2月14日、九条と駅で待ち合わせて電車に乗った。5つ目の駅で降りて水族館に向かう。やたらと大きいカバンを持っていたのでそれを奪い取って運んでいたら「ありがとう」と穏やかに笑った。
 ゲートに着くと九条の言っていたとおり入館料が半額になっていて二人でガッツポーズをして館内に入った。最初に目に入ってきたのは大きな水槽。壁一面が水槽になっていて、そこに俺のお目当てのジンベエザメがいた。

 「うわー!でかっ!」

 「めっちゃ口開けてる~かわいい~」

 「かわいい?」

 「プランクトンが主食なんだって」

 「へぇ~食べれんのかな? サメだから臭いかな?」

 「食べる?」

 次に向かったのは日本海の水槽。キンメダイやカサゴなどのおなじみの魚がいて、俺が一番目を引かれたのはタカアシガニという世界最大のカニだ。

 「げっ! こんなんバケモンじゃん!」

 「すご! ハサミを広げると3メートルになるって」

 「これは攻略しがいがある」

 「こうりゃく?」

 「でもデカすぎると美味くないんだっけ?」

 「うまい? また食べるの?」

 次はペンギンコーナー。たくさんのペンギンが連なって歩いている。ヨチヨチと歩く様子が幼児の散歩のようで、さすがの俺もこれはかわいいと認めるしかなかった。

 「か、かわいい~」

 「やばい! 赤ちゃんもいる! めっちゃかわいい~」

 途中、飼育員がペンギンの輪の中に入ると、一匹が後を追い、もう一匹がまた後を追っていく。そしていつの間にか飼育員をめぐってケンカが始まった。

 「わぁ、修羅場」

 「三角関係のドラマみたいだね…」

 「ペンギンは鳥類だからやっぱり美味いんかな?」

 「一旦、捕食者目線でみるのやめてもらっていいですか?」

 ずっと捕食者目線でみていたせいで腹がへってきた。とりあえずベンチに座り場所取りをしてから九条に売店にいくかと聞いたら、やたらとデカいカバンから三段重ねのランチボックスが登場した。

 「じゃーん!」

 フタを開けるとたくさんのおにぎりにからあげ、卵焼き、ポテトサラダ、デザートにオレンジが入っている。

 「えぇ!? めっちゃうまそう! これ九条が作ったの?」

 「うん…少し母さんに手伝ってもらったけど」

 「すげー! 俺のすきなものばっかり。食べていい?」

 「どうぞ~」

 まず最初にからあげにかぶりつく。めちゃくちゃジューシーで味もしみ込んでてうまい。次はポテトサラダ、ほくほくの芋とマヨネーズと塩加減が絶妙。そして卵焼き。俺の好みの甘くて優しい味。おにぎりは鮭、梅、たらこ、昆布などバラエティーに富んでいて全部おいしかった。

 「ごちそうさまでした。ありがとう。めっっちゃうまかった!」

 「よろこんでもらえてよかった~」

 「お菓子作れて弁当まで作れて、九条すげぇわ。こんだけ作るのにかなり時間かかったんじゃない?」

 「5時起きです」

 「マジか…5時起きで作った弁当、一瞬で食べちゃったんだけど」

 「すごい食べっぷりだったね。春樹いつもおいしそうに食べるから作りがいあるよ」

 「胃袋をつかむってこういうこと言うのかな? 九条いいお嫁さんになりそう」

 「お嫁さん? 春樹がもらってくれるならよろこんで嫁入りします」

 「ん?…あぁ~えーっと……」

 「ガチで照れないでよ…俺まで恥ずかしくなってきた」

 お互いをみていられなくて、二人で顔を真っ赤にして下を向く。いたたまれなくなり、勢いよくベンチから立ち上がるとやたらとデカいカバンを手に取った。

 「そろそろいく?」

 「うん…」

 そして向かった先はクラゲコーナー。真っ暗な空間にふわふわとクラゲが漂っていて神秘的な空間に息をのむ。

 「キレイ…」

 九条がみているのはカブトクラゲ。光を反射して虹色にひかっている。カラフルな電飾を身にまとっているようで、歓楽街のネオンを連想させる。じっとクラゲをみつめる九条の大きな瞳、虹色が映り込んでキラキラと輝いている。

 「うん、すごくキレイ」

 こっちを向いた九条と目が合った。驚いたように目を見開いたあと、優しく笑って俺の頬にそっと触れる。

 「春樹の目が虹色になってる…キレイだよ」

 目元をスッとなぞって静かに離れていった。
 時々、身体が固まって動かなくなる。金縛りにあったように動かせなくなる。それでも視線だけはずっと九条を追っていて、金縛りがとけると途端に心臓が早鐘を打ち胸のあたりが痛くなって呼吸がうまくできない。

 (いつの間にこんなに九条のこと…)

 クラゲコーナーを出るとお土産コーナーがあり、九条はそこでほしがっていたアザラシ赤ちゃんのぬいぐるみを探す。俺は適当にお菓子を物色していると

 「わっ!? 春樹!? マジ!? すごい偶然!」

 目の前に現れたのは市原華、俺の元カノ。俺はずっと、まともに恋愛できない理由をこいつのせいにしてきた。でも理由はそれだけじゃない。俺がいろんなものと向き合うのを避けてきたから。

 「えー誰と来てんの? 友達? あたしも友達と来ててさ~」

 小さくため息をついて心を落ち着かせる。

 「ってか、なんで連絡くれないの~? ずっと待ってたんだけど。今日はスマホあるよね?」

 口を開こうとした瞬間、九条が間に割って入ってきた。

 「ごめんね? 春樹この後予定あるから連れて帰るね」

 九条が俺の手を取り歩き出そうとしたとき

 「連絡先だけ交換しよ? それぐらいの時間はあるでしょ?」

 反対の手を華に握られる。九条は俺を心配そうにみている。俺は九条の手をぎゅっと握って力強く頷いた。そして華に握られている手を振りほどく。

 「わるいけど、俺アンタに一ミリも興味ないから。連絡先とか教えたくない」

 「え…」

 「今後みかけても話しかけんな」

 「なによそれ…あたしだってべつにアンタに興味ないし。さみしそうだったから声かけてやっただけなんだけど。ちょっとかっこよくなったからって調子のってんじゃない?」

 「はいはい。昔の男に構ってるヒマあんなら新しい恋でも探して来たら?」

 「言われなくてもそうするわよ! バーカ!」

 わかりやすく鼻息を荒くしている彼女を置いて、九条の手を取り颯爽と水族館をでた。

 外に出るともう陽が傾いていて、冷たい風が頬を撫でる。さむっと身震いしているとふわりと九条の腕の中に包まれる。

 「春樹、すっごくかっこよかったよ!!」

 「そうか? ただの嫌な奴だろ?」

 「いいんだよ! 俺にはめちゃくちゃかっこよくみえたんだから!」

 「へへっ…そっか。九条にそう思われてるんだったらそれでいいか」

 ゆっくりと腕が解かれて九条の手に頬を包まれる。

 「今すっごいいい顔してる。うん…やっぱり俺、春樹がすきだ」

 「……」

 「照れた顔もすきだよ…」

 「バーカ…」

 やっぱり金縛りにあって胸がぎゅっと苦しくなった。
 俺が悪態をついたのに九条はバカみたいに幸せそうに笑っていて、夕日の色が九条のオレンジ髪に反射してキラキラ輝いていた。
 この景色をいつまでも覚えていたいとおもった。