物音が近づいてきていないかどうかに気を配りつつ、俺たちは視聴覚室の向かいにあるプレイルームを探すことにした。

 薄汚れた遊び道具があって、少しばかり探索には手間取ったものの、ここでも人形を見つけることはできずに終わる。

 そのまま斜め向かいにある第二音楽室の中も調べてみたのだが、やはり人形は見つからない。
 これだけ探しても見つけられないというのは、やはり何者かの妨害を受けているとしか思えなかった。

「ここにもありませんね。もしかしたら私たちが、見落としてしまっている可能性もあるんでしょうか?」

「暗いし焦りもあったし、その可能性もあるとは思う……けど、誰も見つけられてないっていうのがな」

 人形探しをしたとはいっても、気づかずにスルーしている箇所だってあったかもしれない。

 それにしたって、始めは六人で人形探しをしていたのだ。同じ部屋を探しに来た人間だっていただろう。

 であるにも関わらず、ここまできても誰も人形を見つけることができていない。

 財王さんたちだって、まだ人形を見つけられていないのだ。それは俺たちがこうして生きていることが、何よりの証拠になっていた。

「……ユージさんと同じように、最初の部屋に隠したってことはないでしょうか?」

「最初の部屋って……二年三組?」

「はい。私はユージさんに牛タルさんの人形の隠し場所を聞くまで、あの場所に人形を隠すって発想すらありませんでした。ユージさんも自分で隠しはしても、あの部屋を探してはいないんじゃないですか?」

「言われてみれば……俺以外が同じ部屋に隠してる可能性って、考えてなかったかも」

 妙案だと思っていながら、自分自身が見落としをしていたとは思わなかった。

 あそこには牛タルの遺体があるので、戻るのは気が引ける。それでも、探してみる価値はあるのではないかと思えた。






「カルアちゃん……これ、さっきはこんな風じゃなかったよな……?」

 カルアちゃんの言葉に従ってロウソク部屋を探すことにした俺たちは、慎重に移動をしながら二年三組の教室まで戻ってくることができた。

 途中で財王さんの声が聞こえたが、離れていたので恐らく別の階を探していたのだろう。だが、今はそれどころではない。

 戻ってきた教室の中央にあるロウソクは、最後に見た時よりもさらに短くなっている。時間が経過しているので当然なのだが、問題はその周囲だ。

 コップに注がれた水が、血のように赤く染まっている。いや、これはきっと血液そのものなのだろう。

「これって……トゴウ様の呪いが、進行してるってことなんでしょうか?」

「わからないけど、良い状況じゃないってことだけは確かだと思う。というか、多分マズイんじゃないかな」

 牛タルが転げ回った際に血液が入り込んだのかとも思ったが、コップの外周は驚くほど綺麗なままだ。

 さらに、盛られた塩は天辺(てっぺん)から少しずつ黒ずんできているのが見て取れる。

 それが単なる汚れだと思えなかったのは、生米が椀の中で”(うごめ)いて”いたからだ。

「気色悪い……これ、うじ虫ってやつだよな」

 ホラー映画で目にしたことはあるが、実物の気持ち悪さはその比ではない。

 ましてや一匹二匹ではなく、無数のうじ虫が椀の中でウゾウゾと身体をくねらせているのだ。集合体恐怖症の人間が見たら、恐らく卒倒していることだろう。

 思わず鳥肌が立った腕を擦りながら、俺は目を背けて教室の中を探すことにした。

「急ごう。ロウソクも多分、長くてあと三十分持てばいい方だ」

「……はい」

 カルアちゃんは、口数少なく相槌を打つ。あんなものを見せられて、いくら普段は前向きなところが長所の彼女だって、そうなっても無理はないだろう。

 室内には、まだ悪臭だって漂っている。少しでも気を抜けば、胃の中身をすべてぶちまけてしまいそうなほどだった。

「……何で、ここにも無いんだよ」

 俺たちの淡い期待は、数分も経てばあっさりと砕かれてしまう。もしかしたらと思っていたのに、この教室の中にも人形を見つけることはできなかった。

 あの二人の願いを叶えさせないどころか、このままでは本当に誰も人形を見つけられないまま、時間を迎えてしまうかもしれない。

(そんなのダメだ……俺はみんなを巻き込んだ責任がある。せめてカルアちゃんだけでも、どうにかして救わないと……!)

 本音を言えば、俺だって死にたくはない。
たとえ視聴者数が増えないままだったとしても、俺の動画を視聴してくれるリスナーは確かに存在していたのだ。底辺MyTuberとして、分相応に楽しくやっていければそれでいい。

 だけど、好きな子の命も背負っているとなれば、平凡だった日々に想いを馳せている場合ではない。

「カルアちゃん、三階に戻ろう。まだ探せてない場所もあるし、もしかしたらみんなが同じ部屋の別の場所に隠してた可能性だってあるよ」

「ユージさん……」

 そんな奇跡のようなことは無いとわかっていながらも、今だけは自分たちに都合良く頭を働かせる。

 後ろ向きになっている時間はない。後悔をするのなら、タイムリミットを迎えてからでいいだろう。俺は絶対に諦めない。

「諦めてなんかやるもんか」

 俺はカルアちゃんの手を取って、再び三階への階段を目指す。
 東階段側にはねりちゃんの遺体があるのでできれば通りたくはなかったが、西階段では遠回りになってしまう。

 俺は真っ直ぐ前だけを見るようにして、目的の理科室へと入っていった。

 理科室特有のニオイが、俺はあまり好きではない。ホルマリン漬けのような不気味なものは置かれていないが、薄暗い中で目にする人体模型などは、やはり気味が悪い。

(……あれ?)

 違和感を覚えたのは、本当に偶然だった。気味の悪さは承知だが、人体模型に近づいていく。

 そこをライトで照らした時、俺は身を潜める立場であることも忘れて叫びそうになってしまった。実際には、ほとんど叫んだようなものだったのだろうが。

「あった……!」

「えっ!?」

 俺の声に驚いたカルアちゃんが、小走りにこちらへと駆け寄ってくるのが聞こえる。人体模型の胃袋の辺りに、模型の一部ではないものが埋め込まれていたのだ。

 見間違いかと思ったが、明らかに周りのパーツと質感が違う。それは間違いなく、俺たちが探し求めていた人形だった。

 ようやく人形を見つけられたことへの喜びと、緊張。その中で取り出した人形を照らして、俺たちは言葉を失った。

「これ……ねりちゃんの……」

 見つけたのは、俺のでもカルアちゃんのでもない。ねりちゃんの人形だった。

 これだけ探し回って、やっとの思いで見つけることができただけに、その落胆は想像していた以上に大きい。

 俺の脚は、もうこれ以上動くことを拒んでいるのではないかと感じるほどに、絶望で重くなっていた。

「だけど、やっと見つけられました。トゴウ様から妨害されてるんじゃないかと思ってたけど……これならきっと、私たちの人形も見つけられますよ! ユージさん!」

 そんな俺とは正反対に、カルアちゃんは希望を見出したようだった。
 確かに、これまで異常なほどに見つからない人形に、悪意が働いていると思ったほどだったのだ。

 それでも、こうして人形を一つ見つけることができた。
 絶望だけだと思っていたそれは、何の成果も無い状態だった俺たちにとって大きな前進なのだ。

「……そうだね、うん。ありがとう、カルアちゃん。俺一人だったらきっと、とっくに人形探しを諦めてたと思う」

「いえ、私だってユージさんと一緒だからこそ頑張ろうと思えてるんです。もう一息、一緒に頑張りましょう!」

 ああ、俺はやっぱりたまらなく彼女のことが大好きだ。