい」
 鮮やかな赤色に口をつけると、瞬時に甘い風味がひろがった。やっぱり、りんご飴はおいしい。横をみると佳都も口をつけている。小さな舌がりんご飴を舐めていた。
 「おいしい?」
 「うん、まあ。食べたかったからおいしい」
 「なんで嘘つくの」
 不器用な演技をする彼に、俺は笑ってしまった。もともと、佳都がりんご飴を好きじゃないことなんて気づいている。好きなものをあんな風に話す人なんていないと思う。
 「……逆になんで気づいてんの。あぁもう馬鹿らしい」
 佳都はため息をつくように言うけど、りんご飴を舐める舌は止まらないかった。案外嫌いというわけではないのかもしれない。
 「それは分かるよ。佳都って意外と表に出るから。というかそもそも、なんでそんな嘘ついたの」
 「ちょっとした作戦。泉は知らなくていいよ」
 「へぇ、なら結果だけ。その作戦は成功したの?」
 聞くと、佳都は自慢げにこっちを向く。りんご飴で唇が彩られていて可愛い。それに気づいていなさそうなのも可愛い。彼は繋いでいる手を上げて、見せびらかした。
 「大成功」
 露天通りはますます人影が消えて、オレンジ色のちょうちんだけが変わらず輝いていた。もうすぐ、ほんのもうすぐで花火が始まる。胸はドキドキと高鳴り続けた。

 それから二人でちょっとさまよって、人の姿がない方に歩き続けた。その理由は二人とも言わなかったけど、二人とも分かっている。はやくしないと花火が、そんな風に少し焦っているところで小さな公園を見つけた。露天通りからそれた、ブランコぐらいしかない公園だ。
 「花火で全部終わりだね」
 俺は古びたブランコに腰かけた。佳都も同じように横に座る。あたりは静かで、遠くの方からだけ人の声がした。
 「この祭りはね。それ以外はこれからだから」
 「……うん。だよね、これからだよね。祭りが終わっても」
 「当たり前じゃん。それに花火が終わって、この祭りが終わっても、まだ祭りはある」
 佳都はりんご飴を食べ終わった。ゴミはちゃんとポッケのビニールに包んで、自然と話を続ける。彼のこういうところが好きだ。全部大雑把そうだけど、ちゃんと繊細。好き嫌い多そうなのに、俺に優しく合わせてくれてる。あぁもう、すでに変なスイッチが入ってる気がする。
 「あっちに帰ったら、また祭りがある。でしょ? クラスの人から聞いた」
 「うん。毎年開催されてる。ここのよりは小さいけど、全然楽しめると思う」
 「ふーん」
 それで?という彼の表情。分かってる。俺から言わなきゃいけないのは分かってる。それが証明になるから。一方的なままじゃだめだ。俺はブランコの鎖を握って、言った。
 「一緒に行こう、二人で、二人だけで」
 佳都はとろんとした目で微笑んだ。よくできましたという顔だ。彼は口から漏れ出るように笑って、その勢いのまま、四方を囲んでいるブランコの柵に腰掛ける。斜め前でまだ彼が笑ってる。
 「言えるんじゃん」
 「言えるよ。もう反省したから、さっきので」
 「反省って」
 佳都が俺の言葉で笑う。楽しそうな表情をする。そして彼は、俺のことが好き。事実を並べても現実味がない。祭りの雰囲気も、二人きりの雰囲気も、そのどれもが夢みたいだった。
 「いくじなしって言ったこと謝らないとね」
 「そんなのいいから、返事は」
 「そんなに焦らないでよ」
 心臓がドキドキ脈を打つことを俺は止められなかった。緊張してるわけじゃない。いや、してるのかもれない。彼の答えは分かっている。きっと「Yes」と言ってくれる。ただそれが待ち遠しかった。
 佳都がわざとらしく姿勢を整えて、真っすぐこちらを見る。頬に触れそうな髪を撫でて、耳にかけた。その姿を見て強く実感する。彼のことが好きだ。初めてあの転校してきた日からずっと気になってた。そのあと、夢みたいに同じ画塾に通うことになった時も、ずっと目で追ってた。
 「うん、いこ。二人きりで」
 佳都がはにかんで言う。その時、これまでの全ての感情が集結した気がした。心臓が飛び跳ねて喜んだ。
 「じゃないと泉に浴衣姿、見せられないし」
 照れ隠しのように付け足す。そして同時に、近くで大きな音が響いた。ドン、ドンと、花火だ。
 「花火、始まっちゃった」
 佳都が脱力したように呟いた。でも瞳は空のほうなんて一切見ないで、こっちをずっと見てる。そしてそんな俺も彼と同じだ。ドン、ドンと音がするたびに辺りに色がつく。でも二人はお互いを見続けていた。だって花火は、また見れるから。
 「佳都」
 かっこよく、このムードを壊さないように呼びかけようと思った。でもやっぱりできない。変に焦ったようになって、それを隠すためにブランコから立とうとする。
 「じっとして」
 それを佳都は手で制した。彼はゆっくり立って、それからこっちに向かってくる。その一挙手一投足が綺麗で、やっぱり彼にはかなわないなと思った。一方的じゃなくなっても、いつもの構図は変えられない。
 「僕からしてあげる」
 最後にそう囁かれて、唇に熱を感じる。座っている俺に覆いかぶさるように、彼が強くキスした。その瞬間に心臓の音はピークを迎えて、全身がビリビリ痺れる。佳都との初めて。身を帯びる全ての感覚から、今朝のあれが嘘なのだと悟った。
 これがファーストキス。
 薄く瞼を閉じた闇の中で、花火の音だけが絶えず響いている。他は何も聞こえなかった。
 これからも俺たちの関係は続く。どうなるかは分からないけど、これまでよりももっと深くお互いを知れる。
 合宿だってまだ続きだ。これからみんなで別荘に帰って、明日の帰宅のための準備がある。
 ただでもこの祭りに限っては、花火で、キスで、それで終わり。