「全員ちゃんと隠せたな。これで事前準備は全部完了しました。それじゃあ、スタートする前にもうひとつだけ」

 あれから十五分ほどが経った頃、戻ってきた教室には全員が揃っていた。

 始まる前から見つかっていたらどうしようかと不安もあったが、俺が隠したカーテンの方には誰も見向きもしていない。

 早速人形探しを始めたいところではあるが、俺たちはただ都市伝説を試しにきたわけではないのだ。

 動画自体は俺の視点だけでも成立するだろうが、マルチプレイのゲーム配信動画と同様、普通は他の視点だって観たいと思うものだ。

 今回は俺が発案した企画ということで、メインの動画として投稿するのは俺のチャンネルになっている。

 しかし、他のメンバーも各々(おのおの)で撮影をしてもらって良いとも伝えてあった。

「自分の視点だけじゃ間が持たないこともあるだろうし、人形発見した時に全員で共有できるってことで、人形探しの間はビデオ通話を繋いでもらいます。原則として、儀式が終わるまで切るのは禁止で」

「通話でお喋りしながら探せるなら、ちょっと安心できるかもしれませんね」

 そう言うカルアちゃんの表情は、確かに嬉しそうだ。先ほど人形を隠しに行った時にも、一人で暗い校舎内を歩き回るのは結構怖かったらしい。

 俺としては二人で一緒に探そうと申し出たいところだが、生憎(あいにく)とそれでは人形探しが不利になってしまうので現実的ではない。

 俺はなるべく画面が見やすいようにと、スマホから持参していたタブレットへと撮影端末を切り替える。

「どうしても怖くなったらリタイアも認めるけど。その場合は、誰かの撮影補助にでも回ってもらおうかな」

「ンなことしなくとも、オレが秒で見つけてくっから短時間動画で終わっちまうかもなァ」

「せっかくここまで来たんだから、最後まで頑張ります! 私もお願い叶えてもらいたいし」

 財王さんは自分が最初に人形を見つけると確信を持っているようだが、カルアちゃんも恐怖を理由にリタイアする子ではない。

 少なくとも、ここにいる全員が配信者をやっているのだ。差はあるかもしれないが、リスナーを楽しませようという気持ちを持っているだろう。

「短期決戦でも、それはそれで面白そうなんで楽しみにしてます。カルアちゃんも無理のない範囲で頑張って。それじゃあ、ロウソク点けますね」

「ストップ! ユージ、ダミーが火点けたい!」

「え、いいけど。火傷しないように頼むよ」

 思わぬ申し出に驚くが、火を点ける人間に決まりは無いので俺はポケットから取り出したライターをダミーちゃんに手渡す。

 それを嬉々として受け取ったダミーちゃんは、ライターに灯った火をじっと見つめてから、その火をロウソクへと移した。

「点いた! そんじゃ、人形探しスタート!」

 牛タルの言葉が合図となって、全員が一斉に教室を出ていく。
 俺は一歩出遅れてしまったが、出発の姿をカメラに収めることができたのでヨシとしておこう。

 共有されたビデオ通話の画面には、メンバーがそれぞれ喋りながら人形探しを始めた様子が映っている。

 映像を録画しているので、インカメラ以外の視点が撮影できないのは難点ではあるが、工夫次第でどうにかなるだろう。

 それにただ校舎内を歩き回る映像を映し続けるよりも、各視点の反応なども観られる方がリスナーもきっと楽しいはずだ。

 とはいえ、画面の中を注視してばかりもいられない。

「さて、俺も張り切って探さないとな。リスナーのみんなも応援してくれよ! まずはどこから……ッ!?」

 俺も人形を探し出そうとした時、ふと、俺の顔が映る画面の背後に何かが見えたような気がした。

 咄嗟に振り返るが、スマホのライトで照らしてみてもそこには何もない。

「気のせい……か。ヤバ、雰囲気に()まれてるかもな。じゃあ手始めに、近場の教室から見ていくか」

 一瞬でも見えない何かに怯えてしまったことを誤魔化すように、俺は笑いながら足早に隣の教室に入る。
 二年二組と書かれた教室は、当然だが先ほどまでいた教室と見た目に大差ない。

 俺は中腰になって机の中を順番に見ていくが、残念ながらそれらしき物は見当たらなかった。

 校舎内にある机の数は多いだろうが、だからこそそこに隠すという選択肢は最も安易なものなのかもしれない。
 ロッカーや掃除用具入れなど、思いつきそうな場所は片っ端から見ていく。

「まあ、こんなすぐ見つかるはずないよな。つーか、ここで見つかっちゃったら流石にヤラセレベルに早すぎて企画倒れだし。次行きまーす」

 教室を後にしながら画面を見てみると、やはりみんな同じように机の中を覗いたりしている様子が目に入った。

 財王さんが無言で淡々と探しているかと思えば、ダミーちゃんは本当に探しているのかと疑いたくなる慌ただしい動きをしている。画面ブレすぎだろ。

 それ以外の三人は比較的まともに探しているようだが、やはりそう簡単に見つけられる場所に隠されてはいないようだ。

「ハハ、みんなも苦戦してそうだな。不正してないか他の画面も観といてくれよ?」

『ユジっち聞こえてんぞ~。余裕ぶっこいてられんのも今のうちだからな!』

 俺の独り言に牛タルが反応してくれる。

「あ、牛タル後ろ」

『えっ、何!? ……お前ふざけんなよ! 何もねーじゃんビビったわ!!』

「いや後ろって言っただけだし」

 軽く会話を交わしながら、俺は上着のポケットに入れたスマホを布地越しにひと撫でした。

(企画に乗ってくれたみんなには悪いけど、最後に見つけるのは俺なんだよな)

 企画を立てたからには、やはり撮れ高は必要不可欠だ。
 一番あってはならないのは、誰も人形を見つけられずにタイムオーバーとなってしまうことだった。

 そこで俺は、誰にもバレないようにズルい手を使うことにしたのだ。

 俺の持参した人形には、予め小さなカメラが仕込まれている。大きい画面の方が見やすいというのは口実で、スマホを使って俺の人形が隠された場所を特定する目的があった。

 隠し場所を教えるのはルール違反とされているが、カメラを仕込んではならないという決まりはない。

 元々トゴウ様なんて非科学的なものは信じていないので、人形を見つけられたとしても願いが叶うとは思っていないのだが。

(俺が見つけられた方が、『持ってる男』って思われるだろうし。見つけて燃やす映像まで撮れたら盛り上がるだろ)

 この企画を提案した時から、俺はこの動画の結末までの台本を考えていた。一時間も人形を探し続ける動画なんて、カットする場面の方が多くなるに決まっている。

 だからこそある程度のところで人形を見つけて、撮れ高も作った上で終わりにしようと考えていたのだ。

「教室はたくさんあるけど、そこに隠すのは安易かもなあ。近いし、次は校長室とか行ってみようか」