「全員ちゃんと隠せたな。これで事前準備は全部完了しました。それじゃあ、スタートする前にもうひとつだけ」

 あれから十五分ほどが経った頃、戻ってきた教室には全員が揃っていた。

 始まる前から見つかっていたらどうしようかと不安もあったが、俺が隠したカーテンの方には誰も見向きもしていない。

 早速人形探しを始めたいところではあるが、俺たちはただ都市伝説を試しにきたわけではないのだ。

 動画自体は俺の視点だけでも成立するだろうが、マルチプレイのゲーム配信動画と同様、普通は他の視点だって観たいと思うものだ。

 今回は俺が発案した企画ということで、メインの動画として投稿するのは俺のチャンネルになっている。

 しかし、他のメンバーも各々(おのおの)で撮影をしてもらって良いとも伝えてあった。

「自分の視点だけじゃ間が持たないこともあるだろうし、人形発見した時に全員で共有できるってことで、人形探しの間はビデオ通話を繋いでもらいます。原則として、儀式が終わるまで切るのは禁止で」

「通話でお喋りしながら探せるなら、ちょっと安心できるかもしれませんね」

 そう言うカルアちゃんの表情は、確かに嬉しそうだ。先ほど人形を隠しに行った時にも、一人で暗い校舎内を歩き回るのは結構怖かったらしい。

 俺としては二人で一緒に探そうと申し出たいところだが、生憎(あいにく)とそれでは人形探しが不利になってしまうので現実的ではない。

 俺はなるべく画面が見やすいようにと、スマホから持参していたタブレットへと撮影端末を切り替える。

「どうしても怖くなったらリタイアも認めるけど。その場合は、誰かの撮影補助にでも回ってもらおうかな」

「ンなことしなくとも、オレが秒で見つけてくっから短時間動画で終わっちまうかもなァ」

「せっかくここまで来たんだから、最後まで頑張ります! 私もお願い叶えてもらいたいし」

 財王さんは自分が最初に人形を見つけると確信を持っているようだが、カルアちゃんも恐怖を理由にリタイアする子ではない。

 少なくとも、ここにいる全員が配信者をやっているのだ。差はあるかもしれないが、リスナーを楽しませようという気持ちを持っているだろう。

「短期決戦でも、それはそれで面白そうなんで楽しみにしてます。カルアちゃんも無理のない範囲で頑張って。それじゃあ、ロウソク点けますね」

「ストップ! ユージ、ダミーが火点けたい!」

「え、いいけど。火傷しないように頼むよ」

 思わぬ申し出に驚くが、火を点ける人間に決まりは無いので俺はポケットから取り出したライターをダミーちゃんに手渡す。

 それを嬉々として受け取ったダミーちゃんは、ライターに灯った火をじっと見つめてから、その火をロウソクへと移した。

「点いた! そんじゃ、人形探しスタート!」

 牛タルの言葉が合図となって、全員が一斉に教室を出ていく。
 俺は一歩出遅れてしまったが、出発の姿をカメラに収めることができたのでヨシとしておこう。

 共有されたビデオ通話の画面には、メンバーがそれぞれ喋りながら人形探しを始めた様子が映っている。

 映像を録画しているので、インカメラ以外の視点が撮影できないのは難点ではあるが、工夫次第でどうにかなるだろう。

 それにただ校舎内を歩き回る映像を映し続けるよりも、各視点の反応なども観られる方がリスナーもきっと楽しいはずだ。

 とはいえ、画面の中を注視してばかりもいられない。

「さて、俺も張り切って探さないとな。リスナーのみんなも応援してくれよ! まずはどこから……ッ!?」

 俺も人形を探し出そうとした時、ふと、俺の顔が映る画面の背後に何かが見えたような気がした。

 咄嗟に振り返るが、スマホのライトで照らしてみてもそこには何もない。

「気のせい……か。ヤバ、雰囲気に()まれてるかもな。じゃあ手始めに、近場の教室から見ていくか」

 一瞬でも見えない何かに怯えてしまったことを誤魔化すように、俺は笑いながら足早に隣の教室に入る。
 二年二組と書かれた教室は、当然だが先ほどまでいた教室と見た目に大差ない。

 俺は中腰になって机の中を順番に見ていくが、残念ながらそれらしき物は見当たらなかった。

 校舎内にある机の数は多いだろうが、だからこそそこに隠すという選択肢は最も安易なものなのかもしれない。
 ロッカーや掃除用具入れなど、思いつきそうな場所は片っ端から見ていく。

「まあ、こんなすぐ見つかるはずないよな。つーか、ここで見つかっちゃったら流石にヤラセレベルに早すぎて企画倒れだし。次行きまーす」

 教室を後にしながら画面を見てみると、やはりみんな同じように机の中を覗いたりしている様子が目に入った。

 財王さんが無言で淡々と探しているかと思えば、ダミーちゃんは本当に探しているのかと疑いたくなる慌ただしい動きをしている。画面ブレすぎだろ。

 それ以外の三人は比較的まともに探しているようだが、やはりそう簡単に見つけられる場所に隠されてはいないようだ。

「ハハ、みんなも苦戦してそうだな。不正してないか他の画面も観といてくれよ?」

『ユジっち聞こえてんぞ~。余裕ぶっこいてられんのも今のうちだからな!』

 俺の独り言に牛タルが反応してくれる。

「あ、牛タル後ろ」

『えっ、何!? ……お前ふざけんなよ! 何もねーじゃんビビったわ!!』

「いや後ろって言っただけだし」

 軽く会話を交わしながら、俺は上着のポケットに入れたスマホを布地越しにひと撫でした。

(企画に乗ってくれたみんなには悪いけど、最後に見つけるのは俺なんだよな)

 企画を立てたからには、やはり撮れ高は必要不可欠だ。
 一番あってはならないのは、誰も人形を見つけられずにタイムオーバーとなってしまうことだった。

 そこで俺は、誰にもバレないようにズルい手を使うことにしたのだ。

 俺の持参した人形には、予め小さなカメラが仕込まれている。大きい画面の方が見やすいというのは口実で、スマホを使って俺の人形が隠された場所を特定する目的があった。

 隠し場所を教えるのはルール違反とされているが、カメラを仕込んではならないという決まりはない。

 元々トゴウ様なんて非科学的なものは信じていないので、人形を見つけられたとしても願いが叶うとは思っていないのだが。

(俺が見つけられた方が、『持ってる男』って思われるだろうし。見つけて燃やす映像まで撮れたら盛り上がるだろ)

 この企画を提案した時から、俺はこの動画の結末までの台本を考えていた。一時間も人形を探し続ける動画なんて、カットする場面の方が多くなるに決まっている。

 だからこそある程度のところで人形を見つけて、撮れ高も作った上で終わりにしようと考えていたのだ。

「教室はたくさんあるけど、そこに隠すのは安易かもなあ。近いし、次は校長室とか行ってみようか」
「夜の学校ってさあ、やっぱ雰囲気あるよな。病院とか墓地も怖いけど、通ったことがある分より身近っていうかさ。俺の場合、普段行かない場所って現実味感じられなくて怖いとか思わないんだよな」

 明るい時間帯の学校なら嫌というほど通ったが、夜の学校を訪れる機会なんてそうそう無い。

 子供の頃は、夜の学校で七不思議を試してみたいと思ったこともあった。トイレの花子さんや校庭に置かれた二宮金次郎、魔の十三階段などなど。

 けれど、それを試すことができるのはあくまで創作の世界の中での話だ。現実の学校には大抵鍵がかけられているし、見回りや防犯システムだって作動している。

 だからこそ、こうして実際に夜の学校で何かをする動画や映画に、興味を惹かれる人間も少なくないのかもしれない。

「……と、西階段を通り過ぎて二階の一番端が校長室でーす。俺の中学の時の校長は朝礼の話が長すぎてヤバかったの思い出すわ。それじゃあ、失礼しまーす」

 廊下の突き当りに到着すると、室名札に『校長室』と書かれた部屋を見つけた。他の教室に比べて、少しだけ重厚感のある扉をゆっくりと開ける。

 校長室に呼び出されるような悪さをしたことはなかったので、こうして足を踏み入れるのは思えば初めてのことだ。

 中は想像していたより広いわけでもなく、応接用の長机を挟んで黒い革張りのソファが左右に配置されている。

 その奥には、校長が普段使用していたのであろうデスクと椅子が置かれていた。

「思ってたより、ここの探索はすぐに終わりそうだな。ほら、この辺は隠す場所無さそうだし」

 ライトで照らした限り、長机の下やソファの上には何かがあるようには見えない。

 デスクの引き出しの中と本棚の中をざっと漁ってはみたが、人形を見つけることはできなかった。

「やっぱ無いかあ。……これって、歴代の校長の写真なのかな」

 テンポは良いに越したことはない。早々に諦めて部屋を出ようとしたところで、壁に飾られた写真に目を向ける。

 男性の方が多いようだが、女性の姿もちらほらと見えるそれは、皆にこやかな表情を見せていた。

「肖像権とかあるし後でモザイクかけるかもしんないけど、一応撮っとくか。……え?」

 俺は自撮りをするような格好で、その写真が背景として映るようにカメラを向ける。そこで、俺は自分の目を疑った。

 画面に映った写真の人物たちが、鬼のような形相で俺の方を睨みつけていたのだ。

 慌てて振り返るものの、飾られている写真は先ほどと同じく微笑んだままになっている。

「見間違い……か? なんか、睨まれてるような気がしたんだけど」

 もう一度画面を確認してみるが、映っている写真もやはり同じように微笑んでいた。薄暗いので、目の錯覚か何かだったのだろう。

 校庭で見かけた人影といい、廊下での見間違いといい、自分で思っているよりも俺はビビっているのだろうか?

「いや~、こういうトコから怪談って生まれてくのかもな。目の錯覚って怖い怖い。それじゃあ次……」

『人形見つけた!』

「えっ!?」

 気を取り直して次の場所へ移動しようと思った矢先、タブレットのスピーカーから聞こえてきた声に俺は驚く。

 俺だけではない。それまで人形探しをしていた他のメンバーの視線も、一斉に画面に向けられていた。

『あっ、これダミーのじゃないジャン。間違い間違い』

『何だよ、早とちりしてんじゃねーよ!』

 どうやらダミーちゃんが最初に人形を発見したようだが、隠されていたのは彼女の人形ではなかったらしい。

 誰もが安堵しただろうが、そのまま探索再開とはいかない。

「ダミーちゃん、画面隠して! 自分のじゃなくても、映ってる場所から特定されちゃうから!」

『え? あ、そっか。ちょい待ち』

 俺の言葉の意味に気がついたらしいダミーちゃんの画面は、すぐに真っ暗になる。恐らくスマホを抱き締めるようにして、映像が映らないようにしたのだろう。

 幸い、ダミーちゃんの画面に映っていたのは彼女の顔が大半で、誰の人形を見つけたのかまではわからなかった。

 だが、背景に映った場所を見れば、少なくともそこに人形がひとつあるということがバレてしまう。

 全員がその場に向かってしまえば、誰かしらが自分の人形を見つけてしまうということになるのだ。

『わー、ダミーちゃんの画面ちゃんと見とけば良かった!』

『けど、ズルして勝っても嬉しくないし。アタシは自力で見つけてみせるよ!』

 後悔の声を上げる牛タルに対して、ねりちゃんは意図しないことだとしても、不正を働かずにやり遂げる決意表明をする。

『確かに、自分の人形以外を見つけることだってありますよね。見つけたとしても、映す前にしっかり確認しておかないと』

 カルアちゃんの言う通り、ビデオ通話を繋いだ状態の人形探しは細心の注意を払わなければならない。

 人形を見つけられたことでテンションが上がってしまうかもしれないが、それが自分のものとは限らないのだ。

 仮に自分の人形だったとしても、ロウソクのある部屋に辿り着くまで油断はできない。

 同じタイミングで自分の人形を見つけたメンバーがいたとしたら、ロウソク部屋に近い人間の方が圧倒的に有利なのだから。

(……けど、今ので少し絞れたな)

 口には出さないが、先ほどダミーちゃんが映していた部屋の背景には特徴があった。壁が水色のタイルだったのだ。あれは間違いなくトイレの中だろう。

 この学校のトイレは各階に二つ、男女で分かれていることを踏まえて十二個のトイレがある。その上で、見つかった人形はダミーちゃんのものではなかった。

 さらに、自分で隠した人形を見つける人間はいないだろう。つまり、ダミーちゃんが隠したカルアちゃんの人形でもなかったということだ。

(俺か財王さん、もしくは食物連鎖のどちらかの人形がトイレにあるってことか……)

 さらに言えば、ダミーちゃんの声は大きい。各階のトイレの半分は西階段の目の前にあって、俺は今その西階段の隣の部屋にいる。

 タブレットのスピーカー以外から声は聞こえなかったので、恐らくはその上下階にもダミーちゃんはいなかったと推測される。

(となると、ダミーちゃんが見つけたのは東階段側のトイレだな)

 他のメンバーがそれに気づいたかどうかはわからないが、トイレには気をつけておいても良さそうだ。

 本来ならばすぐにトイレに向かっても良いのかもしれない。けれど、俺の行動で同じく場所に気づくメンバーがいないとも限らない。

 そこにあるのが俺の人形だという確証がない以上、その判断は賢明とは言えないだろう。

「ダミーちゃんのあっさり一人勝ちかと思って焦ったなあ。それじゃあ次は、向かいの職員室に……」

「ユージさん?」

 校長室を出て真向かいの職員室を目指そうとした時、スピーカーではなく俺を呼ぶ声が直に聞こえてくる。

 見ると、そこにはカルアちゃんの姿があった。丁度西階段を上ってきたところのようだ。

「カルアちゃん……!」

「もしかして、これから職員室ですか? ……良かったら、私もご一緒していいでしょうか?」

「も、もちろん!」

「良かった。なんだかんだ言っても、やっぱりずっと一人って心細くて。誰かに会えないかなって思ってたところだったんです」

 そう言って嬉しそうに微笑むカルアちゃんは、薄暗い中でもやはり可愛い。

 各自で人形探しをするとはいえ、校舎の中はダンジョンのように広いわけではない。こういった可能性もあると考えていたのだが。

(まさかこんなに早く、二人きりのチャンスが巡ってくるなんて。やっぱり今日はツイてるのかもしれない)

 優先すべきは人形探しだが、この機会に少しでも距離を縮めておきたいという下心を飲み込む必要もないだろう。

 俺は努めて平静を装いながら、職員室の扉を開けたのだった。
 職員室に足を踏み入れると、校長室よりもずっと広い造りであることがわかる。

 雇われていた教員の数だけデスクもあるのだろうし、一人しかいない校長室とは違って、広々としているのは当然だ。

「わあ、ここは捜索し甲斐がありそうですね。生徒用の机と違って、開けなきゃいけない引き出しの中だけでも、結構な時間を食いそうです」

「そうだね、隠せる場所も多そうだし……逆にいえば、人形のひとつくらいはあってもおかしくないと思う」

 隠し場所に選ぶとすれば、すっきりと整頓された何もない部屋よりも、異物を紛れ込ませることのできるゴチャっとした部屋だろう。

 訪れるタイミングがずれているとすれば、同じ部屋に複数人が人形を隠している可能性だってあり得る。

(確率は限りなく低いだろうけど、俺以外の五人が全員この部屋に人形を隠すことだって無いわけじゃない。……その場合は、奇跡みたいな撮れ高になって面白いけど)

「もしも人形を見つけても、自分のじゃなかったら内緒にしておいた方がいいんですよね?」

「そうだね。隠した本人が教えたらダメってルールであって、他の人が見つけたら伝えちゃダメってルールは無いけど……教えちゃうと、自分のお願い叶えてもらえなくなるし」

 願いを叶えてもらえるのが一人だけというルールさえなければ、俺がカルアちゃんの人形を見つけて、彼女に渡したいくらいだ。

 そうすれば俺の株も上がるし、彼女の願いも叶うのだから。まあ、カルアちゃんがそれを望むかはまた別の話だが。

「……そういえば、カルアちゃんのお願いは秘密だったよね。やっぱ個人的なお願い? ……って、これも聞いちゃマズイかな」

 俺はあくまで企画として割り切っているし、本当に願いを叶えてもらえるなんて思っていない。

 だからこそ願いを口にすることに躊躇などなかったが、誰にも知られたくない願いを叶えたいメンバーだっているかもしれない。

 最終的には動画になるので、教えてもらえないような内容だと困るのだが。

「個人的なお願い……です。どうしても、振り向いてほしい人がいて」

「えっ」

 教えてはくれないだろうと予想しての質問だったのだが、答えが返ってきたことに驚いて、俺は引き出しを漁っていた手を止める。

 俯いている彼女の表情はわからないが、ほんのり頬が色づいているように見えるのは気のせいだろうか?

「振り向いてほしいって……その、恋愛的な意味で……?」

「はい。私、こう見えて結構独占欲が強いんですよ。だからトゴウ様にお願いして、私のことだけを見てくれたらいいなって」

「へ、へえ……そうなんだ……」

 ショックだ。まさかカルアちゃんに、そんな風に想いを寄せる相手がいただなんて。

 そりゃあ、こうしてオフ企画を実現することができたとはいえ、簡単に距離を縮められるとは思っていなかった。

 けれど、もしかしたらという可能性を残しておきたかったのだ。たとえ儚い望みだったとしても。

「それって、言っちゃって良かったの? うっかり聞いちゃったけど、ダメだったら今のところはカットして……」

「いえ、大丈夫です。お願い叶えてもらえたら発表するつもりだったし。恥ずかしかっただけで、本当は別に隠す必要もなかったんですけど」

「ってことは、俺たちも知ってる相手……ってことだよね?」

「ふふ」

 カルアちゃんは、それ以上を答えてはくれなかった。
 撮影をしているので手足を動かしはするが、俺の頭の中はもはや人形探しどころではない。

 俺たちも知っている相手ということは、恐らく配信者の中にその相手がいるということだ。

(まさか財王さん……? 牛タルにはねりちゃんがいるし……いや、でも彼女持ちだからこそトゴウ様に頼んで略奪愛……!? それとも、相手が同性だからこその神頼みならぬ都市伝説頼み……?)

 考えれば考えるだけ、思考が底なし沼に沈んでいくような気がする。
 この人形探しが終わったら判明することとはいえ、彼女の口から直接その想い人の名が明かされるかもしれないのだ。

 それならば、カルアちゃんの人形はいっそ見つからない方がいいのかもしれない。

(……って、何を考えてんだ俺)

 本当に好きな相手の幸せなら、願ってやるのが男というものだろう。

 ましてやトゴウ様なんて誰かが作った都市伝説だ。人形を見つけることができたからといって、カルアちゃんが本当にその相手と結ばれるとは限らない。

 まあ、俺だったら一も二もなくオーケーの返事を出しているだろうが。

「ユージさん、どうかしました? あっ、もしかして怖くなったとか?」

「へっ!? いや、そんなことないよ。ちょっと考え事をしてただけで……」

「いいんですよ。男の人だって怖いことくらいあるでしょうし、私が一緒ですから頼ってくださいね!」

 目に見えないものや暗闇を怖いと思ったことはない。ないのだが、両手で握りこぶしを作って俺を見つめるカルアちゃんが可愛いので、もう何でもいい。

 底なし沼はどこへやら。思わずニヤけてしまう口元に、マスクがあって良かったと心底思う。

 職員室の中を探すのには手間取ったが、お互いに収穫は無いまま室内を一周してしまった。

 探しきれていない場所もあるかもしれないが、これ以上同じ場所に留まり続ける時間ももったいない。

「それじゃあ、俺は一階を探してみようかな。カルアちゃんは、さっき下から来てたよね?」

「はい、ユージさんとはここでお別れですね。怖くなったら飛んでいくので、いつでも呼んでください!」

「ハハ、頼りにしてる。それじゃあ、気をつけて」

 別れたくない気持ちしかなかったが、俺は動画のことを考えてカルアちゃんと別行動を取ることにした。

『あのー、一応通話も繋がってるんでイチャつくのもほどほどにお願いしまーす』

「イチャついてねーよ! 今の聞いててどうしてそうなるんだ。牛タルの方は収穫ありそう?」

 俺たちのやり取りを聞いていたらしい牛タルが茶々を入れてくるが、こういうノリはいつものことなので話題を切り替える。

 階段を下りながら画面を見てみるが、まだ誰も人形を発見したような様子は見られなかった。

「残念ながら見つからねーわ、俺クンの人形ちゃんはどこ行ったんですか~? ……って、アレ」

「あ」

 会話をしながら、声が近くなったと思った直後。階段を下りきったところで、今まさに会話をしていた牛タルと出くわしたのだ。

「牛タル、一階にいたのか。下も結構隠し場所多そうだよな」

「やべーよ、家庭科室とか見てきたけど人形見つかる気がしねえ。つーか何か出そうでヤバイ。人形の前に別のモン見つけそう」

「牛タルってそんな怖がりだったっけ? 前にホラゲコラボやった時は全然そんなことなかった気がするんだけど」

「ホラゲやるのとは違うだろ~!? 何で夜にやったんだよ、明るい時間でいいじゃん! トゴウ様時間帯まで指定してないじゃん!」

「そりゃあ、夜の方が雰囲気あるからでしょ」

 軽口を交わし合いながら、俺は西階段横の保健室へと足を向ける。

 牛タルもまだ調べていない範囲だったようで、今度は牛タルと共に同じ部屋の中を捜索することとなった。
「失礼しまーす」

「うわあ、俺クン保健室とかよくサボったわあ。保健の先生超エロくてヤバかった」

「何それ羨ましい。俺の学校は保健の先生厳しすぎてサボらせてもらえなかった。ちなみに男だった」

「マジ? それは……残念だな」

 足を踏み入れた保健室は、月明かりに照らされて思ったよりも恐怖を感じさせる雰囲気ではない。

 先陣を切る牛タルに続いて中に入っていくと、ここもまた隠し場所が多そうな部屋だと思った。
 怖がっている割に率先して部屋に入っていく姿が、矛盾していて何だか面白い。

「そんじゃ手分け……ってわけにもいかないか、俺ら敵同士だし。俺らのじゃなければコッソリ共有してもいいけど」

「自分の見つけたらコッソリ持ち出すってことで。俺クンは奥から探そーっと。ユージこっち来るなよ?」

「行かないよ。いいから探せって、時間は限られてんだから」

 そう言って薬や包帯などがしまわれている棚を物色し始める牛タルを尻目に、俺も自分の人形を探し始めることにする。

 牛タルの人形はロウソク部屋にあるので、俺と行動を共にしているうちは、コイツは時間を無駄にするだけなのだが。隠し場所をバラした時のリアクションが楽しみだ。

 まずはデスクの引き出しの中などを漁ってみるが、机の中に隠すというのはかえって安易なのかもしれない。
 現在も使われている学校ではないので、物らしい物はそもそも入れられていないのだ。

 続いてベッドの方へ向かった俺は、少しだけ躊躇して立ち止まる。恐怖を感じさせる雰囲気ではないと考えたが、こればかりは前言撤回だ。

(何でこう……見えない場所って抵抗あるんだろうな)

 室内は比較的明るいものの、薄緑色のカーテンで覆われたベッドだけは話が別だった。

 月明かりを受けてうっすらとベッドの輪郭が透けて見えているのだが、布団の部分が何となく膨らんでいるような気がする。

「これ、ちゃんとカメラに映るかな。なんか、人が寝てるように見えるんだけど。俺だけ?」

「えっ、どれどれ?」

 リスナーに向けた喋りのつもりだったが、それに反応したのは棚の中を探し終えたらしい牛タルだった。

 俺の方に早歩きで近づいてくると、同じようにカーテンに覆われたベッドを見て顔を(しか)めたのがわかる。

「うわ、ヤバ……ねりちゃんコレ見える? 怖すぎなんですけど」

『なになに~? うっわ、怖! それ絶対誰か寝てるじゃん! 牛タル開けて開けて!』

「やだよ! 最初に発見したってことで、ユジっちに譲るから。俺クンは優先席とか譲れる男だから」

「いや何で俺だよ!? 牛タルの方がこういう時面白いリアクションできるだろ!」

「いいか、ユジっち。俺クンはさ、あくまで早食い系MyTuberなワケ。こういうのはさ、ホラゲー実況とかやってるユジっちの方が得意分野っしょ! ファイト!」

『ユージちゃん頑張れ~! ここで男見せたらモテるぞ~! 女の子のリスナー増えまくるぞ~!』

 食物連鎖の二人は完全に悪ノリをしている。カップルMyTuberとして活躍しているだけあって、こういう時の連携には勝てない。

「……ほらほら、カルアちゃんも見てるぞ」

「オイ……!」

 こっそりと耳打ちされた言葉に、俺は慌てて牛タルの背中を叩く。
 どうやら聞かれてはいないようだったが、画面を見ると心配そうなカルアちゃんがこちらの様子を窺っているのがわかった。

 クソ……! この状況じゃ引き下がるわけにいかないじゃないか! そもそも怖くなんてないのだから、さっさと開けてしまえば良かったのだ。

「ったく……じゃあ、開けるぞ」

 俺の背後で牛タルが息を飲んでいるのがわかる。
 カーテンに手を掛けた俺は、何が飛び出してこようと構うものかと覚悟を決めて、一気にそれを開いた。

「……何も……無い?」

 呟かれた牛タルの言葉通り、そこには何も無かった。
 正確に言えば、ベッドの上の掛け布団は膨らんでいたのだ。だがそこを覗き込んでみると、中にはぽっかりとした暗闇があるだけだった。

『や~い、二人とも引っ掛かった~! 超ウケるんですけど!』

「ダミーちゃん……!!!!」

 場に不似合いな声が響いたことで、この不自然な膨らみは事前にダミーちゃんによって仕込まれたものなのだと理解した。

 恐らく、いや間違いなく人形隠しをした際に仕込んでいたのだろう。

『あ、ちなみにダミーはそこに人形隠してないからネ! 暇だったからちょっとイタズラしちった』

「やってくれるぜダミーちゃん……俺クンも何か仕込んどきゃ良かった!」

「確かに、人形隠すってことだけしか考えてなかったな。MyTuberとしては、ダミーちゃんが一枚上手だったってことか」

 隠していないとは言われたが、他の人間がここを訪れていないとも限らない。

 念のためにベッドの下やマットレスの下なども調べてから、収穫は無いという結論に至った。

「もっと早く見つかると思ったんだけどなあ。みんな隠すの上手くない? 俺クンが探すの下手なわけじゃないよな?」

「だな。ダミーちゃんは一つ見つけてたけど、六つある中から自分のを見つけるって結構難易度高いのかも」

「……ユジっち、俺クンさあ。さっきお願い聞かれた時、強靭な胃袋欲しいって言ったじゃん?」

「ん? ああ、そうだったな。それがどうかしたか?」

 どこか落ち込んだ様子の牛タルは、声音に先ほどまでの元気がない。
 どうしたものかと思って見ると、スマホのマイク部分を指で押さえているのが見て取れた。

 聞かれたくないことなのかもしれないと察した俺は、他を映しているふりをしてタブレットを遠ざける。

「本当はさ、胃袋なんかどうでもよくて。ねりちゃんを世界一幸せな女にしたいんだ」

「マジか」

「もちろん、幸せにするのは俺クンの力だし、俺クンが幸せにするんだけど。MyTuberって職業としちゃ不安定じゃん? トゴウ様ってのがホントにいるなら、先の保証が欲しいなって思ったんだよね」

 牛タルはいわゆるチャラ男で、見た目も中身もイメージそのままのキャラクターだ。だが、あくまでそれはMyTuber上での話だということを、俺は知っている。

 本当の牛タルは凄く礼儀正しくて、常識人で、ねりちゃんを誰より大切に想っている男なのだ。

 四歳差があるねりちゃんは遊ばれている、ビジネスカップルだなんて言う人間も少なくない。そんな人間たちが、牛タルのこの言葉を聞いたらどんな反応をするのだろうか?

「なーんちゃって。今のはオフレコでヨロシク! 時間もったいないし、次行くぞ次!」

「……おう」

「んじゃ俺クンは他のトコ見てくるから、ユジっちも頑張れ!」

 そう言って俺の肩を叩く牛タルは既にいつものテンションで、俺はその背中を見送りながら向かいの用務員室に足を向けようとしたのだが。

「……ユージちゃん」

「うわっ!?」

 そのすぐ隣のトイレのドアが開いたかと思うと、中から姿を現したのは、バツの悪そうなねりちゃんだった。
 トイレから姿を現したねりちゃんは、周囲を見回して何かを確認してから俺の方へと歩み寄ってくる。
 本当に幽霊でも現れたのかと思って驚いたが、見慣れた人物であったことに安堵した。

「ユージちゃん、ちょっと」

「ん? ああ」

 ねりちゃんはスマホを伏せるようにして、マイク部分を掌で覆っている。
 先ほどの牛タルと同様に、聞かれたくないのだろうと思った俺はまたタブレットを遠ざけた。

「……もしかして、今の話聞いてた?」

「…………聞いてた」

「やっぱり」

「アタシ、聞くつもりじゃなかったんだよ? たまたまトイレ探してて、騒いでるの聞いて二人が保健室にいるってわかったから、出てきたトコを驚かそうと思って待機してたの。そしたら……」

 牛タルが、思わぬ告白をしたということか。
 普段は飄々(ひょうひょう)としているねりちゃんの頬は、薄暗い視界の中でもわかるくらいに赤く染まっている。

 二人がラブラブなことは周知の事実だが、まさかあんな風に真剣に考えてくれているとは思っていなかったのかもしれない。

「アタシもね、違ったんだ。トゴウ様へのお願い」

「違ったって?」

「……牛タルと、ずっと一緒にいられますようにって。そうお願いしようと思ってた」

 なるほど、食物連鎖の二人は互いに互いのことを想って願い事をしていたのか。

 トゴウ様に頼らなくとも、牛タルとねりちゃんであればきっと幸せになれるだろうに。二人の本音を聞かされた今だからこそ、余計にそう思う。

「……願いが叶うのは一人だけどさ。誰かに叶えてもらわなくたって、二人は絶対幸せになれるよ。それって多分、今のねりちゃんが一番よくわかってるんじゃないかと思う」

 トゴウ様なんて都市伝説を、そもそも信じていないとは言えなかった。けれど独り身である俺でも、やっかみも無く二人を応援しようと素直に思える。

 照れたようにはにかむ笑みを浮かべるねりちゃんは幸せそうで、夫婦になっても人気のMyTuberとして活躍していくのだろう。

 その時は二人の絆をより深めるきっかけを作った友人として、動画を撮らせてはもらえないだろうか?

「ありがと、ユージちゃん。……隠し場所は教えちゃダメだけど、隠されてない場所を共有しちゃダメってルールは無かったよね?」

「ああ、そのはずだけど」

「じゃあここのトイレと、そこの用務員室には人形無かったよ。探すなら他の場所がいいかも」

 そう伝えてくれたねりちゃんは、別の階へ移動するために階段を駆け上がっていった。

 人形を見つけさせないために、嘘をついている可能性もある。だが、ねりちゃんがそうするとは思えなかった俺は、彼女の言葉を素直に信じることにした。

(俺の人形……)

 スマホを取ろうとしてポケットに入れた手を、何も取り出すことなく再び外に出す。

 トゴウ様なんてただの作られた都市伝説だと、参加したメンバーの誰もがわかっているだろう。だが、その上で真剣な願いを胸に人形探しを続けているメンバーがいる。

 始めは動画の撮れ高のためにと思ったが、不正を働くのはやはり良くないと考え直した。見つけられなかったとしたら、それはそれでいい。

 俺は一階の反対側に行くために移動を始めて、途中で一年生の教室を覗きつつ、昇降口の前で足を止めた。

「待てよ。ここ……意外と穴場だったりして。なあ、リスナーのみんなはどう思う?」

 下駄箱は木製で蓋がなく、直接靴を出し入れできるようになっている。
 蓋が無いので隠し物をするには向いていないと思われるだろうが、その思考を逆手にとって隠したメンバーもいるかもしれない。

(俺の考えと同じで、スタート地点に隠そうとはなかなか思わないだろうし)

 そう思って下駄箱の一つ一つを覗き込んでみたのだが。結果的に誰のものかわからない、ボロボロの靴やゴミがいくつか見つかっただけだった。

「全然穴場じゃなかったわ。まあ、他に隠せる場所なんていくらでもあるもんなあ。……あれ?」

 成果を得られなかった俺は、ついでにすっかり暗くなった外の景色も撮影しておこうと、昇降口から校庭へカメラを向ける。

 そのまま扉を開けようとしたのだが、残念ながらそれは叶わなかった。

「あれ、鍵ってかけて……ないよな……?」

 校舎の鍵を管理しているのは俺だし、扉を閉めた時に鍵をかけた記憶はない。

 誰かが鍵をかけたとすれば内鍵なのですぐに開けられるはずだが、鍵がかかっているわけではないようだった。

「鎖も外れたままになってるのに、何で開かないんだ? もしかして、古くなりすぎて扉がイカれた……?」

 ガラス越しに外を覗き込んでみるが、外から鎖が巻かれている様子もない。

 部外者がたまたま不法侵入をしてきて、中にいる俺たちを困らせるために鎖を閉めた可能性も考えられるのかと思ったのだが。

「……そうか、またダミーちゃんあたりがイタズラしたんだな。マジでそういう方面に頭回りすぎじゃないか?」

 そこで俺は、先ほどの保健室でのやり取りを思い出して犯人に目星をつける。
 恐らくダミーちゃんは、人形をさっさと隠した上で残り時間をもれなくイタズラに充てたのだろう。

 不思議ちゃんで破天荒な動画をアップし続けている彼女なら、このくらいやっていてもおかしくはない。

 どのみち人形探しが終わるまで、外に出る理由はないのだ。俺は昇降口から引き返すと、向かいにある四年生の教室を調べ始めることにした。

『うーん、ここもハズレ! アタシの人形ちゃんどこ~?』

『この部屋暗すぎませんか……? 電気点けさせてほしい』

『見っけ! ……って、何だよこれ人形じゃねーし!』

 タブレットからは、メンバーたちの賑やかな声が聞こえてくる。
 喋り続けるのは難しいので無音になることもあるが、やはりビデオ通話を繋いで撮影するという判断は正解だったと思う。

「俺の方もハズレ。けど自分のじゃないだけで、人形見つけた奴いるだろ?」

『さて、どーでしょ~?』

『うわ、絶対見つけた奴の言い方じゃん。ユジっち俺クンの人形どこやったのー!?』

「それはルール違反だから言わんでしょ」

 和やかな空気に思わず目的を忘れて、このまま談笑したくなる。

 始めは人形を見つけて撮れ高を作ることを目的としていたが、メンバーとこうして楽しみながら作れる動画なら、それはそれでいいのかもしれない。

「真面目にやるつもりがねーならテメエら全員オレの人形探ししろや!!!!」

「ッ……!!」

 そんな平和な思考は、突如として響いた怒号に一瞬にしてかき消されてしまう。その声の主が誰なのかは、考えるまでもなかった。

「……財王さん、落ち着いてくださいよ。一応撮影してるんで……ね?」

 昇降口を抜けて隣の家庭科室に到着した俺は、向かいのトイレから出てくる財王さんに、できる限りの作り笑顔を向けたのだった。
「撮影してようが後でいくらでも編集できんだろうが。っとにイラつくな……あのクソ女、どこに隠しやがった」

 他のメンバーの声はタブレットから何度も聞こえていたが、財王さんの声を聞いたのは最初の方だけだった気がする。
 クソ女というのは、財王さんの人形を隠したねりちゃんのことだろう。

 目の前に立つ彼は、どう見ても明らかな苛立ちを纏っている。まるで手負いの猛獣を前にしているかのようだ。

 少しでも対応を間違えれば、俺はこの場でボコボコにされてしまうのではないだろうか?

「結構探してきましたけど、俺も全然見つけられてないですよ。というより、みんなそうなんだろうし。西側の一階と二階には、少なくとも財王さんの人形もありませんでした」

「……そうかよ、ならくらだねェ話ばっかしてねーで人形探せ。テメエらも、オレより先に見つけやがったら……わかるよな?」

 探す必要のない範囲を消したことで、少し機嫌は戻ったのかもしれない。
 声量は落ち着いたが、画面越しにメンバーへも圧をかける財王さんに、否と言える者はいなかった。

 ……いや、実際には一人。財王さんの怒鳴り声も関係なしに撮影を続けている人物がいる。

「オイ、聞いてやがんのかダミー!? 何とか言えやコラ!!」

『うっさいなー、大声出さなくても聞こえてるヨ。探せって言いながらダミーの手止めてんのは財王なんだケド』

「チッ、イカレ女が減らず口ばっか叩きやがって」

 財王さんに臆さず返せるのは、ダミーちゃんが彼と対等だからというわけではない。彼女は単に怖いもの知らずなのだ。

 悪く言えば、頭のねじが数本抜け落ちているのではないかと思う。

「財王さん、時間無くなっちゃいますし。次の部屋探しに行きましょ! 探した分だけきっと早く見つかりますし!」

「……ならテメエはオレの倍働けよ、ユージ。わざわざクソつまんねえ企画に乗ってやったんだからな。本来ならテメエがオレを企画に呼ぶことなんざできねえんだぞ? 感謝してキビキビ動け」

「……努力します」

 カルアちゃんと食物連鎖の二人は、財王さんの怒りに委縮してしまっている。
 このままではマズイと感じた俺は、とにかく彼の意識を人形探しに向けさせることにした。

 家庭科室に入っていくと、俺は率先して人形探しをするために手足を動かす。

 財王さんも、のしのしといった動きで室内に入ってくる。まるで熊のようだが、今の俺には熊より怖い存在かもしれない。

 財王さんは、羽振りのいい兄貴肌のMyTuberという印象だ。リスナーからのコメントでも、『財王アニキ』などと呼ばれては慕われている。

 だが、それはあくまで財王というMyTuberの表向きの顔だった。

 コラボをしたり親しくなるにつれて、少しずつ俺は財王さんの本性を知っていくことになる。

 カメラが回っていない場所での態度はとても横柄で、自分より下だと判断した人間に対しては高圧的な態度を取る人物なのだ。

 だが、登録者数はメンバーの中で一番多い。
 本来なら楽しく撮影できるメンバーだけを集めたかったのだが、このメンツを呼んで財王さんだけを誘わないわけにはいかなかった。

 MyTuberにだって上下関係というものがある。上の人間に目をつけられてしまえば、活動もしにくくなるのだ。

(……それに、彼の登録者数の多さを利用しようと思ったのも事実だ)

 誘いを断ってくれないかと思ったが、財王さんは企画の主旨を話すと二つ返事で参加をすると言ってきた。

 まだまだ弱小MyTuberの俺にとっては、登録者数の多いMyTuberにあやかって、そこのリスナーを呼び込んでいくことも大切な活動のひとつだ。

 裏の顔に難はあるが、幸いと言うべきか手を上げられたりしたことはない。
 多少の暴言や乱暴なスキンシップは、企画成功のために与えられた試練と思ってカウントしないことにしよう。

「オイ、そっちの棚の中はちゃんと見たか? 見逃しなんざしやがったらその使えねェ目ん玉潰してやるからな」

「はい、見ましたけど……何も入ってないし、人形があったらすぐにわかりそうなので無いみたいですね」

「クソ、ここもハズレか。無駄足ばっか踏ませやがって」

「……財王さんのお願いって、MyTuber界のトップになることでしたよね? こんなことしてトゴウ様にお願いしなくても、自力でなれそうだなって思うんですけど」

 正直に言おう、これはお世辞だ。
 俺たちメンバーの中ではトップの財王さんも、数多のMyTuberたちの中ではまだまだ下層の部類になる。

 動画の内容が幅広い年齢層向け、というわけではないのもその一因なのだろう。
 大金をばら撒いて作られる動画は、若者の目を惹くだけの話題性はある。けれど、それを子供や年配者が観るかと考えれば答えはノーだ。

 働き盛りの世代だって、自分が裕福でもないのにそんな動画を勧められても、嫉妬心を煽られるだけで固定ファンにはならないだろう。

 それに最近の動画は、少しばかり余裕の無さが滲み出ているように感じられる。
 上手く編集しているのだろうが、彼の裏の顔を知る人間が見れば、ここで暴言を吐いたりしたのだろうという雰囲気を感じ取れるのだ。

「そりゃあ、自力でだってトップにゃなれんだよ。けどな、どうせこんな企画をやるっつーなら、それでトップになりゃ話題性も上乗せになんだろうが。テメエもその話題に乗っかれんだから感謝しろよ」

「確かに……都市伝説が本物だったって証明にもなるし、後々語れるネタも増えますね。俺じゃあそこまで頭が回らないし、やっぱり上の人って考えることから違うんですね」

「だろ。だからこそテメエらのクソしょうもねえ願いなんかより、ずっと叶える価値があるんだよ」

「ハハ、そうかもしれませんね。それじゃあ、俺ももっと張り切って人形探さないと」

 顔で笑いながら、俺の(はらわた)は煮えくり返っていた。

 牛タルとねりちゃん。二人の願いを聞いた後だからこそ、それを馬鹿にされたことが許せなかったのだ。
 もちろん、財王さんはあの二人の本当の願いを知らない。

(アンタの願いがきっと、一番クソしょうもねえよ。……俺の願いと同じくらい)

 批判的な意見を抱いたが、俺の願いだって財王さんと大して変わらない。
 数字を増やすこと。有名になること。この企画自体、リスナーを楽しませるという目的ですらなく、自分のためだけに立てられたものなのだ。

 こんな俺たちの願いを叶えるくらいなら、牛タルやねりちゃんの願いが叶った方が絶対にいいに決まってる。

「ユージ。探し終わったんなら次、隣行くぞ。ちんたらやってんじゃねえ」

「そうですね」

 ユージというキャラクターを作っておいて良かったと心底思う。
 これが干村侑二(ひむら ゆうじ)という人間だったなら、きっと嫌悪がすべて顔に出てしまっていただろうから。

「そんじゃ、財王さんと一緒に給食室に向かいまーす」

 俺は動画用の笑顔をめいっぱい張り付けて、カメラに向かってピースサインを作って見せた。
「給食室の中って、そういえば初めて入るなあ。外まで給食取りに来たことはあるけど。財王さんは入ったことあります?」

「ア? ねーよ、よっぽどの理由でもなけりゃ生徒が立ち入る場所じゃねーだろ。生徒が給食作るわけじゃねえんだしよ」

「ですよね。うわ、鍋でっか! こんなので作ってたんだ……そりゃそうか、六学年分一気に作るんだもんな」

 生まれて初めて足を踏み入れた給食室は、やはりというべきか広々としている。

 小学校とはいえ、六学年分×三クラス分の給食を作らなければならないのだ。見えないところで、かなりの人数が働いていたのだろう。

 一般家庭ではまずお目にかかることのない大鍋や、調理実習の時に使うような大きなシンク。

 それらをタブレットで撮影しつつ、俺は財王さんに怒られないうちにと人形探しも並行していく。

「広いは広いですけど、ここって案外探せる場所少ないかもしれないですね」

「みたいだな」

 広々としているので探し物に手間取るかと思ったのだが、物を隠せる場所は想像以上に限られていた。

 鍋の中やシンクの下、業務用の冷蔵庫の中など、細かく目を通すまでもない。ライトで軽く照らしてやれば、そこに物が置かれていないことはすぐに理解できた。

 念のために排水溝の蓋を外してみたりもしたけれど、やはりそこにも人形らしきものは見当たらない。

「ハズレばっか引かせやがって……オイ、ユージよぉ。もしもン時は、カット編集できるんだから……わかってるよな?」

「いや、まあ……カットは確かにできますけど」

 再び苛立ちを見せ始めた財王さんが、とうとう俺に不正を働くよう圧をかけ始める。

 ビデオ通話を通じて他のメンバーにも聞こえていることはわかっているはずなのに、全員に理解させた上で自分の意見を押し通そうとしているのだろう。

 どうせ都市伝説なんて嘘っぱちなのだから、財王さんの思う通りに進めた方が、きっと穏便に済ませることができる。

 ――……けれど。

「ルールを破ると、トゴウ様から呪い殺されるって話だし。カットはできても、ロウソクの予備も持ってきてないので……不正をして撮影をし直すってなると、日を改めないといけなくなりますね」

「あァ!? 普通は消耗品なら予備くらい準備しとくモンだろうが、役立たずが! クソッ! これだからオフ撮影したことねェ野郎の企画は……!」

 人形を見つけるのに間に合わなかった場合でも、人形を燃やすシーンさえ捏造できれば良いと考えていたのだろう。

 本当は予備のロウソクも持ってきているが、素直に彼に従いたくないという気持ちの方が勝っていた。

「なら、ロウソクの火ィ消しときゃいいだろ。そもそもあの教室は撮影してねーんだから、人形燃やす段階で点け直したってバレやしねェ。オイ、今すぐ行って消してこい」

「それはそうですけど……ライター持ってるの、俺じゃなくてダミーちゃんなので。火を消したとしても、その後で点け直しに応じてくれるかどうか……」

「クソッ! あのでしゃばり女が余計なことしやがって!!!!」

 そう。持参したライターはダミーちゃんに渡したままになっている。

 校舎の中にもライターの一本くらい置き忘れがあるかもしれないが、一つの人形も探せていないのに、あるかもわからないライターを探すのはそれこそ時間の無駄だ。

 他のメンバーであれば脅せていたかもしれないが、ライターを持ち去ったのがダミーちゃんであったことに今は感謝せざるを得ない。

「怒っててもそれこそ時間の無駄なんて、早く人形探しましょ。隠した本人はダメだけど、見つけた人が教えちゃダメってルールは無いし。財王さんの人形見つけたら報告しますから! ね?」

「……報告しなかったら覚悟しとけよ」

「ちゃんと報告しますって! 俺だって、財王さんが願い叶えてトップになるトコ見たいですから」

 給食室を出ていく財王さんは、どうやら俺とは別々に行動する選択を取るらしい。

 まだ探し終えていなかったのか、昇降口の向かいにある四年生の教室の方へ歩いていく背中が小さくなっていく。

 俺はその後を追う気にはなれずに、むしろできるだけ財王さんから離れた場所にいたかった。

 二階もまだ探索できていない教室があるし、三階なんてそれこそ未知の領域だ。どうせ階段は目の前なのだからと、給食室の向かいにある東階段を上がることにした。

 立て続けに人に会っていたからか、財王さんに気を使っていたからか。一人きりになった途端に、俺は肩の力がどっと抜けたようで少しだけ階段の踊り場にしゃがみ込む。

 ”ユージ”という仮面が、剥がれてしまいそうだ。

 暗くて怖いということも、一人で寂しいということもなかったが、今は誰かと楽しく話がしたいと思った。

「……月、綺麗だな」

 顔を上げた先に、まん丸い月と無数の星が輝く夜空が飛び込んできた。
 普段はパソコンの画面を前に配信ばかりしていて、空を見上げるなんてもう長いことしていない。

 周囲に高い建物や繁華街のような場所が無いせいもあるのだろうか、校舎の中から目にする夜空はこの上なく澄んで見える。

「薄暗い景色ばっかりってのもアレだし、これも撮影しとくか。俺と同じで配信画面ばっか観てるリスナー諸君、こっから見る月がスゲー綺麗……あれ」

 窓に背を向けて空が映るよう自撮りをしかけたところで、俺はふとした違和感に気がつく。

 画面の中は相変わらずの六分割なのだが、その中のひとつが真っ暗になっているのだ。

「この画面って……ねりちゃん?」

 よく見れば、真っ暗だと思っていた画面にはうっすらと景色が映っている。
 かなりわかりづらいが、細長い蛍光灯らしきものが見切れているので、これは天井だろうか?

 見られたくないタイミングや、他のメンバーの人形を発見した時など、画面を隠すこともあるだろう。だが、しばらく待ってみても画面が動き出す様子がないのだ。

 手で持っていれば多少なりとも揺れたりするものだが、固定されているみたいに画面はぴたりと静止している。

「おーい、ねりちゃん。聞こえてる? もしもーし」

『ん? ユジっち、ねりの奴どうかした?』

「いや、さっきから画面が動いてないんだよね。充電切れた……ってことはなさそうだけど、一応映ってるし」

『マジだ。ねり~、もしかしてウンコ?』

「やめろって、デリカシー無さすぎ。つーかココ水流れてないからトイレとか使えないし」

 同じく異変を察知した牛タルが呼びかけてみるが、ねりちゃんからの応答はない。

 どうしたものかと思いながら立ち上がろうとした俺は、次の瞬間、踊り場に張り付いたように動けなくなってしまった。

『ユジっち?』

 顔を上げた先、階段を上がって俺は二階に移動しようと考えたのだが。その一番上に、黒くて大きな塊が落ちているように見えたのだ。

 目を凝らしていた俺は、ライトの存在を思い出してその塊に光を向けてみる。

 照らされたのは、階段の上で仰向けに倒れ込み、不自然な角度に首を傾けて俺のことを見つめているねりちゃんの姿だった。
 動くことができずにいた俺は、少しの間ねりちゃんと見つめ合っていた。

 仰向けに倒れているはずのねりちゃんの顔は、”正面から”俺の方を見ている。

 状況を飲み込めていないというのに、どこか冷静な俺の頭の中では、すぐにねりちゃんが死んでいるのだと理解していた。

『ユジっち!? 何、どうしたん!? オイって!!』

 そうしていたのは、ほんの数秒足らずだったのかもしれない。
 牛タルの声で現実に引き戻された俺は、それでようやく自分が叫び声を上げているのだと気がついた。

 思わずその場に尻もちをつくが、当然ねりちゃんが動き出す気配はない。ただ底の見えない暗く濁った瞳が、じっと俺の方を見つめているだけだ。

「オイ、何デケエ声出してやがんだ。まさか幽霊でも見たとかほざくんじゃねえだろうな?」

「ざ、財王さん……! あの……あれ……!」

 俺の叫び声を聞いて、いち早く駆け付けてくれたのは財王さんだった。
 別れたばかりで距離が近かったので場所がわかったのだろうが、俺は状況を言葉で説明することができずに、階段の上を指差す。

 その先を見てねりちゃんに気がついた財王さんは、臆することなく彼女の方へと近づいていった。

「…………死んでやがんのか?」

 タチの悪い冗談か、イタズラで仕掛けられた人形を見間違えたのではないかとも考えた。

 だが、財王さんは冷静にそう呟きを落とす。それによって、俺は今度こそ本当にねりちゃんがそこで死んでいるのだと理解した。

『え……死んでるって、何だよ。なあ、ユジっち? 変な冗談やめろって』

 財王さんの呟きだけで、牛タルも最悪の事態を察したのかもしれない。

 というより、画面を見れば誰の話をしているのかは一目瞭然だろう。ねりちゃん以外の通話画面は、はっきりとそれぞれの姿を映しているのだから。

『どういうことですか? ユージさん、一体何が……』

『ユジっち、どうなってんのか教えろって!!』

「ぎゃあぎゃあ(わめ)くな! とりあえず全員、一階の東階段に来い。……来りゃわかる」

 答えられない俺の代わりに、場を鎮めたのは財王さんだった。
 その言葉を聞いて、真っ先に駆け出したのは当然牛タルだ。それに続いて、動揺しながらカルアちゃんも移動を始めたのがわかる。

 ダミーちゃんは特に反応をする様子も無かったが、どうやらこちらに向かってくれているようだった。

 それから少しして、動き出した順に全員が現場に到着する。
 変わり果てたねりちゃんの姿を目の当たりにした牛タルは、声にならない悲鳴を上げながらねりちゃんに駆け寄った。

「おい、ねり……! 何だよこれ、なあ、嘘だろ!? 起きろって、咲良(さくら)!!!!」

「牛タル、やめろって。ねりちゃんはもう……」

「離せよユージ!! コイツはただ、ちょっとドジだからスッ転んで……気絶してるだけだって……ッ」

 そんなはずがないことは、牛タル自身がよくわかっているはずだ。
 ねりちゃんの身体を必死に揺さぶる牛タルを半ば羽交い絞めにするように引き剥がすと、始めは激しく抵抗していたものの徐々に動きが鈍くなる。

 やがて大人しくなったかと思うと、大粒の涙と共に嗚咽を漏らしていた。

 咲良というのは、恐らくねりちゃんの本名なのだろう。牛タルは何度も彼女の名を呼びながら、とうとうその場に崩れ落ちてしまった。

「何で……ただ人形探してただけだってのに、何で咲良がこんなことにならなきゃいけないんだよ……!?」

「ユージさん、一体何があったんですか?」

 不安そうなカルアちゃんは、自然と俺の方に距離を詰めてくる。
 普段ならそれをラッキーと思えたはずだが、今の俺にそんな浮かれた思考でいられるだけの余裕はない。

 俺たちはデスゲームをしていたわけじゃない。ただ、隠した人形を楽しく探していただけなのだ。

「……わからない。通話で聞こえてたと思うけど、財王さんと別れて、俺は二階に上がろうとしたんだ。そしたら、ねりちゃんがここで倒れてて……」

「そういえば、ねりは喋ってなかったネ。ダミーは人形探してたからあんまり画面見てなかったケド」

「ユージさんと財王さんが一緒にいた時には、まだねりちゃんの画面も動いていたと思います。私、怖くて画面を見ながら歩いていたので」

「カルアちゃん、何か見てねえのかよ!? 何か、たとえば怪しい奴がいたとか咲良が変な動きしてたとか……!!」

「牛タル、落ち着けって……!」

「落ち着いてなんかいられるかよ!! 何で咲良が死んじまってんだよ!!?」

 カルアちゃんに向かって、今にも掴みかかりそうな牛タルを俺は再び羽交い絞めにする。大切な恋人をこんな形で失ってしまったのだから、落ち着くことができないのは当然だ。

「わ、わかりません。特におかしなところはなかったと思うんですが……もし不審者がいたとすれば、ねりちゃんの反応で、誰かが気付いていたはずですし」

 カルアちゃんの言う通り、俺たちは常にビデオ通話を繋いでいたのだ。映像か、あるいは音声に不自然な点があれば、誰かが気づけていただろう。

 少なくとも悲鳴を聞いたり、不自然な動きはしていなかったように思う。

「……なら、トゴウ様の呪いカナ?」

「ダミーちゃん……!!」

 その発言にギクリとして、俺は咄嗟に制止の言葉を投げようとするが、それはすでに牛タルの耳にも届いてしまった。
 涙を滲ませた牛タルの瞳が、怒りの色を濃くしてダミーちゃんを捉える。

「ふ、ざけんな……呪いなんかあるわけねえだろ!! 咲良が死んだんだぞ!? ふざけたこと抜かすのは動画だけにしてもっと真面目に考えろよ!!」

「ふざけてないし。それしか考えられないジャン」

 今にも殴りかかりそうな剣幕で真正面から怒鳴られても、ダミーちゃんは悪びれた様子もなく返す。

 本来ならば冗談を言う場面ではないと俺も怒るべきなのだろうが、そうできなかったのは、俺自身も思っていたからなのだろう。

(だって、こんな死に方……誰が見たって普通じゃない)

 百歩譲って、足を滑らせたねりちゃんが階段を転げ落ちたのだとする。転がり方が悪ければ、首が思わぬ方向に曲がることだってあるのかもしれない。

 本物の死体なんて見たことがないのだから、あくまでも想像上でしかないのだが。

 けれど、ねりちゃんが倒れているのは階段の一番上だ。少なくとも、階段を転げ落ちたわけではない。

 首だけは階段の二段目に垂れ下がっているので、打ち所が悪くて首の骨が折れてしまった可能性もある。

 だが、彼女の首はどう見ても何かの力によって”(ひね)られた”ようにしか見えなかった。
「と、とりあえず……ねりちゃんをこのままにしておくのは可哀想だよ。牛タル、彼女を移動させてやろう?」

「…………わかった」

 呪い説を唱えるダミーちゃんと、それに怒りを向ける牛タル。
 一触即発の空気をどうにかしたくて、俺は牛タルに向けてできる限り穏やかな声音で提案をした。

 二人がこのまま言い争ったところで、事態の解決には繋がらない。それだけは確かだ。何より、こんな状態のねりちゃんを見続けてはいられない。

 牛タル自身もその考えは同じだったのか、濡れた目元を袖で乱暴に拭ってからダミーちゃんに背を向ける。

 死んだ人間に触れるというのはさすがに恐ろしかったけれど、俺はそれを顔には出さないようにして、牛タルと一緒にねりちゃんを抱き上げる。

 落とさないよう慎重に移動させて、二階の廊下の端にその身体を横たえてやった。

「咲良……ごめんな、俺が一緒にいてやれば……」

 再び溢れてきた涙をポタポタと落としながら、牛タルは自身のコートを脱いでねりちゃんの顔と上半身を覆うように被せる。

 俺はどうすることもできずに、両手を合わせてせめて彼女が安らかに眠れるよう祈るしかなかった。

「……みんな、悪いけどこんな状況だし、撮影は中止にしよう」

 人が一人死んでしまったのだから、どう考えたって企画どころではない。
 もしも第三者が潜んでいるのであれば俺たちにも危険があるし、そうでないとしても中止の判断をするのが普通の人間だろう。

 ……そう思っていたのだが。

「中止に……しても、いいんでしょうか?」

 誰もが同意してくれるであろうと思った提案に異を唱えてきたのは、カルアちゃんだった。

 俺は聞き間違いかと思ったのだが、彼女が俺の意見を否定したことはどうやら間違いないらしい。

 その証拠に、先ほどはダミーちゃんに向けられていた牛タルの怒りが、今度はカルアちゃんの方へと向けられる。

「いや、何言ってんだよ。咲良死んでんだぞ? なのに撮影続けるとか、頭おかしいんじゃねーのか!?」

「あの、そういうことではなくて……!」

 牛タルが怒るのは当たり前のことだ。軽い怪我をした程度ならばまだしも、人が死んだ状況でまで続ける必要のある撮影なんてない。

 カルアちゃんがそんな非情な人間だとは思いたくないが、俺も彼女の発言の意図を理解することができずにいた。

「死に方、普通じゃないよネ」

 そこに加勢したのは、ダミーちゃんだった。
 彼女はねりちゃんの遺体に近づいていくと、何の躊躇もなく被せられたばかりのコートを剥ぐ。

 正確には頭の部分だけなのだが。そこにあるのはねりちゃんの顔ではなく、特徴的なメッシュが入った後頭部だ。

「転んでこんな死に方しないし、どう考えてもまともじゃないジャン」

「テメエ……!」

「ダメだって牛タル! 転んだわけじゃないにしても、第三者がやった可能性はあるだろ? 現実的に考えたら、その方がずっと可能性が高いんじゃないか?」

 俺は牛タルとダミーちゃんの間に割って入りながら、第三者の可能性を示唆(しさ)する。

 実際にできるのかはわからないが、漫画や映画で背後から首を捻って殺害するような描写を目にしたことはある。
 けれど、そんな俺の考えを即座に否定してきたのは財王さんだった。

「可能性っつーなら、第三者はねえだろ。仮にもオレらはずっと通話してて、ましてや自撮りしてる格好。第三者がいるっつーなら画面にゃ間違いなく映り込むだろうし、撮影してる本人か、あるいは誰かが気がつくモンだ」

「私たちの中の誰かが犯人、ということもないですよね。自分とねりちゃん、二つの画面で犯行現場が映る以上、リスクが大きすぎますし」

「揃いも揃って頭おかしいんじゃねえのかマジで……ならよ、仮に咲良が本気で呪いに殺されたとして。何で撮影続けなきゃなんねーんだよ。こんなこと続ける意味ねえだろ?」

 事故でもなければ第三者の仕業でもないという意見の一致に、牛タルは乾いた笑みを漏らす。

 剥がされたままのコートをねりちゃんに再び被せ直したカルアちゃんは、真っ直ぐに牛タルと向き合った。

「もしも、ねりちゃんが呪いで死んだのだとすれば。トゴウ様の存在は本物で、ルールを破ったら全員が呪い殺されるんじゃないでしょうか?」

「そんなこと……」

 あるわけない、と言い切れないのは三人分の圧力なのか。あるいは、牛タルの中でも彼女の死に様に対して不信感を抱いているからなのか。

 呪いを信じずに棄権するのは自由だが、それによって呪い殺されないという保証はどこにもない。

 ねりちゃんが人の手によって殺されたのだという確証が持てない以上、リスクが大きすぎるのは確かだった。

「じゃあ、ねりちゃんはルールを破ったってことなのか?」

「わかんないけど、今の状況じゃそうだとしか思えないよネ」

「けど、ねりちゃんがルールを破るようには……」

 スタート時には、ねりちゃんは正々堂々と人形探しをしようとしているように見えた。
 呪い殺されるだなんて信じていなかったとはいえ、ルールを破ってまで勝とうとするだろうか?

 しかし、こっそりと打ち明けられた彼女の本当の願いを思い返す。


『誰かに叶えてもらわなくたって、二人は絶対幸せになれるよ』


 彼女にそう伝えたのは、他でもない俺自身だ。
 自分たちで願いを叶えられると思った彼女は、他のメンバーに願いを叶える権利を譲って、人形探しを放棄したのかもしれない。

 ねりちゃんが隠したのは、財王さんの人形だ。ねりちゃんが彼に人形の隠し場所を教える理由はない。

 それならば、ねりちゃんが破ったルールは”ロウソクの火が消えるまで人形探しをやめてはいけない”という部分だろう。

 動画の撮影をしていることを考えれば、表面上は人形探しを続けるふりをしていたはずだ。
 そうなると、彼女の判断に俺たちが気がつけるだけの材料もない。

(俺が……ねりちゃんを殺したってことなのか……?)

 トゴウ様の存在を信じていなかったとはいえ、間接的にでもねりちゃんを死に導く要因を作り出してしまった。
 そのことに気がついた途端、全身から冷や汗が噴き出してくるのがわかる。

「咲良、何でルールを破ったりしたんだよ……願いを叶えてもらうんじゃなかったのかよ……」

 語りかけたところで、ねりちゃんはもう答えてくれることはない。
 そうとわかっていても、俺は牛タルにかける言葉を見つけることができなかった。