ーー唐突だが、私は自らの命を絶った。
視界は次第に赤い液体に染まり、血の温かさが肌に広がりながら、心臓の鼓動が徐々に弱まっていくのを感じた。
薄れゆく意識の中で、私は一つの願いを心の奥底から願った。
「来世では、どうか幸せになれますように…」
…そして私の目は意識と共にゆっくりと閉じていった。
…………
「Rrrr…ジリリリリリリリリ!!!」
その場からこだまする耳障りな音で、私は目を覚ました。
そこは私の意識があった数分前の場所とは随分違っていた。
さっきまでゴミや服が散乱していた私の部屋は、ベッドから出ると歩くスペースがある程に綺麗で...
とても …普通な部屋だ。
(ここが天国??)
私が死ぬ前に考えていた「死後の世界」のイメージとは、まったく異なる場所に立っていた。
ファンタジックな光景や、天使たちの歌声が響き、幻想的な場所が広がっているようなイメージだったのだが、私の期待を裏切るようにただの部屋だった。
見たことのない空間ではあるけれど、現実世界の雰囲気と大して変わりはない。淡い光が差し込む窓、シンプルな家具、そして、どこか懐かしさすら感じる壁紙がそこにはあった。
その静寂を破るように、ドアの外から聞こえてきた見知らぬ女性のような声は、どこか焦った様子を含んでいた。
「あすかーー!さっさと降りてきなさい!遅刻するわよ!!」
その女性らしき声に、私は思わず立ち止まった。
(あすか?)
と聞き慣れない名前に私の体は反応した。
正直、この場所に私がいる理由は何なのか、今どこにいるのか、全くわからない。
私はドアに近づき、そっとドアノブに触れた。
(...そういえば、私の手ってこんなに大きかったっけ?)
良く見ると自身の手はドアノブを覆い隠せるほど大きく色白で、強ばっていた。
(まさか、いきなり天使が現れて、「お迎えに上がりました」とか言ったりするのかな?)
そんな冗談交じりの考えが頭をよぎるが、手が震えて、ドアノブをしっかり握ることができない。心臓が高鳴り、まるで運命の扉を開けるかのような緊張感が広がる。
果たしてこの先に待っているのは、期待と希望なのか、それとも...
私は深く深呼吸をして、ドアノブに手を回した。
ドアノブは軋む音を立てて、ゆっくりと開いていった。
勇気を振り絞ってドアを開けたその先に現れたのは、まるで日常の一コマのような、一般的な家の内装が目に広がっていた。
「あすか、あんた...まだ寝間着のままなの?」
その声に振り向くと、となりの部屋から出てきた長髪の流れるように美しい長髪黒髪の女性が立っていた。
彼女のスタイルそして、顔面はまさにモデル級で、何を食ったらそんなに胸がでか...魅力的なプロポーションになるのかと質問したくなるほどだ。
黒いジャケットにスカート、さらに人を一撃で殺せそうな高い鋭いハイヒールを履いた彼女は、光輝くオーラを纏っていた。
「今日、高校の入学式でしょ?早く準備しないと遅れるわよ!」
そう言い残し、彼女は2階から階段を降りていく。
その様子はまるで映画のワンシーンのようだった。
(高校の...入学式...? )
混乱した頭の中で、次々と疑問が湧き上がる。
私は昨日、自宅で自殺したはず。
冷たい感触が体を包み込んだ記憶が、鮮明に蘇り思わず身震いをした。
(...これは...ゲームの世界なの?)
最近、少女漫画で見た「乙女ゲームの世界に転生する」ストーリーを思い出す。
しかし、まさか自分がそんなことになるとは夢にも思わないだろう。
私は死ぬ前に好き好んでいたゲームの中で同じような世界線のゲームがないか頭をフル回転して、調べてみたが私は残念ながら乙女ゲームより残酷流血満載のバイオレンスゲームにはまっていた。
(ははは...まさかそんなはずは)
(でも、もしかしたら)
私の胸は少し高鳴った。
もしかしたら彼氏いない歴=23年の私に、例えゲームの世界でも春が訪れるかもしれない。
そんな期待が頭をよぎる。
急いで先ほどいた部屋に戻り、クローゼットの中からアイロンがけされた制服を取り出した。
さっきの不安とは異なるドキドキを感じていた。このドキドキはまるで学生時代に初恋をしたワクワクに似ていた。
(あれ?...いやいやいや...)
慌ててその部屋の隅にあるお手洗いへ駆け込み、鏡の前に立った。そこで目に飛び込んできたのは、まさに衝撃の光景だった。
(いやあぁぁぁぁ金髪ぅぅぅぅ!!!)
見事なまでの金色の髪をした美少年が、そこに立っていた。その髪はまるで太陽の光を浴びた黄金のように輝き、整った顔立ちは不思議な魅力を放っている。
まるでウイッグを被っているような、あまりにも派手な色合いなのに、思わず目を奪われてしまう。
(え、何で...まさかの美少年に転生した...?)
私の思考回路は既に情報過多でキャパオーバーだったのに、今ではショート寸前だ。
少女漫画の主人公が乙女ゲームに転生するシナリオは見たことがあるが、まさか「ヒロイン」ではなく、こんな美少年になってしまうなんて。
混乱の中、鏡の前で自分の顔を何度も確認する。金髪の彼は、まるで自分の知らない自分の一部のようなのに、どこか親しみを感じながらも、同時に恐れを抱く。
ワクワクしていた胸の高鳴りは、すぐさまに不安で入り混じり、ますます大きくなっていく。
「どうなっているのよ…」
私の口から出てくるその声は、低くありながらも透き通るような美しさを持っていた。
(声までかっこいいとか神様与えすぎ)
そんなことを考えながら、先ほどの入学式のことを思い出し、慌てて一階に降りると、目の前に広がるのは、以前の自分のアパートの二倍はあろうかという広々としたリビングだった。
「もう、あすか遅いじゃないの。ほら、さっさと食べちゃいなさい。」
その言葉を発したのは、若々しい美人の母親らしき女性だ。
先ほど「あすか」を呼んでいた声の主は彼女だろう。
エプロンを身にまとい、優しい笑顔を浮かべている。
その姿は、容姿は似ていないが私にとって懐かしい母の姿を感じた。
目の前には、久しぶりに見る温かい手作りの朝食が並べられている。香ばしいトーストやふっくらとした卵焼き、色とりどりの野菜のサラダがそこには置かれていた。
(そういえば、最近こんな朝食を食べてなかったな…)
仕事が忙しく、帰宅する頃にはクタクタになっていた私にとって、コンビニの冷たい弁当が主な食事だった。
そんなことを思いながら、一口トーストされたパンを口に運ぶと、何の変哲もないパンなのに、心から「美味しい」と感じた。
「どうしたの、あんた?」
「え?」
先ほど2階で会った黒髪の美女、たぶんお姉さんだろう...心配そうに私を見つめていた。
その視線に気づいた瞬間、私は自分の頬を濡らす涙に驚いた。いつの間にか、涙が溢れていたのだ。
「え…あ、これは…ゲームのし過ぎで目が乾燥してて。」
無理のある言い訳だったが、一応昨日までゲームしていたので嘘ではない。
心の奥深くに眠っていた懐かしさや温もりが、涙となって溢れ出たのかもしれない。家族と過ごすこの時間が、どれだけ大切なものかを再認識させられる瞬間だった。
「ふーん、お母さん、私もう行くね」
黒髪の美女が真っ黒なサングラスをかけると、テーブルから離れた。
「そう、お仕事頑張ってね」
母親らしき人は皿洗いをしながら忙しそうにしているのに対して、父親は新聞を読みながら
「気を付けるんだぞ」
とだけ言った。
「はーい、いってきまーす。アスカも早く行きなさいよ」
「分かったよ、お姉ちゃん」
私は、思わず口をついて出た言葉に、彼女の反応にドキリとした。
お姉さんらしき黒髪美女は、目を見開き、まるで私が幽霊かのような驚きの表情を浮かべていた。
「あんた、本当にどうしたの?今日学校じゃなくて精神科行けば?」
(あれ、何か間違えた?)
「じょ、冗談だよ。ジョーク!ハハ…」
私の声は、少し震えていた。彼女の視線はサングラスをかけていても鋭く、まるで私の心の奥を見透かしているかのようだった。
「こら、そんなこと言わないの。あすかはこの前のことがあって、まだ困惑しているのよ」
(この前のこと???)
私は頭の中が混乱していくのを感じた。何が起きたのか、その母親の言葉の意味を探ろうとしても、白紙のように何の記憶もない。
「ふーん」
姉は怪しむように私を見ながらも、ハイヒールの音を響かせてドアの方へと向かっていった。
その足取りは自信に満ちているが、私の心には不安が渦巻いていた。
私も、朝食を済ませ外に出ようとした時、ふと考えた。
(というか、学校までどうやって行けばいいの?)
その時、ピンポーンとチャイムの音が鳴った。まるで私の心の声を聞いていたかのように。
「アスカー!なぎさとみかちゃんが迎えに来たよ!」と、先ほどの黒髪美女が、まぁ今日から私の名前になる名を読んだ。
「なぎさ…みか?」私は首をかしげた。
(誰だ…?)
名前すら知らない彼らに対して、ドアを開けると目の前に現れたのは、私が転生した金髪美少年(あすか)のその彼の友人らしき同い年くらいの男女だった。
一人は、背が高く硬派なイケメンの男児。もう一人は、まさに乙女ゲームのヒロインそのものと言える可憐な茶髪の女の子。
彼らもまた、私と同じ制服を身にまとい、私を待っていた。
「おはよう、あすか!」
高身長の硬派男子、「なぎさ君」が、眩しい笑顔を浮かべて私を迎えてくれた。その笑顔は、まるで太陽の光が差し込む瞬間のように心を温かくする。
「あすか君、遅いよ!入学式当日なのに遅刻しちゃう!」
元気いっぱいの「みかちゃん」が、まるで小鳥のようにさえずりながら私を急かす。
その声は、朝の清々しい空気と共に、私の心に響いた。
彼らは同じ制服を着ていて、まるで私が夢見ていた少女漫画の一コマそのもの。
まるで、何もかもが完璧に揃った運命の瞬間に立ち会っているような不思議な気持ちだった。
「え、あぁ…ごめんね...じゃなくて悪いな」
と、私は少し戸惑いながら返事をした。自分がこの場にいることが、まだ信じられなかった。
「高校生活か~、不安もあるけどワクワクしちゃう!!」みかちゃんの声が心の奥に灯火をともす。彼女の無邪気さに少しばかりほっとする。
「そうだな!高校では是非とも強い相手と戦ってみたいものだ!!」
なぎさ君は
...まぁ、うん..
...バトル漫画の主人公のような脳筋キャラらしい。
「あすか君は?」
みかちゃんが私の顔を覗き込む。彼女の大きな瞳が、期待に満ちて私を見つめている。
「そうだぞ、あすか。お前の望みは何だ?」
なぎさ君の言葉は、私の心に何かを呼び起こす。
「望みって…」
彼らの視線に圧倒され、私は少しだけ口を開いた。
「自分は…」
その瞬間、キーンコーンカーンコーンと鐘の音が響き渡り、私を現実に引き戻す。気づけば、もう学校の入り口に立っており、懐かしいチャイムの音が耳に届いていた。
「やば、もう入学式始まっちゃう!あすか君、早く!」
みかちゃんが急かす。
「早く行くぞ、あすか!」
なぎさ君も私を促す。
「あ、あぁ!」
緊張と期待が入り混じり、私は急ぎ足で彼らの後を追った。
桜の花びらを横切りながら、ドキドキとした緊張感が私を包む。運命の扉が開かれ、新しい人生が始まる予感がした。
ーーそう
そう、思っていたんだ。
「ひょんなことから私、大野綾はイケメン高校生になって新しい人生を始めます。果たして、私の物語はどこへ向かうのか…?」
「あすか君、誰と話しているの?」
「あすか、誰と話しているんだ?」
「いや、別に...早く行こう!」
新たな一歩を私は踏み出した。
ーーそれはまだ誰にも分からない。
視界は次第に赤い液体に染まり、血の温かさが肌に広がりながら、心臓の鼓動が徐々に弱まっていくのを感じた。
薄れゆく意識の中で、私は一つの願いを心の奥底から願った。
「来世では、どうか幸せになれますように…」
…そして私の目は意識と共にゆっくりと閉じていった。
…………
「Rrrr…ジリリリリリリリリ!!!」
その場からこだまする耳障りな音で、私は目を覚ました。
そこは私の意識があった数分前の場所とは随分違っていた。
さっきまでゴミや服が散乱していた私の部屋は、ベッドから出ると歩くスペースがある程に綺麗で...
とても …普通な部屋だ。
(ここが天国??)
私が死ぬ前に考えていた「死後の世界」のイメージとは、まったく異なる場所に立っていた。
ファンタジックな光景や、天使たちの歌声が響き、幻想的な場所が広がっているようなイメージだったのだが、私の期待を裏切るようにただの部屋だった。
見たことのない空間ではあるけれど、現実世界の雰囲気と大して変わりはない。淡い光が差し込む窓、シンプルな家具、そして、どこか懐かしさすら感じる壁紙がそこにはあった。
その静寂を破るように、ドアの外から聞こえてきた見知らぬ女性のような声は、どこか焦った様子を含んでいた。
「あすかーー!さっさと降りてきなさい!遅刻するわよ!!」
その女性らしき声に、私は思わず立ち止まった。
(あすか?)
と聞き慣れない名前に私の体は反応した。
正直、この場所に私がいる理由は何なのか、今どこにいるのか、全くわからない。
私はドアに近づき、そっとドアノブに触れた。
(...そういえば、私の手ってこんなに大きかったっけ?)
良く見ると自身の手はドアノブを覆い隠せるほど大きく色白で、強ばっていた。
(まさか、いきなり天使が現れて、「お迎えに上がりました」とか言ったりするのかな?)
そんな冗談交じりの考えが頭をよぎるが、手が震えて、ドアノブをしっかり握ることができない。心臓が高鳴り、まるで運命の扉を開けるかのような緊張感が広がる。
果たしてこの先に待っているのは、期待と希望なのか、それとも...
私は深く深呼吸をして、ドアノブに手を回した。
ドアノブは軋む音を立てて、ゆっくりと開いていった。
勇気を振り絞ってドアを開けたその先に現れたのは、まるで日常の一コマのような、一般的な家の内装が目に広がっていた。
「あすか、あんた...まだ寝間着のままなの?」
その声に振り向くと、となりの部屋から出てきた長髪の流れるように美しい長髪黒髪の女性が立っていた。
彼女のスタイルそして、顔面はまさにモデル級で、何を食ったらそんなに胸がでか...魅力的なプロポーションになるのかと質問したくなるほどだ。
黒いジャケットにスカート、さらに人を一撃で殺せそうな高い鋭いハイヒールを履いた彼女は、光輝くオーラを纏っていた。
「今日、高校の入学式でしょ?早く準備しないと遅れるわよ!」
そう言い残し、彼女は2階から階段を降りていく。
その様子はまるで映画のワンシーンのようだった。
(高校の...入学式...? )
混乱した頭の中で、次々と疑問が湧き上がる。
私は昨日、自宅で自殺したはず。
冷たい感触が体を包み込んだ記憶が、鮮明に蘇り思わず身震いをした。
(...これは...ゲームの世界なの?)
最近、少女漫画で見た「乙女ゲームの世界に転生する」ストーリーを思い出す。
しかし、まさか自分がそんなことになるとは夢にも思わないだろう。
私は死ぬ前に好き好んでいたゲームの中で同じような世界線のゲームがないか頭をフル回転して、調べてみたが私は残念ながら乙女ゲームより残酷流血満載のバイオレンスゲームにはまっていた。
(ははは...まさかそんなはずは)
(でも、もしかしたら)
私の胸は少し高鳴った。
もしかしたら彼氏いない歴=23年の私に、例えゲームの世界でも春が訪れるかもしれない。
そんな期待が頭をよぎる。
急いで先ほどいた部屋に戻り、クローゼットの中からアイロンがけされた制服を取り出した。
さっきの不安とは異なるドキドキを感じていた。このドキドキはまるで学生時代に初恋をしたワクワクに似ていた。
(あれ?...いやいやいや...)
慌ててその部屋の隅にあるお手洗いへ駆け込み、鏡の前に立った。そこで目に飛び込んできたのは、まさに衝撃の光景だった。
(いやあぁぁぁぁ金髪ぅぅぅぅ!!!)
見事なまでの金色の髪をした美少年が、そこに立っていた。その髪はまるで太陽の光を浴びた黄金のように輝き、整った顔立ちは不思議な魅力を放っている。
まるでウイッグを被っているような、あまりにも派手な色合いなのに、思わず目を奪われてしまう。
(え、何で...まさかの美少年に転生した...?)
私の思考回路は既に情報過多でキャパオーバーだったのに、今ではショート寸前だ。
少女漫画の主人公が乙女ゲームに転生するシナリオは見たことがあるが、まさか「ヒロイン」ではなく、こんな美少年になってしまうなんて。
混乱の中、鏡の前で自分の顔を何度も確認する。金髪の彼は、まるで自分の知らない自分の一部のようなのに、どこか親しみを感じながらも、同時に恐れを抱く。
ワクワクしていた胸の高鳴りは、すぐさまに不安で入り混じり、ますます大きくなっていく。
「どうなっているのよ…」
私の口から出てくるその声は、低くありながらも透き通るような美しさを持っていた。
(声までかっこいいとか神様与えすぎ)
そんなことを考えながら、先ほどの入学式のことを思い出し、慌てて一階に降りると、目の前に広がるのは、以前の自分のアパートの二倍はあろうかという広々としたリビングだった。
「もう、あすか遅いじゃないの。ほら、さっさと食べちゃいなさい。」
その言葉を発したのは、若々しい美人の母親らしき女性だ。
先ほど「あすか」を呼んでいた声の主は彼女だろう。
エプロンを身にまとい、優しい笑顔を浮かべている。
その姿は、容姿は似ていないが私にとって懐かしい母の姿を感じた。
目の前には、久しぶりに見る温かい手作りの朝食が並べられている。香ばしいトーストやふっくらとした卵焼き、色とりどりの野菜のサラダがそこには置かれていた。
(そういえば、最近こんな朝食を食べてなかったな…)
仕事が忙しく、帰宅する頃にはクタクタになっていた私にとって、コンビニの冷たい弁当が主な食事だった。
そんなことを思いながら、一口トーストされたパンを口に運ぶと、何の変哲もないパンなのに、心から「美味しい」と感じた。
「どうしたの、あんた?」
「え?」
先ほど2階で会った黒髪の美女、たぶんお姉さんだろう...心配そうに私を見つめていた。
その視線に気づいた瞬間、私は自分の頬を濡らす涙に驚いた。いつの間にか、涙が溢れていたのだ。
「え…あ、これは…ゲームのし過ぎで目が乾燥してて。」
無理のある言い訳だったが、一応昨日までゲームしていたので嘘ではない。
心の奥深くに眠っていた懐かしさや温もりが、涙となって溢れ出たのかもしれない。家族と過ごすこの時間が、どれだけ大切なものかを再認識させられる瞬間だった。
「ふーん、お母さん、私もう行くね」
黒髪の美女が真っ黒なサングラスをかけると、テーブルから離れた。
「そう、お仕事頑張ってね」
母親らしき人は皿洗いをしながら忙しそうにしているのに対して、父親は新聞を読みながら
「気を付けるんだぞ」
とだけ言った。
「はーい、いってきまーす。アスカも早く行きなさいよ」
「分かったよ、お姉ちゃん」
私は、思わず口をついて出た言葉に、彼女の反応にドキリとした。
お姉さんらしき黒髪美女は、目を見開き、まるで私が幽霊かのような驚きの表情を浮かべていた。
「あんた、本当にどうしたの?今日学校じゃなくて精神科行けば?」
(あれ、何か間違えた?)
「じょ、冗談だよ。ジョーク!ハハ…」
私の声は、少し震えていた。彼女の視線はサングラスをかけていても鋭く、まるで私の心の奥を見透かしているかのようだった。
「こら、そんなこと言わないの。あすかはこの前のことがあって、まだ困惑しているのよ」
(この前のこと???)
私は頭の中が混乱していくのを感じた。何が起きたのか、その母親の言葉の意味を探ろうとしても、白紙のように何の記憶もない。
「ふーん」
姉は怪しむように私を見ながらも、ハイヒールの音を響かせてドアの方へと向かっていった。
その足取りは自信に満ちているが、私の心には不安が渦巻いていた。
私も、朝食を済ませ外に出ようとした時、ふと考えた。
(というか、学校までどうやって行けばいいの?)
その時、ピンポーンとチャイムの音が鳴った。まるで私の心の声を聞いていたかのように。
「アスカー!なぎさとみかちゃんが迎えに来たよ!」と、先ほどの黒髪美女が、まぁ今日から私の名前になる名を読んだ。
「なぎさ…みか?」私は首をかしげた。
(誰だ…?)
名前すら知らない彼らに対して、ドアを開けると目の前に現れたのは、私が転生した金髪美少年(あすか)のその彼の友人らしき同い年くらいの男女だった。
一人は、背が高く硬派なイケメンの男児。もう一人は、まさに乙女ゲームのヒロインそのものと言える可憐な茶髪の女の子。
彼らもまた、私と同じ制服を身にまとい、私を待っていた。
「おはよう、あすか!」
高身長の硬派男子、「なぎさ君」が、眩しい笑顔を浮かべて私を迎えてくれた。その笑顔は、まるで太陽の光が差し込む瞬間のように心を温かくする。
「あすか君、遅いよ!入学式当日なのに遅刻しちゃう!」
元気いっぱいの「みかちゃん」が、まるで小鳥のようにさえずりながら私を急かす。
その声は、朝の清々しい空気と共に、私の心に響いた。
彼らは同じ制服を着ていて、まるで私が夢見ていた少女漫画の一コマそのもの。
まるで、何もかもが完璧に揃った運命の瞬間に立ち会っているような不思議な気持ちだった。
「え、あぁ…ごめんね...じゃなくて悪いな」
と、私は少し戸惑いながら返事をした。自分がこの場にいることが、まだ信じられなかった。
「高校生活か~、不安もあるけどワクワクしちゃう!!」みかちゃんの声が心の奥に灯火をともす。彼女の無邪気さに少しばかりほっとする。
「そうだな!高校では是非とも強い相手と戦ってみたいものだ!!」
なぎさ君は
...まぁ、うん..
...バトル漫画の主人公のような脳筋キャラらしい。
「あすか君は?」
みかちゃんが私の顔を覗き込む。彼女の大きな瞳が、期待に満ちて私を見つめている。
「そうだぞ、あすか。お前の望みは何だ?」
なぎさ君の言葉は、私の心に何かを呼び起こす。
「望みって…」
彼らの視線に圧倒され、私は少しだけ口を開いた。
「自分は…」
その瞬間、キーンコーンカーンコーンと鐘の音が響き渡り、私を現実に引き戻す。気づけば、もう学校の入り口に立っており、懐かしいチャイムの音が耳に届いていた。
「やば、もう入学式始まっちゃう!あすか君、早く!」
みかちゃんが急かす。
「早く行くぞ、あすか!」
なぎさ君も私を促す。
「あ、あぁ!」
緊張と期待が入り混じり、私は急ぎ足で彼らの後を追った。
桜の花びらを横切りながら、ドキドキとした緊張感が私を包む。運命の扉が開かれ、新しい人生が始まる予感がした。
ーーそう
そう、思っていたんだ。
「ひょんなことから私、大野綾はイケメン高校生になって新しい人生を始めます。果たして、私の物語はどこへ向かうのか…?」
「あすか君、誰と話しているの?」
「あすか、誰と話しているんだ?」
「いや、別に...早く行こう!」
新たな一歩を私は踏み出した。
ーーそれはまだ誰にも分からない。

