「いいよ、別に。見返り求めてやったわけではない……こともないけど、勝手にしたことだから」

「なんだそれ。求めてんじゃん」

「こんな形で来ると思ってなかったから」

「え。なに、もしかして迷惑? この俺が?」

 聞いておいて口調に自信が滲んでるんだよな。
 ……でも、まあ。楽しいかどうかは置いておいて──嫌い、ではない。

「……なんやかんや、迷惑ではないかな」

「だよな」

 だよなって。……幾分か慣れた自分の適応力が恐ろしい。
 特段突っ込むこともせず、話を続けた。

「そんな何日も探してたんだ。大切なんだな」

「まあ。母さんがくれたから」

「へえ……いいお母さんだな」

 彼の性格を見るに、さぞ愛情をたっぷりと注がれて育ってきたのだろう。

「……だろ」

 言うと、潤はふっと口元を綻ばせて笑う。いつもの自信に満ちた笑み、とは違って。なんだか、切なさが滲んでいるように見えた。

「俺、父さんが小さいころに死んでさ。そっから女手一つで育ててくれたんだよ」

「……え」

 言葉を失う。普段の様子から、そんな事情があるようには見えなかったから。勝手に、両親から愛されて育っているのだろうと思い込んでいたから。どんな反応を返すべきなのか、どう答えれば潤にとって不愉快ではないのか。考えても、答えは出てこず。
 結局、「そう、なんだ」と掠れた情けない返事しかできなかった。自分が、ふがいない。

「昔はわりと塞ぎ込んでたから。鏡に映った自分に、大丈夫、自信持ってー、って言うんだ。そうすれば元気になれるって母さんが教えてくれた」

 これを渡してさ。そう言って、鏡を愛おしげに見つめていた。

 そうか。母が彼に教えたのは、おまじないのようなものだったのだ。大切な子どもを元気づけたくて、思いを込めて渡したそれ。無くしたときはきっと酷く肝が冷えただろう。

 ……落し物、拾ってよかった。確かに見返りを期待してはいたが──少しでも人の役に立てたなら、これ以上のことはない。なんて、自分でも善人ぶって聞こえるけれど、本心から嬉しいのだ。

「……よかった。そんな大切なものだとは思わなかったけど──そっかぁ。嬉しいな……」

「…………」

 噛み締めるように呟いた。過剰な反応だと思ったのか、潤は驚いたように目を丸くしている。

「……まあ、うん。お前のおかげだから、感謝してんの」

 ──ありがと。

 ぽつりと、蚊の鳴くような声。頬は僅かに朱に染まっていた。彼もお礼を言うときは照れるのか。珍しいとこを見たものだと、小さな驚愕を覚えて。とうとう笑ってしまった。

「っはは、声小さ。……うん、どういたしまして」

「…………ん」

 なんだかその日の潤は珍しく、口数も少なく。どこかぼうっとした様子で。いつもより静かな帰路を、ふたりで歩いていった。