「早川さー、放課後時間ある?」
休み時間。最近入れたばかりのパズルゲームをプレイしていれば、横から覗き込んでいた潤に女子から声がかかる。そちらを見れば、学年の男子から人気の生徒だった。
……十中八九、遊びの誘いだろう。大穴で告白。こんな可愛い子から誘われるのかよ。納得はするけれど。
視線を上げた潤は、特段動揺した様子もなく口を開く。
「ない」
「なんか用あんの?」
肩に手を回され、ぽん、と叩かれた。
「こいつのこと楽しませないといけないから」
巻き込まないでくれ。頼むから。どう反応すればいいのかわからなくて、言葉を探すが見つからない。押し黙ることしかできない陰キャな自分が嫌いだ。
「……えー? なにそれ、おもしろ」
きゃらきゃらと楽しそうに笑い声をあげる彼女。本当に、純粋に興味深く思っているのだろう。悪意は見られない、ように思う。
でもさあ、と。俺たちを見下ろして、彼女はまた口を開いた。
「最近付き合い悪いってゆーたたちも言ってたよ?」
ゆーた。誰だかわからないが、潤ときっとよく遊んでいたのだろう。確実に陽キャだ。見たことはないが、断言できる。
付き合いが悪いのは、俺に構っているせい。そう遠回しに言われたようで、居心地が悪い。被害妄想かもしれないけれど。
「たまには付き合ってよ。あたしも潤いないとつまんないし」
甘えた声とともに。くるり、と。潤の腕に、華奢な腕が絡む。このふたりが付き合っていても、これから付き合うのだとしても俺は驚かない。それくらい、お似合いだと思ったのだ。
不思議と見ていられなくて、目を逸らした。……誰かに知られれば、きっと陰キャの僻みだと思われるだろうが。
「まあ、そりゃ俺がいないとつまんねーよな」
「あは、ほんっといっつも自信ありすぎでしょ! そーいうとこ好きだわ!」
楽しげな笑い声が響く。潤の調子には慣れたものといったように、可愛らしい笑みとともに受け入れた。
俺は、同じことを言われても困惑してばかりで適当に流している。
潤の隣にいるべきなのは、俺なんかよりもよっぽど。──そこまで考えて、は、と我に返る。……何を今更当たり前のことをうじうじ考えている? 陽キャと陰キャじゃつり合わないのは当たり前だろう。どうしてこうも、胸が痛いのか。自分でも、わけがわからない。今日はどうも調子が悪い。
違和感に、ただ頭を悩ませることしかできなかった。
***
女子生徒が去ってから。俺は、躊躇を覚えながら重々しく言葉を発した。
「……少しさ、距離取ろう」
ぱちくり。大きな瞳を瞬かせてから、潤は薄い唇を開く。
「なんで?」
なんでって。本当にわからないのか。
「あの子、言ってたろ。お前がいないとつまんないって」
「ああ。咲希?」
「……いや、名前は知らないけど。たぶんそう」
返せば、「まあ、そう言ってたけど。だから?」と事も無げに返してくる。
「ここ最近、俺につきっきりだろ。向こうもいないとつまんないって言ってたじゃん。……たまには、ほら。あの子たちと遊んだ方がいいよ」
もしかしたら。これを機に、向こうのグループへ戻ってしまうかもしれない。たとえ彼が恩返しのために俺と遊んでいたとしても、潤の気分次第でこの関係は終わりを告げる。
痛くなっていく胸からは目を背けて、言葉を紡いでいく。
「でも俺、お前のこと楽しませなきゃいけねーし」
「……大丈夫だっての」
呆れとともに言葉を発するが、向こうは納得していないようだった。俺と共にいないといけないという義務感でも覚えているのだろうか。
発されそうになった潤の声に、チャイムが重なる。次の授業が始まるまでもう時間が無いようだ。何か言いたげな表情をしていたが、「……わり、教室戻るわ」とだけ言い残してその場を去った。
今日は、潤を置いて帰ろう。俺が先に帰ったとわかれば、流石に諦めて咲希という女の子と遊ぶだろうから。……その方がいいのだ。そうすれば、彼が悪目立ちすることもないのだから。
***
放課後。潤が教室に訪れるよりも先に、帰りの準備を終えて昇降口へ向かった。周りの生徒には、もし潤が来たら先に帰ったとだけ伝えて欲しいと伝言を頼んで。
これでいい、これでいいのだ。青い空を見上げて、自分にそう言い聞かせる。いつもより穏やかで、耳に痛いほどの沈黙を覚えながら帰路につく。前に戻っただけなのに、その頃よりもずっと静かだ。
はあ、と。……なんだか、ため息が出てしまう。今頃元のグループと楽しく遊んでんのかなあ。羨ましいと思ってしまうのは、なんでだろうか。下手に陽キャと関わると、憧れを持ってしまうのだろうか。
「やっぱ俺居ないと暗くなるじゃん」
後ろから聞こえた声に、足が止まる。
……は?
振り向けば、ここに居るはずのない人物──潤が呆れたような眼差しで俺を見ていた。思わず走り出していた。
「え、なに鬼ごっこ? 俺足速いけど調節する?」
呑気な声が後ろから聞こえてくる。なんでそんな余裕綽々なんだよ!!
しばらく走っても、向こうが諦める素振りはない。息も切れ切れになりながら、思わず叫んでいた。
「しつっこい!」
「え、捕まえるまで終わんないでしょ。鬼ごっこって」
「鬼ごっこじゃないんだよ!!」
あ。
段差に、思いっきり足が突っかかる。傾いていく世界が、やけにゆっくりと見えた。大怪我するぞ、これ。どこか冷静な自分がそう言っている。
衝撃に備えて目を瞑るが──ぐい、と後ろから強く引っ張られて。
俺は、潤に半ばお姫様抱っこのようになりながら抱えられていた。
「はい勝ち。楽しかっただろ」
「だから、……鬼ごっこじゃ、ないっての……」
ぜえぜえと息を切らす俺。それとは対照的に息が整ったままの潤を見上げて、不思議そうなそいつに言葉を繋げた。
「潤さ……恩返しにしたって、やりすぎだろ……」
自分に付き纏いすぎだ。
そう続けてもわけのわからないといった様子の潤に、とうとう痺れが切れて。
「っあのな、純粋に俺は心配もしてんの! 咲希って子とかから言われてたけど、付き合い悪いからって立場とか悪くなったら面倒だろ!!」
声を張り上げれば、猫目を瞬かせて潤は驚いたように俺を見ている。
「……心配? 俺の?」
「そうだよ! 余計なお世話かも知んないけど、潤が俺なんかに構ってるせいでなんか言われてんのも嫌なんだよ!」
数秒。ただ、見つめ合う。
言ってやった達成感とともに、幾ばくかの後悔が胸をよぎる。強く言いすぎてしまった。
しかし──潤は怒ることもなく。
「っふ、はは!」
噴き出して、笑ったのだった。……なんで笑ってんだ。
「……え、なに。なんか変なこと言った? 俺」
「だって、お前が──」
困惑するのはこちらの番だった。まんまるになっているだろう目のまま潤を見上げれば、不意に言葉を切って。
「……なんでもないわ」
頬を緩めて、そう言った。
「俺が好きだからそうしてんの。別にお前が負い目を感じる必要もねーし、いいから気にすんな」
いいな。
いつにない圧とともに言い切られ、有無を言わせぬ瞳が向けられて。俺は、ただ。先程までの勢いは嘘のように、静かに頷くことしかできない。その反応を見届けたそいつは、満足気に笑っていつもの様子に戻った。
「じゃ、帰ろーぜ。どっか寄ってもいいけど」
……本当に、物好きなやつ。安堵を覚えてしまった俺も、そうなのかもしれないけれど。まだ夕暮れに染る前の帰り道は、また騒がしくなった。
そして。それから、潤と仲の良いだろう生徒たちは、俺とともにいるときに声をかけてくることは無くなった。向こうも、気をつかっているのだろうか。少しだけ申し訳ない。
休み時間。最近入れたばかりのパズルゲームをプレイしていれば、横から覗き込んでいた潤に女子から声がかかる。そちらを見れば、学年の男子から人気の生徒だった。
……十中八九、遊びの誘いだろう。大穴で告白。こんな可愛い子から誘われるのかよ。納得はするけれど。
視線を上げた潤は、特段動揺した様子もなく口を開く。
「ない」
「なんか用あんの?」
肩に手を回され、ぽん、と叩かれた。
「こいつのこと楽しませないといけないから」
巻き込まないでくれ。頼むから。どう反応すればいいのかわからなくて、言葉を探すが見つからない。押し黙ることしかできない陰キャな自分が嫌いだ。
「……えー? なにそれ、おもしろ」
きゃらきゃらと楽しそうに笑い声をあげる彼女。本当に、純粋に興味深く思っているのだろう。悪意は見られない、ように思う。
でもさあ、と。俺たちを見下ろして、彼女はまた口を開いた。
「最近付き合い悪いってゆーたたちも言ってたよ?」
ゆーた。誰だかわからないが、潤ときっとよく遊んでいたのだろう。確実に陽キャだ。見たことはないが、断言できる。
付き合いが悪いのは、俺に構っているせい。そう遠回しに言われたようで、居心地が悪い。被害妄想かもしれないけれど。
「たまには付き合ってよ。あたしも潤いないとつまんないし」
甘えた声とともに。くるり、と。潤の腕に、華奢な腕が絡む。このふたりが付き合っていても、これから付き合うのだとしても俺は驚かない。それくらい、お似合いだと思ったのだ。
不思議と見ていられなくて、目を逸らした。……誰かに知られれば、きっと陰キャの僻みだと思われるだろうが。
「まあ、そりゃ俺がいないとつまんねーよな」
「あは、ほんっといっつも自信ありすぎでしょ! そーいうとこ好きだわ!」
楽しげな笑い声が響く。潤の調子には慣れたものといったように、可愛らしい笑みとともに受け入れた。
俺は、同じことを言われても困惑してばかりで適当に流している。
潤の隣にいるべきなのは、俺なんかよりもよっぽど。──そこまで考えて、は、と我に返る。……何を今更当たり前のことをうじうじ考えている? 陽キャと陰キャじゃつり合わないのは当たり前だろう。どうしてこうも、胸が痛いのか。自分でも、わけがわからない。今日はどうも調子が悪い。
違和感に、ただ頭を悩ませることしかできなかった。
***
女子生徒が去ってから。俺は、躊躇を覚えながら重々しく言葉を発した。
「……少しさ、距離取ろう」
ぱちくり。大きな瞳を瞬かせてから、潤は薄い唇を開く。
「なんで?」
なんでって。本当にわからないのか。
「あの子、言ってたろ。お前がいないとつまんないって」
「ああ。咲希?」
「……いや、名前は知らないけど。たぶんそう」
返せば、「まあ、そう言ってたけど。だから?」と事も無げに返してくる。
「ここ最近、俺につきっきりだろ。向こうもいないとつまんないって言ってたじゃん。……たまには、ほら。あの子たちと遊んだ方がいいよ」
もしかしたら。これを機に、向こうのグループへ戻ってしまうかもしれない。たとえ彼が恩返しのために俺と遊んでいたとしても、潤の気分次第でこの関係は終わりを告げる。
痛くなっていく胸からは目を背けて、言葉を紡いでいく。
「でも俺、お前のこと楽しませなきゃいけねーし」
「……大丈夫だっての」
呆れとともに言葉を発するが、向こうは納得していないようだった。俺と共にいないといけないという義務感でも覚えているのだろうか。
発されそうになった潤の声に、チャイムが重なる。次の授業が始まるまでもう時間が無いようだ。何か言いたげな表情をしていたが、「……わり、教室戻るわ」とだけ言い残してその場を去った。
今日は、潤を置いて帰ろう。俺が先に帰ったとわかれば、流石に諦めて咲希という女の子と遊ぶだろうから。……その方がいいのだ。そうすれば、彼が悪目立ちすることもないのだから。
***
放課後。潤が教室に訪れるよりも先に、帰りの準備を終えて昇降口へ向かった。周りの生徒には、もし潤が来たら先に帰ったとだけ伝えて欲しいと伝言を頼んで。
これでいい、これでいいのだ。青い空を見上げて、自分にそう言い聞かせる。いつもより穏やかで、耳に痛いほどの沈黙を覚えながら帰路につく。前に戻っただけなのに、その頃よりもずっと静かだ。
はあ、と。……なんだか、ため息が出てしまう。今頃元のグループと楽しく遊んでんのかなあ。羨ましいと思ってしまうのは、なんでだろうか。下手に陽キャと関わると、憧れを持ってしまうのだろうか。
「やっぱ俺居ないと暗くなるじゃん」
後ろから聞こえた声に、足が止まる。
……は?
振り向けば、ここに居るはずのない人物──潤が呆れたような眼差しで俺を見ていた。思わず走り出していた。
「え、なに鬼ごっこ? 俺足速いけど調節する?」
呑気な声が後ろから聞こえてくる。なんでそんな余裕綽々なんだよ!!
しばらく走っても、向こうが諦める素振りはない。息も切れ切れになりながら、思わず叫んでいた。
「しつっこい!」
「え、捕まえるまで終わんないでしょ。鬼ごっこって」
「鬼ごっこじゃないんだよ!!」
あ。
段差に、思いっきり足が突っかかる。傾いていく世界が、やけにゆっくりと見えた。大怪我するぞ、これ。どこか冷静な自分がそう言っている。
衝撃に備えて目を瞑るが──ぐい、と後ろから強く引っ張られて。
俺は、潤に半ばお姫様抱っこのようになりながら抱えられていた。
「はい勝ち。楽しかっただろ」
「だから、……鬼ごっこじゃ、ないっての……」
ぜえぜえと息を切らす俺。それとは対照的に息が整ったままの潤を見上げて、不思議そうなそいつに言葉を繋げた。
「潤さ……恩返しにしたって、やりすぎだろ……」
自分に付き纏いすぎだ。
そう続けてもわけのわからないといった様子の潤に、とうとう痺れが切れて。
「っあのな、純粋に俺は心配もしてんの! 咲希って子とかから言われてたけど、付き合い悪いからって立場とか悪くなったら面倒だろ!!」
声を張り上げれば、猫目を瞬かせて潤は驚いたように俺を見ている。
「……心配? 俺の?」
「そうだよ! 余計なお世話かも知んないけど、潤が俺なんかに構ってるせいでなんか言われてんのも嫌なんだよ!」
数秒。ただ、見つめ合う。
言ってやった達成感とともに、幾ばくかの後悔が胸をよぎる。強く言いすぎてしまった。
しかし──潤は怒ることもなく。
「っふ、はは!」
噴き出して、笑ったのだった。……なんで笑ってんだ。
「……え、なに。なんか変なこと言った? 俺」
「だって、お前が──」
困惑するのはこちらの番だった。まんまるになっているだろう目のまま潤を見上げれば、不意に言葉を切って。
「……なんでもないわ」
頬を緩めて、そう言った。
「俺が好きだからそうしてんの。別にお前が負い目を感じる必要もねーし、いいから気にすんな」
いいな。
いつにない圧とともに言い切られ、有無を言わせぬ瞳が向けられて。俺は、ただ。先程までの勢いは嘘のように、静かに頷くことしかできない。その反応を見届けたそいつは、満足気に笑っていつもの様子に戻った。
「じゃ、帰ろーぜ。どっか寄ってもいいけど」
……本当に、物好きなやつ。安堵を覚えてしまった俺も、そうなのかもしれないけれど。まだ夕暮れに染る前の帰り道は、また騒がしくなった。
そして。それから、潤と仲の良いだろう生徒たちは、俺とともにいるときに声をかけてくることは無くなった。向こうも、気をつかっているのだろうか。少しだけ申し訳ない。