1月15日、九条が俺たちと一緒に昼食を食べ始めて一週間が経過した。つまり、桜庭美紀とケンカ(九条はケンカじゃないと言っている)をしてから一週間が経過している。九条は桜庭については何も話さないから聞くに聞けない。「春樹聞いてみてよ」と健吾と永嗣に言われたけど、本人が話したくないことかもしれない。それに仲良くなって日も浅いし、やっぱり聞きづらい。「じゃあ、じゃんけんで負けた人が聞くことにしよう」永嗣の提案に頷いて三人でじゃんけんをした。

 「九条、あのさ…」

 昼休みの中庭、俺の隣に座って弁当箱のフタを開ける九条におずおずと声をかけた。「なに?」と不思議そうな顔をしている九条。隣のベンチからじっとこちらをみている健吾と永嗣。ポケットからスマホを取り出し、みんなの視線から逃れるようにスマホをいじりながら意味もなくメッセージアプリを開く。

 「桜庭さんと、どうなってんのかな~って」

 チラと隣に視線を遣ると、九条はさっき開けたばかりの弁当箱のフタを閉めた。

 「…わかれた」

 「え?!」と驚きの声を上げる健吾。永嗣が慌てて健吾の口をふさぐ。俺もびっくりしてスマホから顔を上げた。

 「ぇ、そうなんだ。なんで?」

 「他に好きな人ができたからわかれてほしいって俺から言った」

 今度は永嗣が「えぇ?!」と声を上げて、健吾は「あら〜」と目をぱちぱちさせている。俺はスマホを地面に落としてしまい、慌てて拾い上げた。

 「自分勝手で最低だよね…」

 視線を落としため息をこぼす九条。

 「二人のことだから俺はどうこう言えないけど…九条に気持ちがないならしかたないよな。俺が桜庭さんだったら"最低最悪しね!"って呪いころすけどね」

 「めっちゃ根に持つじゃん。怖い」

 苦笑しながら弁当箱のフタを開ける九条。俺も今日は弁当なので、同じタイミングでフタを開けた。俺の弁当に入っているタコのウィンナーをねだってきたので卵焼きと交換してやった。それを口に運ぶと、やっぱり甘くて優しい味だった。





 『好きな人できたからわかれてください』

 中三の時に初めて付き合った女の子からふられた時に送られてきたメッセージ。ふと頭に()ぎって、ズキンと胸が痛くなった。

*****

 1月16日の放課後、健吾と永嗣は共通テスト対策で学校に残っている。俺は九条に付き合ってもらって駅前の雑貨屋に来た。

 「なぁ、これとかどう思う?」

 帯に赤い字で合格祈願と書かれた黄色の消しゴム。ただの消しゴムなのに1個300円もする。

 「いいんじゃない?消しゴムなら絶対使うし」

 「でもさ、受験終わったら使いにくいよな」

 そっと棚に戻す。

 「ねぇ、さっきから選んだやつ全部戻してるんですけど。全然決まらないじゃん」

 「こういうの苦手なんだよ。自分のならすぐに決められるんだけど」

 二日後に共通テストを控えている健吾と永嗣に、応援のつもりでなにかプレゼントしたいなって思ったけど色々考えすぎて全然決まらない。

 「直感で決めちゃえば?これとかよくない?」

 九条が適当に手に取ったのはぐったりしている小さいパンダのぬいぐるみ。ストレス社会に疲弊している現代人の心を表しているらしい。さすがにこれは受験生には刺さらないだろう。ってか、どの層に刺さるんだこのキャラ。

 「お前、適当すぎ」

 「春樹が考えすぎなんだって。プレゼントは気持ちが大事なんだから、その人への気持ちが込められてたらなんでもいいよ」

 「なんでもってわけにはいかないでしょ」

 ブツブツ文句を言っている九条をよそに引き続き雑貨を物色していたら、隣の棚からキャッキャと騒がしい女の子の声が聞こえてきた。いい匂いだとか臭いとか言いながら、スプレーをプッシュする音が聞こえる。どうやら香水のテスターを試しているらしい。いろんな香水が混ざった匂いがこっちにも漂ってきて、俺は少し気分が悪くなった。

 「九条、出よ」

 九条の制服の裾を引っ張って店を出ようとしたとき、

 「春樹?春樹じゃない?」

 名前を呼ばれてハッとした。振り向くと「久しぶり~」と明るく笑っている。三年ぶりに会った彼女ーーー市原(いちはら)(はな)は、髪が伸びて少し大人っぽくなっていた。

 「なにしてんの?買い物?ってか、背伸びたね~!めっちゃ男っぽくなってる~!」

 無邪気な様子は三年前と変わらない。ドクドクとうるさくなる心臓、動揺していることを悟られないようゴクリとつばを飲み込み彼女を真っすぐに見据える。

 「そっちはなんか雰囲気変わったね。ぱっと見誰かわかんなかった」

 「あはは!どう?かわいくなったっしょ?ってか、ホントかっこよくなったね!彼女とかいるの?」

 「いないけど」

 「えーそうなんだ!ライン教えて!機種変したときにみんなのやつ消えちゃってさ~」

 あぁー早くこの場から立ち去りたい。消えたい。なんでこいつは無遠慮に俺に声かけてくんの。マジで関わりたくないんだけど。

 「今スマホ持ってない。家に忘れた」

 「そっかぁ~じゃあさ……」

 カバンからペンを取り出したかと思ったら俺の左手を取り手の平になにかを書いている。

 「これ、あたしのアカ。連絡してね!またあそぼ!」

 別れ際の屈託のない笑顔が、中学時代の彼女を思い出させて、胸がぎゅっと痛くなる。

 雑貨屋を出たところで外気の冷たさに身体が震え、ぐらっと目の前がゆがんだ。

 「っ!春樹?!大丈夫?!」

 後ろにいた九条が咄嗟に支えてくれたおかげで倒れずに済んだ。

 「…ごめん、ちょっと気持ち悪くて」

 「休もうか?…立てる?」

 九条の腕につかまりゆっくりと歩きだす。下を向いているのでどこに向かっているかわからないけど、「大丈夫?もう少しで着くからね」と九条が優しく声をかけてくれて安心した。