3月1日、卒業式。いつもより早く目が覚めて「アンタがこんなに早く起きるなんて明日は雪が降るんじゃない?」と母さんにからかわれながら食パンをかじる。朝食を食べおえて制服のブレザーに袖を通す。もう最後なんだと思うと急に寂しくなった。
 外に出ると、ひんやりと冷たい空気が鼻の奥をツンとさせる。街の景色や通学路がいつもより澄んでいる気がした。学校に到着し、校門をくぐり下駄箱で靴を履き替えて階段をのぼる。この長い長い階段をのぼるのも最後、教室に入るのも最後。クラスメイトに挨拶をして席に着いた。黒板には”卒業おめでとう”と色とりどりのチョークで鮮やかに描かれている。何人かがそれをバックに写真を撮っていた。

 (やばい…この雰囲気だけで泣きそう……)

 机に置いてあった花のコサージュをブレザーのポケットに突っ込む。「はよっ」と挨拶をして教室に入ってきた九条をみて俺は席を立った。

 「ちょっときて」

 登校してきたばかりの九条の手をひいて教室を出た。廊下に出ると向こうから桜庭美紀が歩いてくるのがみえた。そのまま九条の手をひいて歩く。すれ違い様に目が合った。見間違いかもしれないけど、笑っているような気がした。
 いつも昼食を食べている中庭に来た。ベンチに座り深く息を吸い込んで吐き出す。隣で九条が「なになに?」とキラキラした目でみてくる。

 「あのさ、」

 ごくりと唾を飲み込んだ。

 「単刀直入に言うけど、」

 九条のキラキラした目に耐えられなくて一旦下を向く。心臓がバクバクしていて胸に手を当てて落ち着かせる。登校したときは肌寒かったのに今は熱くてブレザーを脱ぎたいくらいだ。
 顔をあげて九条をみると、ふにゃりと顔が綻んでいた。その顔に安心して肩から力が抜ける。

 「俺、九条がすき…かもしれない…」

 ふにゃふにゃしていた九条の顔が途端にきりっと引き締まった。

 「かもしれない?」

 「いや、えっと…すきなんだけど、確信がもてないというか…」

 「も~はっきりしないなぁ~」

 口を尖らせて不満げにしている九条が突然にやりと不敵な笑みを浮かべる。

 「こうすればわかるんじゃない?」

 ぐいっと近寄ってきたと思ったら俺の後頭部に手を回し口を寄せてきた。驚いて目をつむる。唇にやわらかいものが触れてすぐに離れていった。おそるおそる目を開けると、九条が真っ赤な顔で目を伏せている。

 (キス…した…?)

 自覚した途端、今までに感じたことのないくらいに胸の内側がぎゅうぎゅうと苦しくなり顔に熱が集まる。

 (初めてじゃないのになんでこんなにドキドキしてんだ?! 心臓爆発する?!)

 「どうだった…?」

 自分からしてきたくせに気まずそうに視線をさ迷わせている。

 「うん……」

 「うん?」

 「すき…です……」

 安心したように胸を撫でおろしふぅーと息を吐いた。

 「よかった~。やっぱり違うかったとか言われたらどうしようかと思った」

 脱力してふにゃふにゃしてたと思ったら突然腕の中に抱きしめられる。

 「春樹、すき…すきだよ。一生離さないから。一緒に幸せになろうね」

 耳元で囁くのは反則だ。ただでさえ身体が熱いのに、背筋がゾクっとして耳まで熱くなる。

 「……一生って、プロポーズかよ」

 そっと身体を離してまっすぐにみつめられる。大きくてきれいな目が俺をとらえて離さない。

 「プロポーズだよ」

 こんなにはっきり言いきられるとどうしたらいいのかわからない。いつもふにゃふにゃデレデレしているくせにこういう時はかっこいいんだから本当にずるい。

 (あぁ~もう…)

 「重い」

 「え~! ひどい~!」

 「キスしたからって調子にのるな」

 「うわ~だってさ~めちゃくちゃ緊張したし勇気だしたんだよ?」

 「わかったから、そろそろ教室戻るぞ」

 「え~俺のプロポーズ スルーしないで」

 「はいはい、あとでな」

 「小さい子がワガママ言ってるみたいな反応しないで」

 「九条くんいい子だから教室戻りましょうね~」

 「ノッてこないで」

 教室に戻る途中でブレザーを交換した。九条は幸せそうにニコニコ笑っていて、俺もつられて笑ってしまった。
 昨日、卒業式の予行の時点で泣きそうだったから、式本番でぐちゃぐちゃに泣く前にびしっとかっこよく告白するつもりだったのに。逆に九条にかっこよさをみせつけられてやられてしまった。