それから二ヶ月ほどの月日が流れました。町では《治癒の神童》ディア様の激励会が開かれていました。

「これは⋯⋯どう考えても壮行会ですね」
「確かに町長の挨拶など酷いものでしたけど、それはディア様が《聖女》になられると皆が信じているからなのではないでしょうか」

 呆れたように騒いでいる人たちを見ながら私たちは焚き火のそばで暖を取ります。季節は冬に差し掛かりいよいよ明日、ディア様は聖女選抜試験へと向かわれるのです。



 早朝、見送りはディア様の両親と教会関係者の数名によって慎ましく行われました。これは壮行会を昨夜、盛大に開く見返りにディア様が要求されたことでした。

「それでは行って参ります」
「ディア、無理だけはするんじゃないよ」
「そうだぞ。私たちにとっては何よりも大事な娘なんだからな」

 両親に抱きしめられるディア様は誰が見ても愛されている子どものようでした。

「エリス、王都まで馬車で丸一日かかると思います。もし道中で足りないものがあればこれを使いなさい」
「───多くはないでしょうか?」

 セシリア様に握らされたのは金貨5枚、一般的な家庭で3ヶ月ほどは暮らせるお金でした。

「ディア様を頼みますと仕事柄言いますが、エリス、あなたも自分を大切にしてやりたいことを見つけてきなさい。余ったお金は好きに使って構いません」
「それは⋯⋯」
「もしディア様が《聖女》となられたら、あなたが側にいられるかわからないでしょ? 知見を広げるいい機会です。親でもない私があなたにしてあげられるのはこれくらいです」

 両親を亡くし、家も失った私を引き取り育ててくれただけでも私は返しきれない恩があります。それをこの方が望むのであればと私は返そうとした金貨を大切に懐へと仕舞いました。

「ありがとうございます。───セシリアさん、いってきます」

 お互いに親との挨拶を済ませてから、私たちは町が所有する馬車に乗り、護衛の親子と共に町を発ちました。




 王都に向かう道中の最後にある村ではディア様の治療ににより病が治った人がいたらしく、熱烈な歓迎を受けました。

「ディア様、そろそろ⋯⋯」
「そうですね。ご馳走していただきありがとうございました。とても美味しかったです」
「お待ちください」

 日が暮れる前に王都へ向かう、そのために私たちはお礼を言って切り上げようとすると案の定、村長だという方に呼び止められました。

「この付近ではコボルトの群れによる作物の被害が酷くてのぅ。間引いてはおったのじゃが最近では食糧庫が被害に遭い、今夜、清掃戦を仕掛ける予定なのですじゃ」
「犬畜生とはいえ石で武器を作り人も襲う魔物、怪我人が出ると思う」
「……ディア様は明日の朝から聖女選抜試験に臨まれるのですが」

 話の流れから、今夜決行されるコボルト討伐にディア様も同行して欲しいということはすぐにわかった。私は先手を打ち、そんな時間はないと釘を刺すが村人たちは引き下がる様子はなかった。

「エリス、確かに私はスタック町の期待を背負っています。けれどこの方々が困っているのも事実。どうにかなりませんか?」
「ディア様は甘いです。治癒の力を使用するのは教会からの許可が原則必要で、あくまで個人的に緊急に使うならともかく、このようなケースは教会を通さなければ問題になります」

 私は村長たちが無理にディア様を働かせるなら管理している教会、ひいては国が動くとディア様に説明するように聞かせます。―――ディア様は当然そんなことは承知なので演技半分ですが、もう半分はどうにかしてあげたいという本心といったところでしょうか。

「なぁ、ちょっといいか?」
「誰ですかあなたは!」
「そこの《治癒の神童》さまの護衛を請け負ったガラクってもんだ」
「オレはホープな!」

 護衛の親子、ガラクとホープは私たちの間に割り込んで話に入ってきます。ここまで特に会話も不満もなく護衛をしてくれた二人なので人柄がわからず、変なことを言わないか身構えることにしました。

「話を聞いていたんだがよ、それだと俺たちの仕事に支障が出るんだわ。一応は王都までの護衛だからな、その途中で余計なリスクを負って怪我でもされたらたまったもんじゃない。わかるだろ?」
「そ、それは……」
「おたくらがオレたちに別でコボルト退治の間の報酬を支払う、それとそれから王都まで夜中の移動だ。危険度も上がるし、こちらの上乗せ代金も支払ってもらう。嬢ちゃんが引き受けた場合、その分は俺たちの報酬を請求させてもらうぜ」
「もらうぜ!」

 ガラクの要求は正当なもので町長は言い返せなかった。なんとかしてくれとディア様に何度か目を向けてもオロオロしている彼女を見て諦めてくれたようでした。

「……ふぅ。下手にケガ人を出すよりも神童さまに同行してもらった方が良いだろう。幸いにして帰り道、それまで教会の許可を取り耐えるとしよう」
「けどよ村長、もし次に食糧庫が襲われたら俺たち食うものが……」
「祈るしかない。なあに数日の辛抱なら村人全員で警戒にあたればなんとかなるはるじゃ」

 とりあえず話はまとまったようで、私たちはこの村を出て無事に陽が沈む前に王都へと辿り着くことができました。