とある日の放課後。いつも通りの日課。うさぎ小屋でしゃがみこむ俺の隣には、案の定と言うべきか。潤が同じようにしてうさぎを見つめていた。

「……わざわざうさぎ見に来るのにも付き合わなくてもいいのに」

「俺がいると楽しくなるから」

「ああうん、そうだな……」

 知ってた。聞いた俺が馬鹿だった。もはやbotのようですらある。
 俺は気にならないが、獣臭いのも苦手ではないのだろうか。それに、触れもしない動物を見つめ続けるのも人によっては退屈だろう。
 いちいちぱっとしない人間相手に、ここまで時間を割くなんて。他のクラスにいる俺のような生徒にも同じようにしているのなら、かなり……なんというか、物好きな人間だ。

「……クラスで暗い人見かけたらみんなにそうしてんの?」

「え? なわけねーじゃん」

 あっけらかんと返されたそれに、耳を疑う。じゃあなんで俺なんかに目を付けたんだ。

「はっ? え、じゃあなんで俺には構ってんの……?」

 困惑交じりに聞けば、表情を崩さずに言葉を紡いだ。

「恩返し」

 ……恩返し。恩返しだって?

「……なんの? 何もした覚えないんだけど」

 こんな派手な人に恩を売ったら、流石に記憶にあるはずだ。彼との接点なんて、衝撃的な出会いまで何も無かったのだから。首を捻っていると、立ち上がり、カバンから何かを取りだして。
 俺の目の前に差し出された、それは。

「これ」

 年季の入った手鏡だった。小さなそれは、彼の大きな手が持つとそのサイズが際立つようだ。どこかで見たような気が、しないでもない。

「前にどっかで落としてさ。ずっと探してた。部活休んで、何日も放課後使って」

 落し物。まさか、とは思うが。

「そしたら、職員室に届けられてるって聞いて。誰が届けてくれたんすか、って聞いたら──」

 指をさされる。頭をよぎった僅かな可能性は、本当に当たっていたようだ。
 しかし、疑念を覚えて。念の為、問いかける。

「……俺?」

「そ。そしたら人生どん底みたいな顔してたから、恩返ししてやろうと思って」

「っふ、方法が斜め上すぎるだろ」

 笑ってしまった。悔しい。
 そうか──と納得する。なんやかんや重ねていた善行は、こうして誰かのためになっていたのか。それと、誰だかわからないが職員室の先生も俺のことを覚えていてくれたのだ。嬉しい予想外に頬が緩んで。じんわりとした温かさが胸に生まれる。