拘束を解いて見回した室内に、俺とカルアちゃんのスマホやタブレットも落とされていた。

 監禁に成功した以上、放置しておいても脅威にはならないと判断されたのかもしれない。幸い破壊されたりはしていないようで、そのまま使用することができそうだ。

 ビデオ通話に関しては、さすがに切られた状態になっている。
 俺たちが自力で抜け出すことは予想していないだろうが、こちらとしても今はその方がありがたかった。

 脱出したことを知られて、また縛り上げられたのでは意味がない。

「そういえば、ここって何の部屋なんだ? 気絶してたせいかと思ったら、やたらと暗い気がするんだけど……」

 運ばれていた時には意識が無かったので、俺は自分の現在地すら把握できていないことに気がつく。

「ここは視聴覚室ですよ。西階段のすぐ傍だったし、室内は財王さんが探した後だったみたいで。監禁部屋には丁度良かったみたいです」

「なるほど、だからダミーちゃんと話してる最中に現れたのか」

 がらんとしていてあまり物が置かれていないが、確かにプロジェクターらしき機材が備え付けられているのが見える。

 普通の教室よりも薄暗さを感じたのは、遮光カーテンを使用しているからなのだろう。

 彼らが探した後とはいえ、俺たちの人形を見つけたとしてもあの二人が教えるはずがない。

 俺の人形の場所はカルアちゃんが知っているのでここではないとしても、彼女の人形はここに隠されている可能性もあるだろう。

 そう思って探しはしたのだが、やはりここでも人形を見つけることはできなかった。

「人形って、こんなに見つからないものなのか……? そんなに隠せる場所ってあったかな」

「そうですね、結構探してきたとは思うんですけど」

 メンバーの人数分なのだから、校舎の中に人形は全部で六つある。
 そのうち一つは俺が隠したものだからこそ見つけられたが、他にまだあと五つ残っているはずなのだ。

 だというのに、これだけ探し回っても見つからないなんてことがあるのだろうか? 少なくとも、建物の三分の二ほどは探し終えている状態であるにも関わらずだ。

「まさか、あの二人のどっちかが見つけて隠し持ってるとか……」

「……可能性、無いとは言い切れませんね。自分のお願いを叶えたい以上、私たちに見つけられたら困るでしょうから」

 もしも隠し持たれているとすれば、俺たちはどうすることもできない。
 トイレに隠されていたはずの人形も行方不明になっているし、トゴウ様が妨害をしているという可能性も否定はできないが。

「少なくとも、トイレにあった人形はユージさんのじゃありません」

「えっ!?」

「隠し場所を教えてるわけではないので、ルール上ではセーフだと思います」

「いや、そうだけど……何がアウトになるかわかんないからさ」

 俺の脳裏には、ねりちゃんと牛タルの死に様が鮮明に焼き付いて離れない。
 カルアちゃんまであんな死に方をしてしまったらと思うと、それだけは絶対に回避しなければならないのだ。

「私の人形を隠したのはダミーちゃんなので、彼女が私の人形を持っていってしまった可能性はあるかもしれません。けど、自分で隠した場所をわざわざ知らせるような真似はしないと思うので、トイレにあったのは私の人形でもないと思うんです」

「それは、俺も思った。……ってことは、少なくともトイレから消えた人形の行方は、追う必要はないってことだよな? 今の俺たちに必要なのは、俺かカルアちゃんの人形なんだから」

「そうなります。なので、私たちにとって一番の近道は、ユージさんの人形を見つけることではないかと」

 ダミーちゃんがカルアちゃんの人形を隠した以上、確かに持ち運ばれている可能性は十分にある。

 隠した人形を動かしてはならないというルールは無いので、恐らくトゴウ様からの呪いを受けることもないのだろう。

(……ダミーちゃんの願い事が本気なら、ルール違反になっても構わずにやってそうだけど)

 そうなってくると、ダミーちゃんの行動はますます読めなくなる。カルアちゃんの言う通り俺の人形の方が見つけられる可能性は高い。

 その隠した張本人である、カルアちゃん自身に隠し場所を聞く方法があれば良いのだが。

「……あ」

「ユージさん、どうかしましたか?」

「あ、いや」

 そこで俺はふと、自分の人形の存在を思い出した。正確には、自分の人形に仕込んでいた隠しカメラの存在にだ。
 元はトゴウ様の存在を信じていなかった俺が、撮れ高のために仕込んだものだったが。

 隠した張本人であるカルアちゃんに聞くことはできなくとも、あのカメラの映像を確認すれば、人形の場所を確認することができる。

(俺は馬鹿か! どうしてもっと早く気付かなかったんだ……!)

「ユージさん?」

「あの、実はさ……俺……」

 不正を働こうとしていたなんて、そんな格好悪いことを好きな子に告白するのは抵抗があった。
 だが、今はそんなちっぽけなプライドを気にかけている場合ではないだろう。

 そう思ってカメラの存在を打ち明けようとした時、室内に突然ガタゴトと大きな音が響き渡る。

 何事かと思って自然とカルアちゃんと身を寄せ合った俺は、プロジェクターがひとりでに起動していることに気がついた。

「何であのプロジェクター動いて……電気、通ってないよな……?」

 これまでずっと、月明かりとタブレットのライトだけを頼りに動いてきた。立ち入り許可を得た時に、廃校なので電気が通っていないという説明だって受けている。
 だというのに、なぜプロジェクターが動き始めたのだろうか?

 白く大きなスクリーンに投影される光は、やがて何かの映像を映し始めた。

 それは擦り切れるまで再生したビデオテープのように荒い映像で、何が映っているのかよくわからない。
 時折、巻き起こる砂嵐で映像が途切れる。

『……ト……ま……』

『……も、を……ます……』

 恐怖よりも俺はその映像が何なのかが気になって、スクリーンに釘付けになっていた。雑音に混じって、少しずつ音声らしきものも再生されていく。

 始めよりも映像がはっきりしてくると、それは恐らくどこかの廃墟らしいということがわかった。

「これって……もしかして、トゴウ様の儀式なのか……?」

 そこに映っていたのは、見慣れない四人の男女だ。

 机を囲むようにして何かを唱えているのだが、聞いているうちにそれがトゴウ様を呼び出す儀式なのだとわかった。

 机の上には、俺たちがそうしたようにロウソクや米、人形などが並べられている。

 多分だが、これはリアルタイムの映像ではない。どうしてかはわからないが、過去に行われた儀式なのだろうと感じ取れた。

「俺たち以外にも、トゴウ様をやった人間がいるってことか」

「ゆ、ユージさん……あれ……」

 薄暗くてわかりづらいが、カルアちゃんの視線はスクリーンの端の方に向けられている。

 同じようにそちらを見てみると、映像が投影されていないはずの端の方に、黒いシミのようなものが見えた。

 俺がそれを認識したと同時に、シミはあっという間にスクリーン全体へと広がっていく。

 色なんてほとんど認識できないくらいだというのに、俺にはそれがなぜか、牛タルが垂れ流していた赤黒い液体と同じもののように思えてならなかった。

「ヒッ……!」

 そこで俺は、情けなくも小さな悲鳴を上げてしまう。

 映像の中で儀式をしていたはずの人物たち。そのうちの、背を向けている人物以外の三人がこちらをじっと睨みつけていたのだ。
 まるでここに、俺たちがいることを認識しているとでもいうみたいに。

 じっとりとした嫌な汗がシャツの下で滲むのを感じる。これ以上ここにいてはいけないと、本能が告げていた。

「カルアちゃん、行こう。ここにいちゃダメだ」

「は、はい……!」

 昇降口の扉のように、ドアが開かなかったらどうしようかと思ったが、そんなこともなく俺たちはすんなりと廊下に出ることができた。
 廊下は何事もなかったかのように静まり返っている。

 視聴覚室の中からも物音は聞こえてこなかったが、もう一度中を覗いてみようとは到底思えなかった。